1950年6月25日勃発。1953年7月休戦。(7月27日、板門店にて休戦協定調印)
北朝鮮と大韓民国の間で起こった戦争。アメリカ軍(国連軍)と中国の介入があり、一つ間違えれば冷戦が熱戦になる寸前の戦争だった。
戦争中、多くの同胞虐殺が行われ、北緯38度線での南北分断が決定的になった。
1950年06月25日 北朝鮮軍が北緯38度線を突破。戦争勃発
1950年06月29日 トルーマン大統領、韓国支援軍事活動を命令。日本駐在中のアメリカ軍を朝鮮半島に投入。
1950年07年07日 国連安保理、北朝鮮の侵略行為に対して連合軍の派遣を決定。
1950年09月14日 北朝鮮軍は圧倒的勢いで南下し続け、大韓民国は釜山周辺に追いつめられる。(北朝鮮最大進出ライン)
1950年09月15日 アメリカ軍(連合軍)仁川上陸策戦開始。反転する。
1950年10月10日 日本の海上保安隊による掃海作業開始(〜12月06日)
1950年10月25日 中華人民共和国の中国義援兵出動。北朝鮮に協力。
1950年11月26日 北朝鮮軍は中国国境のみに追いつめられる。(連合軍最大進出ライン)以後中国の人海戦術に押し返される。
1951年01月04日 中国・北朝鮮軍優勢で、連合軍ソウル放棄。
1951年01月22日 中国・北朝鮮軍再進撃最大ライン(約37度線)
1951年04月22日 北緯38度線を挟んで硬直状態に陥る。
1951年07月10日 ソ連の仲介で休戦会談開始。(一時停戦)
1953年07月27日 北朝鮮、中国、国連(アメリカ)の間で休戦協定が調印。
朝鮮戦争特需をもたらし、日本経済復興のきっかけとなったとされるが、当時の日本は生活が苦しく朝鮮特需が直接日本経済を復興させる影響は小さいものだと言われている。
また、朝鮮戦争の北朝鮮・中国の脅威により、アメリカは日本の再軍備と自由主義陣営としての早期独立を検討しなければならない状況になり、1950年7月警察予備隊の結成を命じ、ついで、1951年9月8日に日米安全保障条約(1960年改訂)及びサンフランシスコ平和条約の締結。その後の自衛隊設立(1954年6月)の要因になった。
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