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むしのみち このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-06-01

イモムシ・ケムシの護身術

 イモムシやケムシといえば、柔らかい体にたくさん脚があってうねうねと動くので、気持ち悪がられる代表的な虫たちです。実際、虫好きを自認する私も子供の頃から生理的に受け付けませんでした。イモムシが多い4,5月は森や林に行くのもためらわれるほど。しかし、イモムシ、ケムシの形態や生態は学術的には大変おもしろいのです(参考:イモムシ・ケムシは手足をどう使うか)。


 イモムシ、ケムシは、一般には鱗翅目幼虫のことを指しています。彼ら彼女らの被食防衛護身術)について、クロカタビロオサムシを捕食者モデルとした一連の研究(3部作)を紹介したいと思います。


1. ケムシの「毛」の意義


 ケムシ(毛虫)といえば、チャドクガの危険性がよく知られていますが、触っても特に人間に害のないものがほとんどです。そのような無害な毛も、捕食性昆虫に襲われた時にはバリアのように有効に働きます。クロカタビロオサムシは、長い毛が密に生えるクワゴマダラヒトリ幼虫を襲ってもしばしば捕食に失敗します。しかし、毛を短く刈ることで捕食成功率が上昇しました。つまり、長い毛がオサムシの大顎から身を護っているのです。動画にあるように、毛を剃る時に鼻毛カッターを用いている点が笑いのポイントです。


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ケムシの防衛/Caterpillar hair as a physical defence


Sugiura, S. & Yamazaki, K. (2014) Caterpillar hair as a physical barrier against invertebrate predators. Behavioral Ecology, 25:975–983.


2. ミノムシの「蓑」の役割


 ミノムシ(蓑虫)が身にまとっている「蓑」をはがすと、中から黒いイモムシが出てきます。この「みの」が、天敵から柔らかい身を護っているのです。チャミノガは枝や葉柄を使って強固な蓑をまとっています。その蓑をはがしてやると、簡単にクロカタビロオサムシに捕まって食べられてしまいます。加えて、いつもとは違う柔らかい葉(ヨモギ葉)でできた蓑に着せ替えてやっても蓑の防衛効果はあります。子供のころ、蓑を剥がして中の幼虫を取り出して、毛糸や紙くずで新たな蓑を作らせる遊びをしたものです。


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ミノムシ防衛/Bagworm bags as armor


Sugiura, S. (2016) Bagworm bags as portable armour against invertebrate predators. PeerJ, 4: e1686.


3. 巨大イモムシの反撃


 スズメガの幼虫といえば巨大イモムシで、さわると頭を「ブンッ」と振って威嚇するので、苦手な人も多いでしょう。特に、日本最大のスズメガであるオオシモフリスズメの幼虫は、おそらく日本でも最大サイズのイモムシでしょう(日本最大のヨナグニサンの幼虫と同等かそれよりも大きいかもしれません)。本種幼虫は最大サイズに成長すると、「シュー」と大きな音をたてて頭突きをしてきます。この反撃行動はどれくらい威力があるのでしょうか? クロカタビロオサムシに襲わせて反応を観察。クロカタビロオサムシは自分よりも大きなイモムシにも果敢に攻撃をしかけます(噛みつきます)。しかし、オオシモフリスズメの場合は何度も頭突きをするだけでなく、大顎でオサムシの脚をとらえて投げ飛ばす行動まで見られました。しかもある個体は捕まえたオサムシの脚を切断するほど。


ちなみに、オオシモフリスズメの「シュー」という音は、オサムシに聴こえているかどうかはわかりませんが、腹部第8節に1対ある気門から空気を吹き出して発音しています。水の中で「鳴かせて」空気がどこから出ているのかを突き止めたのが笑いのポイントです。


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オオシモフリスズメ幼虫の反撃行動/ Hornworm counterattacks


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オオシモフリスズメ幼虫の発音機構/Sound production by hornworm larvae


Sugiura, S. & Takanashi, T. (2018) Hornworm counterattacks: Defensive strikes and sound production in response to invertebrate attackers. Biological Journal of the Linnean Society, 123: 496–505.


4. イモムシハンター・クロカタビロオサムシ


 これらのケムシ・イモムシはクロカタビロオサムシの捕食圧のもと防衛・反撃行動を進化させてきたのでしょうか? 実際はクロカタビロオサムシだけが天敵ではなく、さまざまな昆虫や鳥などがイモムシ・ケムシを捕食します。クロカタビロオサムシは多数いる捕食者の1種にすぎません。ただし、鳥や他の昆虫と比べて、実験室でもどこでも簡単にイモムシやケムシを襲ってくれるという便利な昆虫なのです。


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イモムシを捕食するクロカタビロオサムシ


 クロカタビロオサムシは、一般的によく知られるオサムシ類とは違い、翅をもちよく飛翔能力があります。加えて、地表徘徊性種とは違い、地表だけでなく樹上でもイモムシやケムシを好んで食べます。そのため、ブナアオシャチホコの大発生時にクロカタビロオサムシもたくさん見られることが知られてきました。


クロカタビロオサムシ近畿地方ではもともと珍しい種で、初夏にイモムシがたくさん発生するような雑木林局所的に見られる種でした。甲虫好きの私にとっては小さな頃からの憧れの虫でした。ところが、2013年から2015年頃にかけて近畿地方の各地で非常に多く見られるようになりました。ちょうど、マイマイガをはじめ各種鱗翅目幼虫も多数見られた年と一致しています。


イモムシやケムシ、そしてその捕食者であるクロカタビロオサムシがたくさん確保できないとできない実験だと思います。

2016-09-15

ハワイガラスの道具使用

 最も有名な科学雑誌の一つ『Nature』誌で、個人的には最近おもしろいという記事はあまりなかったのですが、久しぶりに興奮した論文に出会えました。


以前に「島での道具使用と食性進化」という記事で、ガラパゴス諸島固有のキツツキフィンチとニューカレドニア固有のニューカレドニアガラスが枝などを使って朽木の中の昆虫などをほじくり出して捕食するという興味深い行動について触れました。このような道具を巧みに使用する種はほとんど知られていませんでした。そしてこのような行動は、孤島という特殊な環境で進化してきた性質である可能性が指摘されてきました。


今回読んだ論文では、ハワイ諸島固有のハワイガラスで、上記の種と同様に、道具を積極的に使うということが報告されていました。ハワイガラスはニューカレドニアガラスとはそれほど近い種ではないようで、道具を巧みに使用するという行動はそれぞれが独自に獲得したものと考えられているようです。


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Rare crow shows a talent for tool use


ハワイガラスはすでに野生絶滅状態にあるため、野外条件下でどのような生活をしていたのかは想像するしかありません。ただ、ガラパゴスフィンチやニューカレドニアガラス、ハワイガラスのように、他の孤島でも同様の進化をとげた固有種がいるかもしれません。



文献

Rutz, C. et al. (2016) Discovery of species-wide tool use in the Hawaiian crow. Nature 537:403-407.


2015-12-19

なぜ今の研究に興味をもっているのか、というのを考えさせてくれた講演

 普段、学会発表や招待講演以外では滅多に講演を聴きに行くことはありません。もともと出不精な性格ということもあるのですが、論文を読んだりすれば新しい研究の知見は得られますし、学会発表のついでに聴ける講演でも多くの情報が入ってきます。大学にいれば、悪くいえば「石」ばかりな卒論修論発表会をたくさん聴かされるため、食傷気味ということもあるかもしれません。


ともかくも約2年ぶりに休日に講演会に出かけました。では、どういう講演会なのか。それは、わかりやすく言えば憧れの研究者の講演です。2年前に出かけたのも、別の研究者ですが、日頃から研究の動向を楽しみにし憧れを抱いている方の講演でした。いずれの講演も比較的一般向けのもので、実はその内容はほとんど知っているものばかりでした。今日聴いた講演にしても、1時間くらいに登場した研究内容については(わずかな未発表のもの以外)すべて知っていました。自分でも驚きましたが、関連するすべての論文に目を通しており、「これはこの説明では初めて聴く人にはわからないだろうなぁ」ということまで想像できるほどに。おそらく講演者以外で、聴衆の中で最も深く理解できているのではなかったか、という変な自信まで湧いてきました。これは大好きなミュージシャンのライブで、すべてのCDや音源を持っていて、かつ(歌詞を暗記して)一緒に歌っている状態に近いのかもしれません。


すべての講演内容を知っていたからといって、聴きに行った意味がなかった、と言いたいわけではありません。むしろ、現在取り組んでいる研究や学問になぜ興味をもったのか、ということを思い出させてくれた幸せな時間だったと言えます。学部時代に読んでいた本、先達の導き、大学院に入ってから感銘をうけた論文、講演者や他研究者との出会い・交流・影響、登場した植物や昆虫についてなど、いろいろな想い出が次から次へと湧いてきました。


講演後は、一緒に聴きに行った昔からの知人と喫茶店で紅茶を飲みながら小一時間語り合いました(これもファンのオフ会みたいです)。一人になった帰りの電車では、今の学問への関心がいかに変遷してきたのかを改めて思い出し、いろいろな人や文献から刺激・影響を受けてきたことを再認識しました。


 初学者の頃の学問への興味の芽生えのようなものを思い出すことは、マンネリ化しがちな研究生活の中では良い刺激になります。学部生の頃に熱心に読んだ今日の講演者が書いた章を本棚から取り出し、当時のことを思い出しながら、その思いを記録に留めておこうと久しぶりに書いている次第です。

2015-09-01

アルフレッド・ラッセル・ウォレス賞とは

 進化学や生物地理学で有名なウォレス(Alfred Russel Wallace)の名を冠した賞はいくつかありますが、国際生物地理学会(International Biogeography Society)が2004年から「Alfred Russel Wallace Award」を授与しています。

 

 国際生物地理学会が発行する『Journal of Biogeography』誌の電子版をみていると、2015年の受賞者であるシンバロフ(Daniel Simberloff)の紹介記事がありました。


Sanders NJ (2015) Island biology and the consequences of interspecific interactions. Journal of Biogeography


 記事では、生物地理学におけるシンバロフ博士のこれまでの業績をおおまかに紹介しています。シンバロフの業績として有名なのは、島嶼生物地理学の理論を検証するためにウィルソン(Edward Osborne Wilson)と一緒に行った珊瑚礁の島での野外実験でしょう。


島の生物地理学の理論:ウィルソンによる回想


さらに彼が指導し『Journal of Biogeography』誌に最近掲載された学生の論文についての概要も述べられています。この論文では、世界の多くの島に生物防除目的で導入され外来種として問題となっているマングースを材料に、他の捕食者との競争がある島とない島で形質を比較し、形質置換が起こっている可能性を指摘しています。この論文は、「島」、「外来種」、「生物防除」、「島の法則」、「ベルクマン則」、「種間競争」などがテーマとなっており、シンバロフのこれまで行ってきた研究や興味がよく反映されているそうです。



Barun et al. (2015) Possible character displacement of an introduced mongoose and native marten on Adriatic Islands, Croatia. Journal of Biogeography, doi:10.1111/jbi.12587 (WILEY link)



 ウォレス賞はシンバロフですでに6人目の受賞者とのこと。シンバロフの宿敵(?)ダイアモンド(Jared M. Diamond)や、マクロ生態学の名付け親のブラウン(James H. Brown)もすでに受賞されているようです。しばらくは生物地理学リジェンドたちの受賞が続きそうです。


その他、参考ページ

島の生物地理学の理論、再び

島嶼生物地理学の理論を保全へ応用:SLOSS 論争とは

チェッカー盤分布をめぐる論争

半島効果(Peninsula Effect):半島部に種の多様性勾配はあるのか?

2014-10-24

絶滅種の再発見:「絶滅」論文は撤回されるべきか?

 以前に気候変動で絶滅した種としてとりあげた陸貝が、2014年8月に再発見されたというニュースがありました。


むしのみち

島に固有のカタツムリが気候変動で絶滅?


ナショナルジオグラフィック ニュース

“絶滅”の陸貝を再発見、セーシェル


 いないこと(絶滅)を証明するのは難しいため、絶滅種の発見はよくあることです(参考:マダガスカルに固有の糞虫は森林破壊で半数が絶滅?―絶滅判定は“悪魔の証明)。今回、興味深いと感じたのは、「絶滅を報告した」原著論文は撤回されるべきか否かということです。


最近話題になることが増えましたが、剽窃などの不正行為(misconduct)や実験・計算ミスなどの悪意のない間違い(honest error)がある論文については、著者もしくは編集部によって撤回されます(retract)(具体的にはウェブサイト等で論文自体に撤回理由が明記される)。2007年に発表された原著論文気候変動により絶滅したと認定している)は確かに事実としては間違いでしたが、これは論文として撤回されるべきかどうかということです。


 事の経緯は以下のようになっているようです。


 2007年に英国王立協会の科学誌Biology Letters誌に原著論文が掲載された直後、他の研究者らによってその絶滅認定についての疑義が雑誌編集部にコメント論文として送られてきました。疑義の内容は、論文には詳しく調査したとあるが実際は著者一人によるわずか2,3日ほどの調査であった可能性があること、そして気候変動データに関する著者の解釈に無理があるのではないかという意見でした。その原稿は査読されたものの却下(reject)されました。時は流れ、2014年8月に生きた個体が発見されることで「絶滅認定」が間違いであることがわかりました。その後、2007年に疑義を抱いた研究者が再びBiology Letters誌の編集部に連絡をとり、原著論文の撤回を要求しました。しかし、Biology Letters誌は論文の撤回は行わず、代わりに2007年に投稿した疑義についてのコメントと再発見の記録を加えてBiology Letters誌上で掲載する提案をしたということです。撤回を要求した研究者は今のところその提案は断っているようですが、一般メディアにこの経緯を語っています。それに対応する形でBiology Letters誌の編集部もEditorialとして誌上で意見を述べています。


 絶滅種と思われていた種が再発見されたことは大変喜ばしいと感じると同時に、「絶滅認定」のあり方を考えさせるニュースでした。



参考

Gerlach, J. (2007) Short-term climate change and the extinction of the snail Rhachistia aldabrae (Gastropoda: Pulmonata). Biology Letters 3: 581-584.(2007年の原著論文


Breitbart London (September 10 2014)

’Extinct’ snail killed by ’climate change’ crawls back from the dead.論文をめぐる動向)


The Times (September 20 2014)

Snail ‘wiped out by climate change’ is alive and well論文をめぐる動向)


Biology Letters (October 2014)

Battarbee RW (2014) The rediscovery of the Aldabra banded snail, Rhachistia aldabrae. Biology Letters 10: 20140771論文をめぐる動向とBiology Letters誌編集の対応)



追記:論文には「取り下げ」(withdrow)と「撤回:(retract)があって一般にはあまり区別されていないようですが、前者は刊行前、後者は刊行後ということで重要性は異なるようです(参考:論文の「取り下げ(withdraw)」と「撤回(retract)」についてのメディアの方とのやりとり)。したがって本文を一部修正しました。