こんな感想サイトは乾燥機に入れてしまえー(鉄拳風)


・ダメ感想サイトあれこれ、ダメ感想サイトあれこれ続き、感想サイトにありがちな光景。

http://d.hatena.ne.jp/mhk/20050110

http://d.hatena.ne.jp/mhk/20050112
見下げはてな


そうか、こういうオチでしたか。
自分もそういうの書きたいと思っていたけど、まったく着地点が違っていた……。


・こんな感想サイトは乾燥機に入れてしまえー(鉄拳風)
・「ライトノベル」の代表はエド・ナーハの小説版「ロボコップ」だと思っている
・「エド・ナーハ」という名前を、単なる「語感が面白い」だけで覚えていて内容は読んでいない
横溝正史金田一京介だと勘違いしている
・「SF読んでます」という自己紹介に必ず「え? SM?」とボケる
SFマガジンを持っていると「SMマガジン?」とボケる
・「やおい本」をロレって「やおいびょん」と言ってしまってからあだ名が「やおいびょん」、その後、略して「びょん」になる
・「村上春樹って太ってるよねー」と言っているからよくよく聞いてみたら、龍だった
・いまだに「ノルウェイの森」を読みかけだ。「ドラクエIII」もやりかけだ
・「ディクスン・カーって、新本格のマネだよね」と言う
中島梓の代表作はクイズ「ヒントでピント」の回答者だ
・「人間が描けていない」とわめいていたから何だと思ったら「ファーブル昆虫記」だった
・「アクロイド殺し」をアンドロイドを扱ったSFだと思っていた
・「宮崎シュン」って言うからだれだと思っていたら宮崎駿だった
・「ライトノベル」の定義は「薄いこと」だと思っていた。だからツルゲーネフの「はつ恋」もライトノベル
・「ワイドスクリーンバロック」は、新しいプラズマテレビの名前だ
椎名桜子の新作を待ちわびている
・エロいというだけで小説版「ガンダム」を我慢して最後まで読んだ
・「これこれの小説は面白かった。ところで私の自我は……」というふうに、自分語りが直接すぎる
・「電車男」は「ザ・フライ」のようなホラーものだと、トクトクと興味のない人に説明
・会話の合間にはさむドラゴンボールネタがしつこ過ぎる
・文体が内藤陳ソックリだ
・文体がナンシー関ソックリだ。知らないけど。
・文体が村上春樹ソックリだ。やれやれ。
・文体が江戸川乱歩そっくりだと、みんなお天気の話でもするようにしていました。
・「危険な話」ブームの流れからの環境ブームをさんざんクサしておきながら、エコモニ。だけは許している
・「うまい棒」のキャラにいつの間にか名前がついていたのでショックを受ける
・三十過ぎているのに大学ノートに鉛筆でマンガを描いている
・アニメとマンガは同じ人がつくっているという前提でのアニメ論
・「タロウ」、「レオ」の評価をめぐってつかみ合いのケンカをしたことがある
・中学時代に書いたエヴァに関する「論文」が出てきたので燃やして捨てた
綾波よりもアスカよりも委員長が好きなのがアイデンティティ
・「昭和かよ!」というようなツッコミをしてるがバリバリ就職するくらいまで「昭和」だった
・「エアコン」を「クーラー」と言って若い者にバカにされた
・若者全員がチーマーかひきこもりに見える
・「カラーギャング」と聞いて「こびとのギャングは七人衆」を思い浮かべる
氣志團横浜銀蝿だと思っている
横浜銀蝿を本当は「ザ・クレイジーライダー横浜銀蝿ローリングスペシャル」だと言うのが持ちネタ
・マンガは絵が細かいほど「うまい」と思う。とくに牧村みきは畳の目を細かく描くのですごくうまい。
・「エロゲーは時間がかかるが、エロマンガは読むのに時間がかからない」という理由での評価を強硬にする。

オタク論はいくら考えてもわからない2

「もう書かない」と言った舌の根も乾かぬうちなんですが(笑)、Tabiさんからトラックバックをいただいたので、思うところを書いてみたいと思います。

http://d.hatena.ne.jp/Tabi/20050112

ファンロードについて、

よくあるネタで「宮下あきらの描いた○○」、つまり男塾の絵柄でこの漫画を書いたらこうなる、という内輪乗りが多かったから、どうも笑えない。例えばあの雑誌で「柴門ふみの描いた○○」ってネタだったら載らなかっただろうと思うし。「ファンロードで通用するものとしないもの」が明確に分かれていたというか。

だからまあ、極端に言うとかつての「ファンロードに載る/載らない」を、オタク的なものとそうでないものに分けてもいいんですよね(月刊OUTでも可)。でも、それはファンロードがオタクの「場」を見て形成したものだと思うから、それ自体が「なぜそう選択されるのか」という理由探しにはならないんです。
ただ投稿誌ですからねぇ、ある程度の内輪受けは避けられなかったでしょう。若者向けラジオみたいなもんでしたから。


それと、「柴門ふみの描いた○○」ということに関して言えば、少女マンガのパロディ自体は少年マンガ的フィールドにおいて、80年代初頭まではかなり行われてはいたんですよね。ただし、少女マンガのお約束的方法論(きれいな人が登場するときには花しょって出てくるとか)がだんだんそれだけじゃなくなっていく過程があって、80年代後半から90年代初頭にはベタなパロディにはしにくくなってはいました。


考えようによっては、90年代には少年マンガは少女マンガ的方法論はいったん消化吸収してしまったとも言えます(もちろん、未消化な部分や実験だけで終わったものもあったでしょうが)。

自分の世代が「オタク」という記号が実体化したと感じたのは、やっぱり宮崎事件でしたね。自分の周囲を見た限りでは。あの事件が発生した1989年には「アニメージュ」なんかだと本気でその辺の世間との齟齬や、趣味に耽溺した人がどれだけ犯人との類似性が強いかとかそんな特集が組まれたと記憶しています。


たぶん、私とTabiさんは5年以上の年齢の差があって、その差は「オタク」っていうもののイメージ形成としてはかなり大きな差だと思います。
ミヤザキ事件以前にも、オタク批判というのは、まあいろいろありましたよ。

鉄ちゃんや模型オタクの人は自分の周囲における年上の知り合いに何人かいるのけど、彼らが「オタク」という記号を自覚したとしてもアニメやアイドルのそれよりも自意識やエロスは薄そうですから。鉄ちゃんが事件を起こしたといっても、「制服や標識を盗んだ」とかね。当人のエロスは感じられないだろうし。


うん、このあたりの「エロス有りやなしや」でいわゆる「オタクかどうか」を判定するのは、ときおりなされる線引きなんですが私はここでちょっと考えてみたいんですよ。
一般的には(っつってもオタク論的な一般性ですが)、ここで「萌え」という便利なタームが登場して「萌えの有るなし」で線引きをすることも多いんですが、エロス(より直接、エロいものに結びつくかどうか)で考えると、オタク史って必ずしも関係あるとは限らないんですよね。


たとえば「オネアミスの翼」の女の子とか、少なくとも萌え記号的にはぜんぜんかわいくないですから。
あれがつくられたとき、「女の子はあのデザインでいいんだ」っていう共通認識が少なくとも送り手にはあったということなんで。


「なぜ鉄ちゃんが、オタク論的にはあんまり重要視されないか」はいろいろな理由があると思うんですが、ひとつには「昔(戦後すぐくらいから? 戦前もあったのかな?)からある趣味」というところが大きいと思います。
コミュニティの問題だと書いたのはそういうことで。


オタクを情報交換する活動だと考えたときに、そういう集団ができていったのはまあだいたい70年代中盤くらいだと思います。SFファンダムはその前からあるけど。
SFファンダムに意識が向いてるか向いてないかで、オタク観ってかなり変わります。


最後に、趣味や嗜好と犯罪が関係しているかどうかですが、これは私は関係はしてるとは思ってます。
ただし、一人の人間の人生には他にもいろんな要素が入り込みすぎていて、そのシュミだけ取り出して直接犯罪の引き金になったと証明するのはむずかしいんじゃないかと。
小さい頃から部屋に閉じこめられて、ホラー映画だけ見せられてたとかそういうんでないかぎり。
逆に言えば「そのシュミさえなければ犯罪は起こさなかったか」ということになると思いますけど。
プラスの影響もある以上、マイナスの影響もあるとは思いますよ。
ただ、それをどうやって立証するのかということが問題というか。