ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

まだやっている

 こちらの方のブログで、あのアパグループがまだこんなことをやっているのを知った。「真の近現代史観懸賞論文」である。誇らしげに「前・航空幕僚長田母神俊雄氏が最優秀藤誠志賞(そんな賞だったのか)を受賞したことで大きな話題となった」と書いてあるが話題のなり方が問題なんだよね。わかっていない人というのはとことんわからなくて、もう全くしょうがないねぇという話になるのだけれど、今回の受賞者というのがあの竹田恒泰なんである。女系天皇が云々という皇室典範見直し論が活発だった時に良く産経新聞なんかに出てきた人で、JOC竹田恒和の長男だっただろうか。
 ご自分のブログにはなんと書いても良いんだけれど、自らを「たけぼん」と呼ぶのはやめたいなぁ。
 タイトルは「天皇は本当に主権者から象徴に転落したのか?〜教科書編纂者が隠そうとした「ある事」とは・・・・」というもので、なんだか今の日本国憲法では「象徴」と書いてあるけれど、実はそんなことはなくて、未だに主権は天皇にあるんだとでもいう思いきり曲げてしまったぞ、という解釈なのかもしれないと(この辺の人たちはやってしまわないとも限らない)かと思ったら「帝国憲法下においても、天皇には国策の決定に関与する実質的な権能は無かったのであるから、まして天皇専制政治は行われていなかった。ならば「主権者から象徴に転落した」という表現は俄かに怪しいものになる。」としてあって、最初っから主権者なんかじゃないから「転落」なんかしていないんだという話のようだ。
 しかも「天皇主権」の時の主権と「国民主権」の主権とは異なる主権なのだと説明してくれている。そのうえ、「日本国の主権は、新旧憲法のいずれにおいても、天皇と国民の絆の上に成立している」ということなんだそうで、天皇も国民もどっちも勝手には権力を行使はできなかったのだとしてある。ということは戦争の前もあともこの国の天皇と国民の関係は変わっていないということで、なるほど、そういう根拠があるから彼等はこういうスタンスを取ることが今でもできるんだなと納得してみようとしたけれど、うまい具合に問題を矮小化して後付け理論を作るのは一種の才能か。
 「帝国憲法下の体制でも、概して主権者は主に国民(但し重臣が重要な位置を占めていた)であったというべきであろう」という主張に至っては歴史の歪曲そのものといわれるだろう。面白い論理だから点数を上げようね、という教師はいるかもしれないけれど、これを最優秀に持っていくのは渡辺昇一先生くらいのものだろう。最終的に彼がいっているのは「帝国憲法下の主権者を天皇と定義するのであればどうなるだろうか。日本国憲法下においても、やはり主権の形式的側面(権威)の重要な部分は天皇が担っているのであるから、ならば現在も天皇主権」であり、戦前も戦後も国体は斯様に立派に護持されておるのであって社会科の教科書の解釈は間違っておるのである、ということなんだそうだ。
 慶應義塾大学の講師を肩書きにしているあなたであるならば、社会科教科書の検定に大きな間違いがあると文部科学省を提訴してみたら良い。

 先日のレクチャーで知った、というか想い出したというか東京12チャンネルでかつて放送した番組「証言・私の昭和史」が本になっていることを知った。これが1969年に學藝書林から単行本になり、1984年から旺文社文庫になった。それが1989年にまた文藝春秋から文庫化されて今に至っている。それからもう20年も経っているからもちろんとっくに新品では手に入らない。
 Amazonを通してその全6巻を入手しようという気持ちになって発注してみたが、2社から4冊が届いた。残りの2冊をどうしようかと考えなくてはならない。第6巻を売ってくれたのは狭山の古本屋さんだ。本の中から領収書がぽろっと落ちてきた。それをみるとどうやらこれを最初に入手した人は川越の的場にあったユタビ書店で平成元年11月5日に買ったらしい。古本の面白いところはこんな具合に昔の持ち主の痕跡が残っている可能性があることかもしれない。
 第1巻、第2巻、第4巻を売ってくれたお店は第5巻もあるとしていたのだけれど、残念ながら店頭で売れてしまっていた。第3巻はまた別の古本屋に発注しているけれど、まだ到着しない。
 第6巻の目次を見ただけでも、犬丸徹三、圓生+志ん生曽祢益+山田久就、清瀬一郎+高柳賢三、佐藤達夫古橋広之進白井義男、菅谷篤二なんてところがずらっと名を連ねていて楽しみ。

衆議院予算委員会

 2.5日間の予算委員会の中で自民党は13人の質問者をたて、12時間を費やすことになったのだそうだ。しかも、内閣は脱官僚で答弁するんだから質問を通告なんかしなくても良いだろうと、居直ってこれまでの慣行をひっくり返して質問の事前通告を拒否したんだそうだ。自分たちが答弁に立っていた時は、「通告を受けていなかったので、詳しくは答えられない」といっていたことを棚に上げているということだ。おかげで鳩山由紀夫の答弁が細切れになってしまって、あんまり実があがらない。そこを自民党は突いて、こんな総理大臣で良いのかとやりたいんだろうけれど、まぁ姑息な手段である。どちらかというと折角だからがっぷり四つに組んだ議論をやって貰いたい。
 自民党・大島、町村の質問を聴いていると野党におっこってしまった元与党のひがみと妬みが大盛りで、人間性の貧弱さが浮き彫りになっていることに気がつかないのがむしろ可哀相で、惨めな寂しさを覚える。これでは下手をすると自民党はこのままどんどん沈んでいってしまうのではないだろうか。「鳩山不況」なんて言葉があるとは知らなかったぞ、町村君。
 ブーメラン答弁は面白くない話で意味を持たないけれど、こういう質問の仕方を聴いているとやっぱり、じゃここまでねじ曲がってしまった原因は誰が作ったんだよ、といいたくなるのは仕方がないような気もする。
 町村が辺野古環境アセスメントが順調に進んできているんだといったのは大変な問題だ。「海上の妨害活動があったけれど」という発言もまさに大きな問題だ。これが「きちんきちんと説明をしてきた」ということなんだというスタンスを取らせてそのまま放置してはならない。ここを新政権が突かなくてはならない。「これが結論ですと前原大臣のように一方的にやってきたわけではない」という発言は現場の実情を反映していない。君たちが辺野古でやってきたことはまさに一方的なやり方だ。これまでの政府のやり方として、「環境アセスメント」という根源的な調査をおざなりにして何もかも進めてきたことは誰もが知っている。それが自公政権が許してきた地元民無視のプロジェクト推進法である。これを変えていくのが私たちが選んだ変革の基本的な動機の一つでもある。それが八ッ場でも辺野古でも根本的な計画を見直すための重要な要素のひとつになっている。私たちは中央のごり押しを見直したい。
 明後日までに結論を出せと云う町村の恫喝もさることながら「検討中、検討中といって答弁に具体性がない」という発言はそのまま還ってくることを覚悟もせずに言い放つ軽薄さが腹立たしい。
 辺野古への移転の最終的な結論を出した時の自民党の検証結果を町村は提示しなくてはならない。

 沖縄防衛局は、3月14日までに辺野古の基地建設を進めるための環境アセスメント調査を終了したと発表した。しかし、それは、専門家が求める複数年調査の要求を無視し、沖縄防衛局自らが必要と認めた台風時の調査も欠落させたもの。にもかかわらず沖縄防衛局は、春夏秋冬を通して調査したことをもって十分な調査を行ったかのように装っていた。

 という情報もある。民主党もさることながら私もこの際、辺野古に最終的に決まった経緯、その論理を勉強しなくてはならないと思う。
 町村の主張を聞いていると対米国施策が重要でそのためには地元が犠牲になることは二の次だといっているように聞こえてならない。
 加藤紘一鳩山由紀夫に向かって「野党ボケ」していると発言。それにしても昔の名前で出ている人たちばかりだ。まさかここで予算委員会加藤紘一が質問に立つとは思わなかった。「あなたに言われたくない」は誰の言葉かという。鳩山は謙虚な対応。「友愛」とはなんだと各閣僚に聴く。「ほわほわとした理念で現実的にはなんだ」と各紙の反応をお披露目する。
 返す刀で「本会議でスタンディングしたり、委員会で政府答弁に一斉に拍手するのは顔が見えなくなるから止めたがいい」という。悔しくて仕方がないんだろう。米国も英国も、豪州も、私が見た議会はみんな面白く応援する。自民党はもっとやっていたよ。さすがに立つにはみんな辛かったんだろうけれど。
 日本の政治家が如何に信念に基づかずにこれまで半世紀以上にわたって政権を担当してきたことが明らかになる。「友愛」が最近の外国生まれの思想なんだという切り方をする。鳩山一郎はいつの時代のどこの政治家だったのだろうか。
 加藤紘一のやり方は通告をしなかったが故にできる質疑で、これまでの自公政権では考えられなかった緊迫した委員会ができあがっていて、これまでのつまらん予算委員会とは大違いで国会中継が下手なテレビの議論番組よりも面白くて、他のことが手につかない。
 しかし、大島にしても、町村にしても、加藤紘一にしても、振り返って自民党の代議士諸兄に一年前に勉強させておけば良かった。そうすればここまで負けが込むことはなかったかもしれない。それでもだめだったかもしれないけれど。
 折角、加藤紘一の質問で「あぁ、国会もこうなって面白くなったなぁ」これからが楽しみだと思って見入っていたのに、後藤田正純が出てきたらなんということもなく町村と同レベルの腐りトマトの投げ付けのようになってしまって全くだめだ。こんなのが繰り返されるのかと思うとまた国会中継の視聴率は落ちるなぁ・・。

小学校のクラス

 先日久しぶりにあった友人がいうには彼が通っていた私立の小学校は6年間クラス替えがなくて、その上担任教師がそのまま6年間持ち上がって卒業したんだそうだ。だから未だに小学校のクラス会というものを開いていて、20数名集まるというんだから凄い。ま、あの時代に私立の小学校に行っていたというだけでもう凄いんだけれど、そのシステムがとてもうまく動いていた時代だということでもある。多分、今だったら6年間固定で小学校が運営されていたら逃げ場のない子というのが出現するような気がするんだなぁ。しかし、彼の小学校のクラス会は途中から転校してしまった人たちにも声をかけているというのが凄い。そういう人たちと連絡が取れているということがまず凄い。普通はなかなかそうはできない。ちゃんと同級生の歌舞伎役者も出席するんだそうだ。偉いなぁ。
 私なんぞは、何度も書いているけれど、1年から4年の一学期まで、4年の2学期から5年の年度末まで、6年生の一年と三つの小学校を渡り歩いたし、とんと縁のないところに暮らしているから、どこの小学校の方たちとも縁がなくなっていてもはやクラス会なんてどんなことになっているのか、全く訳がわからない。
 挙げ句の果てに、中学も一年生が終わってから転校してしまったから、あまりそれぞれの学校のOB会に私の印象が残っていなさそうだ。一年生を過ごした私立の中学に至っては名前まで変わってしまったし、なんだか放り出されちまったという感覚。そういえば卒業した中学だってもうあの頃の住所からは離れてしまったから向こうの幹事も何も知らないだろう。
 mixiのコミュニティーにも書いているんだけれど、この歳でmixiなんかに書いている奴はさほどいないということだろうか。

Willy Claure

 1962年10月12日ボリビア生まれのギタリスト。日本人には受け入れやすい選曲とセンス。はっきりいっちゃうとクロウド・チアリの再来。チューリッヒの空港で弾いていた。しかし、空港の一角で彼のようなギターの生演奏が流れているというセンスは好きだなぁ。思わず聴き入ってしまう。この「Ascona」というアルバムには「第三の男」やら「アランフェス」やら入っていて、日本人には親しみ深いものばかりだ。
 本人のウェブサイトはこちら。彼の演奏が流れるので周りに他の人がいる人は要注意。