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rascal2009の日記

2017-03-27

2.26事件

録画しておいたNHKアーカイブスNHK特集『戒厳指令…交信ヲ傍受セヨ 〜二・二六事件秘録〜』」を見ました。

この番組が放送されたのは昭和54年2月26日、2.26事件が起きた昭和11年2月26日から43年後のことです。

昭和54年が、“あの”2.26事件がたった43年前に起きた年だという事実に愕然としました。

それよりも短い、現在(平成29年)からたった38年前に、2.26事件と関わりのあった人たちが、その記憶とともに生きていたということに呆然としました。

現在は平成29年で、43年前といえば昭和49年です。西暦で書くなら、43年前は1974年です。遡って00年代があって、90年代があって、80年代があって、その次はもう70年代。遠い記憶と言うには早すぎる時間です。

歴史は地続きであり、その流れの一部に身を置いているのだと実感しました。

また、事件の真っ只中での当事者たちの会話を耳にして、写真や名前だけの歴史上の人物ではない生身の人間の手触りを感じ、2.26事件が歴史上の遠い出来事ではなく、わたしたちの身近で本当に起きたことなのだと思い至りました。

http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-archives/past/2003/h030720.html

2017-03-20

芸術の春

東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展」に行きました。

絵心の無さには自信があります。専門知識もありません。そんな素人も、本物の前にはひれ伏しました。

展示室の出入り口には透明なビニールのカーテンが引かれ、美術館側の本気度が窺えます。

襖絵を展示するということで、それをはめ込む周囲の木の部分、柱や欄間も再現してあり、手前には畳も敷いてあります。

いきなり目に飛び込んでくる青。視界いっぱいの海です。岩に当たって砕ける波、海面の小波、次の波。

近づいて見ては、離れて眺め、また近づく。ジグザグの軌道で絵の前を移動します。

一般的な襖絵と比べて鮮やかに過ぎるはずなのに、不思議に違和感がありません。描かれたのは昭和なのに、当時の人たちは見ていないのに、古の奈良の世界に誘われました。

何と不思議な平城京

その他の絵も、わたしを立ち止まらせて放しません。近づいて、あるいは一歩引いて、その襖がある唐招提寺にいるかのような錯覚を覚えながら鑑賞しました。

そして、絵心が無いのに目の奥に涙がにじむ気配があり、自分で驚きました。同行者がいなければ、外にこぼれていたかも。

http://www.ibarakiguide.jp/events/events-79672

2017-03-12

『キャスターという仕事』

正しい答えを得るためには、正しく問わなければいけません。

ずっとテレビを見ない生活を送っているので、いつのことか記憶が定かではありませんが、まだプロ野球ナイター中継をしていたころ。実況を担当するアナウンサーの、解説者とのやり取りに不愉快なものを感じていました。

例えば、試合が中盤まで進行して、そこまでの展開をハイライトで振り返ることがあります。ある選手がホームランを打ったとします。「序盤は静かな展開で4回、○○(選手名)のホームラン……」と言って黙ってしまうのです。次に話すのは解説者という無言の振りとともに。

そのホームランの何をトピックとして取り上げたいのか。先取点の重みなのか、バッターの技術的なことなのか、それによってピッチャーあるいは相手チームの戦術に変更があって展開が変わったのか。

あるいは、ピッチャーの投球を再生した画面を見て、「このストレート……」と言ったきり。そのストレートが何だというのか。球速か、コースか、配球か。

何を訊かれているのかわからないのですから、解説者も困ったでしょう。性質(たち)が悪いのは、このアナウンサーが、言ってみれば会話の中での体言止めを優れたテクニックと考えていることです。あるいは自分の実況の個性であると。

最近、職場に新人が入り、その後輩に仕事を教える場面が多々あります。そして、質問してくれるのはあり難いのですが、やはり上記のアナウンサーのように最後まではっきりと喋らないのです。「○○さん、これは〜……」と言ったきり黙ってしまいます。もちろん、わたしは経験上、彼が何に困っているのかわかりますから指示は出せます。しかし、こう答えます。

「途中で言葉が消えて、何が言いたいのか伝わらない。最後までしっかり話してきちんと訊かなくては駄目だ。どうしてわたしがキミの言わない部分を想像して補って、キミが言わんとしていることを代わりに言ってやらなくてはいけないんだ」

冒頭の言葉をもう一度。

正しい答えを得るためには、正しく問わなければいけません。

それを報道番組において如何に実践してきたかを語る本書は、ジャーナリズムに限らず、日々のニュースを受け取り、日常を生きるわたしたちに多くの示唆を与えてくれます。それは、著者が携わった「クローズアップ現代」の精神と同じです。

ホモ・サピエンスの武器は言葉です。その言葉について真摯に語った本です。

キャスターという仕事 (岩波新書)

キャスターという仕事 (岩波新書)

2017-03-11

守る

“ジウ”シリーズに登場したテログループ「新世界秩序」。その残滓は、同じ物語世界を共有する後続の作品において生き続けています。

あるテログループが、政治家官僚、巨大企業のトップ、マスコミ関係者など社会的に枢要な立場にある人々と繋がっていたら、否、そもそも目的を同じくする共同体を形成していたら。彼ら彼女らの行為はテロではなくクーデターでしょう。

この『歌舞伎町ダムド』の最後、ある女性が敵対する組織に宣戦布告します。しかし、それは攻めることではなく守ることをです。

守る。この尊さを、いまのわたしは皮膚感覚で理解できます。

現実世界に対する反骨心を、声高に主張するのではなくエンターテインメントとして提示してみせる。ここにも大藪春彦の子供がいます。

そんなことを想う、平成29年3月11日

歌舞伎町ダムド (中公文庫)

歌舞伎町ダムド (中公文庫)

2017-02-27

まるごと描く

船戸与一は、「満州をまるごと描く」をコンセプトに“満州国演義”シリーズを書きました。

人類史をまるごと描くユバル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』を読んでいて、ずっと試されていると感じていました。この本は、読み手の内的蓄積に呼応します。何を見て、何を聞いて、何を読んで、何を考えて生きてきたか。

読むにあたって、フランス革命と聞いて思い浮かべることがある程度には、高校の世界史レベルの知識はほしいところです。

船戸与一の諸作品や、漫画なら浦沢直樹の『MASTERキートン』や岡崎二郎の『アフター0』を思い出しながら読みました。それだけでなく、本棚に並んでいる本のすべてが、この『サピエンス全史』と密接に繋がっているようにも思えます。必ず、この本のどこかに当てはまるのです。

これまで読んできた本のおかげで『サピエンス全史』を楽しく読むことが出来たなら、その逆、『サピエンス全史』を読んだ後にそれらの本を再読したなら、また楽しめるのではないかとも思えます。

この本を読んでみようと思ったきっかけは、NHKドキュメンタリー番組でした。興味深く見ましたが、同時に物足りなさも感じました。そこで手に取ったわけですが、その不満も吹き飛ばしてくれました。

また、ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』を読んでいたことで、本書をよりいっそう楽しめたと思っていたところ、巻末の謝辞に名前があって驚くとともに嬉しくなりました。

内容について感想を書こうと思ったら、一章ごとに書いても追いつきません。ですので、この場では読んで良かったという感想を書くだけに止めます。