okatakeの日記

2018-02-23

なんだか昨日からぐずぐずした天気で、それも午後には晴れるというが、いまは小雪だ。自転車パンクする痛恨の事態で、遠くの「アサヒ」まで歩くかして、軽トラを借りて積み込んで、また持っていかねばならない。するとこれまでたいてい、「チューブもタイヤも交換した方がいいですよ」と、言うのだった。カンタンに言うなあ。

昨日はだからバスで駅まで。中川フォーク・ジャンボリー17回(ゲスト中川イサトさん)を無事終える。けっこう長く、イサトさんから、大阪時代の話を聞く。このあいだ入手した「フォーク・リポート」では、鶴橋在住時代の西岡たかしさんが、いつも「足袋をはいた」変わった人と書かれていたが、昨日の話だと、さらにいつも長靴を履いていた、という。そこへ、手製のバンジョーを持ち、町を歩いていたというから、これは鶴橋では目立つ。高田渡の話もずいぶん出た。新幹線名古屋入りするとき、例によって酒を呑んでて、名古屋に着いたことに気づき、あわてて降りたらギターを忘れていた。網棚(とは新幹線では言わないか)に置いていたのである。それでも販促用のCDはちゃんと手にしていた。結局その日のライブは、主宰者側のギターを借りて歌ったそうである。

今日あたり、サンデーで選んだ本が届くか。またヨムヨムの日々だ。本を読むのは、どれだけしても飽きない、というのも一つの才能だろうか。金井美恵子スタア誕生』、いとうせいこう『小説禁止令に賛同する』、村上春樹訳/E・レナード『オンブレ』などを選んだ。

張り替え、書き直し、継ぎ足し継ぎ足ししてきた「マイ・フェバリット・ソングブック」ノート(好きな歌の歌詞にコードネームが振ってある)に、曲順に通し番号をふってみたが、200近くある。もう40年近く使っている。新たに灰田勝彦「燦めく星座」を書き入れる。ええ歌やなあ。このノート、棺桶に入れてもらおう。 

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2018-02-22

私の新刊、新講社より『人と会う力』が刊行される。書き下ろしによる長編エッセイ。「人と会うことでぼくは作られてきた」体験と、さまざまな事例を引いて、「人と会う力」について考えた本です。来週あたりから大きな書店には並ぶと思います。ちょっと手に取ってみてくれるとありがたい。

https://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refBook=978-4-86081-567-7&Sza_id=MM

昨日は三鷹松乃家」でとんかつ定食(豚汁をふんぱつ)、「上々堂」まで歩いて、補充と精算。探している本があったが、自分の棚に見つけ確保する。近藤富枝馬込文学地図』だが、家のどこかに、あと1、2冊あるはず。「盛林堂」にもちょいと寄る。九段下へ移動。グランドパレスホテル最上階レストランで、坂崎さんと待ち合わせ。『人と会う力』見本を受け取り、注文のあった20冊(東京堂さん、いつもありがとう)にサイン、落款、この本のために用意した寅さんチームのイラストを入れる。うまくいったのといかなかったのと。ホテル23階の「クラウン」は眺めもよく、静かで、コーヒーもおいしい(お代わりできるのか)。九段下近辺で、人とじっくり話せる喫茶店が少なく、ここ、ということになる。

そのままサンデーへ移動、本選びをする。こんなふうに、効率よく、スケジュールが運ぶことは珍しい。受け取った『人と会う力』見本10冊が重たいので、おとなしく帰る。スーパーでビールとつまみを買い込み、自宅で、一人祝杯を上げる。帰りの電車でパラパラ自著を読みながら、あ、あのことを書き忘れた、まだあの人のことを書いてないぞと思い出される。もし、万が一、ベストセラーにでもなったら(望み薄ではあるが)、第二弾を書きたい。「ARE」や「SUMUS」のこと、「飾粽」のこと、それに「栞会」のことや、「中川フォーク・ジャンボリー」などのことも、書きたかったのである。「トキワ荘」の話も。本当は『人に会う力』に書くため用意していた赤塚不二夫赤塚不二夫120%』を読んでいたら、これまで読んで重複する話も多いが、やはり寺田ヒロオとの再会の文章が胸に迫る。「トキワ荘」の兄貴分、テラさんは、早く筆を折り、茅ヶ崎の自宅で世捨て人のような暮らしをしていた。とは知っていたが、自室に閉じこもり、食事も奥さん(中村八大の妹)が渡り廊下の上がりがまちまで運び、食べ終わったらお盆を外へ出しておく。家族との会話もなく、誰にも会わず、ずっと焼酎を飲んでいたらしい。平成4年に62で死んでいった。ぼくは寺田ヒロオ背番号〇』が愛読書で、いっとき何度読み返したかわからない。

以下、ウィキペディアから該当個所を引いておく。

「他界する約2年前の1990年6月23日、突然トキワ荘の仲間(藤子不二雄Ⓐ、藤子・F・不二雄石ノ森章太郎赤塚不二夫鈴木伸一)を自宅に呼んで宴会を催し、終了後、三々五々去ってゆく仲間たちにいつまでも手を振り続け、「もう思い残すことは無い」と家族に話したという。翌日、藤子Ⓐは礼を伝えるため寺田宅に電話をかけたが、寺田はもはや電話口に出ず、妻を通じて「今後一切世俗とは関わらない」との旨を伝えた[6][4]。なお、この宴会の模様は鈴木がホームビデオで撮影しており、後年ヒストリーチャンネル制作の番組『20世紀のファイルから−証言・あの時、あの人−』(第29話:マンガがすべてだった・「トキワ荘」の頃)[7]で一部が公開されている。鈴木はこの時に撮影したビデオのコピーを寺田に進呈しており、遺族の話では彼は晩年そのビデオを繰り返し観ていたという。

晩年は一人自宅の離れに住み、母屋に住む家族ともほとんど顔を合わせることはなかった。朝から酒を飲み、妻が食事を日に3度届ける生活を続けていたが、朝食が手つかずで置かれたままになっているのを不審に思い、部屋の中に入ったところ、既に息絶えているのが発見された。妻は晩年の寺田について「身体が悪くなって、病院に行ってくれと頼んでも、行こうとしないんです。色々手を尽くして、あきらめました。この人は、もう死にたいんだなって…」と、ただ見守るしかなかった状況を語っている[4]。

墓は茅ヶ崎駅を降りて海とは反対側に車で10分ほどの浄見寺という大岡越前墓所でもある浄土宗古刹にある。戒名は「博譽残夢漫歩居士」[1]。」

いつか寺田ヒロオの墓に行って手を合わせたい。「浄見寺」へは、最寄バス停「堤坂下」まで茅ヶ崎駅からバスが出ている。意外に、妻の実家からも車ならアクセスできそうで、その手もある。なんだか、とっても、テラさんの墓に参りたくなってきた。いつもこうだ。

寺田ヒロオの墓のことが、川本三郎さん『今日はお墓参り』に書かれてあると知り、読んだのに忘れたか、家で探すより図書館だと、近くの図書館で借りてくる。さすが川本さん、くわしく調べて、奥さんと娘さんにも会って話を聞いている。『めくらのお市』の棚下照生が、「トキワ荘」以外でもっとも親しかった友で、この棚下にも取材、興味深い証言を得ている。寺田の断筆は、売れるものを優先する漫画界に絶望した、となっているが、棚下によれば「きれいごと」で、「描くことがなくなってしまったんだ、もう」と言う。大のネコ好きで、可愛がっていたネコが死んだ後、酒を飲み、泣き暮らしたというから、それも「緩慢な自殺」(藤子不二雄Aの言)の原因かもしれない。

一緒に借りて来た水野英子トキワ荘日記』(トキワ荘通りお休み処でも販売中)によると、水野がトキワ荘入りした昭和33年には、すでに寺田ヒロオは結婚して、別のところへ新居を構えていたが、トキワ荘へはしょっちゅう来ていたため「最初はてっきりお住いだと思っていた」と書いている。水野にとって「貫禄のある大人」で、近寄りがたい存在だったとも。市川準トキワ荘の青春」をまた、観たくなった。

川本さんが『今日はお墓参り』を「太陽」で連載していたのは、1997年1月号から。寺田ヒロオはトップにあるから、取材は前年の1996年だろう。すでに22年たっている。

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2018-02-18

映画「アニーホール」で、アルビー(ウディ・アレン)が、アニー(ダイアン・キートン/目が離れ過ぎて美人とは言えぬが魅力的)の部屋を訪ねたとき、アニーの本を手に取る。これがシルヴィア・プラス詩集。ほか「ライ麦畑」の書名など出てくる。そうか、ポール・サイモンがいけすかない音楽プロデューサー役で出演しているのか。クリストファー・ウォーケンも。

必要あって、ふだんはまったく見ない大河「西郷どん」を見る。なんだ、おもしろいじゃないか。ちょっとチェックして行こう。島津斉彬の側近で、徳井優が登場。何度も書くが、守口高校の後輩なり。活躍がうれしい。かつて取材したことがあり、その折り、後輩と知ったのだった。「竜馬伝」以来、NHK大河の「汚づくり」の美術は、格段の進歩を遂げている。地毛を生かした鬘もいい。ハイビジョンだと、従来の鬘だと生え際がどうしても違和感がある。

近く「大泉学園」周辺をじっくり散歩したい。「東映アニメーションギャラリー」、それに「小泉牧場」という牛舎あり、反対側には「牧野記念庭園」(牧野富太郎)もある。もちろん「ポラン」さんをチェックせずに帰ることはありえない。

最近、ギターでよく歌う歌

「笑っているけどみんな本当に幸せで 笑いながら町の中歩いているんだろうかね/忘れてしまいたい望みを隠すために 馬鹿騒ぎするのは私なんだろうかね」(中島みゆきタクシードライバー」)

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2018-02-17

内憂外患というか、どうもやることなすこと低調で、そういう時は動くにかぎると、本当にひさしぶりにゴンチチを聞きながら玉川上水さんぽ。こういう確実な幸せを手放してはならぬと思う。

午後は、かねてからの懸案であった、新所沢の古本カフェ「午後の時間割」を訪ねる。週に三日ほどしか営業していないので、目がけて行くことになる。新しめの本、海外文学充実の店である。なんとか「古通」に書けそうだ。ちくま文庫がたくさんあるのに、ぼくの本はなく、ご主人と話をしたが、知られていなかった。あれだけ本があって、自分の本がない、というのは残念というより反省材料だ。まだまだ、ということだ。書くことだけで、人に知られるというのは、大変なことだと思う。しかし、知られれば、知られるほどいいのか、というとそれはまた別の話。それはそれで、それ相応の負荷を背負うことにもなる。いまぐらいでちょうどいい、とも言えるのだ。

週に2度は湯豆腐を食っている。小鍋で自分用に作るのだ。ただ、ポン酢にパンチが足りなく、やはり、ポン酢は高くても「旭ポン酢」以外は使ってはいけないと思う。しかし、高いんだなあ。プライベートブランドの安いポン酢の3倍以上するか。

アド街ック天国」が三軒茶屋太子堂、というずいぶんピンポイントのエリアを取り上げ、ほとんど飲食の紹介であったが、お好み焼き津久井」、とんかつ「川善」に激しく反応する。しかし、毎回、どこを取り上げても、薬丸が店など習熟しているのに驚く。そのためだけに、生きているのではないかと思わせる。かく、ありたいものだ。

澤宮優『イップス角川書店を、メモ取りながら熟読。「大事な場面で、手が動かない」泥沼の「魔病」にはまりこんで苦悩するスポーツ選手の内実を取り上げる好著で、スポーツ界のことながら、わがことのように読んだ。症状の大小はあれ、ほとんどの人間が罹患する病であり、自分もまたそうだと思うのだ。

ウディ・アレン「アニーホール」を久々に観る。ウディ・アレンのカラーは、この映画で確立された。セリフに頼っている映画のように見えて、音を消して、絵だけでも、じゅうぶん楽しめる映画ではないか。人と集まって、お酒を飲んで喋りながら、音を小さくして流していてもいい。

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2018-02-15

10年ぐらい使っていた電気洗濯機が壊れ、乾燥機付きに買い替える。今日搬入で、妻は朝からおおわらわ。すっと物を移動できる家ではないからな。じつは冷蔵庫の製氷機が壊れ、ずっと冷凍室で氷を作っている。家電は10年以上はもたないように作られているのではと不信をもつ。パゾリーニ「奇跡の丘」はモノクロ、キリスト伝を映画化。なんというか、キリストの言葉以外、極力セリフを排し、リアリズムに集中した作り。キリストが、なぜか眉毛がつながっている(木梨憲武仮面ノリダー」はこのパロディか)。荒涼とした大地と、そこに生きる人々。

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