映画『ジュピターズ・ムーン』は、2018年のベストのいとつになるでし

クリエーティブ・ビジネス塾6「ジュピターズ・ムーン」(2018.2.5)塾長・大沢達男

映画『ジュピターズ・ムーン』は、2018年のベストのひとつになるでしょうが。

1、『映画芸術
昔、月刊雑誌『映画芸術』(編集長小川徹)を読んでいました。ライバル雑誌の『映画評論』は軟弱だ思想性がない、もちろん『スクリーン』などのグラビア型の映画雑誌は甘く見ていました。
映画芸術』には、三島由紀夫埴谷雄高吉本隆明足立正生などが書いていました。映画雑誌であり、文芸雑誌、思想雑誌でした。そして何よりの魅力は、溝口健二小津安二郎黒澤明に頼らずに、大島渚吉田喜重篠田正浩などの新しい映画作家の発見に貪欲だったことです。もちろんその姿勢はアメリカ映画やヨーロッパ映画の選定にも、貫かれていました。
いま僕たちは膨大な新作映画を前にしてさまよっています。ネットの様々感想は薄っぺらすぎて、時代を生きる指針を与えてくれません。そんななかで映画『ジュピターズ・ムーン』(2017年ハンガリー・ドイツ合作 コルネル・ムンドルッツォ監督)をすすめてくれた日経の映画欄に感謝します。映画評論家中条省平が5つ星でこの映画を評価してくれたのです(日経 1/19 夕刊)。
2、『ジュピターズ・ムーン
まず本(シナリオ)がいい。映画のオープニングはジュピター(木星)の月の説明から。木星にはたくさんの月がある、そのなかに「エウロパ」は地球と似た環境にある、生物がいるかもしれない(「エウロパ」とは「ヨーロッパ」の語源になったもの)。いきなり神の視点が提示されます。米の映画監督スピルバーグが映画制作の前に必ず見る4つの映画のひとつ『素晴らしき哉、人生!』(1946年アメリカ フランク・キャプラ監督) のオープニングを思わせます。
骨格はシリアスな政治ドラマです。中東のシリア難民の少年が東欧のハンガリーに逃げて来る話です。父親と離ればなれになった少年、それを助けるハンガリー医師、追いかける政府の役人。少年は空に浮かぶことができる特殊な能力を持っています。医師は医療ミスで患者の命を奪い、病院をクビなり多額の慰謝料を要求されています。医師は恋人助けを借りて生きています。ハンガリー共産主義の国でした。だから少年と医師を追跡する政府の役人が怖い。秘密警察を思わせます。
難民の少年と医療ミスの医師、そして医師の過去と恋、大状況と私的状況がうまく絡み合い、感情移入できる、見るものを映画の世界に引きずり込んでいきます。
つぎにカメラワークと編集。第1に随所で使われる平行移動のカメラワークです。走る人物を真横から猛スピードで追いかける。カメラ前には木や障害物が流れるように写っている。どうやって撮るのか。第2、カーチェイスの場面。撮影技術は想像つきますが、なぜか迫力があります。
そして少年が空中に浮かび、空を泳ぐシーンです。少年のシャドウが壁に写り、地上に降りて来るシーンの美しさに圧倒されます。少年の空中での回転に連れられて部屋が回転し始め、家具や備品がなだれ落ちてくる圧倒的なシーン。どれもが自然で格調高い映像になっています。「CG」だとか「SF」だとかいう言葉はこの映画の場合はあてはまりません。少年は人類のため木星エウロパから送られてきた神です。
3、一神教
さて少年が逃げてきたシリアはどんな国なのでしょうか、日本の半分ほど(18万平方キロ)の国土に、1800万人が住んでいて、ほどんどがイスラム教徒です。医者のハンガリーは、日本の4分の1(9万平方キロ)の国土に1000万人の人が住んでいて、ほとんどがキリスト教徒です(ちなみに日本は、国土37万平方キロ、人口1億2686万人)。難民問題の基本には、爆発的に増えるイスラム教徒と減少するキリスト教徒があります。なぜ少年が空を飛ぶのか。みんなが空を見上げるためにだ、と映画は説明します。ジュピーターズ・ムーンの視点から、地球上の問題を考え解決しよう、という提案です。
映画に感動しました。しかし平和はやって来るのでしょうか。人類は滅亡する可能性の方が大きい。「歴史は進歩するというのは近現代人の常識にしかすぎない」(佐藤優文芸春秋2018.2』p.366)からです。一神教同士の戦いは、激しくなることはあっても、終わることはありません。
その前に、映画についての評論のレベルのほうが心配です。『ジュピターズ・ムーン』は、よくできた「SF映画」、としてしか評価されていません。映画が提出したテーマにだれも応えられない。もし三島由紀夫がいたら、もし大島渚がいたら、この映画をどう評価したか。大きな論争が巻き起こっていたはずです。