ごめんね日常 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-11-27

[]「かもめ

アルカージナに佐藤オリエさん、ニーナ満島ひかりさん、山路和弘さんに田中圭さんに中島朋子さんに坂口健太郎さんに…とまあ、豪華な顔ぶれ。そういえば、ケラさんのチェーホフシリーズはあと2本あるはずだけどその後どうなんですかね(関係無)

セットは基本的シンプル舞台をさらに小さく見せる枠組みと、2枚の幕と椅子。熊林さんの演出、これで2本目かな?拝見するのは。個人的にはかなり奇策に走ったなあという感じがしました。2幕冒頭のアルカージナの佇まい(楽屋での休憩中さながら)や、舞台上の椅子に座って役者が待機しているところからして、おそらく入れ子の構造でみせる、という意図があるんだろうけど、わかりやす記号なしに舞台に乗せているので見てるほうにはちょっと戸惑うところがありましたね。あと、ものすごくドタバタだった。ドタバタになっちゃう、のならいいんだけど、意図してドタバタにしているので、これは相当好みがわかれるところだと思います。やっぱりいいセリフは落ち着いて聞かせてもらいたいという欲求もあるしね。あと、これは「おそるべき親たち」のときも思ったけど、欲求欲望表現が非常に直截的ですよね〜。けれど、エロス不思議と薄い。もっとさりげない表現でも、ひえ〜!ドえろい!と感じさせる演出家もいるので、ここらへんは演出家カラーが如実に出るところかもしれない。

満島さんのニーナ坂口くんのトレープレフ、いずれも熱演だったけど、何しろきちっと姿勢をきめてセリフを言う、という場面自体が少ないので(ものすごく床に転がってるか座ってるかする時間が多い)、ここぞという場面でセリフが前に出ないきらいはあった。4幕のニーナはまさにこの役のしどころはここに集中してると思うんだけど、もう少し客席にその熱演の熱を放出するベクトルが欲しかった気はしたかな〜。ひかりちゃん、めっちゃうまいんだけどね。私はかもめ、いいえそうじゃない、っていう、有名な台詞のキレの良さたるやすばらしかったし。

佐藤オリエさんの硬質な芝居がすごく好きなので、アルカージナのセリフはもっとたっぷりと聞きたかったなあ、という気もしました。ただ、ニーナとトリゴーリンがいるところをじっと見つめる芝居の空恐ろしさとかさすがの貫禄でしたけども。山路さんのドールンも非常に魅力があってよかった。なによりあの声!はー。いつまででも聞いていられる。田中圭さんの声も落ち着いててよかったね。トリゴーリンには若いかな?とも思ったけど、そのぶんニーナに惹かれる心情は飲み込みやすかった。というか、トリゴーリンが若いだけに、その作家としての未来シニカルに語る場面が非常に印象に残ったかな。なかなかいい作家だ、けれどツルゲーネフほどじゃない…。あれはチェーホフ自身の思いでもあったんでしょうね。

2016-11-26

[]「遠野物語・奇ッ怪 其ノ参」

奇ッ怪シリーズも第三弾。今回の題材は遠野物語。日本によく似たどこかの世界近未来におこるかもしれない(おこらないかもしれない)出来事のなかで語られる「物語」の意味

冒頭の山内さん(=イノウエ)の語りから、「方言」というものに着目させ、その土着の言語によって語られる物語に引っ張っていきます物語の中心にいるのは仲村トオルさん演じるヤナギダ。言うまでもなく、モチーフ柳田國男その人です。標準化政策と称し、標準語以外のすべての方言が記されることを禁じられた世界真実以外は書き残してはならない世界、その世界のなかでヤナギダは遠野地方に伝えられる伝承を書き残し、逮捕される。それが果たして真実なのか虚偽なのか、イノウエと警察による審判が行われる。

スズキという語り部を通して語られるその遠野の物語。それ自体解釈したり、紐解いたりということよりも、なぜ人が物語ったのか、という視点に集束させていくところが、なんともうまい。でもってこのシリーズは、そうした作品としての面白さはもちろん、ふっと異界のものに触れたような感覚を味わわせてくれるところがすごおおく好きなんですよね。今回でいうと谷底から聞こえる「おもしろいぞー」の声とか。そしてあの、「渡しましたからね」という台詞によって感じられる輪廻連鎖の輪みたいなもの

以前、鴻上さんが、人間は到底理解できないつらい現実と向き合ったとき物語にすがろうとする、それは若いころの自分には理解できなかったけれど、時を経てその心情がわかるようになった…と言っていたことがあって、それを思い出しました。物語は人の心を癒しも殺しもする。神隠しという物語で救われるものがあるように、そこで切り捨てられる心もある。そういう構図を、ヤナギダとイノウエを通して浮かび上がらせる、そしてあの「渡しましたからね」。

瀬戸康史くん、訛りの見事さも舌を巻いたし、ほわほわとした語りで憑依体質の不思議な佇まいを醸し出していてよかったです。あれだ、わたし舞台で拝見するの初かなとか思ってたけど、八犬伝出てたね…(コラー!)仲村トオルさんはこのシリーズには欠かせないですね。この「怪」を描く作品と、いつもどこかに「陽」を感じさせるトオルさんのカラーのマッチングはいつ見ても絶妙銀粉蝶さんの存在感の大きさ、そして池谷のぶえさまー!なんつーいい声―!のぶえさんの声はほんとにごちそうです。ありがとうございます

このシリーズ大好きなんですが、三部作でキリよく終わりだったりするのかしら。まだまだいろんな「怪」を見てみたい気もしますけども。

2016-11-14

[]「錦秋特別公演2016」

兄弟秋の恒例行事。お邪魔するの久しぶりかもしれません。せっかく京都に住んでて京都に来てくださるのだから〜ということで出かけてまいりました。

この錦秋公演も回を重ねてきて、ご兄弟もいろいろと見せ方を模索されているようなんですが、今年からの試みとしてまず最初に「歌舞伎塾」と称し、役者楽屋入りから拵え、さらにそのあとの演目までつるっと見せながら、折々にご兄弟やお弟子さん方が解説を加えてくださっていくという。これ、よかったですよね〜!いつもは、芸談というコーナーでご兄弟に今後のこととか今年の芝居について聞いたりするんだけど、錦秋公演てお値段設定もあってほんとに「初めて歌舞伎見る」みたいな方がけっこういらっしゃる印象があるんですよ。なので隈取衣装の話はもちろん、太鼓三味線をこんな風に使うんですよっていう実践に即した解説はほんとにニーズに合ってると思いました。別に歌舞伎初めて!って方じゃなくてもいてうさんと鶴松さんの拵えが出来上がっていくのを見ているだけでも結構楽しい。これはほんといい試みだなあと思いました。小三郎さんや國久さんの顔と名前を覚える方も絶対多いと思うし、過程を見た後で「草摺引」を見るとぐっとのめりこんで見られるし、今後もこの試み続けていってほしいです。

途中の効果音のクイズ(この音はなんの自然現象を表しているでしょう?っていう)で、勘九郎さんが「いつもは歌舞伎初めてって方に答えていただくんですけど、京都はそういう方も少ないですかねー」って言って、でも初めてだってひとが前方でもちらほら挙手されたんですよ。勘九郎さん「今手を挙げるってことはあてられるってことなのに、勇気がある!」そしたら客席にマイク持って降りてた七之助さんがやおら「そうですね、今手を挙げた人はすごく勇気があるか、頭が悪いかどっちかです」勘九郎さん「あ、あたまが、わ、おまえなんてことを」七之助さん動ぜず「勇気があるか頭が悪いかなんですけど、この人(前方に座っていた男性)は間違いなく後者です!」ちょちょっちょ七之助さんどうしたー!と一瞬めちゃ焦りましたが、続けて「なぜならこいつはぼくの中学のときの同級生からです、横浜寿司屋をやってるんですけどね、歌舞伎とか全然知らない、寿司を握ることしか考えてないから絶対知らないと思います!」ってめっちゃキラキラした目で仰ってました。さすが中村屋のお子だよ…やっぱりこういう血が流れているのだね…。あと幽霊効果音のときにつつつ、と鶴松くんの背後に近寄った勘九郎さんが、その日鶴松くんが来てた上着をぽいっと客席に投げたんだけど、七之助さんも止めもいさめもせず、「大丈夫まだトランクにたくさん入ってるじゃない」とか言っていたのでほんと似た者兄弟だなと思いました。

恒例のご兄弟への質問コーナーもあって、その中で、勘九郎さんが文京かどこかの公演の時に、七之助さんは今後やりたいお役で「揚巻」とおっしゃったけど、勘九郎さんは助六はやらない、とお答えになったことが七之助さんファンのなかで話題になっている、理由をよかったら教えてください、と聞いた人がいたんですよね。勘九郎さんとしては、まず気軽にやりたいとかいうような役ではない、市川家が大事にされているものだから、というのを第一にあげつつ、基本自分助六のニンではないとお考えになっているようでした。うーんこれ、ツイッターでもちょっとそのやりとりを書いたんですけど、勘九郎さんは決してご自分卑下してる、遠慮してるというニュアンスまったくなかったので、そうとらえる人もいるんだなーというのが不思議な感じでした。個人的に私も七之助さんの揚巻はちょう見たいけど、助六勘九郎さんでなくてもいいというか、勘九郎さんじゃないほうがいいかなあとか思います(逆にこれもずっと言ってますけど、籠釣瓶菊之助さんの八ツ橋で見たいなとか思ってるし、できればいろんな組合せで見たいという欲求のほうが強いです)。

歌舞伎塾のあとは汐汲、そして久しぶりに勘九郎さんが女形をやる女伊達。私、勘九郎さんの女形好きなんですよね…って勘九郎さんファンの人はそういう人多い!気がする!タイトルのとおり、きりっとした踊りで、かわいらしさもありつつ、勘九郎さんも楽しく踊ってらっしゃるようで、よかったです。もっといっぱい女形やってくれてもいいのよー!(心の叫び

2016-11-06

[]「勧進帳」木ノ下歌舞伎

基本的には歌舞伎の「勧進帳」をなぞるところはもちろん、音楽の使い方やシンプルなセットが私が最初に木ノ下歌舞伎を観た「黒塚」のスタイルに近く、もとの舞台を知っているからこその面白さが存分に感じられる舞台でした。春秋座の舞台の部分に縦長の舞台とそれを挟む客席を配していて、その細長い舞台の上手と下手が関のあちらとこちらになるという構図。

富樫、弁慶義経以外の3人は同じキャストがつとめるのも面白かったですが、個人的に唸ったのは弁慶をリー5世という在日外国人の方(本業はよしもとに所属する芸人さん)にキャスティングしていたこと。日本語は相当流暢ですが、ネイティブじゃないことはわかる。安宅の関に通りかかった弁慶の一行は富樫の詮議を受けるわけですが、義経一行が山伏に化けているという情報を掴んでいる富樫には、彼らは「山伏らしく」見えていない。その弁慶勧進帳をすらすら読み上げ、あの山伏問答で丁々発止のやりとりを繰り広げる!ここ最高でした。まさか彼が(私たちでも理解の及ばないような)修験道のことどもを流暢に語ろうとは、というワンダー、弁慶が口を開くたびに我々も驚くし、それは富樫の驚きともシンクロしているんですよね。それに、弁慶というある種「異形の者」を感じさせることにも成功している。これは木ノ下歌舞伎ならではの面白い試みだし、この「勧進帳」をいっそうスリリングに見せるすばらしいアイデアだと思いました。

音楽の使い方も斬新で、個人的にはあのテクノポップに乗せたすり足でのダンス(立ち回り)はめちゃくちゃかっこいいな!と感嘆しました。さらラップ調の音楽をまさにクライマックスで皆が歌う、という演出もあるのですが、「黒塚」の時もここぞ!というところでかかったJ-POPものすごい効果をあげていて、こういうのはずっぱまるとほんとトラウマレベルで記憶に刻まれるものですが、なんというか、もう一声!というか、ちょっとボタンの掛け違えみたいないたたまれなさ成分が若干残ったのが惜しかった…何が違うのかと言われても正直はっきりとはわからないんですけど。やっぱり歌うって行為に遷移させるのを見せるのはなかなか一筋縄ではいかないもんなんだなーと。

富樫をやった坂口涼太郎さん、すらっとした細身の長身姿勢が美しく、衣装あいまってどこか鴉を思わせるような佇まい、ものすごく印象に残りました。最後の表情はまさに絶品でしたねえ(角度的に、これが見える客席と見えない客席ができてしまうのだが、先にご覧になった観劇仲間のアドバイスによりベストポジション観劇できたのです)。

これを踏まえて見ると、歌舞伎の「勧進帳」もいっそう面白味が増しそう。今後の公演も楽しみです。

2016-10-30

[]「スター・トレック BEYOND」

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これも全米公開は夏真っ盛りの7月!まーちーかーねーたー!春から夏にかけてのいわゆるアメコミ超大作(シビルウォー、BvsS、アポカリプス)がいずれもヒーロー同士の対立構造を軸にしていて、対立構造嫌いじゃないどころか大好きな私でも若干食傷気味ではあったので、アメコミではないけどそういう構造と無縁のスタートレックに期待していました。期待していたのはスコッティ役で出演もしているサイモン・ペッグ脚本にも参加すると報じられていたのも大いにあります

リブート版スタトレとしては3作目で、3作目の利点を大いに生かしている脚本で楽しかった!1作目と2作目を監督したのはJ・J・エイブラムスで、ケレンという意味では確かにJJ版は見せるものがあるし、なにしろJJエンタープライズ号をめちゃくちゃかっこよく撮ってくれるので、そういう意味ではSF超大作らしい空気があったと思うけど、ケレンと大味は紙一重という部分もなきにしもあらずなんですよね。なので、前2作と同様にケレンを推し進めるとケレンインフレ起こしちゃうおそれもあったんじゃないかと思う。そこをペグちゃんの脚本はうまく世界観を凝縮して見せているなー!と思いましたし、誰が見てもとっつきやすく、わかりやすく、そしてずっと見てきた人にはそれぞれのキャラクターへの思い入れをぞんぶんに叶えてくれる見せ場があり、シリーズ物醍醐味だよなあと思いました。3作目ともなると、キャラ同志の衝突、みたいな部分はもはや書く必要がないし、最初エンタープライズ号のコアメンバーをそれぞれ二人ひと組に分散させるあたり、さすがブロマンスペグちゃんはよくわかってらっしゃる!と言わざるを得ない。そしてもうひとつ安易に主要キャラの死を書かないところも好感度高い!

イドリス・エルバヴィランで出るよと散々ニュースで見ていたのに、正体明かされるまでそ、そうか、こいつが…!と気がつかなかった私はいいお客さんです。いやこの年になるとね、もはやネタバレが怖くなくなってきつつある。なぜなら、見る頃にはすっかり忘れているからだ!

自分の行く末を見失うカーク(でも心中悩んでいるだけでバカな行動を起こすわけではない)、生き方を考え直すスポックが、カークはもうひとりの「自分かもしれなかった男」と対峙することで、スポックは彼にとってはまさに嵐のようなカークの生き方に添うことで、自分立ち位置を取り戻していくのも良いし、なんといってもあの、古いガジェットで一発逆転っていう、いやーーどうもごちそうさまですーーー!!としか言えない楽しい場面。あそこ、日本で「マクロスだ…」って言われてるの、ほんとわかります(笑)

スポックとボーンズの組み合わせの楽しさ(ぼやきマッコイがこれでもかと堪能できる!)、カークとチェコフのかわいらしさ、スールーとウフーラの頼もしさ(今回のスールーまじかっこよすぎ案件)、ジェイラとスコッティ面白さなど、全方位スキなしでキャラが立っていて見所満載でした。

スタートレック50周年ということで、オリジナルシリーズへの敬意が感じられる脚本で、それも往年のファンには嬉しい部分だったんじゃないかと思います。そしてこれが遺作となってしまったチェコフ役のアントン・イェルチン。あの「ケプテン」がもう聴けないのは悲しすぎるけれど、でもこのスタートレック世界では、チェコフくんはきっと元気に宇宙を飛び回っているに違いない。心からそう思える楽しい作品でした!