ごめんね日常 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-02-27

[]「皆、シンデレラがやりたい。」

シンデレラになりたい」ではない。シンデレラ「が」「やりたい」。このタイトルが、まずうまい

めちゃくちゃ面白かったです!物語世間から「いい年をした」と言われてしまう年齢の女性3人が、アイドルの追っかけをきっかけにいわゆるヲタ友として交流を深めているけれど、そこにはそれぞれの思惑も抱えている。そこに降ってわく、女性がらみの「炎上案件果たしてアイドルへの想いは!ヲタ友との友情は!転がる先が見えないにもほどがある、嗚呼、これぞヲタライフ

実際問題、まったくもって「他人ごとではない」描写の連打であるわけで、その前日にも観劇クラスタの友人たちと集まってああでもないこうでもないとヲタ話に花を咲かせたわけで、あたしが夢中なのはアイドルじゃないから、追っかけとかしてないから作品が好きなだけだから、なーんて口をぬぐっていられないことはさすがに百も承知です。まさに同じ穴の貉。自分の力ではどうにもできないもの人生の楽しみを託してしまっている族ですよ。

いや、あの3人のうち2人が残り1人の「悪口」で結束してしまう場面、いやな場面だけど、わかるし、実際あるし、ヲタ友はヲタ友で狭い世界からこそ煮詰まって焦げると大変なことになるっていうのは身近なところでいくつも見てきましたもん。伊達に歳食ってないっすもん。でもそこをいやったらしくなく、毒は消さずに、でもポップに見せきっている脚本すごいなと思いました。全編においてそのポップさ、深層がありながらも沈み切らずに駆け抜ける筆致がすごく気持ちよかった。

そしてその気持ちよさを支えているのはなにかというと、猫背椿さん、高田聖子さん、新谷真弓さんという、大人計画新感線ナイロンを背負ってきた看板女優の皆様の手腕なんですよね。まさに凄腕。ほんと、冒頭の1シーンを除いて、3人だけで展開する場面が相当長く続くんですが、この時間が至福の一語に尽きる。演劇愉悦文字通り浴びるように味わっているという感じ。3人の隙のなさ、ナチュラルで、かつ緻密な芝居立て、うまい役者自分舞台を引っ張る時にはちゃんとバトンを握り、かつそれを次の牽引者に渡すことができるものですが、その3人のいわば芝居のバトンパスがほんとに見事すぎた。もう何にも事件起こらなくてもいい、このまま3人がずーっと喋ってるだけでもいいとか思わせるもんね!

ヲタ友たちの前に現れたのはアイドル恋人とそのマネージャーで、誹謗中傷SNSに書き込んだ彼女らの位置情報表示からその場所に乗り込んでくるんだけど、その恋人は意外なことを言い出す。あなたたちがお金を使ってるアイドルは実は最低の人間なんですよ、あんなやつにお金を使うのはもうやめたほうがいいですよ…。

さて、こんなときあなたならどうするだろうか?そんな人(女の子妊娠させたうえ半分ヒモ生活をしていながら自分ホストクラブで稼いだ金は風俗につぎ込むなかなかのチャー!シューメーン)とは知らなかった、がっかりだ、今まで売れない路上アイドルから支えてきたのに、金返せ、もうお前の顔も見たくない、となるだろうか?そこまでではなくても、折角応援してきたのに、そんな人だったなんてがっかりだ、と「せっかく」「〜のに」の係り結び法則でそのアイドルから距離を置くだろうか?はたまた、その事実を飲み込んで、または見なかったことにして、どうにか心の折り合いをつけて、この楽しみを離すまいとするだろうか?

ヲタ友3人にはそれぞれ明確な生活格差が描かれており、それにまつわる毒もふんだんに味わえるのだが、その中でもっともつましい生活をし、節約節約を重ねてヲタ生活を送っている女性はこういう。「あなたにはたった1万円でも、私には11時間パートしないともらえない1万円なんです。そういう1万円をかけてきた気持ちは、だから誰よりも強いのだ」と。

見たくない事実にぶち当たった時どうするか。個人的な考えだが、それはもう、個人資質によって違うだろうという気がする。かけてきたお金は要素ではあるが、分水嶺にはならない。そして、腹を立てても、逃げても、踏みとどまっても、ヲタとして「正しい」解などない。だって私たち所詮自分の力ではどうにもできないもの人生の楽しみを託してしまった族なんだから。どうにもできないものにぶち当たった時の身の処し方に正解なんてあってたまるもんですか。そう思います。

芝居の最中で出てくる「笑い」という標的を、ひとつ残らずワンショットワンキルで撃ち落としていく凄腕スナイパーのごとしだった猫背さん。ほんと、すごい。あそこまで百発百中かよ!と唸らせる。ほーら今日もかみ合わない!でメモをぶん投げるところ最高でした。もはやお手の物ともいうべきほわほわ不思議少女のテイでいながら、だれよりも黒い部分を醸し出してくる新谷さんの硬軟自在さも頼もしかったなー。聖子さん、前半は受けに回ることが多い役なんだけど、こっちはその爆発力を知っているだけに、後半のくるぞ…くるぞ…キターーーー!感がすごい。あの「おせっかいですよね」からの場を圧倒する畳みかけ、見事でした。3人で完全に場の出来上がったところに入っていく小沢道成くんと新垣里沙さんはかなりのプレッシャーだったと思うけど、暖まった空気をうまーく掴んで芝居を運んでいてよかったです。小沢くんの振り回されキャラかわいい。

作中で言われる「シンデレラ」とは、彼女らが追いかけるアイドルバイトをするホストクラブで、シャンパンタワーを頼むとホストから呼ばれる呼称のこと。シンデレラと言われ、ちやほやされ、いちばん高いところに立つ。皆、シンデレラが、やりたい。最後の怒涛の展開まで上演時間1時間45分、楽しく面白く、そして深く胸に刺さる、文句なしの一本でした!

2017-02-24

[]ラ・ラ・ランド

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昨年暮れあたりからオスカー戦線の最有力候補名前があがってるよって言われて見たあのポスター、あの完璧な構図の、うわーこれ見たい!と思ってずーっと楽しみにしていました(あのポスターの何が完璧って、ライアン・ゴズリング左手の角度だと思う)。

初日レイトショーで見てきたんですが、冒頭の10分ぐらいで予告編の印象的なシーンが立て続けに出るのにびっくりしながらも、何しろド頭の2曲、Another Day Of SunSomeone In The Crowdがミュージカルナンバーとしての完成度が高すぎてもうそこだけで相当な満足感。いやもうあの高速道路のシーン(『南部高速道路』思い出したりして)でトラックからバンドが出てくるところでまず感極まるし、あの現実世界に戻る時のクラクションの音の演出も良いし、Someone In The Crowdはもうこれ舞台だったら絶対ショーストッパーソングだよね。あの音楽の高まり花火!最高じゃんすか!

二人が出会って、ジャズが嫌いな女の子なんかって言ってたセブがミアに恋をして、ジャズなんて嫌いって言ってたミアはセブに恋をしてジャズを好きになって、あのオーディションでひどいめにあったミアが「理由なき反抗」をかけてる劇場の前を通ってセブとの約束のこと思い出してちょっと救われる、あそこすごくよかった。緑のドレスで、レストランBGM自分気持ちに気が付いて走り出しちゃうミアほんとにきれいだったな…!

お母さんに電話をかけてるミアの言葉ちょっと傷ついて、でもなんとかしようと思って「大人になる」セブの選択もわかるし、脚本を書いたらって言われて走り出したミアとすれ違っちゃうのもわかるし、でもセブはきみは優越から不遇のぼくを好きになったんだろってひどいこと言っちゃうけど、ミアの未来勝手に切り捨てるようなことはしなかったんだよ、図書館の前で、どの家にいるかもわからないミアに向かって合図のクラクションを鳴らしてくれるんだよ。

あの、ちゃんと目を見て挨拶してくれるオーディションで、台詞はない、何か語って、と言われたミアが語る雪のパリのセーヌの話…もう、エマ・ストーン、まさに圧巻というべきナンバー、すばらしいシーンでした。ものを作るってことは情熱狂気がつきもので、その狂気に魅入られてしまう人たちがいて、その「どうしようもなさ」へ向ける愛の歌。なにかを作る、作らないではいられないという人たち、そしてそういう人たちの情熱狂気に惹かれたことのある人にはひとしく胸を打つナンバーなんじゃないでしょうか。

私がこのラ・ラ・ランドでうおおおおおっと叫びたくなるほど胸震えたのは最後シークエンスでした。あの刹那、それぞれが「あったかもしれない人生」、沢木耕太郎さんの言葉を借りれば「使われなかった人生」を思う。あったかもしれない人生への愛おしさに震え、あったかもしれない人生の思い出に浸る。あの刹那ふたりを結び付けた旋律の中で、ミアとセブはそれを共有するのだ。そしてもちろん、その共有した感情は一瞬のうちに消え去る。「だがそれを悲しんではならない。あなたが感じた愛おしさは真実なのだ」…。

鮮やかな色彩、美しい音楽、あったかもしれない人生のあったかもしれない物語あなたにも、わたしにも、そういう物語はきっとあり、その人生への愛おしさを感じさせてくれる、すばらしい映画でした。ぜひ映画館でご覧になってください!!!

[]蛇足ながら

上の感想で書いた、あったかもしれない人生への「あなたが感じた愛おしさは真実なのだ」…これは第三舞台「ビー・ヒア・ナウ」のセリフの一部です。わたしはもう、この長台詞がすきで、すきで、すきすぎて、たぶん私の細胞の一部になっているとおもう。この台詞は、こう続きます。

僕達は、片隅に転がる人形のように、自分人生を捨てながら生きていく。
何種類の人形を捨ててきたのかも忘れて、
その人形と過ごした幸福な日々も忘れて、僕達は、生きていく。

だが、ある昼下がり、友人があなたを訪ねる。
そして捨ててきた人生を欲しいと迫る。
その瞬間に感じるいとおしさ、それは、真実なのだ
私は、私はあなたの、そういう友人になりたい。

…私が叫びだしたいほど胸震えたとしても、しょうがないと思うのよね!

2017-02-23

[]「ナイスガイズ!」

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ラッセル・クロウライアン・ゴズリング凸凹?バディもの示談屋と私立探偵コンビなんですが、ごずりん演じる私立探偵がんもうほんとにできない子ちゃんで、飲んだくれでここぞというときに役に立たない…わけでもなく結構役に立つ!かと思えば立たない!セクシーなのキュートなのどっちがタイプよと言われれば秒でキュートと答えるタイプの役柄でした。あの橈骨折られた時のピャーーーーーというハイトーンボイスさいこうでしたね。そしてトイレのシーンね!ああいうの大好き!!

ラッセル・クロウはなんというか文字通りのレイジングブルというか当たったらしぬというか重量感ハンパなかったです。しかしどことなく愛嬌のあるキャラだったのもよかった。あの熱帯魚ふくめて家に愛着ありそうなのもいい。場所愛着を持つ人かどうかはキャラクターを作るうえでわりと重要ファクターだと思うけど、ふたりとも場所愛着を持ちタイプだったよね。

ポルノスターの死からはじまる、映画を巡る意外な謎と陰謀を解き明かすというか、ごずりんが謎に自分からぶち当たりにいってるー!という感じなんですけど、鮮やかな黄色ドレスの女、キュートガール、絵にかいたようなクール殺し屋、とぐんぐんみせてくるので飽きさせません。このクール殺し屋マット・ボマーだったんだけど、前髪をすっかりおろしスタイルで、意外なほど若いころの升毅さんの面影が!っていうのを誰かと共有したいけど分かり合えないかなしみ!この殺し屋とのファーストコンタクトコンビがすたこらさっさと逃げ出そうとするとこよかったなー。

ごずりんの娘ちゃん役ちょうかわいかったし、かわいいごずりんと楽しいラッセルとかわいい娘ちゃんで最高の絵面ではあったんですが、ブルーフェイスもジョンボーイも殺しちゃだめ(うるうる)だったのはなんでなんだろう。ブルーフェイスはともかくジョン・ボーイがあそこで助けられたからといってそのあとの危機を招くとしか思えないが!っていう。

しかし次週はいよいよラ・ラ・ランドの公開だし、ライアン・ゴズリング主演作を見に来てライアン・ゴズリング主演作の宣伝を見る…というなかなか稀有体験だった!かもしれない!

2017-02-19

[]「ザ・コンサルタント

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コンサルタントっていうタイトルなんですけど、劇中でみんな彼のことをアカウンタント会計士)としか呼ばないし実際会計士だしでなんかタイトルが一瞬思い出せなくなる病。ベン・アフレックが高度機能障害で昼は有能な会計士、夜の顔は…というやつなんだけど、暗殺者としてのワンショットワンキルぶりもめちゃくちゃかっこよかった(あのヘッドショットを決めるときの銃の角度が何とも言えず絶妙)んですが、いちばん興奮したのは実はあの15年分の帳簿に取り掛かるところでした。赤のマーカーと黒のマーカー、数字数字数字。わたし会社の帳簿とか見るのほんっとてんでダメなんで、あなた能力の100分の1でいいからくだせええええってなった。デイナと数字を介して分かり合うところもよかったし、あのシーンほんと興奮したなー。

しかし、ファーストシーンにものすごくたくさんの情報が詰め込まれている映画で、なんとなくツイッターのTLで明確なバレは踏まないまでも察するところはあったにせよ、わりと終盤うおおおおおいそういうことかい!!!ってなったのですごいです。以下ちょっと展開バレ書きますよ。

回想シーンでずっと弟が出ていて、しかもあの母親が出て行ったときに中指を立てて見せた(ブラインド越しに見えるようにわざわざ!)のも弟で、その弟がたぶん展開に絡んでくる、んだろうなってのは思ってたんですけど、ほんとおまえかーい!になったし、しかも会った後の急速なメロドラマ化がすごくて…すごかったです。なんなの。君なんなの。膝抱えてなんなの。これ見せられてる依頼主に「どんな気持ち?ねえねえ今どんな気持ち?」のAAはよ…って思いましたし、もはや来週会うの会わないのの話のほうに重きを置かれながらの最後のヘッドショットっていう。

しかし、父親きょうだいに対するふるまいには肯じ得ないものがあるのだけど、そこを描こうとしてないのはなんでだったのかなー。それでも父は息子を愛していたってことなのかもしれないが、うーんしかし。

デイナはいちおうヒロイン、ではあると思うけど、最後にほっとけなくてついてきちゃったからの主人公危機、みたいな展開一切ないのが逆にすがすがしい。あと捜査局側が彼の正体を暴こうとする展開が若干ストーリーラインに沿わないかなというか、うまくはまってない印象ありました。とはいJKシモンズはかっこいい。

主人公の周囲に一癖も二癖もあるキャラが残っているので、なんか普通にアンチヒーローものシリーズ化できそうです。とりあえずお兄ちゃんは弟に来週連絡してやってくれ。

2017-02-14

[]よく知らない彼女のこと

彼女のことはあまり、いやほとんど、よく知らない。彼女名前世間に広めたドラマも見ていなかったし、彼女出世作と言われる作品も見ていない。舞台では一度拝見したのだが、その作品そのものがわたしにとってはあまりにもぴんとこず、彼女の印象も薄いまま終わってしまっている。

こんなことになって、だからべつに何かを言いたいというような強い気持ちがあるわけではない。彼女のことをよく知らないし、思い入れもない。このまま彼女が表舞台から遠ざかったとしても、それほどの感傷に浸ることもなく、淡々とそれを消化するだろうと思う。

けれどひとつだけ、彼女名前を聞いて思い出すことがある。去年の夏、自分の好きなバンド特集してくれたのがきっかけで聴くようになったラジオ番組に、彼女ゲストで来た。地方のAMラジオにやってきたのは、彼女がその局でラジオドラマに出演していたからだ。

音楽が好きで、たくさんいろんなバンドライヴを観に行っていると言っていた。もともと、音楽に造詣が深いというわけではなくて、そういうお仕事をいただくようになって、ちゃんと聞いてみようって思ったのがきっかけです、と話していたのが印象に残っている。そういうことを、かっこつけず正直にちゃんと話すひとなんだなあと思ったからだ。ラジオドラマの収録で大阪に来ている間でも、時間があれば、観に行けるライヴがないか自分で探して、当日券で行ったりするんですよ、そう言っていた。そして実際、彼女が好きなバンドとして名前をあげたそのどれも、私はまったく知らなかった。番組のコーナーで一押しのニューカマーを挙げたときも、彼女DJのひとでさえ知らないインディーズバンドのことを、熱を持って語っていた。

正直なところ、あの事務所宗教法人も、わたしにはよくわからない。どんな正当性があるにせよ(あるかどうかはともかく)、ある一人の才能ある女性から名前を剥ぐようなことをするところを信用する気にならないし、どんな緊急性があったにせよ(あるかどうかはともかく)、あらゆることを投げうたせてあんな直筆の手紙公衆にさらすようなところを信用する気にならない。もちろん、彼女自身のことだってよく知らないのだから彼女自身のことも信用できないというべきかもしれない。

でもあのラジオ番組ゲストできた短い時間のなかで、彼女が語った音楽への愛情情熱、そして、そうやって音楽でも芝居でもなんでも、楽しみを自分で探しにいくことができるひとりの女性と、あの直筆の文面の9行目から唐突さが、どうしても線で繋がらない。

ほんの少し前、羽生理恵さんが自身ツイッターで、ご自身経験からメディアネットでの紋切り型報道の怖さを語っておられ、それを読んだひとはおそらくほとんど皆、そうだよなあ、メディアってこわいよなあと思ったはずなのに、こうしてまた先行する報道になにかをわかったような気になっている。わかっているのだろうか?ほんとうに?

結局のところ、私たちにはなにもわからないし、できるだけそのことを忘れないでいたい。わかったような気になりたくない。大事なのは、ほんとうのことなんて、だれにもわからない、ということをわかっていることなんじゃないだろうか。

何がほんとうのことかわからないうちは、私はあの夏に聞いたラジオの向こうの声の彼女だけを信じていたいし、それは私の自由なはずだ。私の知らないバンドの知らない曲を大切そうに語っていた彼女のことを。彼女に今、そういう音楽が寄り添っていればいいのにと、願わずはいられない。