2012-02-03
■[talk]無報酬の愛のために
「劇団を愛していたが、やめる事になってしまった。」
この間twitterで「青木さん家の奥さん」をご覧になったkaiさんが、勝村さんが「青木さん」にでたときの話をされていて、その時に「私が観たのは94年で、そのときのパンフで勝村さんが第三舞台をやめていた事実を知った」とリプライしたのだけど、実際そのパンフを読んだときのことを覚えているかというとそれはもうかなりおぼろげです。でも芝居を観たときの感想にわざわざ書いているので間違いないと思う(なんでも書いて残しておくものですね!)。
それが、はっきり「やめた」とご本人が仰ったのかどうかはもう記憶が定かではないのだけど、でも今でもはっきり覚えているのは、天使は瞳を閉じてのインターナショナル版以降、第三舞台の役者さんが出ている公演を見に行くたび、そのチラシやパンフの名前のあとにカッコ書きで第三舞台、と入っているのか、いないのかを私がものすごく気にしていたということです。
先日のノンフィクションWでも、91年の「天使は瞳を閉じて」インターナショナルバージョン以降、作品数が激減したことに言及されていましたが、第三舞台は役者の退団をアナウンスしてくれるようなところではなく、もちろん退団公演などというものがあるはずもなく、次の本公演となった94年のスナフキンの手紙まで、いやそのずっとあとでも、「今、劇団員として残っているのは誰なのか」ということははっきり明示されないまま時間が経ちました。留学していた長野さんが欠けることもあれば、逆に成志さんが参加することもあり、ただ「あの人はずっと出ていない」という事実が積み重なり、それがやがて認識にかわっていくだけでした。実際にはっきりと、たとえば、伊藤さんが1991年に役者をやめた、ということを事実として知ったのは、「ファントム・ペイン」の「あとがきにかえて」で、そこで1998年に鴻上さんが送ったという「第三舞台の劇団員だと思っているか?」という問いへのそれぞれの答えも知ったというわけです。
その手紙に対して、第三舞台をやめました、劇団員ではありません、と返答したのは京さんと勝村さんですが、しかし京さんはその後「ファントム・ペイン」に出演され、鴻上さんの演出する作品にも出演されていました。しかし勝村さんは、その後一切、第三舞台と鴻上尚史と名のつくところから姿を消した、というイメージが私にはありました。その後出演されている舞台も、もしかしたら第三舞台のメンバーの中でいちばん数多く拝見しているぐらいかもしれませんが、プロフィールの中に書かれていない「第三舞台」の文字に寂しい気持ちがよぎったこともありました。
5年ぐらい前でしょうか、勝村さんがblogを書いていらっしゃるというのをBBSで教えて頂いて楽しみに拝見していたのですが、そのなかで時折「第三舞台」の単語が出てきていたことは、だから私にとってはとても嬉しいことだったのです。あの、遊眠社と第三舞台でサッカー対決をして、大人げなく第三舞台が大勝した話とか、多分読んでいる間中私の顔はだらしなく緩みきっていたにちがいありません。
2007年に勝村さんが出演された「コリオレイナス」の埼玉公演千秋楽のあとに書かれたエントリは、今でもとてもよく覚えています。勝村さんが劇団時代のことをこんなふうに懐かしく語られるのは珍しい、そう思いながら読んでいました。
あちきは、劇団をやめてもう15年くらいになる。
劇団を愛していたが、やめる事になってしまった。
人生は思い通りにいかないもんである。
このテキストを最初に読んだとき、私は「やめることになってしまった」というその一文に、物凄く動揺しました。その「なってしまった」という事情のことを、考えてもしょうがないのに考えてしまうこともありました。本当のことは結局のところ当事者にしかわかりえないと重々承知していながら、それでも考えることをやめることができませんでした。
だから、なぜ「だから」という接続詞なのかはきっとわかって頂けると思うけれど、だから、神奈川での千秋楽に、勝村さんが舞台に立った、というニュースは、私にとってはパズルの最後のピースのようなものだったのだと思います。そのニュースを知ったときのわたしの興奮ぶりたるや、大晦日の実家の風景をどん引きさせるのには十分すぎるほどの狂躁でした。皆が元気で、それが舞台の上からでも、客席からでも、とにかく生き残って、そして第三舞台と向かい合っている、その最後のピースがやっと揃った、そう思いました。
もちろん私は今も、その事情というものは欠片もわかっていないし、そもそもそんな「事情」が、あったのか、なかったのかもわからない。でもそれを知りたいとは今はもう、思っていません。今になって思えば、なってしまった、というその言葉よりも、「劇団を愛していた」という言葉のほうが、何倍も何十倍も自分にとっては大きな言葉だということに気がついたからです。じっさい、それ以外の何の言葉が要るだろうか。
劇団を愛していたが、やめることになってしまった。いや、
やめることになってしまったが、劇団を愛していた。
それで十分です。
2012-01-30
■[thirdstage][tv]「ノンフィクションW 鴻上尚史と第三舞台〜復活から解散までの100日間」
見ながら順番に書いていこうとして結局番組を最後まで見てしまう「だけ」というのをサルか!というほどに繰り返した挙げ句こんな長文になりました。以下完全なる殴り書きです。
- LET IT BEに乗せて鴻上さんのコメントとかいきなり涙腺にゆさぶりかけるのヤメテー
- いやー初日の緊張感思い出すね…(お前がかい)
- 紀伊國屋の初日に複数のカメラクルーがいたのはもちろん気がついていましたが(開場前の列撮ってたしね)、何に驚いたって本番中の舞台袖を撮っていることだ!うへえ!本番前の楽屋とかは過去にもあったけど本番中の袖ってほとんど記憶にない。ファーストシーンでハケてくる大高さんと長野さんの無駄のない動きと歩きながらシャツを脱いでいる大高さんがセクシーすぎてもうから鼻息が荒くなりこんなんで最後まで保つのかと心配になった
- 小須田さんのメイクも撮影していて、鏡で顔をチェックする小須田さん見ながら何を思いだしたかというと、ピルグリムの副音声で、黒マントの大高さんが最後めっちゃカッコつけるシーンで顔にティッシュつけたまま出てしまうという惨事があり、その話を聞いて以来小須田さんは絶対出番前に鏡で顔をチェックするという話を思い出したのです。えっこれ番組に関係無いただの思い出話だったスマン
- それにしても開口一番「スタンバイ早いっすよ」という小須田さんって、小須田さんって、…スキ(結局そこ)
- 大隈裏から見せるとは思っていなかったので見ながら思わず「そこから!?」と独りごちたのは内緒です
- 使われている映像はDVDBOX所収の作品と81-91のものですね
- 舞台映像として編集されているものはおそらくDVDに使われる映像じゃないかと思う(つまり12月6日のもの)。あの小須田さんの「この衣装…とても踊りづらい」でショットを下手からに切り替えてるのとか板垣さんだなああ!と思う。あのひらひら含めて見せたいってことなんだよね
- 稽古場でのみんなのジャージが昔にくらべておしゃれですね…
- 筧さんの暴走に笑う鴻上さんと小須田さんの並び胸キュン
- つーか筒井さん ま じ う つ く し い
- 山下さんと大高さんの馴れ馴れしいかんじの喋りにも胸キュン
- つーかすべてが胸キュン
- 大高さんのことを「第三舞台のほとんどすべての公演に参加」って言ってるのはあれなのか、若手番外公演に出てないからそう言ってるのか。本公演は全作品だよ(こういうことに五月蠅いいやなヲタ)
- でもインタビューに答える大高さんがとってもかっこいいので一瞬でそんなことも忘れる現金な私。コケコッコ?で首を傾げるのずーるーいー!かーわーいーいー!
- 怖かったころの往年の鴻上さん、でパレード旅団はまだしもリレイヤーの映像はちょと古すぎやしませんか(笑)個人的にビーヒアナウのアウトテイクスで利根川さんにビシバシ言ってたやつが(最初に見た稽古のシーンということもあって)すんげえ印象に残ってます
- 「第三舞台だ、よろしく!」を大千秋楽の当日にツイートする筧ちゃんマジ推せる
- 小須田さんが子どものためのシェイクスピアのマクベスのTシャツ着てるお!
- 川崎悦子さんが来たときに「あっ、えっ(ちゃん!)」と言葉をのむ山下さんがかわゆい
- えっちゃん先生も変わらないなー、いつ見てもうつくしい!!
- 川崎「あの曲を聴いたらいろいろ思い出しちゃうね」鴻上「見てくれてるお客さんはすごく喜ぶかなと」いやー喜ぶなんてもんじゃなかった、吹っ飛んだ私は
- みんなが振付けされているのをニヤニヤしながら見る鴻上さん乙
- 「ダンスはただ踊って終わるだけじゃなくて、言語に置き換えたときに何を表現しているんだろうか、そういう意識がないと、ただ単に重くなったから踊るっていうのではない」
- 振付で混乱する筧さんに笑顔で突っ込む大高さん…嗚呼!何て!幸せな光景!!!
- 汗だくで踊りながら「あっ」って顔する小須田さんすげえスキ
- えっちゃん先生も初日いらしてたんだねえ…
- 着ぐるみ特集(笑)
- 喜んで着ていたら一回か二回で終わってたんだろうな、とわかっていつつも抵抗をやめなかった長野さんの女優魂たるや
- このねー!飲み会の様子をもっと見たかった、見たかった、見たかった!!
- 大高さんに「覚えてる?」と聞かれて「覚えてないよそんなこと…」という山下さんと、その向こうで笑っている一生くんの笑顔がとってもよい
- 伊藤さんご登場よーーー!!伊藤さーーーん!!!伊藤さーーん!!!!
- でも伊藤さん旗揚げからじゃないっす!(手伝ってたけど!)第二回公演からっす!(こういうことに五月蠅いいやなヲタその2)
- んまーーーーぜんっぜん変わってない!ええええ!!!変わってないどころか、ますますステキにおなりあそばしてるわよおおおおお
- ちなみに虚構の劇団で天使をやっていた小沢くんが隣に座っていて新旧天使の揃い踏みに胸ときめかせたわたくしである
- 成志さんと伊藤さんが並んでる図とかこれにときめかないで何にときめくというのか
- 長野さんもうれしそう
- 91年の「天使インター版」を境に公演本数が激減していることについて
- このドキュメンタリでこの部分はすごく重要というか…長野さんのコメントだけだけれど、ここはいろんな人の話を聞いてみたいと思っているところです。鴻上さんがかつて自分自身で「疲れていた」という時期、長野さんのいうように「関係性もなにもかも全部吐きだした」あと、「同じ第三舞台ではやっていけない」という時期。このあたりをインター以降、深呼吸する惑星までをまとめる私家版で少しは知ることが出来るのだろうか
- しかし、伊藤さんが公演をご覧になる前に(脚本は読んでいるとはいえ)、この「深呼吸する惑星」というものを空恐ろしいほど読み切っているのがすごい。長年鴻上脚本を読み込んできた力というものを感じました
- 岩谷さんの記事を見た瞬間の大高さんの反応にぐっとくる
- この時のことを大高さんは「第三舞台'81-‘91」のビデオの中でも述懐している。ちょっと長くなるけど、引用します(ビデオご覧になってない方も多いやもだし)。
- 「その日も普通通り稽古があると思って、大隈裏の観音をくぐったときに、その時装置をやってた島ちゃんっていうのが『ちょっとミーティングがあるんだ』みたいなことを言われて。そんで俺なんか全然わかんないから『あれー、稽古ないのー?』とか陽気に答えちゃって、いやちょっと来て欲しいんだって、テントの中に集まって、そしたらいきなり鴻上にそのことを言われて…もう、みんな泣いちゃったけど…それで今回の公演どうしようかって話になって、それで俺やっぱ振られたの。大高どうしよう、って、だけどやめるしかないなって思ったから「やめよう」って言って…そうだなって、そこでいきなりもう中止が決定したの。それでもうその日はね、しょうがないからねえ、泣いて、もうみんな帰っちゃったけど、テントの中で鴻上がね、ひとり、岩谷の登場の曲をね、かけてね、ずーっと聴いていたのが非常に印象的でしたね」
- それを今、山下さんと長野さんがともに分かち合って振り返っている姿にもなんともいえないものがあった。歴史を共有しているひとならではの重さ
- 不条理な現実、の話はSPAの連載でもこの話をされてましたね(つい最近です)
- 今回のライブビューイングは岐阜の各務原も会場になっていたが、岩谷さんのご実家のある場所が偶然にも30カ所のうちのひとつだなんてことも、この第三舞台の終わりに関する奇跡のひとつのような気がしますね
- 岩谷さんを直接知らない勝村さんや筧さんたちも含めて、一時期ずっと岩谷さんのご実家に遊びに行っていたという話、懐かしいです
- 鴻上さんがツイッターで「タチバナノブヤ」の漢字をRTで答えていたときに、伸哉はシンヤでもあるのだろうなあとぼんやり思ってました。もっと言うなら橘は立花トーイのタチバナなんだろうと思うんだよね
- そしてこの番組では触れられていないけれど、筧さんの役名が「富樫」だったことも意味があると私は思ってます。リレイヤー?で京さんのやった役、そしてそのリレイヤー役名の「富樫篠明」は「名越寿昭」さんのアナグラムで出来た役名でもあった
- 大高さんはやっぱり事前に鴻上さんと話をしていたんだなあ
- できればここで今回その役をやった一生くんの話もきいてみたかったです
- 最後は福岡千秋楽の映像。ライブビューイングをしただけあっていろんなとこから撮ってますな!
- あー見たい見たいライブビューイングで流れたやつも見たい見たい、こと第三舞台のことになるともともと強欲なうえにそれに火が点いてボウボウメラメラです
もちろん、45分じゃとてもじゃないけど…!って気持ちもありますが、でも例えば役者のインタビューで筧さんや一生くんじゃなく、大高さんを中心に構成するとか、インタビューをとるのも、本当に第三舞台に深く関わってきた川崎悦子さんや伊藤さんだったりとか、そういう根本のところで「ずれてない」「ちゃんとしてる」番組だったのが一番うれしかったことでした。当たり前だろうと思われるかもしれないけど、いや、当たり前が当たり前でないことが多いこの世の中ですよ。
こうして舞台の上に立ってない彼らを見ると、やっぱり年相応というか、時間が経ったんだなあと思わせるところはあって、鴻上さんも大高さんも白髪が目立つ歳になったんだなーなんて、思ったりもするけど、でもだからこそ余計に舞台の上でのあのひとたちのハンパない輝きぶりに畏敬の念を抱かずにはいられません。
それにしても45分の番組の感想でどんだけ書いてんだ。いやこれでもまだ書き足りない。週末はいよいよ舞台本編の放送です。今回の放送のスタッフクレジットに「協力」で板垣御大の名前がありましたが、私が唯一神と崇める板垣さんの仕事師ぶりを拝めるのが楽しみで楽しみで!祭りはまだまだ終わりません!
2012-01-28
■[play]「11ぴきのネコ」
キャストが発表になったときから、このメンツが!長塚圭史の演出で!井上ひさしの!子どもとその付き添いのためのミュージカルを!ミュージカルを!(二度言った)やるんですってえええ!!と一部で大反響を巻き起こしたことも記憶に新しいですが、いやー楽しかった、楽しかったですし見応えありました。山内圭哉さんがパンフレットで「興行的に戦えないメンツなのに」みたいなこと仰ってましたけど、いやなんのなんの、ナイスおっさんたち(褒めてます)のナイスねこっぷりを堪能しました!
開演前から客席にねこさんたちが登場していろいろいじってくださいますので、早めの着席をおすすめします。以下バレ注意!
井上戯曲は歌が入る(ミュージカルっていうより「音楽劇」というイメージ)ので、どうしても長尺になりがちですが、長塚さんはテンポよくまとめて無理なくスピード感をあげていて、だれることなく一気に芝居を見せていた印象です。個人的には今まで観た井上戯曲の演出の中でも相当好みでした。生演奏の荻野清子さんをうまく巻き込んでいくスタイルもよかった。休日ということもあってお子様もいらしていたようですが、とてもよくウケていて笑い声を聞いているこちらも楽しかったです。
この戯曲のテアトルエコー版初演は1971年で、その後1989年にこまつ座版があるそうですが、今回長塚さんはテアトルエコー版での上演を希望したとのこと。旅に出た11ぴきのネコが、どこか牧歌的だった時代を、貧しくはあったがそれ以外のなにもかもがあった時代を経て、「今」に一気に繋げてくる展開が、まったく古びていると感じられないのが不思議であり、怖くもあります。時節のネタもそのまま使用していて現代風にアレンジをしていないのに、なにも古くない。
北村有起哉さんは「こまつ座」の出演経験も多数ありますが、ともすれば理想主義に走りすぎなキャラに見えてしまうにゃん太郎を愛嬌たっぷりに演じていらっしゃって、長い手足を振り回して一生懸命踊ったり歌ったり、誰でも惚れるわ!というようなキュートさを爆発させてました。それだけじゃなく、終幕はほぼ彼のモノローグで終わるわけですが、それまでとは違う深いトーンで、淡々とかつての仲間たちを描写していくシーンのうまさは舌を巻きました。幕切れの「どうしたことだ、この暗さは…!」という台詞も絶品。
にゃん次の中村まことさんはじめ、みんなもーかわいいかわいい、すんげえボロボロだけどかわいいかわいいと愛でたくなる愛らしさだったなあ。何故野良猫になったのか、の下りはそれぞれ見せ場ですが、粟根さんと蟹江くんのコンビも面白かったし、転球さんと大堀さんのコンビはあまりにも私のツボすぎました(笑)ああいうの大好き。一列になってのラインダンスもばらばらのチューチュートレインもたいへんよかったですかわいくて。山内さんはその中ではシニカルな役ではあるんだけど、独特の憎めない飄々とした佇まいでよかったなあ。最後のにゃん太郎とのシーンと、どこか奥底に怒りを感じさせながらあの陽気な歌を歌って立ち去っていくところは素晴らしかったです。
カーテンコールで最後に一礼するのは有起哉さんなんだけど、あれ途中まで手をぐーにしたままバイバイするのは反則だと思うのね…かわいすぎるやろーー!キー!と思わず意味のない地団駄を踏みそうになってしまいました…(笑)
2012-01-27
■[play]「寿歌」
私と同じ世代で、高校演劇、という単語に甘酸っぱいものを感じる人なら必ず一度は北村想さんの戯曲を手にしたことがあるのではないかと思うんですがどうなんでしょう。この作品も、実際に舞台にかかるのを拝見するのは初めてですが、高校時代に戯曲を読みました。「北村想」という字面からまず想像するのは暗くて狭い演劇部の部室だったりします。
以下畳みませんがバレ注意。
この作品の初演が1979年、先日観た下谷万年町物語の初演が1981年、翌日観た「11ぴきのネコ」のテアトルエコー版初演が1971年。これはたぶん「偶然」というものではないんじゃないかなと思います。「寿歌」をシスカンパニーが上演することは震災前から決定していたとのことですが、「それが決して昔話ではない」ことがいよいよはっきりと誰しもに自覚できるようになってきた、ということなんでしょうか。
「ふたり」のところに「ひとり」が訪れる、しかもそれが「ヤスオ(ヤソ)」であるとなると、「ゴドー待ち」の構図が頭にちらついたりもしますよね。しかしこちらはあっけらかんと神が登場し、「せいぜい」ひとつのものをたくさんにふやすことぐらいしか出来ることはないのだった。面白いなと思ったのは、じゅんさん演じる「ヤスオ」はなにも断言しないんですね劇中で。問い返すだけ。神は道をお示しにはならない。
ゲサクとヤスオの問答のようなシーンがすごくよかったなあ。かなり濃密に演出されてましたよね千葉さん。
これだけ少人数で、しかもかなり手強い(わかりやすい物語が提示されていない)脚本をやる、という場で改めてと実感しますが、やっぱり堤さんはうまいですね。もちろん今までだってそう思ってなかったわけじゃないけど、しみじみそう思いました…説得力がハンパない。わけがわからなくても、ちゃんとボールがこっちに届いてくる。じゅんさんもハートの強い演者だし(「痴漢」でひとネタのところなんてまさに真骨頂!)いい座組だったなあと思います。
幕切れの台詞の鮮やかさっていうのはもう20数年前に戯曲を読んだときから心に刻まれていて、ヤスオが向かう道がエルサレム、再生なのだとしたら彼らの向かうモヘンジョダロ(死の丘)は破滅を意味するんでしょうか。ほんと「宿題」といって手渡されるものががっしりとあるような濃密な1時間20分でした。
2012-01-26
■[play]「うるう」K.K.P.
「大人のための児童文学」というキャッチコピーのとおり、ある種寓話的な物語でした。それで観ながらなにを思い出したかというとあれだ、NHK教育でやってる「おはなしのくに」。
KKPでキャストは小林さんだけなので、これは言ってみれば(チェロの伴奏はいても)ひとり芝居という形態になるんだと思うんですが、もともと小林さんの芝居は演技というよりも物凄く達者な形態模写、というのに近いと私は思っていて、それで物凄く形態模写が達者な人がひとり芝居をやると「おはなしのくに」になるんだなあ、という。そういう、どこか絵本をめくるような世界を小林さんが狙っていたのだとしたら、それは見事に成功していたと思います。
逆に言うとひとり芝居としては食い足りないところがあるというか。ひとりしかいないので、当然自分の芝居で物語の頂点を作らないといけないわけですが、小林さんの芝居はそういった「憑依」的なものと実はすごく遠いところにあるんだなあと。だからそのズレを、今までは片桐さんなり久ヶ沢さんなりというひとが対象化することで成立してた部分もあるんですよね。
セットの効果的な使い方、小道具使いのうまさ、映像センスなどはいつ見てもゆるぎないなあと思います。欲を言えば台詞の説明過多な部分をもっとそぎ落としてくれるとより好みだなあ、と思ったりも。というか、小林さんはコントではその最小限の説明で最大限の効果、というのをいとも容易くやっているのに、なぜ「芝居」になったとたんああも親切になるのだろうかという(笑)
宣伝美術でもそのスタイルなのですけど、小林さんが銀髪になっていらっしゃるので、なんだこの少女漫画から抜け出してきた人は、とそのビジュアルににまにましました、ええ。カーテンコールで「ああ…いまだめだ何も考えられない、今日とてもよかったです」と仰ったときの笑顔もとてもよかったです。
