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生田哲『インフォドラッグ 子どもの脳をあやつる情報』

インフォドラッグ 子どもの脳をあやつる情報 (PHP新書)

インフォドラッグ 子どもの脳をあやつる情報 (PHP新書)

ゲームやネットが与える深刻な悪影響について警鐘を鳴らした本。
しかし、同一テーマの『脳内汚染からの脱出』と比べても、質が落ちるだけでなく、「ゲーム脳」と同様、トンデモ本と言われかねない内容にがっかりした。
勘違いしないでほしいのだが、自分はゲームやインターネットが人間、特に若い人たちに与える悪影響を不安に思っている。むしろ説得されたいのだ。「ああ、やっぱりゲームやインターネットには、精神衛生上よくない部分があるから、もっと実生活を大事にしよう」と思わされたいのだ。
そういう意味では、自分はとても「優しい読者」だといえる。
しかし、そんな優しい読者ですら、この本の内容には、疑問を感じてしまった。
そして、改めて、こういった本は、ゲームをやらない人がいくら頑張って書いても説得力のあるものを書くのは困難だという思いを強くした。*1
以下に、何故この本が駄目なのか二点挙げて説明する。

問題点(1)ゲームを知らないことが丸わかり

Amazon評でも取り上げられているが、テーマとしてゲームを選んでいる割には、ゲームのことを知らなさすぎる。その時点で、ゲームを実際にやる人たちには、この本のメッセージは届かないだろう。
作者自身がプレイしないのであっても、ゲームに詳しい知人・友人がいれば、以下に挙げる「ゲームへの誤解」については、出版前に明らかになっているはずだ。そういったチェックが入っていないということは、作者のひとりよがりの意見と見られても仕方がない。*2

ややおとなげないが、作者の誤解・誤認識について、いくつか突っ込みを入れる。

ロールプレイングゲームは一度始めたら、面白くてなかなかやめられないゲームである。それは、キャラがあらかじめ設定されている従来のゲームと異なり、プレイヤー自身が自分の演じるキャラをつくり、ゲームマスターなどと呼ばれるゲームの進行係と対話しながら進めていくから、変化が無限にあるため、飽きないのだ。(P28)

  • ⇒脱力。いわゆるテーブルトークRPGドラクエがごっちゃになっている。何かで調べて書いたのかもしれないが、「ゲームマスターと対話」と書いた時点で、これはドラクエの話じゃないな、と気づくだろう。酷すぎる。文のつくり自体がなっていない(?)のもどうか。(それは・・・飽きないのだ。はおかしいと思うが・・・。)

(長崎の四歳児投げ捨て事件について)そして彼の好きなゲームは「バイオハザード」「デビル・メイ・クライ2」などの格闘ゲームであった。(P53)

  • ⇒これらのゲームは、明らかに格闘ゲームには含まれない。

もし読者が、子どもたちの遊んでいるゲームが「インベーダーゲーム」「パックマン」「スーパーマリオブラザーズ」のようなものだと思っているなら大間違いだ。(P166)

  • ⇒この本の出版された2007年5月に、その程度の認識の読者って誰?。インベーダーゲームの流行したのは80年前後、パックマンはそれより少しあと、スーパーマリオもさらに少しあとで、ここで挙げられているゲームが最も流行していた時期は1990年頃までで、今から15年も前の話。作者自身のゲームの認識がその程度だということがよくわかる一文。

たとえば、「ドゥーム」「デューク・ニューケム」「モータルコンバット」といった残忍なシューティングゲームが大流行している。(P169)

  • ⇒「ドゥーム」は一応シューティングゲーム*3に入るが、少なくとも「モータルコンバット」は格闘ゲーム。残忍であることは共通しているかもしれないが、画面写真を見たことがあれば、これらが別ジャンルのゲームであることは理解できるはず。判らないなら固有名詞を挙げる必要はないのではないか?

もし、あなたの子どもに暴力ゲームを好む傾向があるなら、ゲームについての書物をよく読み、暴力を含まないゲームの購入を考えた方がいい。
学習の助けや趣味の練習になるゲームもある。それから、射撃や殺人をともなわない娯楽としてのゲームもある。学習用のゲーム以外では、バスケットボール、ベースボール、自動車、ゴルフ、サッカーなどのゲームは、暴力ゲームよりはるかに望ましい。P206

  • ⇒暴力を含まないゲーム:他分野と同様だが、ジャンル分け不能なゲームが多数あることが念頭に無い。例えば「塊魂*4なんてゲームは、暴力ゲームに含まれるのか?
  • ⇒ゲームについての書物をよく読み:具体的にそれが何かわからない。攻略本ならいくらでも書店に並んでいるが・・・。やはり『ゲーム脳の恐怖』のことか?
  • ⇒ベースボール:日本では、通常、そのスポーツのことを野球という。スポーツについてもあまり詳しくない人なのか?

問題点(2)自説への反論を想定していない

結局、ゲームを知らないことに端を発するのだが、「ゲーム=悪」という固定観念が強すぎて、ゲーム擁護派がすぐに考えつくような反論すら思いつかないようだ。
ネットでの「ゲーム脳」理論の“祭られ方”を全く知らないのだろうか。だとしたら無防備すぎる。
例えばこんな感じ。
日本での、少年による暴力犯罪が増えていない*5ことをグラフを出して確かめるくだりは親切でいいが、ニート人口が増えていることを挙げ、以下のように説く。

もしかしたら日本の若者は、暴力犯罪を犯さない代わりに、通学も勤労もせず、引きこもってニートになっているのかもしれない。この仮説が本当なら、日本でも若者による暴力犯罪は、ささいなことを引き金に急増する可能性がある。P50

大胆すぎる仮説なので、もっと丁寧に論理を組み立ててほしい。
ちなみに前段として、欧米各国のほとんどの国で1977と1993年を比較すると暴力事件が増加していることを示しているが、この増加原因としてゲームを挙げるのは早計過ぎる。二酸化炭素排出量と比較してもいい相関が取れるのではないか?

また、取り上げる事件や研究成果の時期が微妙で説得力を欠く部分も多い。
P108では、子どもがテレビやゲームのマネをしたがる*6事例として、1975年の事件が挙げられている。
5歳、3歳、2歳の兄弟が生まれたばかりの赤ちゃんを惨殺したという、信じられない事件だが、1975年から30年経った現在、こういった事件が増えているだろうか?当時よりも多くの乳幼児が「暴力的な映像」を日常的に目にする世の中になっているのに、同種の事件が増えているとは言えないことは、暴力映像と暴力性の直接的な関係をむしろ否定しているように見える。
さらに気になるのは以下の部分。

読み書き能力が暴力を抑制する顕著な例を一つ紹介しよう。1340年のアムステルダムでは、殺人は人口10万人あたり150件を超えていた。それから200年後の1540年、殺人は人口10万人あたり5件となった。要するに、アムステルダムにおける殺人の発生率は200年間で30分の1に激減した。遺伝的要因が原因ではない。(略)
殺人を犯すほどの暴力が劇的に減ったおもな原因は、おそらく、社会の多くの人の前頭葉が成長したからである。1450年における印刷技術の発明によって導入された読み書きが、前頭葉を発達させたのである。P202

どこをどう突っ込めばいいかわからない。
ゲーム脳」も同様だが、ゲームの悪影響について、科学的に説明しようという気持ちが強すぎて、「脳」に頼るのは筋が悪い、むしろ逆効果であるように思う。
本書では、焦点をある程度「ゲーム依存」に絞っているのだから、薬物依存やアルコール依存などの患者の症状などとの比較から、その危険性と改善策を探る、というほうが、もっと面白く説得力のある本になるはずだ。

まとめ

パオロ・マッツァリーノが『つっこみ力』で「愛」と「勇気」と「お笑い」が必要と説いているが、この種の本は、ゲームへの「愛」が無ければ、共感の得やすい意見にはなり得ない。愛情がもてなかったとしても、ゲームへ深い愛情を注ぐ人が多数存在し、自分とは捉え方が異なる、ということを、作者自身が自覚しておく必要がある。
「脱感作」(繰り返し刺激を受けることにより、それへの反応が薄れていくこと)の話など、納得できる部分も多かっただけに、残念。冒頭でも述べたように、もっと、ちゃんと説得してほしい。

*1:おそらく「禁煙本」は煙草経験者が書いているから説得力があるのでは?

*2:というか編集者、何やってんの?

*3:自分は、シューティングゲームというと、ゼビウスグラディウスのようなゲームを思い出すのだが、3D空間を主人公の視点で動き回るゲームも、広い意味でシューティングに入るという。Wikipediaではファーストパーソン・シューティングゲームというジャンルに分類されている。

*4:未体験。でもやりたいなあ。

*5:ネットでよく見かける通り、1960年代がピーク。

*6:人間がマネをするのは、ミラーニューロンという脳細胞に帰するとのこと。この議論も強引で受け入れがたい。