2012-02-23
今日は誕生日。命日も間もなく…3月19日です。
今日2月23日は、草森紳一の74回目の誕生日。亡くなったとき70歳でしたから、早いものです。
回想集に思い出を書いて下さったSさんからのメールに「明日は、草森さんのお誕生日でした?よね?」と。
海外からは「今日はお父さんの誕生日だね」と。すごく尊敬している人が同じ誕生日だったと先ほど知ったということも書き添えてありましたけれど、久々の草森マジックでしょうか。
今ごろ、白玉楼でなにをしていらっしゃるやら。

2012-02-19
シックでクール! ジャズ黄金時代の巨星たちの写真集『JAZZ NOTE』。

8日付けブログでお伝えした大倉舜二氏の『JAZZ NOTE』(芸術新聞社)が、2月15日に出版されました。
お〜〜なんという黒人たちのカッコよさ! 臨場感あふれる構成、装丁も印刷もすばらしく、久しぶりのインクの臭いにうれしくなりました。
表紙のマットインクの墨が効いていて、シックでクール。ミゲール・コバルビアスの黒人ミュージシャンのイラストを思い出しましたが、魂(ソウル)があるのでしょう。
本屋さんだけでなく、セレクトショップにも似合いそう。置いてほしいですね。
大倉さんは「ジャズの神さまは50〜60年代にいた。80年代以後はうまいけれど、神さまはいないんだ」とおっしゃっていましたが、
登場するのは、アート・ブレーキ―、ルイ・アームストロング、アート・ペッパー、マイルス・ディビス、エラ・フィッツジェラルド、ヘレン・メリル、マックス・ローチ、オーネット・ コールマン、ロン・カーター、キース・ジャレット、MJQなどなど1961年から90年にかけて来日した100余人です。
草森紳一「ファンキーショット!」(初出『アサヒグラフ』1990年4月号)から引用された帯の文章を、紹介しておきます。
―――大倉舜二のジャズ写真には、初期のころから一貫して変わらないものがある。太古の静寂のようなものだ。
それは、群千のジャズ写真とはっきり垣根をへだてるものである。基本的に「きまり」や「さわり」を彼は撮らない。
撮っても、すこしはずれたところで、「じわっ」としのびよるように体感的にとらえる。「きまり」は一見、動的だが、
本来、静の裏打ちがあり、ほんのわずかにはずれたところを抑えると、その静が露れる。モダン・ジャズのスリルも、
ブルースの本質もここにある。それは「間」といってもいいが、今のはやり言葉では「気」といってよい。―――

2012-02-08
大倉舜二氏の写真集、『JAZZ NOTE』がそろそろ…
大倉舜二氏と言えば、立木義浩、篠山紀信に並ぶ写真家のお一人で、草森紳一の大親友ですが、
中学生のときから『装苑』や『ジュニアそれいゆ』で育った私には、忘れられない名前です。
当時は服飾雑誌の数も少なく、きれいなページをあこがれの気持ちで眺めたものです。
品のある美しいモデルと、すてきな服や着物。「大倉舜二」という写真家の名前もくっきりと脳裏に刻まれたのでした。
その後、ファッション写真以外の、歌舞伎や料理の端正な写真の数々や、蝶の貴重な写真『ゼフィルス』についても知ることになるのですが、
今回出版されるのは永遠のジャズ・ミュージシャンたちの写真集。1961年から90年までの集大成です。
「ファンキー・ショット!」という草森さんの原稿も掲載されていて、2月中旬刊行予定(芸術新聞社)。もうすぐですね。
「二人の記念写真」というテーマで撮られた写真があります。「崩れた蔵書の山の中から」ブログでもご紹介したことがあるのですが、アンコール!
煙草を手にした二人のワル――。まるで映画のワンシーンのようですね。写真嫌いの草森さんが異常なほど緊張して大変だったと編集担当の平野さんがこぼしていましたっけ。
『フランク・ロイド・ライトの呪術空間』(フィルムアート社 2009年)には、切なくなるほどの大倉さんの追悼文が掲載されています。
(『流行通信』二人の記念写真より。1980年2月号)
2012-02-03
2月生まれは頭がいい? 明日は立春。
今年は日本各地で大雪の被害がたくさん出ていますが、草森紳一記念室のある北海道の音更町(帯広市に隣接)でも、先週来マイナス20度前後の日々が続いて冷凍庫状態とか。
皆さんのお住まいではどうでしょうか。くれぐれもお気をつけ下さい。
草森さんの誕生日は2月23日ですが、同い年で一週間早い2月15日生まれの清水哲男さんが偲ぶ会で、
「2月生まれは頭がいいんだよなあ、たとえば和田誠さんがそうだし。〜〜〜2月は寒いから頭が締まって生まれてくるからなんだ。〜〜」
と草森さんがよく話していたとおっしゃっていました。(回想集『草森紳一が、いた。』に採録しています)
草森流理屈なのか、本当なのか?!
ここ東京でも寒風の吹く寒い寒い日が続きましたが、今日は日差しが美しく、オフィスの片隅のグリーンを思わず撮ってしまいました。
赤い実は、南天です。年末に買ったのですが、元気ですね。
今夜は、ちゃんと豆まきをしなきゃあ。皆さんもお忘れなく。
2012-01-27
草森紳一書き出し劇場8 『悪のりドンファン』 (石岡瑛子氏の訃報に)
石岡瑛子さんが亡くなった。70〜80年代、資生堂やパルコの広告のアートディレクターとして一世を風靡した人だ。1980年の初めに拠点をニューヨークに移し、コッポラの映画『ドラキュラ』の衣装でアカデミー賞を受賞。北京オリンピックの衣装も担当するなど国際的に活躍中で、『スパイダーマン』の舞台衣装も評判だ。
突然の訃報をネットで知ったけれど、まだ信じられない。作品集『EIKO by EIKO』を作り、彼女からとても信頼されていた私の元同僚(松坂静雄氏)も知らなかったという。
1月21日、膵臓癌で死去。「ニューヨークタイムズ」の死亡記事は早かったらしく、それを見たNY在住の知人から、みんなに情報が伝わった。
70年代パルコにいた私にとって、仕事上は身近な存在とは言え、石岡瑛子、三宅一生、田中一光の各氏らは、遠く仰ぎ見る巨星だった。
作品世界はもちろん、とくに魅き付けられたのは、日本の文化を世界に発信しようとする使命感だった。その原点は、敗戦だったのか、何だったのか……
石岡さんは70年代から創造的な挑戦を繰り返し、現在もなお挑戦の姿勢は変わることがなかった。草森紳一さんと同じ1938年生まれ。NYと電話でお話しした時のあの言葉、スパイラルでの力のこもった握手……。老いてもなおレ二・リーフェンシュタールのようにダイナミックな生涯を送られると思っていた。本当に寂しい。(というか、いまだ信じられない)
(13日にギンザ・グラフィック・ギャラリー開催の「田中一光のポスター展」で、当時のデザインのパワーを思い出していたところだ。
石岡さんの一番弟子の成瀬始子さん、田中先生の一番弟子の太田徹也さん、先生方に代わって、お元気で長生きしてください! 一生さんは、もちろんですよ!)
今日の草森紳一書き出し劇場は、石岡瑛子装丁の『悪のりドンファン』(1976年 フィルムアート社)を選びました。
巻末の文章「千年ふたたび朝あらず――日々の終末について」(1973年季刊『サブ』初出)はとても好きなものだ。
(本書の目次などは、草森紳一HP「白玉楼中の人」で見ることができます。見開きの画像はクリックすると大きくなります。)
PS お問合わせに。草森さんに石岡瑛子論はないのではないかと思います。パルコ論(「幻想の食事 ジャン・ジャック・ルソーとパルコ文化」・『見立て狂い』所収)はあるのですが。

2012-01-21
風邪をひきそうな時には、バツバツバツ!
寒い、寒い、寒い!
皆さん、お元気でしょうか。
このところのひどい乾燥状態で、とうとう喉をやられてダウンしていました。
草森紳一さんは北国生れですが寒さに弱く、「風邪を防ぐにはこうするんだ」と手で鋭くバツバツ(××)と空を切って、邪気を払う動作をよくされていました。
今年は、そのおまじないをやるのを、ちょっと忘れていましたね。
お正月の帰省中にジュンク堂で、円満字二郎さんの新刊『政治家はなぜ「粛々」を好むのか』(新潮選書)を発見。
ちょっと難しそう…と思ったのですが、目次を開いてみれば「お堂と“堂々”は関係あるか?」「“悠々”としていても見つからない」「最後の最後に“颯爽”と登場?」など読まずにはいられない見出しの数々。中国で生まれた漢字の出自と、日本人の我らのもとにたどりつく過程が、まるで謎解きのように、かつイメージ豊かに語られてとてもおもしろい! ぜひご一読下さい。
草森さんの蔵書整理のときは、難解な文字が出てくると、みんな円満字さんのところに飛んでいったものですが、フランス語については蔵書整理のもう一人の中心だったLIVING YELLOWさんにお尋ねしたものです。ですがYELLOWさんは、英語の“きっと上手くいく10の解決法シリーズ”『心配性』、『自信をはぐくむ』(創元社)も翻訳されています。心配性の人が『心配性』を??とボランティア仲間とからかったものです。心配性にお悩みの方は、ぜひどうぞ。
(誰かが持ち帰ったのか…本の写真がなくてスミマセン)
今日は寒くても湿気があるので、ホッとしますね。バツバツバツとおまじないをやって、もう一働きしましょう。
2012-01-07
寒いけれど美しい日々が続きます。今日は七草。
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
みなさま、良いお正月を過ごされましたでしょうか。
私は、この20年余り年末年始は故郷で過ごしています。
今年は母と二人きり。体が不自由なだけでなく、話すことも少し難しくなった母ですが、頭ははっきりしています。東京にいるときと異なり、穏やかに時が流れているのを感じられる日々でした。
七草粥は召し上がりましたか。私は昨夜の帰京で買いそびれ、食べそびれ。
そう言えば、ヘルパーさんとお雑煮の話になりましたが、うちはお澄ましでした。丸餅に、ほうれん草、大根、にんじん、かまぼこ。その上に播州の香りのよい焼きあなごをのせて、ゆずをひとかけら。とてもシンプルです。
焼きあなごと言えば、小さく切ったあなごをすし桶いっぱいに散らした祖母の作るちらし寿しを思い出します。しいたけやにんじん、絹さや、錦糸玉子の彩りも美しく、味も絶品でした。
なんとなく懐かしく、我が家の食べ物や家族とのにぎやかな食卓を思い出すのも、東京で乱暴な生活をしてきた反省からかもしれませんね。
今年は、生活の、生きることの足元をちょっと見直しながらやっていかなきゃ……
みなさま、本年もどうぞよろしく !
2011-12-29
2012年、少しでも良い年になりますように。
J-WAVEをつけるとマチュピチュについて語っていた。耳を澄ます。
1911年、アメリカのある考古学者がペルーの高地を登っていて一休みした時、一陣の風が吹いて、草に覆われていた古代の遺跡を発見したという。
高度の文明を誇っていた古代都市の人々が忽然と消え去ったのは現在でも謎とされているが、アメリカのある作家がこう書いているそうだ。
「彼らはそこにいる。身体を放棄して魂だけになったのだ。究極の進化を遂げた彼らは、いつもそこにいて、我らを見ている」
思わず、涙があふれ出た。
大変なことがあった今年もあと2日。
出勤途中にいつも前を通る花屋の飾りつけも、クリスマスのポインセチアから、あっという間にお正月の花々に変わった。
少し遠回りになるのだけれど、花々やグリーンの色と香りのシャワーを浴びたくて、毎日この前を通る。商品だけれど、それはまあ、我慢。
ともかく元気でやっていきましょうね。
来年は少しでも良い年になりますように。穏やかで幸せな年になりますように。 みなさん、良いお年を!

2011-12-27
北海道のボランティアの名称は、「草森蔵書プロジェクト十勝」です!
今年もあと数日。みなさま、あわただしい日々をお過ごしのことと思います。
ご紹介するのが遅くなってしまいましたが、北海道の蔵書整理は12月17日が今年最後だったとか。Sさんから「草森蔵書プロジェクト十勝」と題したメールが届きました。
「〜〜〜12月17日10時より、旧校舎にて、今年最後の活動と忘年会を行いました。
外気温が―10度近い寒さの中、20名ほど参加してくれまして、11時半まで、校正作業と書棚の入れ替えを行いました。
書棚も順番に並べ替えています。 一人1箱分位の進度かと思いますので、1番から20番位まで出来たと思います。
11時半からは、小一時間ほど、お茶とお菓子で忘年会となりました。〜〜〜」
女性のUさんからいただいた19日付けの葉書には
「〜〜今日の音更はマイナス14度。最高気温はマイナス2度。寒い1日でした。〜〜」とありました。う〜〜想像するだけで震えが来ますねえ。
17日は残念ながら帯広大谷短期大学の田中教授はご多忙のため欠席だったようですが、会費から少し用意されたお菓子と差し入れでテーブルの上はいっぱい、皆さんすっかり打ちとけ て、にぎやかだったそう。「来年、皆さんでぜひいらして下さい」とのことでした。
なんとか予定を考えてみたいですね。
東京もすっかり寒くなりましたが、12月28日の十勝の天気予報は“吹雪”とか。プロジェクト十勝のみなさん、お気をつけて。
今年はありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたしま〜す!
写真は、去年の草森記念室オープンの時に、旧東中音更小学校(分館)にも出かけて撮った写真です。子供たちの水飲み場でしょうか。右手に鶴の、左手に子供のオブジェがあります。11月末のことで、雪が残っていました。
2011-12-17
『本の雑誌』2012年1月号、今年のベスト3に草森本が2冊!
『本の雑誌』の新春恒例企画「2011年度私のベスト3」に、草森紳一の本が2冊入っています!
自費出版にもかかわらず、『草森紳一が、いた。友人と仕事仲間たちによる回想集』が(最相葉月氏セレクト)、もう一冊は『記憶のちぎれ雲』(亀和田武氏セレクト)です。ぜひ手にとってお読みください。
『本が崩れる』の担当編集者の方からの情報ですが、草森さんが亡くなって3年半経つのにありがたいことです。
◎2011年の草森紳一関連記事(書評はのぞいて)
こちらで分かっているものは下記ですが、この他、短くても草森紳一に触れた文章(紙媒体のもの)があればお教えください!
『飈風』(ひょうふう)49号 「夢の展翅」(続) 荒井健
『三田文学』春号 "物書き″草森紳一 日本文壇の"鬼才″ 岡晴夫
『三田評論』11月号 草森紳一さんのこだわり 岡晴夫
『公評』6月号 戦後日本の児童文学における中国古典の翻訳 平井徹
『コミュニティマガジン い』8号 草森紳一という「穴」、もしくは「穴」のなかの草森紳一 愛敬浩一


