古本屋の覚え書き

古い書評&今週の一曲

感動は身体性を伴う/『子供の「脳」は肌にある』山口創

 感動は抑えることができない。無表情の感動なんてあり得ない。

 ピアジェの観察からもわかるように、知識というものは、それが本当に生きた知識として身につくときには、必ず何らかの具体的で情緒的な事物の操作を通じての感覚・感動を伴うものである。目の前でおこった事実を通じて「そうなんだ!」と喜びで瞳を輝かせ、「おもしろい!」と興味が湧いて胸をときめかせ、「へぇー!」と息をのんで納得する。そのようなリアルな感情や感覚を伴って得た知識というのは、頭の中で単なる記号として蓄積されるのと違って、一生忘れることはないし、また生きた知識としていつでも引き出すことができる。


【『子供の「脳」は肌にある』山口創光文社新書、2004年)】


 著者は幼児期における皮膚感覚の重要性を説いている。幼い子供を見ていると驚きに満ちていることがわかる。驚いた分だけ世界が広がっているのだろう。次々と新しい発見をする彼等は、まるで冒険者のようだ。


 昨今の若い親御さんは、子供の将来のためと称して習い事をさせる傾向が顕著だ。まだ日本語も満足に話せない年頃から、英語を習わせたりしている。子供が好きでやっているようにも見えない。親が勝手にレールを敷いているのだろう。目指すは「明るい未来」という名の駅だ。ま、10年ほど経てば脱線するだろうが……。


 ついでに書いておくと、身体性という点ではテキスト入力もその一つだ。以前から本を読むたびに、気に入ったテキストをせっせと入力しているが、読んでいる時には気づかなかったことが見えてくるから不思議である。きっと、ノートにペンで書き写せば、もっと感じることがあることと思う。


 特に本書である。面白い内容なんだよ。十分お薦めできる。ただ、著者が若いせいもあるのだろうが、論理構成が危うい箇所が散見される。つまり、主張の根拠が薄弱であったり、曖昧であったり、なかったりしているのだ。そのため、ややもすると単なる思い込みを述べているように感じる部分があった。だが、読んでいる時にはさほど気にならない。全体的には優れた内容だ。


 生活の中に感動がある人は幸せだ。テレビを見ている時しか、泣いたり笑ったりすることがないような人が最も不幸だ。


薬師院仁志、柳父章


 2冊読了。忙しい中でも、何とか「書くクセ」をつけておかないとダメですな。あっと言う間に時間は過ぎ去ってしまう。光陰矢のごとく、浦島太郎のごとし。だが、私のいる場所は竜宮城にあらず。


民主主義という錯覚 日本人の誤解を正そう薬師院仁志/ハイ、見事に正されました。目からウロコが5枚ほど落ちる。モンテスキューやルソーは、「くじ引きで議員を選ぶことが真の民主主義である」と説いていた。つまり、選挙と民主主義の間には何の関係もないそうだ。いやはや凄いね。著者は変質してしまった民主主義を暴き出し、いびつな形を示した上で、「ちゃんと国家の枠組みを考えましょ」と提案している。文章がややくどいところもあるが、新書並みの短い章立てで構成されているので読みやすい。読み終えると、政治家が間抜けに見えて仕方がない。


翻訳語成立事情柳父章(やなぶ・あきら)/1982年初版。翻訳語は“輸入された概念”そのものだった。俎上(そじょう)に載せられたキーワードは、社会・個人・近代・美・恋愛・存在・自然・権利・自由・彼、彼女。「個人」が翻訳語であることは阿部謹也の『日本社会で生きるということ』を読んで既に知っていた(明治17年ごろとしている)。ということは、明治以前に「個人」は存在しなかった。これが封建社会の実態だ。当時の文学論争までフォローされていて、書誌学的にも貴重な作品だ。

都合のいい新自由主義


 新自由主義ってえのあ、市場原理に任せて血みどろの競争をさせるものだと思っていたのだが、どうやら違っていたようだ。

米、金融危機対策で空売り規制拡大 全銘柄対象


 米政府が金融危機の拡大回避へ政策を総動員し始めた。米証券取引委員会(SEC)は17日、株式を所有しないまま売り注文を出す「空売り」規制をすべての上場銘柄に導入すると発表。米財務省は金融市場への流動性供給や民間金融機関への直接融資を増やしている米連邦準備理事会(FRB)を支援するため、米国債を臨時発行する制度を創設した。市場の動揺がなお続く中、マーケットに鎮静を促し、金融機関の資金繰りに万全を期すのが目的だ。
 SECの新しい空売り規制は18日から適用する。SECは米住宅金融公社2社の経営不安が浮上した今年7月、金融株の急落を受け、日米欧の19の大手金融機関の株式を対象に空売り規制を一時導入した。今回は対象をすべての上場銘柄に広げて再び適用する。
 コックスSEC委員長は「空売りの悪用は許さない。関連当局は今回の規制をふまえ、違法な相場操縦をやめさせるために戦う」とのコメントを発表した。
日本経済新聞 2008-09-18】


 マーケットというのは、売り方と買い方の合意によって形成される。結構勘違いしやすいのだが、どんなに相場が上がろうと下がろうと、売った人と買った人の人数は一緒。「空売り」とは、株式の信用口座を持っている人が、株を借りて売る方法。上がると予想すれば「買い」から入り、下がると睨めば「売り」から参入する。


 SECが行う空売り規制は、空買いを奨励しているようにも思える。でも、どうなんだろうねえ。ダウが2日間で1000ドル近くも下げた後で、「買え」って言われてもねえ……。


 先日、米国4位の投資銀行(証券会社)リーマン・ブラザーズが破綻した。その直前には、格上のメリルリンチバンク・オブ・アメリカに買収された(5兆3000億円)。そして昨日、FRB米連邦準備制度理事会)が、保険最大手AIGに対して9兆円の融資を決定した。


 ウーム、どこを探しても見つからない。どこへ行ってしまったんだろう市場原理主義は。冷戦構造が崩壊してからというもの、アメリカは鼻持ちならないシェリフ(保安官)ぶりを発揮し続けている。「この町では俺がルール」だと言わんばかりに。でさ、町=世界だから皆が困ってんのよ。新自由主義が示しているのは、米国支配者が謳歌する自由のようだ。