モダンの時間

 土曜は冷戦読書会。私が「『闇の奥』と『結晶世界』、または、時間の中にある身体からの逃走」と題して発表。我ながらこれは面白い、というかバラードが面白いのだが、いろいろと有益なアドヴァイスをいただく。課題をメモしておくと、今回は『結晶世界』(と『クラッシュ』)をジェイムソンの「時間性の終わり」に依拠して後期資本主義的な「現在への還元」「身体への還元」として歴史化したが、まだ粗雑で、「なぜ66年にこの小説か?」という疑問への答えが見つかっていない。脱植民地化後の「第三世界」を、「冷戦の狭間」以上の形でどう歴史化するか。

 それとも関連して、もともと、「時間の中にある身体」というのは、つまり労働する身体のことのつもりなのを忘れていた。だから、そこからの「逃走」というのは、労働なき世界へのユートピア的志向なのであり、「結晶が象徴しているのは、無から富が生み出されることなのではないか」というM浦さんのご指摘はもうその通りなのである。

 さらには「労働なき世界」といえばユートピア小説の定番であり、『結晶世界』にとってこのユートピア衝動が残滓的なものとして存在していることは、後期資本主義もまたそのような願望に基づいた、「反転された革命」の結果であることを示唆しているのである。

 日曜は日本ヴァージニア・ウルフ協会全国大会。開催校委員として裏方仕事。こんなに神経のすり減るものだとは思わなかった。「河野は図太くてふてぶてしいやつだと思っていたら、意外と繊細なのね」という評価を固める。

 それはともかく、そんなこんなで質問をする余裕などもなかったことが悔やまれるし、特にあの充実したシンポに十分応答できなかったことが申し訳なかった。

 私の文脈で位置づけるなら、今回のシンポは「ポスコロ」とかよりも、マニフェスト論・前衛論の文脈でとらえることができたと思う。すなわち、(これは書いたことがあるが)、70年代あたりにさかんになった前衛論(ポッジョーリ、カリネスク、ビュルガー)にとっての問題は、「前衛」が政治的前衛党、つまりスターリニズムを引き寄せてしまうことだった。だからそこでなされた努力というのは、前衛の意味を政治的なものから分離することであった。しかし、近年のマニフェスト論(ライアンやプッチナー)は、「前衛」の政治的意味と美学的意味を新たな形で再結合しようとしている。その作業を行う上で、つまり前衛やマニフェストの忘れられた可能性を思い出す上で、スターリニズムを「学び捨てる」必要がある。今回のシンポが30年代、とくに38年とそこで集中的に現れた「マニフェスト」の問題(『三ギニー』、マルクス、ジェイムズ……)と前衛(第四インター)の問題を扱ったのは、だから、そのような「学び捨て」によって30年代の経験を有意義なものとして「学び直す」作業だったと位置づけられるのではないか。(その点については、司会の遠藤さんが、Communistをどう訳すか、という問題に仮託してうまくまとめておられた。)

 たとえばトロツキズムであるが、ひと口にトロツキズムといっても、現在から見るとハンガリー動乱後に生成したトロツキズムや68年以降のトロツキズム、つまり上記の戦後前衛論とおなじように、スターリニズムとの対照関係をどうしようもなく喚起してしまう言葉なのだが、そういった経験はまだ未来のものであった30年代に、それがどのような可能性をもっていたか、という話である。

 今回は当然に話題にならなかったが、「リベラリズム」にも同じことが言えると思う。20世紀の経験が「自由」の意味を限定・分断したとるすると(『Web英語青年』での「自由」を参照)、自由主義についてもおなじような「学び捨て」が必要ではないか。『三ギニー』と、昨日発言したように、Q. D. リーヴィスとの対立関係はその点を浮き彫りにしている。リーヴィスが「国家のもとでの自由」(福祉国家メリトクラシー)を享受し、それを擁護したならば、ウルフはそのような国家への包摂の危険を敏感にかぎとった。しかし今使った言葉(福祉国家メリトクラシー)はのちに出てくる言葉であり、おそらくウルフの目にはそれは「戦争国家」として出現した。(だから、ウルフはウォーフェア・ステイトとウェルフェア・ステイトの連続性を予言したのかもしれない。)正直これを「家父長制」という問題構成でとらえることがどれだけ有効なのかは、分からない。

 私の直近の関心事に引きつけると、ウルフのマニフェストは要求者組合的なマニフェスト行為の勃興形態である。ウルフの「アウトサイダーズ」が階級限定的であるということは、「勃興形態だからです」という答えが与えられると思う。遠藤さんの言い方では「弁証法アイロニー」だということ。

 もう一点、土曜の私の発表と、昨日のシンポをつらぬく「同時性」との関係も、示唆的であった。つまり、昨日の話での「同時性」は、ジェイムソンに言わせればまさにモダニズム的な「深い時間」であり、それは植民地とメトロポリスの地理的乖離、「認識論的不均等発展」のジレンマを解消するためのものであった。しかし昨日のシンポでは、それをいわばぐるりと裏返しにして、モダニズム的な「別の時間alternate temporality」の「彼岸」から考えるということをしたわけだ(これを「彼岸」と名付けてる時点で「見てる歴史が違う」と中井さんに怒られるのだろうが)。だから、昨日のシンポはジェイムソンの「第三世界文学」論が批判されたのとおなじ意味でのジェイムソン批判だったわけで(しかし、その「別の時間」が消滅したとされるポストモダン=後期資本主義をどうするのよ、という課題はやはり存在するわけで)、その点もはっきりさせられればと思ったが、頭が働きませんでした。

 なんにせよ疲れ果てました。しばらく休みたい。