中国農村の歴史的な因果は巡る

 国家権力が郷村社会をその勢力範囲に包摂しようとする過程において、国家の財政が直接に郷村社会をコントロールするための官僚隊伍を支えきれないことから、国家は郷村社会に低コストの代理人を求める必要がある。しかしながら、国家の代理人の権力は異化して(国家権力を利用した農民の搾取)農民の反抗をもたらす。農民が依拠する力は「権力の文化的ネットワーク」によって組織される村民横断的な組織による。こうして一見すると強大なように見える国家も、却って自らを弱体化(国勢の衰退、財政不足、制度の弛緩など)させるようになり、やがて郷村社会のサボタージュ、更には反乱をコントロールできなくなる。

杜賛奇(Prasenjit Duara)、『文化,权力与国家-1900-1942的华北农村』、浙江人民出版社、1996年より

 上述のものは20世紀初頭の華北農村において、農村社会の政治、経済の変遷を国家権力と村落権力の相互の動き、或いはゲームを通して観察したDuaraの研究であるが、どうも現代においても中国の村民自治や、農村における抗争事件などを眺めていると思い当たる節があって興味深い

 人民公社解体後の村民自治導入の試みは正に農村社会に生じた権力の空白を埋める、国家による農村社会への権力の浸透ではなかったか。村民自治という国家にとって低コストな権力の浸透は、自治という手段によってリクルートされた国家権力の代理人を形成している。そして、その国家権力の代理人は農民を搾取する方向へと向かう事例も頻発している。兼併とか言ってみる。結果としてもたらされるのは国家権力の弱体化なのだろうか?うひょひょひょひょ。

 以前触れた(参照)台湾の大陸委員会が発表した「近期中國大陸群體性抗爭事件分析報告」というレポートの原文がウェブ上で見られるようになったので、要約文などを訳してみた(註1)。

一、去年一年で中国大陸で発生した抗争事件は七万四千件に及ぶ。報道を整理すると、今年の年初から6月12日までに、全中国大陸で全部で九十二の地区で341件の組織的な集団抗争と規模の大きな武装抗争事件が発生している。その中でも一万人以上の規模のものは17件、五千人以上の規模のものは46件、千人以上の規模のものは120件である。死傷者は1740名、その中でも死亡者は102人に上る。公安、武装警察、地方幹部の死傷者は484名、その中でも死亡者は55人に上る。直接的な経済損失額は340〜400億人民元と見られている。

二、中国大陸で集団抗争事件の発生に至る主要な原因は次の通り。農地の徴用、農民労働者の給与不払いの累積、都市の住居移転、貧富の格差、都市の失業、腐敗、幹部の素質が低い、民間での権利擁護意識の高まりなどの問題である。中国社会科学院の「2004〜2005年社会形勢分析と予測」と題する研究の指摘によると、目下、中国大陸で農地の徴用によって土地を失った農民は四千万人前後に上る。同時にまたこの失地農民は毎年約二百万人の速度で増加している。しかしながら、地方政府が失地農民に提供する就業措置は減少している。こうして失地農民は新たに最も困難に直面する社会集団として形成されている。矛盾と衝突はこうして現出している。

三、この外にも、中国社会科学院が去年の12月中旬に発表した「2005年社会青書」(「2005年社会蓝皮书」)というレポートの指摘によれば、去年の都市住民における収入格差の拡大傾向は未だ有効に抑制されていない。予測によれば2005年の最も裕福な10%の家庭と最も貧しい家庭10%の一人当たりの可処分所得の格差は8倍を超える。富が少数の者に集中している状況は日々明らかになっている。またこのレポートは、現在、中国大陸の都市部では毎年二千四百万人の新たな労働力が増加していると指摘している。しかし、毎年新たに増加する雇用は最も多くて九百万人前後である。労働力の供給が需要を上回る現状の矛盾は突出している。

四、世界における経済発展と社会の変化の一般的な法則からいって、ある国家の一人当たりGDPが1000米ドルから3000米ドルに上昇する過程で、構造調整と社会変容によって分配が均衡を失う、道徳基準の喪失、失業率の増加、社会秩序の問題などを引き起こしやすい。こうして社会問題が頻発する時期を迎える。中国大陸は現在、正にこの段階にあり、ある者は発展の黄金期と描写するが、同時に矛盾が突出する時期でもある。中国大陸は「危険性のある社会」、もしくは「高い危険性のある社会」に突入した。

五、中共当局は目下のところ、危機に対処する心持で民衆層の続発する集団抗争事件に当たっている。去年の11月28日、中国大陸の三十近くの都市の市長と関係部門の官員などが広州において「突発事件への対処と危機の処理」に関する研修を受けた。中共中央の関係部門は矛盾整合のメカニズム、情報警戒のメカニズム、応急対処のメカニズム、責任追及のメカニズムを含む集団抗争事件を処理するメカニズムの建設を強化しようとしている。

六、中国大陸の民衆による集団抗争という問題を引き起こしているのは、民主的なメカニズムの欠如であり、法律による保護の不足がもたらしている。中国大陸がもし「制度の構築」から手を着けることをせず、社会における集団抗争事件を突発的な「危機」として処理するならば、一度民衆が胡温政権が積極的に作り上げた「弱者重視」の理想の希望が潰えたとき、中共当局は社会全体に対する掌握力は最大の挑戦に直面する。


 大陸委員会のレポートは流石によくまとまっていると思う。そして、こうした農地の徴用に際しては村落レベルの国家権力の代理人による不正や権力の濫用が頻発していることも合わせて指摘しておこう。歴史を振り返るに中国は明朝以来、人口の爆発的増加によって生じた人口と可耕地の不均衡、それによって生じる潜在的な失業者の問題に悩まされてきた。社会体制はやがて富の偏在を生み、土地資源の富裕層への集中が起こり(兼併)、失地農民は流民化し、社会は不安定化する。基層幹部はかつての郷紳であろうか?胡温政権が和諧社会和諧社会と唱え続けるのもむべなるかな。彼らは彼らなりの危機感を持っているのだろう。しかし、上のレポートでも触れられているが、この問題を抜本的に解決しようと思えば中国共産党の独裁権力のあり方にも踏み込まざるを得なくなるのは明確だ。中共中央の指導者たちは中共権力の堅持を選択するのか、社会の安定を選択するのか、これはこれで見物である。

 例の広東省大石村ではまた新たな動きがあったようだが(註2、参照:『朝日新聞を読む』)、こうした実例を見るにつけ、中国がこの歴史的な構造から抜け出すには中々に大変ですな。

(註1)
大陸委員会「近期中國大陸群體性抗爭事件分析報告」要約文
http://www.mac.gov.tw/big5/cnews/ref940829.htm
全文は、下記のURLを参照のこと(PDFファイル)。
http://www.mac.gov.tw/big5/cnews/ref940829.pdf

(註2)
「脅迫→辞任@広州市太石村 中央と現場の温度差?」『朝日新聞を読む』2005/09/26
http://ihasa.seesaa.net/article/7349377.html