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2016-06-30

アーロン収容所

おすすめ!
アーロン収容所
会田雄次 初版1962 中央公論社

内容、出版者ウェブサイトより

イギリスの女兵士はなぜ日本軍捕虜の面前で全裸のまま平気でいられるのか、彼らはなぜ捕虜に家畜同様の食物を与えて平然としていられるのか。ビルマ英軍収容所に強制労働の日々を送った歴史家の鋭利な筆はたえず読者を驚かせ、微苦笑させながら、西欧という怪物の正体を暴露してゆく。激しい怒りとユーモアの見事な結合と、強烈な事実のもつ説得力のまえに、読者の西欧観は再出発をよぎなくされよう。

感想

久しぶりに本を一気に読んだ。もちろんとてもおもしろかったからだ。本を読むことの効用として、他人の人生や経験を追体験できるから、というものがある。本書はまさに、それにドンピシャとくるものだった。
著者はビルマ戦線で第二次世界大戦の敗戦を迎え、イギリスの捕虜となる。その約二年間の記録が本書である。
国力を総動員した大戦争の敗北! 異国での強制労働! 著者の壮烈な体験は、まさに希有な体験というべきだろう。
「この経験は異常なものであった。この異常ということの意味はちょっと説明しにくい。個人の経験としても、一擲弾筒兵として従軍し、絶滅にちかい敗戦を味わいながら奇蹟的にも終戦まで生きのび、捕虜生活を二年も送るということも異常といってよいかもしれない。異常といえば、日本軍が敗戦し、大部隊がそのまま外地に捕虜となるということ自体が、日本の歴史はじまって以来の珍しいことである。」p4

著者は、イギリスに囚われ労働を強いられることによって「近代化の模範国、民主主義の典型、言論の自由の王国、大人の国、ヒューマニズムの源流国」p5といったイギリスを賞賛する見方が変わった、という。イギリスには良い面も悪い面もあろうが、「その中核を形づくっている本体」p6を考えるうえで、筆者の経験は参考になるのではないか、という。

著者の考察は、イギリスのあり方を追求するとともに、当時の社会の様子や人々の生活、収容所の在り様、民族的な特徴、イギリスの植民地支配、イギリス人の根強い差別意識の実態を明らかにしている。本書は今はなき世界を保存し、ものごとを考える材料になっている。

とくに印象に残ったことが3つある。

1つは、西洋人の計算が遅いさま。かつてシベリア抑留の記録を読んだことがあるのだが、それとも重なる内容だ。イギリスの監視兵は掛け算ができず、また数え間違いも多く、いらいらするほど待たされたという。逆にいうと日本人は末端にいたるまでよく教育されていた、ということなのだろう。

また、著者はイギリスに対する激しい憎しみを繰り返し表明している。
イギリス下士官にたいし「傲慢、残忍、陰険、着実、冷静」p79
「イギリス人を全部この地上から消してしまったら、世界中がどんなにすっきりするだろう」p82
本書は冷静な筆致だしその考察も怒りに左右されることなく、落ち着いて行っている。その分、当時の気持ちだ、という留保をつけつつもイギリスに対する強烈な憎悪を述べている点。それが印象的だった。

最後は、抑留者のたくましい様子だ。食料不足からイギリス軍の物資を盗みこっそり運び出し(畳2畳分はあろうかというベニヤ板まで)、またビルマ人やインド人と物資を交換し、さまざまなものを調達する。はては戦時中の班をもとに演劇が盛んになったという。
理不尽な状況、過酷な状況にあっても、明るく前向きに楽しく生きていこうとする人々。人間に内在するこんな本質こそが、人間の社会を豊かにいろどってきたんじゃなかろうか。ふと、そう思った。

メモ

・「終戦まで生き残ったものは運がよかったものもいるが、ずるいのもすくなくない。少なくとも私はそうである。なんとはなしに召集され、逃げかくれも、さぼることも下手で、黙って死んでいった多くの人びと、そういう人々にたいして私は心の底からはずかしい気がする。」p35
多くの戦友が無惨に死んでいったなか、あの凄惨な戦場から生き残ってしまった。そういう強い自責の念が表された文章である。この気持ちは経験者にしか分からないのだろう。ただこれを読む僕はまゆを歪めてしまうだけだ。

・「はじめてイギリス兵に接したころ、私たちはなんという尊大傲慢な人種だろうかとおどろいた。なぜこのようにむりに威張らねばならないのかと思ったのだが、それは間違いであった。かれらはむりに威張っているのではない。東洋人に対するかれらの絶対的な優越感は、まったく自然なもので、努力しているのではない。女兵士が私たちをつかうとき、足やあごで指図するのも、タバコをあたえるのに床に投げるのも、まったく自然な、ほんとうに空気を吸うようななだらかなやり方なのである。」p50

「そのときはビルマ人やインド人とおなじように、イギリス人はなにか別種の、特別の支配者であるような気分の支配する世界にとけこんでいたのである。」p50

・「無意味で過重で単調な労働の連続は、やがて兵隊たちの反抗心を失わせ、希望をなくさせ、虚脱した人間にさせていった。半年もたつと収容所の門で、飯盒と水筒をもち、腰をおろして出発命令を待っている兵隊の顔は、何とも異様なものになっていた。みんなだまりこくって、ぼんやり地面をながめている。兵隊につきものの猥談も出ない。」p62

・(日本は捕虜や非戦闘員に対する処置で戦争犯罪を追及された。しかし死体を冷静にあつかったり、捕虜を上手に管理して効率よく働かせるイギリスをみると、この差は「多数の家畜の飼育」p66をしてきたか否かが、影響しているのではないか。日本人は「多数の家畜の飼育」をしてこなかった。そのため、死体処理には慣れておらず、血を見て逆上してしまうことがあった。そこがヨーロッパ人には残虐という印象をあたえたのではないか。日本人は捕虜をつかまえるとその扱いがよくわからず閉口してしまうような具合だった。
一方イギリスは、「多数の家畜の飼育」に慣れているがため、死体を冷静に扱い、また羊の群れを管理するように「捕虜というような敵意に満ちた集団をとらえて生かしておく(生活さすのではなく生存させておく)」p67技術にたけていた。)p65

「とにかく英軍は、なぐったり蹴ったりはあまりしないし、殺すにも滅多切りというような、いわゆる「残虐行為」はほとんどしなかったようだ。しかし、それはヒューマニズムと合理主義に貫かれた態度で私たちに臨んだであろうか。そうではない。そうではないどころか、小児病的な復讐欲でなされた行為さえ私たちには加えられた。
しかし、そういう行為でも、つねに表面ははなはだ合理的であり、非難に対してはうまく言い抜けできるようになっていた。しかも、英軍はあくまでも冷静で、「逆上」することなく冷酷に落ちつき払ってそれをおこなったのである。ある見方からすれば、かれらは、たしかに残虐ではない。しかし視点を変えれば、これこそ、人間が人間に対してなしうるもっとも残忍な行為ではなかろうか。」p74

・(イギリス人は、兵士に比べ士官は身長も高く体格が立派。すぐに見分けがつく。イギリスの上流階級は学力だけでなく体格の面でも秀でており決定的な違いがある。
英軍の階級制度は日本と違って、一般の社会構成をかなり正確に反映している。軍人はもとの社会的地位にふさわしい階級をうけ、それに適合した兵種にまわされる。「イギリスのブルジョアとプロレタリアは、身体から、ものの考え方から、何から何まで隔絶」)p110

・(インド兵に比べ、グルカ兵は馬鹿正直で勇敢で規律正しく剛健愚直の見本みたいなものだった。)p124

・(捕虜収容所で発言権をもってくるのは、泥棒がうまい人、盗んだものを検問所のチェックからすり抜けて運び出せるのがうまい人、ゴテることのできる強い心臓をもっている人、「名文句」の入ったとうとうたる弁舌をできる人。

・戦争という危機的な状況ではその英雄的な能力を発揮し、集団のなかで発言権をもった人がいたが、捕虜生活へと環境が平凡になるにつれ、その資質が生かされず、発言権を失ってしまう人がいた。
そしてその逆に、戦時こそ目立たずとも、捕虜生活でその能力を集団のために発揮し、発言力を増す人もいた。)p198
「人間の才能にはいろいろな型があるのだろう。その才能を発揮させる条件はまた種々あるのだろう。ところが、現在のわれわれの社会が、発掘し、発揮させる才能は、ごく限られたものにすぎないのではないだろうか。多くの人は、才能があっても、それを発揮できる機会を持ち得ず、才能を埋もれされたまま死んでゆくのであろう。人間の価値など、その人がその時代に適応的だったかどうかだけにすぎないのではないか。」p212

・「英軍はアメリカやソ連とちがって民主主義や共産主義の説教は全然やらなかった。」p203

2016-06-29

空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む

おすすめ!
空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む
角幡唯介 初版2010 集英社

内容、背表紙より

チベットの奥地、ツアンポー川流域に「空白の五マイル」と呼ばれる秘境があった。そこに眠るのは、これまで数々の冒険家たちのチャレンジを跳ね返し続けてきた伝説の谷、ツアンポー峡谷。人跡未踏といわれる峡谷の初踏査へと旅立った著者が、命の危険も顧みずに挑んだ単独行の果てに目にした光景とは―。

感想

チベットの奥地。なみなみとそびえるヒマラヤ山脈の東側をツアンポー川が鋭くうがつ。そうしてできた世界屈指の急峻な渓谷がツアンポー渓谷である。ツアンポー渓谷とそこにあるとされた幻の滝に魅せられ、幾人かの探検家がチャレンジしてきた。著者もその一人である。人の侵入を拒む険しい岸壁、年中湿った腐葉土が薄く積もった滑りやすい地面、いつでもどこでも這い寄るダニ、充満するヤブ。著者の歩みは遅々として進まない。

本書は、著者自身の探検とこれまでツアンポー渓谷に挑んできた探検家たちの歩みを交互にまじえながら、人跡未踏の地に魅せられた男たちの、ときに熱く、ときに冷静な心と命がけの冒険をつむぐ。

この、ツアンポー渓谷への著者の冒険を軸に、過去に挑んだ人々の足跡を重ねる構成は、ツアンポー渓谷の厳しい風景が少しずつ明らかになっていくのと同時に、その風景の背後に時を隔てて存在する歴史的な冒険や現地の人々が照射するチベット仏教の信仰もすこしづつ明らかになる構成であり、うまいなあ、と思った。そうしてだんだんとツアンポー渓谷が立体的に浮かび上がっていくのである。

男なら、人類なら、見知らぬ世界に分け入っていく、その話に興奮しないものはいまい。安楽イスのうえであっても著者の冒険譚に気持ちが高ぶる。そうして過ごすひとときも悪いもんではない。

2016-06-28

サイゴンのいちばん長い日

おすすめ!
サイゴンのいちばん長い日
近藤 紘一 初版S50 文藝春秋

内容、背表紙より

窓を揺るがす爆発音、着弾と同時に盛り上がる巨大な炎の入道雲、必死の形相で脱出ヘリに殺到する群衆、そして戦車を先頭に波のように進攻してくる北・革命政府軍兵士……。一国の首都サイゴン陥落前後の混乱をベトナム人を妻とし民衆と生活を共にした新聞記者が自らの目と耳と肌で克明に記録した迫真のルポ。

感想

ベトナム戦争で、ベトナムは南北にわかれ激しい戦争をした。そしてそれは、南ベトナムの首都サイゴンの陥落で終わった。そのサイゴン陥落前後のサイゴンの様子を記したのが本書である。

本書は新聞記者である著者1人の体験を記述しているので、サイゴンの様子を包括的に論じたものではない。しかし本書は、サイゴンを多面的に捉えることに成功している。というのも、作者はその特異な境遇から、希有な視点を得ているからだ。

1つは外国人ジャーナリストとしての立場、視点。そしてベトナムの取材に長年尽力してきた立場、視点。それにより、ベトナムのことを距離をおいた冷静な目でとらえることができる。また南ベトナムや北ベトナムの要人の発言や考え、行動、それらの変化、また権力闘争(政局)を直接つかむことができる。

もう一つはベトナム人の妻をめとり、民衆と同じような長屋に住むという、市井を生きる人間としての立場、視点である(ベトナム人と同じアジア人で、ぱっと見ベトナム人に見えることもその視点に貢献したか)。北ベトナムからの難民の話や北ベトナム軍がサイゴンに迫り人々が緊迫していく様子、サイゴン陥落後の生活の変化(の端緒)。こういった話が、家族や長屋に転がり込んでくる親戚たちの話として出てくる。また仕事で関係するベトナム人やその家族たちの話として出てくる。こうして市井にとけ込むのは先進国のジャーナリストとしてはそう容易ではあるまい。

著者はサイゴン陥落という劇的な歴史に立ちあっているとはいえ、劇的な経験をしているとまではいえない。命をはって危険な取材を敢行しているとまではいえないし、正規軍の兵士や武装ゲリラから銃口をつきつけられるわけでもない。暴徒化した民衆に襲われるでもない。けれども本書は多様な視点からベトナムをえがいていて、そこに生きる人々が立体的に見えるというのと、なによりベトナムがとっても魅力的なのだ。魅力的にとらえているのだ。
著者がベトナムとそこに生きる人々を大好きであることがよく伝わってくる。美しく豊かな国で戦乱の中も一生懸命悩みながら生きている。それは権力者も民衆も一緒。そういうのが暖かいまなざしのなかでじんわりと伝わる本だった。

内容について、いろいろと印象に残っていることがあるのでざっくりとメモしておく。
戦乱を生きる人々のたくましさ、柔軟に商売。
南ベトナムの反体制派の、批判はガーガーすれど、いざとなっても権力をもって責任を引き受けて何とかしない無責任なさま。
北ベトナムという新しい権力者にすぐ対応する中国人。
ベトナム人の女性は強い。男を尻にしいている
南ベトナムは、北に比べて国土が豊か。メコン川下流の肥沃な大地。そのため人間はおおらか、なあなあ主義(著者が住んでいるときは汚職がはびこっていた)。
北ベトナムは逆に自然が厳しいので、勤勉でまじめな人間が多い。
北ベトナムからの難民がサイゴンにいるが、そのまじめな性格から商売で成功した人がたくさんいた。
南国の豊かで美しい自然。人間が戦乱で大騒ぎしているときも超然とそこにある。
ベトナム人は本が好き。

2016-06-27

図解 中国史がすぐわかる! 故事成語<春秋戦国篇>

おすすめ!
図解 中国史がすぐわかる! 故事成語<春秋戦国篇>
渡邉義浩 監修 2004 学習研究社

内容、出版者ウェブサイトより

中国・春秋戦国時代の歴史を故事成語で綴る画期的解説書。故事成語をその成立順にならべエピソードを読むだけで、その言葉の来歴はもとより、中国古代の歴史もすっきりとわかるという目からウロコの一冊。思わず人に話したくなるウンチク満載!

感想

表紙に「身近な言葉の意外な逸話が歴史の激動をありありと語る!」とある通り、故事成語をたどることにより、春秋戦国時代の雰囲気をざっくりと学ぶことができる。各国の興亡、確執、恨み、権力の変遷。多くのドラマに興奮する。

そして日本でいえば縄文時代晩期にあたる時代から、権力者のありかたについて具体的事例をもって、そしてさまざまな側面から検討してきた文化があったのだ。中国(中原)ってすごいなあって、思うことしきり。

2016-06-26

決着! 恐竜絶滅論争

決着! 恐竜絶滅論争
後藤和久 2011 岩波書店

内容、背表紙より

恐竜はなぜ絶滅したのか。専門家にとってはもはや決着済みといえる絶滅の原因をめぐって、いまだに新説が出されてはマスコミを賑わす。これを憂えた著者らは、有名な科学雑誌に論争の余地なしとする決定的な論文を投稿。世界をアッと言わせた。なぜ決着済みといえるのか。異説のどこが間違いなのか。とことん解説する。

感想

本書は、恐竜絶滅の引き金となったのは小惑星の衝突であるとし、その根拠を丁寧に積みあげている。そしてより特徴的なのは、メディアが少数意見をもてはやす構造に危惧を投げかけている点だ。ここでいう少数意見とは、恐竜は劇的に滅んだのではなく、既に数を減らしていた、あるいは絶滅のきっかけは火山噴火である、といった説である。これらは学会でもごく少数意見にもかかわらず、「「定説を覆す」研究のほうが読者に興味をもたれるという事情もあ」p9るため、メディアが繰り返し大きく取り上げてしまいまるで両論が研究者のあいだで拮抗しているかの様な印象を与えている、というのである。
このような危惧から本書は出発しており、ここから恐竜絶滅をめぐる論争を紹介している点が特徴的だ。

メモ

○恐竜の生き残りに鳥類がある。かれらも科のレベルでいえば75%が絶滅。両生類や恐竜以外の爬虫類と比べても多い。

○白亜期末の大絶滅の特徴とその原因

 ・光合成を行う植物を基底とする食物連鎖上の生物に大打撃。腐食したものから、それを食べる生物へとつながる食物連鎖(腐食連鎖)のうえにいる生物(哺乳類など)は比較的絶滅をまぬがれている。
→隕石衝突によりチリや火災にともなうスス、大地から蒸発した硫黄がエアロゾルとなり、数ヶ月から数年にわたって太陽光をさえぎったから。実際に、大量絶滅後は光合成植物が存在しなくなり菌類が繁殖。

・カメやワニといった淡水に住む爬虫類のなかには絶滅をまぬがれているものも。また淡水魚や両生類も明らかに絶滅率低し。
→淡水環境は腐食連鎖が中心だから。また酸性雨もラルナイトという鉱物が酸を中和。

 ・アメリカ大陸ほど絶滅の被害が大きい。その反対側のニュージーランドは比較すると小さい。
→小惑星が落ちたのはメキシコ湾沖(チチュルブクレーター)。

 ・酸に弱い石灰質の殻をもった石灰質ナノプランクトンや浮遊性有孔虫が大規模に絶滅。一方、有機物やケイ酸塩など酸に解けない殻をもった生物や酸性雨の影響がおよばない深い海底にいた生物の被害は比較的小さかった。
→大地から大量に蒸発した硫黄により酸性雨が降ったから。

 ・小惑星衝突により生じた津波は最大300メートル。衝突のエネルギーにより地球表面の温度は260度、その影響は数分から数時間続いた。

 ・白亜紀末期の地層には隕石衝突に由来するイリジウムが堆積。

○衝突説は分野を超えたあらゆる証拠を提示している。衝突説を否定するのならば、関連するあらゆる分野の証拠について定量的に反論できなければならない。いまだこれは成されていない。

○今後は衝突と環境変動の規模に関する研究と、どれほどの環境負荷で生物は絶滅するのかという研究が、大量絶滅の真相を解くうえでポイント。

○衝突説への反論がこれまで重ねられてきたからこそ、大量絶滅の研究がより深く追求された。衝突説を補強する研究結果も明らかになった。

2016-06-25

読んですぐに身につく「反論力」養成ノート

読んですぐに身につく「反論力」養成ノート
香西秀信 2009 亜紀書房

内容、出版者ウェブサイトより

代表的な議論の型を知り、例題をいくつも解くうちにめきめきと反論する力が付くこと請け合い。これでもう、“泣き寝入り”“だんまり”はしなくなる!

感想

 香西先生特有のウェットに富んだ文章で読んでるだけでおもしろい。文章を追っていておもわずニヤニヤしてしまう。
 またテンポよくいい切る文が多く、著者が問題を設定するなかでは、それは確かに正しい。うじうじと言い訳をしないこの舌鋒の鋭さも楽しいのだ。

 内容はこれまでの著書に重なる部分が多く、しかしそれは思考力を高めるうえで重要なことなので、復習のつもりで読んだ。【類似からの議論】、【定義からの議論】、【因果関係からの議論】を中心に紹介し、その議論の構造や反論のポイントを論じている。

メモ

・議論が生まれるのは意見が対立するから。そしてそうして意見が対立しうるのはとどのつまり、どちらの案にも分があり、結果がどちらでもよいから。

・議論に勝った意見が「正しい意見」。そして議論の技術を身につけているから議論に勝つ。つまり「議論に強いからこそ、常に正しく考える」p17

・力をもてばもつほど議論から得られるものは減る。なぜなら議論などしなくても自分の意見が通るから。だからほんとうの強者は議論する必要がない。

そのような議論の必要ない強者になるためには議論の技術を身につけ人生を自ら切り開く必要がある。

・意見は、既存のそれとは対立する別の意見への反論という性質をもっている。ゆえに「反論」は議論の本質。反論の技術の習得が、議論の技術を身につけるポイント。

・議論の訓練をするときは、「類似からの議論」の使い方から学習するとよい。なぜなら・・・
1、日常生活でよく使うから。
2、議論構造が形式的に明示しやすく、根拠が判然としていて反論方法も一義的に定まるから。
3、類似からの議論を考えるにはものごとの類似点と差違点を見極めなければならないが、それは人間の根幹であり、類似からの議論をあつかえばそのよい訓練になるから。

・人間が説得的と感じる論証方法は限られている。よってその少数の議論の型をあらかじめ習得しておけばよい。

・「思考力」ととらえるから何をすればよいのか分からなくなる。「力」ではなく「量」と考える。ものの考え方の量、つまり議論の形式を増やすことが重要。

2016-06-24

大学生・社会人のための言語技術トレーニング

大学生・社会人のための言語技術トレーニング
三森ゆりか 2013 大修館書店

内容(「BOOK」データベースより)

グローバル社会で求められるのは世界基準の“ことば力”。対話:面接などにも役立つ、論理的な受け答えの方法。物語・要約:物語の構造を理解することで、要約や速読の力。説明:分かりやすく情報を伝達することができ、話に説得力が出る。報告:レポートや報告書などで、事実や進捗状況を的確に伝える力。記録:話し合いの経過や結果をまとめ報告する議事録が的確に書ける。クリティカル・リーディング:文章を論理的に分析し、解釈できる読解力。作文技術:論理的に構成されたパラグラフで、分かりやすい文章を書く力がつく。

感想

「言語技術」とは何か、どのようなトレーニングで向上させればよいのか、論じている。僕は、言語技術ないし思考力をたかめるために「反論」に的をしぼって指導するタイプだ。しかし本書は反論についてはあまりふれず、思考を深めていくさまざまな観点(なぜ?どのように? 等)を整理したり、テクストに書かれていることをもとに考えていくテクスト分析、小論文の型を紹介している。

本書は、言語技術の重要性やそれをトレーニングするヒントが述べられており、よりよい市民社会をつくっていくうえで重要なものだと思う。またこの本がいかせる教育系の仕事に就いていることをうれしく思った。どの仕事でも本書の内容をいかすことで社会に還元できると思うけれど、僕は特にどストレートに関わる職に就いているので。それでよりよい市民社会を担う土台を少しでも強固にできたら幸せなことだ。

メモ

・要約の技術の1つに「因果関係法」がある。「最終的に提示された結果から遡ってその根本原因を探」p66り、それを次々と遡っていく。

・空間的に提示された情報を説明するときは、大きい枠の情報から小さい枠の情報(細部の情報)へと並べるとよい。

・テクストに書かれていることに基づいて分析し、批判や批評を加えるのがクリティカルリーディング。それをトレーニングする方法の1つに「絵の分析」がある。観察力の向上もみこめる。

_燭描いてあるかに着目して、ざっくりとどのような絵か表現。

絵の細部に着目して分解。絵を根拠に分析

設定 場所、季節、天気、時間など
人物 性別、年齢、職業、出身、階級、容姿、服装、趣味、興味、嗜好、何をしているか、何を考えているか、何を話しているか、何を聞いているか、何を観ているか、何を読んでいるか、何を感じているかなど
表現 構成、色、明暗、描き方など
象徴 象徴性のあるものは?、タイトルの意味は?

2016-06-23

人類を変えた素晴らしき10の材料 その内なる宇宙を探険する

人類を変えた素晴らしき10の材料 その内なる宇宙を探険する
マーク・ミーオドヴニク 松井信彦 訳 2015 インターシフト

内容、出版者ウェブサイトより


すぐそこにある材料の、内なる驚異の宇宙へ

・ガラスが透明なのはなぜ?
・スプーンには味がないわけ
・世界一軽いモノって?
・電子ペーパーのインクの秘密
・映画も音楽もプラスチックのおかげ
・チョコレートの美味しさの元
・・・
私たちの身近にある材料の驚くべき秘密を明かす、超話題作。
世界16ヵ国で刊行の大ベストセラー!

感想

身近にある素材、「鋼鉄」、「紙」、「コンクリート」、「チョコレート」、「泡」、「プラスチック」、「ガラス」、「グラファイト」、「磁器」、「インプラント」をとりあげ、その誕生から利用の歴史、素材としての特性、それを生み出す原子構造などを解説している。
本書の特徴は単に重要な素材について述べているにとどまず、著者自身の素材との関わりを出発点にしていることだろう。そうして独自の経験と視点をもとに、素材に純粋に驚き、素材をいつくしむ著者の気持ちが華をそえているのである。

メモ

・素材は非常に重要な存在。人類が発明し発展させていった素材が、社会をかえ、人類を人類たらしめている。

・鉄筋コンクリートについて
 コンクリートは安く大きな基礎を作れるが、引っぱられる力に弱い(ひびが入ってしまう)。しかしそこにねばり強さをもった鋼鉄の輪を埋めこむことによって弱点が解消された(コンクリと鋼鉄は膨張率が同じだったので温度変化があってもひびが生じることは少ない)。それが鉄筋コンクリート。
 鉄筋コンクリートは頑丈で火や風や水に強く、そのうえダントツに安い素材。保守もほとんど要らない

・ガラス以外のもの(透明でないもの)に光が当たると、そのエネルギーによって電子が動き、光はそのまま吸収される。
一方ガラスが透明なのは、可視光線にガラスの電子を移動させるだけのエネルギーがないから。ただ原子内部を通り抜ける際に影響を受け光は曲がる。これが屈折。

・中国人と西洋人を比べると、材料技術に関する知識は中国人のほうが凌駕していた。紙や木材、陶磁器、金属の材料技術に関する知識はローマ帝国崩壊後1000年にわたって中華世界のほうが優位だった。しかしガラスの技術については西洋のほうが優れていた。西洋世界でガラスはワイングラスやステンドグラスで利用された。このガラスに対する関心や技術が望遠鏡や顕微鏡の発明にいたり、科学革命につながった、と考えることもできる。

・素材は原子組成だけでその特性が決まるわけではない。並び方を変えるだけで性質が劇的に変わる場合もある。ダイヤモンドとグラファイトのように。

・素材は人間の欲望を複雑に反映したもの。

2016-06-22

認知考古学とは何か

認知考古学とは何か
松本直子,時津裕子,中園聡 編 2003 青木書店

内容、出版者ウェブサイトより

認知考古学とは、人の価値観・世界観・感情・意思決定などに焦点を当てながら考古資料を分析・解読し、歴史を復元する新しい考古学である。本書は、その理論と方法をケーススタディをまじえながら、わかりやすく解説した。

メモ

・「認知考古学とは、学際的視点から人の認知に焦点をあてることによって、過去の文化の内容や、その変化に対する理解を深めることを目的とする研究方針のこと」p4

・奈良県、大阪府、京都府の竪穴系埋葬施設の副葬品の配置場所の変化を、古墳時代前、中、後にわけて分析した。

前期・・・副葬品は頭部周辺に集中。

(頭部に腕輪や剣、鏡などが配置されている。副葬品と頭部の間に着装というつながりはない。副葬品と身体は非現実性によって結ばれている。)

(埋葬者は、集団に対し現実的規範を超えたかたちで卓越した存在であるという認知の現れか。)

中期・・・腕部への配置が増加し、頭部周辺の割合が減少。

(副葬品は着装状態を想起させる配置が増加。副葬品と身体が現実的関係によって結ばれている例が出てきている。)

(前期に比べ埋葬者は、現実的な権力を有していたか。)

後期・・・中期の流れをうけつつ、さらに配置場所は拡散。特に腰部への配置が増加。p131

・考古学経験者は土器をみる際、土器の輪郭をはじめ、形態的特徴を表す重要なポイントをバランスよく注視している。p168

・日本の考古学は土器の形態情報を非常に重視するが、色彩情報については比較的淡泊。p177
また土器を、時間的前後関係を念頭に捉えがち。空間的変異や機能的変異への関心が薄い。
さらには「豊穣祈願を意味する」といったように、論理の階梯をはしょって考えるくせがある。p208

感想

・考古学資料から古代人の認知に迫ろうという本である。研究内容の特性上、推論を重ねていくしかないだろうが、それぞれ妥当な推論を積みあげていたと思う。
おもしろいのは、後半3文の1で考古学者自身の認知傾向を分析している点だ。考古学資料だけでなく、考古学者自身も研究の俎上にあげてしまう。確かに、考古学研究は「機器によるよりも感覚や思考に追うところが大きい」p158。その点、その感覚や思考はそもそもどのようなものなのか明らかにすることは重要だと思う。
自らの認知に焦点をあてようというのは、刺激的な視点である。

・本書にはさまざまな研究が紹介されているが、どれも研究対象が狭い。たとえば1つの古墳やごく特定地域の古墳を研究し、結論を出そうとしている。それはそれでいいのかもしれない。しかしそれでは日本全体の流れを論証したといえないし、地域的特性があるのかないのかさえ見えてこない。
その点、不満を感じた。

2016-06-21

(「〈外部〉の文節ー記紀の神話の論理学」、上野千鶴子)より

・「記紀の言説は、誰がこのクニの統治者であるべきか、についての長い系譜誌」

・「結婚は親族関係をうち立て、再生産を可能にする回路だが、日本の王権神話は、他の多くのポリネシア首長国の王権神話と同じく、ヨソモノがやってきて土地の女と通婚することによって主権をうち立てる、という「外来王」説話を共有している。」
「記紀のテクストでは、カミはクニの民にとってヨソモノであり、クニの統治者は、カミという〈外部〉とつながる出自を持つことによってはじめて、支配の正当性を保障されている。」

・「神武から開化まで九代の天皇は、次々に土地の女との創設婚をくり返す」
「この創設婚が確立したとたん、統治者の親族構造上の地位は変質をとげる。つまり彼は、土地の民の「姉妹の夫」つまり異族から「姉妹の息子」、つまり(母系上の)同族へと、〈内部〉化をとげるのである。
 開化までの神話的な諸代の天皇のあとに、再びハツクニシラス天皇として登場する崇神天皇の時代に、はじめて皇女が伊勢斎宮に奉仕したとの記載が見える。崇神は、アマテラスの伊勢遷座をひきおこした天皇でもあり、斎宮制は、この時に始まったと見ることができる。
 つまり創設婚が終了し、ヤマト諸氏族との間に婚姻連合が完成したと同時に、天皇は、〈内部〉に回収されつつあった自己の〈外部〉性を、別な形で再び確保しなければならなかった。それが斎宮制であったと考えられる。皇女不婚のルールは、禁忌された姉妹を、一般交換のリンクにはめこむことを禁止し、交叉イトコ婚による一方的な女のフローに、ブラックホールのような集結点を作る。その不婚の皇女を吸収していく象徴的な〈外部〉が、伊勢」
「不婚の皇女が天皇制にとって意味を持つとしたら、可能な解釈は、ヒメヒコ制の射程の中で、皇女がカミという象徴的な絶対至高者と「神妻」として結ばれることによって、天皇の〈外部〉への回路の媒介者、つまり司祭となること」
「アマテラスと、伊勢という聖なる空間的〈外部〉にある斎宮とは、同一化されている」
「伊勢斎宮は小アマテラスなのであり、〈外部〉性を天皇に保証する供給源」

・「七世紀の日本の王権は、皇族内婚を確立することで、〈外部〉の〈内部〉への依存を断ち切った」
「婚姻ゲームから完全に自立した王権は、もはや〈内部〉と互酬化する必要を一切持たない、権力の〈中心〉ーーそこへと女と財、土地のすべての〈贈与〉が吸収されて二度と還流することのない、ブラックホールーーとなる。」