タリイ・アイシャムの青 このページをアンテナに追加 RSSフィード

  ほんの小さなやさしさが わたしに勇気を与えるように
  たったひとつの音楽で あなたが笑顔になりますように

   ――福山芳樹

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2017-09-17

 あれはどこの子


 近所に住んでいた冷徹な優等生、メアリイ姉とはとにかくよくアニメの話をしたのですが、ひたすら不満ばかりで、ついぞ好評価を聞いたためしがない。実はアニメが好きで見ていたのに大人ぶったりひねて批判ばかりしていたツレンデヴァーゲンだったのか、あるいは、堅物の父母から「子供は子供向けアニメを見るもの」といって、ローラ妹と一緒に無理矢理に観たくもないアニメの映ったテレビの前に座らされていたのか。今の感覚では前者に萌えたいところなんでしょうが、小学生の頃から夜の9時から始まる江戸時代未亡人が主人公の実写メロドラマとかを見たがって母親に叱られた話なども聞いたので、おそらくは単に後者だったのでしょう。成熟しすぎて子供だましが本当に嫌いだったのです。

 そんなメアリイ姉が、ことあるごとに激しい不満を叩きつけてくる話題があったんですが、それが「ハクション大魔王に出て来るアクビ娘がものすごくかわいくない」というものでした。

 んで今ふとそれを思い出して調べてみたのですが、キャラデザの段階ではこれは見れば見るほどに実に秀逸なデザインです。とはいえその当時に自分が実際に目にした作画や、今調べてわかるその当時のアニメ業界の事情を思い出してみるに、技術そのものを含めた作画の限界があり、当時の画面上のアクビ娘の姿がメアリイ姉にそれほどの不満を抱かせるものだったことは想像に難くありません。

 2Dでも3Dでも今の技術でこれを動かせば、おそらくは当時のメアリイ姉以上に眼が肥えてませくりかえった現代の子供達に、このデザインの秀逸さが伝達するかどうか

2017-09-03

 ポーションメーカー


 とりあえずitunes


 なぜこのアプリを入れてしまったのか。それはかつて好きだった絵師(オリジナルで活動していたが某アニメの二次パロが受けて本家に釣り上げられメジャーデビューした途端にバクレツに劣化)の劣化前の絵柄を思い出したというたまたまのめぐりあわせに過ぎません。しかしこっちの絵師も調べてみると過去も今も結構絵柄が違っているわけで、要はシンプルな絵柄から進化したらそれが劣化って割とあるのよね……。

 ゲームとしての評価はクッキーBBAを幼女に入れ替えた同系統ゲームと説明されていることがあるのですが、あのBBAの天文学的なほどの奥の深さはなく、こっちを見て微笑んだり居眠りしたりする幼女デスクトップマスコットに、暇なときにタップするゲームがついているだけ、とすら言える。デスクトップ幼女といえば偽春菜伺か)とか思い出しますがあれが一般に台詞が凝っていて、それこそ魔幼女キャラスキンには実在のウィッカの知識や技術を呟くものとかあったのですが、こっちは作中人物の裏設定を脈絡なく喋ったりジョジョパロを脈絡なく喋るだけで台詞に価値は全くありません。読まなくてもいいしまあ読んでもいい。なお作られた国(韓国)ではラノベ化されてヒットしているらしいですが他国ローカライズは100%ないらしく、設定などの内容も調査しても断片的な情報しか入ってこない。

 んでキャラゲーとしての評価を見ると、なぜか例によって「ごちうさ難民避難先」という評があったりする。チノちゃんぽい、とかいうのですが実際はチノや響とは髪の色しかあってない。少女ばかりで男がいない世界、とかいうのですが実際はキャラにけっこうイケメンがいて、しかも濃いやつとかクールショタとか明白に変態だとか、おそらくごちうさ系少女日常物にいたら相当に目障りと思われるやつが。以前述べたもえくり2のように見かけがそのまんまとかいうわけではない。

 が、もえくり2は見かけはごちうさそのものかつ少女ばかりの(雌のみで単為生殖するのかと見まがうばかりの)甘々世界そのものと思わせておいて、実情は日常和みワールドとは程遠いまさしく地獄ゲーム、編成時点の戦略から戦場での戦術、すべてにおいて<九層地獄界(バートル)>の九大君主並の激烈な狡猾さと秩序組織統制を要求されるゲームでした。もえくり2はジャンルが「シミュレーションRPG」とかなっていますがレベル無関係(カンスト前提)での謀略地獄がゲーム本体で中身は完全にシミュレーション(もしくは、日本人の感覚ではSRPGにしか見えないタクティカルな海外RPG)。

 一方、こっちはジャンルが「シミュレーション」とかなっていますがたぶん他に分類のしようがないからでシミュレート性も思考性も一切ない。店を経営するからストラテジーとか分類できないこともないですがやりくりとか経営にあたって考えるような要素が一切ない。それを考えると、気が向いた時の何の意味のない台詞やタップでできているこっちが、ごちうさには実は近いというか、難民避難したくなる世界かもわからんね

2017-08-20

 ニコ動のコメが右から出てきて左に流れるのはなぜか


 横スクロールのシューティングやベルトスクロールも自分は左から右に進んでいき、敵や画面は逆に右から出てきて左に進みます。

 カプコンは「コントローラーのレバーが左にあるから自分=左側」という見解を出しているそーです。しかしスカイキッドは逆の右−左スクロールでヘッドオン(これは今では知名度いまひとつ)は右レバーで、そもそもPCのテンキーは昔から右じゃないですか。これに対しても古参のゲーマーは「スペースインベーダーが左レバーなので、それが以後定着」と主張しているらしい。ナムコの見解では、スクランブルで左から順番に(横書き同様に)描画するので左→右となった、という。しかし、どうも釈然としない。そんな一朝一夕の付け焼刃で出てきたようなものなのか。スペースインベーダースクランブルを捕まえてそう呼ぶのも変ですが、文化の中での位置づけを考えるとゲーム以前にもう少し手繰れはしないか。

 (なお、これらと異なり、初期ファイナルファンタジーの戦闘場面がプレイヤーキャラが「右側」に縦一列に並び、左側から敵が出てくるのは、たぶんそれ以前の(PC含めた)RPGの多くがキャラの「パラメータ」が「右側」に表示されていた名残と思われ、何故パラメータが右側だったかというとPC用アクションゲーム等のスコア表示等が右側なのに倣ったためで、なぜスコアが右側かというとこれらのPCアクションゲームでは操作可能なキャラをカプコンナムコ同様に左側に配するためだった、という、FFでは完全に本末転倒の経緯となっているわけで……)


 非ゲーマーには、舞台用語(能とか歌舞伎)での上手(カミテ)と下手(シモテ)、すなわち既に居る者・弱者・立場が下の者が左側(下手)で、新しい登場人物・強者・立場が上の者が右側(上手)から出てくることに由来する、と主張する人もいます。これはカプコンのレバー説よりは納得できるようで、よくよく考えてみると、ムービーの再生ボタンも左から右に動く等、日本文化に限らない話です。フルオケで基本的構成(ピアノと第1vn)を左側に配したのはストコフスキー。日本では直接的には上手・下手であるとしても、もっと古今東西普遍的な原因がありそうな気がする。

 ちなみにとぅるっぱげ監督の『映像の原則』でも、アニメーションにおける移動の原則でも「上手・下手」の原則が説明されていて、識者の間では真偽のほどが色々と議論になっているらしい。よくわかりませんが御禿が半ページを費やしているというのはそれなりに無意味な話ではないんでしょう(適当)

2017-08-06

 例の顔モーションデータ

https://cdn-ak2.f.st-hatena.com/images/fotolife/t/tallyao/20170805/20170805220057_original.png

Cham式用のモーションだったのでためしに他のCham式に読み込んでみたところなんかちがう&視線が浮いた感じで怖い

 メイン女性キャラの造形

 九堂風子


 すごく唐突に思い出してぐぐった。眉毛の角度とかどう見てもコロコロとかボンボンの「主人公」にしか見えませんが、主人公ではない。主人公(レスラー志望の少年)は別にいて、同志望の少女ですが、いわゆるヒロインかというとそういうわけでもない。たぶん単なる画面の彩り目的なんですが、女子レスラー志望だけあって太ももとか腕とかのボリュームが今見ると、うをを、という感じになっている。

 上記の主人公に対してこういう立ち位置のキャラ、は今でも居ないでもないのかもしれません。しかしそれをこういう造形にするか(できるか)というと

2017-07-23

 バージェス・アニマル・ブックス

 けもフレMADのひとつ


 ん〜ん記憶が呼び起されてきたぞ。毎度のことですが遠い遠い記憶が。

 自分の現実の野生動物に関する知識は、シートン動物記とかもあったのですが、物語性の高いシートンには悲劇的というか自然の摂理上残虐な描写が多く、それよりももっと好きなシリーズがありましてね。それすなわち、ソーントン・バージェスの著作です。ってウィキペディア(J)にもバージェスの項目が無いじゃないのよさ。よしこう言えばわかるぞ。

 あの『山ねずみロッキーチャック』、

  D

 の原作になったシリーズです。って今の読者にわかんのかこれで。

 ロッキーチャックからその原作についてもだいたい想像がつくと思うのですが、物語化したシートンよりもさらに動物たちが擬人化されています。にも関わらず、原作の動物らの生態や風習などの描写はきわめて正確でした。例えば、ビーバーダム湖の真ん中に巣をつくるだとか、巣はダム湖盛り土の島を作り、その島の上に木ぎれを立てかけて組んでから、盛り土をかき出して水中から出入りできる小屋みたいにするだとかね。

 しかしここまでなら、当時の自分にはそれは単に(擬人化された)物語に書いてある「本の中のだけのこと」で、一体本当の動物のことかどうか、なんて考えてみたこともなかったはずです。ところが近所に、北米に留学した時の話をよく聞かせてくれたくしゃみ先生がいましてね。実際に「人の身長よりも遥かに高く積み上げられたビーバーのダム」だとか、「ダム湖の真ん中の木を組まれた巣」だのを見たことがあると教えてくれました。それでどうやら、この本に書いてある動物の他の生態やら風習やら何やらの数々も多分に本当らしいぞと。

 バージェスのような中学年あたり向けシリーズは他にもあったと記憶していますし、近年でも、冒頭に挙げたアニメのように、かつての自分のように自然界に興味を持たせるような手段というのが、昔ながらのものや、現代ネット情報社会ならではのものなど、色々と考えられると思うんですがどうなのかしらね