メーデー・きょうされん・憲法9条・空海の道

 5月1日はメーデー。仕事をやめても毎年連れ合いと参加している。今回は、肝炎署名と守大助さんのチラシ配布が、主な役割であった。今年第85回メーデーのスローガンは「働くものの団結で生活と権利を守り、平和と民主主義、中立の日本をめざそう」。アベノミクスで、国民の生活と安全が壊されようとしていると、私には感じられる。
 肝炎署名は、近藤さん(徳島肝炎の会・事務局長)らと4人でとり、180筆ほどの協力を得ることができた。また、守さんのチラシを配布しながら新たに6名の会員さんを得ることができた。これも守大助さんを支援する徳島の会の川上事務局長の努力の成果であった。
 昼からは、きょうされん徳島支部の役員会があり参加した。きょうされん徳島支部の総会は、17日に徳島県立障害者交流プラザで開かれるので、その準備のための会議であった。各加盟団体からも活動報告があり、どこも利用者の収入増のため工夫している様子が話された。

 3日は、徳島九条の会が報道カメラマン石川文洋さんを招いて、あわぎんホールで講演会が開いたので、これも連れ合いと参加した。参加者は370名。昨今の集団的自衛権容認・解釈憲法・TPP・尖閣諸島辺野古問題など、国民の安全、自由と民主主義に関わる重大問題が連日報道されている。しかしマスコミの報道の仕方には安倍政権に対する批判的論調が少なく、危惧を感じる。そういった意味で、多くの徳島県人が日本の将来に懸念を抱いていることの現れであろうと思う。
 石川さんは「戦場カメラマンから見た憲法9条 ―今、若者に問いかけるー」と題して90分、自分がとった写真を説明しながら話をした。ベトナム戦争沖縄戦で自分が体験したことを話をし、そのことが平和や戦争とどうつながっているかを判らせてくれるものであった。
 76歳で沖縄生まれの石川さん、「軍隊は抑止力にならない。沖縄に日本軍がいたから沖縄が戦場になった。」「ベトナムでは農民も米軍に撃たれてしまったらベトミン(反政府軍)」「米軍はベトナムで不発弾をわざと作っている」「戦争によって命のつながりを絶たれてしまう。」「仲井間知事は国から3,000億円もらって、今まで反対していた辺野古基地建設を認めた。この大規模な基地は日本を守るものではない。海外派兵の基地である。この基地から出発した米軍が他国を侵略する。金をもらって他国の人が殺されてもよいと言うのか。」「軍隊は民間人を守らない。沖縄戦がその証拠。」「日本の戦争は侵略戦争。米軍のアフガニスタンイラクなど他国での戦争も侵略戦争。」などなど。報道カメラマンとして、沖縄戦の経験者としての実体験が石川の平和への原点になっている。時間が足りなくて話せなかったレジメには、「沖縄県議会事務局は2010年8月、沖縄にあるすべての基地が返還された場合の経済波及効果を、生産誘発額9,155億5,000万円(基地がある場合の2.2倍)、雇用誘発者数は9万4,439人(基地がある場合の2.7倍)と試算している。」と書かれていた。米軍への思いやり予算(2013年度は1,860億円)、は本来日本が負担しなくてよい金だがまったくの無駄遣いである。
 講演のあと、あわぎんホールから徳島駅前まで、各人がプラスターを持ってアピールのための行進を行なった。

 今日(5月4日)は連れ合いと空海の道を歩いた。11番札所藤井寺から12番札所焼山寺までの中間点の山道・柳水庵を往復した。ゴールデンウイークなのでたくさん歩いているかと思ったが、予想したほどではなかった。それでも若い人がかなり歩いていた。福島県の相馬から来た若者もいた。どういう思いで四国まで来たのであろうか。初夏ともいえるほどの爽やかな遍路道につつじ・シャクナゲが見事に咲いていた。午前8時に出発し午後1時に帰り着いた。疲れを癒すために御所の里(阿波市土成町)で入浴して汗を洗い流した。


我が家ののごみ人形


どどいつ入門(中道風迅洞 1986年 徳間書店
○旭かがやく国とはいへど 民のねむりのまださめぬ
○己が在所のかやぶき屋根も かはらないのが自主の権
○握り拳でアノ早わらびが 民の権利を春の山