たまこの帰還


水曜の朝、珠子が入院して避妊手術を受けました。

午後に病院から電話があって無事終了したとの由。木曜日に迎えに行きました。

1日だけですが、帰宅して彼女がいないと寂しいものです(涙

病院に預けたその日、珠子を病院を連れてって検査して預けて帰ろう細君がしたとき、珠子ちゃんがつぶらな瞳で出てゆく細君を凝視していて、その眼差しに答えることに耐えかねたと細君が言っていた。そんな話を聞いてレヴィナスの議論を想起した。という話をしたら、あんたが連れてってといわれた。

木曜の夕刻、避妊手術を終えた珠子が帰宅しました。

手術は無事終わったようですが、気丈な珠子は、一言も鳴かず一睡もせす、小さな躰で迎えを待っていたとの由。

細君が迎えに行くと初めて「にゃー」と。帰宅してから安心して寝ています。人間のエゴとは故すまない。

昨日は疲れたようでぐっすり睡眠。動きがぎごちないですが、徐々に元の生活に戻っていくような感じです。




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書評:平田オリザ『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』講談社現代新書、2012年。




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平田オリザ『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』講談社現代新書、読了。演劇人の著者よる新しいコミュニケーション論、教育の現場に関わるなかで、ハウツー教育と社会の要求のダブルバインドを踏まえた上で、何が「表現」(コミュニケーション)なのか、認識を一新する。


明治以降整備された国語教育は、対話型コミュニケーション創出をしようとしつつ、察し会う「コミュ力」を育む。わかりあえない他者を前提とした「対話」より気心の知れた仲間内会話ばかりを大切にするものへ。それが人を生きにくくしている。

会話NGで対話が万能ではないが、空気を読みあう協調性や、定型質問に対する模範解答の陳列が必要なのではない。他者とやりとする「社交性」と、沈黙を含めた多様な表現を認め合うことだ。著者は演じ分ける能力の一つのヒントを見出す。

「他人と同じ気持ちになるのではなく、話せば話すほど他者との差異がより微細にわかるようになること。それがコミュニケーション」。鷲田清一・評。鷲田評が著者のコミュニケーション概念の核をなす。読みやすい一冊ながら教育関係者必携。











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覚え書:「書評:漁業と震災 濱田武士著」、『東京新聞』2013年05月12日(日)付。




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【書評】

漁業と震災 濱田武士 著 

2013年5月12日

[評者]川島秀一=東北大教授・海洋民俗学
◆抉り出された危機、問題点
 本書の書名が『漁業と震災』であり、『震災と漁業』ではないことの意味は大きい。後者ならば、単なる震災時とその後における漁業の問題を論じ尽くすだけで終えるであろう。しかし、本書で前提にしている漁業とは、「本来、日本の漁業、とくに沿岸漁業は自然のなかに溶け込んで営まれてきた歴史的産業」のことである。
 つまり「先人が自然との対話の中で生みだした漁労文化と魚食文化」という、列島の基層に永続的な流れを形成してきた漁業であり、それが東日本大震災を迎えてしまったという現実とその後の対応の姿を、本書は描いている。それは過去において何度も津波という自然災害を一時的な出来事として乗り越えてきた三陸の漁業の歩みを象徴している。しかし、今回の東日本大震災は一つの出来事とするにはあまりに大きかった。
 震災前から背負っていた、この列島の漁業の危機と問題点を、震災は見事なまでに抉(えぐ)り出した。たとえば、その歴史や役割を認識せずに、単に漁業権を独占していると批判されてきた漁業協同組合に対して、宮城県では震災後に「水産復興特区」という、企業参画の机上理論を対抗させてきた。復興方針とその関連予算が岩手・宮城・福島県で質を異にしていることにも通じた問題である。今回の津波の犠牲者で漁業者の割合が高かったのは、むしろ福島県であった。特に常磐地方は福島第一原発の事故により、海洋汚染も漁業に重大な被害を与えた。これに輪をかけた風評やメディアによる災害も、本書は論じている。また、これらのメディア災害や水産特区のような惨事便乗型の改革論を「第二の人災」と捉えているのも、本書の特色である。
 漁業の暮らしや仕事は、経済的側面だけでは成り立たず、「文化」や「環境」と本来は切り離せない関係にあること。それを、漁業経済学者の側から、ぎりぎりの一線上で訴えている。
 はまだ・たけし 1969年生まれ。東京海洋大准教授。著書『伝統的和船の経済』。
みすず書房・3150円)
◆もう1冊
 森本孝著『舟と港のある風景』(農文協)。全国の漁村を歩き、伝統漁法、漁船漁具をはじめ、海辺の人々の暮らしと文化を記述。
    −−「書評:漁業と震災 濱田武士著」、『東京新聞』2013年05月12日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013051202000174.html






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覚え書:「書評:ジェンダーと「自由」―理論、リベラリズム、クィア [編著]三浦玲一、早坂静、[評者]水無田気流」、『朝日新聞』2013年05月12日(日)付。




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ジェンダーと「自由」―理論、リベラリズムクィア [編著]三浦玲一、早坂静
[評者]水無田気流(詩人・社会学者)  [掲載]2013年05月12日   [ジャンル]社会 



■かくも複雑な性と自由の現在

 このところフェミニズムは不人気である。それは皮肉にも、男女平等意識がある程度浸透したことにもよる。一方、当の女性たちはすでに「自由」を掌中にしたのだろうか。この素朴な問いへの解答は、困難かつ見えづらい。最大の要因は、近年自由の難易度が急上昇したことによる。
 私たちは、自由をめぐる文化的内戦時代を生きているのだ。それは、性差別を他のマイノリティーへの配慮とともに相対化し、希釈していく。政治的自由を求めた第一波や、社会運動の側面を持ち得た第二波に比べ、第三波以降のフェミニズムは、領域も「敵」もあまりに不透明。鍵は自由と多様性にある。
 とりわけ興味深かったのは、編著者・三浦玲一のポストフェミニズムへの目配りである。もはやあえて問われることもなくなるほど浸透した新自由主義だが、それゆえ現在個人、とりわけ女性は、苛烈(かれつ)なまでに自由の名のもとに自己管理を要請されている。この社会はすでに男女平等が達成されたとの前提に立ち、個人主義的に自己を自由に表現・定義することを女性に求める。そこではライフスタイルや消費の自由な選択が称揚され、女性個人による身体の自己管理と、「私探し」が流行していく。かつて性差は抑圧の装置であったが、現在は女性自身の欲望を発露するツールとされ、巧妙に女性を絡め取る。三浦はAKBやプリキュアまで駆使し、この現代的様相を鮮やかに説明している。
 第三部クィアスタディーズに寄せられた論考も興味深い。かつて同性愛者排除は、近代家族を単位とする近代社会の成立に不可欠の要素であった。だが昨今はセクシュアル・アイデンティティーの多様性が論じられ、新たな消費市場概念としても再定義されつつある。だがこの拡散とゆらぎは、果たして差別解消に寄与するのか。再考すべき問いかけに満ちた、刺激的な論集である。
    ◇
 彩流社・2940円/みうら・れいいち 一橋大学教授/はやさか・しずか 一橋大学准教授。
    −−「書評:ジェンダーと「自由」―理論、リベラリズムクィア [編著]三浦玲一、早坂静、[評者]水無田気流」、『朝日新聞』2013年05月12日(日)付。

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かくも複雑な性と自由の現在|好書好日






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