覚え書:「ピケティ流、富の再分配とは シンポジウム「広がる不平等と日本のあした」、『朝日新聞』2015年02月24日(火)付。
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ピケティ流、富の再分配とは シンポジウム「広がる不平等と日本のあした」
2015年02月24日
(写真キャプション)トマ・ピケティ氏=東京・有楽町、堀英治撮影
世界的ベストセラー「21世紀の資本」の著者でパリ経済学校教授のトマ・ピケティ氏を招いたシンポジウム「広がる不平等と日本のあした」(主催・朝日新聞社、在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、協力・みすず書房)が1月29日、都内で開かれた。ピケティ氏が基調講演し、日米欧の各国内で所得や資産の格差が拡大していくことに警鐘を鳴らした。パネル討論には、政府の経済政策にかかわる西村康稔内閣府副大臣らが参加。日本経済の現状や、経済成長と格差解消を両立させる課税のあり方について話し合った。
■教育機会の差、所得差に/戻ってきた世襲社会 パリ経済学校教授、トマ・ピケティ氏
富の分配という問題は、19世紀にはリカードやマルクスが政治経済学の中心に置いていたが、20世紀に入ると中心から外れていった。経済の発展が進めば不平等は自然に縮小するものだと、多くの経済学者が楽観的に考えるようになったからだ。しかし、いま、そんな話を本気で信じている人はいない。この数十年間、多くの国で、不平等が大きく拡大しているのだ。
米国の経済学者クズネッツが指摘したように、1920年代から50年代にかけて、所得の不平等は大きく縮小していた。しかし、80年代くらいから拡大し始め、今や20年代よりひどくなっていると言える。
不平等が拡大したのはグローバル化で熟練度の低い労働者の賃金が下がったからだ、という考え方を多くの米国人は好む。重要でないとは言わないが、それだけでは十分説明できない。
私がまず指摘したいのは、教育における不平等が所得の不平等につながっていることだ。米国の下位50%ないし70%の所得層は、公立の高校か短期大学に進むことが多いが、ここには公的な投資があまりされていない。これに対し、名門大学にはお金がつぎ込まれている。ハーバード大学生の親の平均所得は、米国の上位2%にあたる。教育機会の不平等はフランス、そして日本にもある。
労働市場の制度も重要だ。米国では、労働組合が弱くなっただけでなく、最低賃金も歴史的に見て非常に低くなっている。最上位の所得層にかかる税金が安くなったことも影響している。これでは、経営者たちが自分の給料をどんどん上げたくなるだろう。
資産の不平等は、長い目で見れば所得の不平等より重要だ。上位10%の人たちが、欧州で60%、米国で70%の資産を所有している。日本では50〜55%くらいという分析があるが、私は過小評価されていると思う。
現在の資産の不平等は、1世紀前ほどひどくはない。しかし、国民所得に比べてどれくらいの資産が存在するかを見ると、歴史的にも非常に高い水準になっている。第1次世界大戦、大恐慌、第2次世界大戦で落ち込んだが、その後増加しているのだ。
世襲社会、相続財産に依存する社会が戻ってきている。とくに欧州と日本で。経済成長率が低いため、過去に蓄積した資産が重要になるからだ。それは、親の資産なしに自分の給料だけで東京やパリで住宅を買おうとすると、非常に難しくなることを意味する。
長い間、米国や英国は、課税制度を強力に使い、富の再分配をしてきた。戦争による富の破壊やインフレなど、再分配に効果をもたらすものは色々ある。私は、累進課税が最も透明性が高く、最も民主的なやり方だと思う。不平等と富をめぐる民主的な議論に貢献すること、それが私がこの研究でやろうとしたことである。
<パネルディスカッション>
■パネリスト(敬称略)
パリ経済学校教授 トマ・ピケティ
上智大教授 鬼頭宏
(コーディネーターは朝日新聞論説主幹・大野博人)
◇
鬼頭 日本では高齢者が資産を持っている。これを商品に向けようと、教育や住宅資金の贈与を優遇して子や孫に移し、消費を増やそうとしている。けれども金持ちの子と、そうでない子どもとの間に大きな格差が生まれる懸念がある。納税とは別に、富裕層が芸術や文化、慈善事業に寄付をすることで、もっと自由度の高い資産の再分配が可能になるのではないか。
玉木 OECDのほとんどの国では1985年から最近まで格差が拡大している。日本も例外ではない。我々の最近の研究では、格差が拡大すると成長にマイナスの効果をもたらす。日本も、実際の成長率は可能だった成長率より低下したといえる。成長をうながす上でも格差問題は取り組まざるをえないテーマだ。
西村 かつて1億総中流といわれたが、アンケートでは今でも9割の日本人が中流意識をもっている。上位1%の富裕層の所得シェアは日本9%、フランス8%、米国約20%。経営者の給料と労働者の平均所得との差も日本は小さい。相続税が総税収にしめる割合も日仏は変わらず、米国は低い。格差は米国で大きく、日仏は同じような感じだ。
人口が減ってくると成長力が衰え、ピケティ氏の主張によれば格差が開く。人口減という閉塞(へいそく)感を打ち破り、イノベーション(技術革新)を起こさなくてはいけない。規制緩和などで、まず成長を取り戻すことに注力している。
ピケティ 人口が減り続けるのは怖いことだ。もし、どの家も子どもが10人もいるような社会なら、遺産をあまりあてにできないだろう。それが、ひと家族あたり一人しか子供がいなければ、相続の重要性が増す。不平等の構造に影響を及ぼすことになる。だから長い目で見て最も重要な不平等対策は、人口を少しでも増やすことだ。
日本の不平等は、たしかに米国ほどではないが、増大している。ゼロに近い成長のときに国民所得に占める上位の人々のシェアが増えるということは、購買力を減らしている人がいるということだ。深刻な問題だ。
日本の最高所得への税率は、過去の水準、あるいは国際的な水準から見ても、高くはない。トップの人の所得は増えているのに、税率は低い。私は、日本の税制は、もっと累進を強めることができると思う。消費税の増税は、私には正しい方向とは思えない。低所得者、中所得者の税は減らし、高所得の人や資産の多い人には高めの税金をかける方が、日本の経済状況に合っているのではないか。
大野 累進的な資産課税はピケティ氏の提案のなかでも非常に議論を呼んでいるものの一つだ。資産が国境を超えて動く時代に、そんなことが可能なのか。
玉木 まだたくさんの課題があることは否めない。最大の問題は、各国の資産課税に対する考え方が、所得課税に対するほど、成熟し、共通したものとなっていないことだ。
ただ国際的な法人課税の分野では、この数年、長足の進歩があった。資産課税であれ所得課税であれ、我々は極めて有効な方策を将来、取り得る可能性がある。議論を現時点で封印する必要はない。
大野 会場からもご感想を。エッセイストの小島慶子さん、どうぞ。
小島 税金を取られるほうはどうすれば納得するのか、ずっと考えていた。
大野 連合の古賀伸明会長からも、お聞かせ下さい。
古賀 格差の問題は、ITの進化で雇用の質が二極分化していくことからも顕著になってくると思うが、この課題をどうとらえるべきか。
ピケティ 富裕層が、中間層や貧困層の利益のために累進課税を受け入れるにはどうしたらいいか、というのは非常に複雑な問題だ。ただ言えるのは、正義がなければ、グローバルで開かれた経済を維持できなくなるということ。これを富裕層も理解する必要がある。さもなければ、グローバル化への反発や排外主義が広がりかねない。
技術革新と不平等との関係も難問だ。最善の対応は教育に対する投資だ。日本もそうかもしれないが、特に欧州では、大学に十分な投資がなされていない。世界のトップ大学の9割が、大西洋の向こう側、すなわち米国にあるというのは望ましい状況とは言えない。21世紀にバランスの取れた成長が果たせるかどうかは、高等教育への投資にかかっている。
(構成・山下龍一、末崎毅、青山直篤)
◇
デジタル版に特集(http://t.asahi.com/h0p4)、会員の方は講演の模様を動画で見ることができます。
◆キーワード
<「21世紀の資本」> 欧米を中心に、200年超にわたる税務記録を分析。資産を運用して得られる利益率(資本収益率)が、働いて得られる所得の伸び(経済成長率)を常に上回ることを示した。そのため放っておくと、不平等は拡大すると指摘。各国が協調して、所得と資産に対する累進課税制を導入するよう提言する。日本語版はみすず書房から昨年12月に刊行。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S11617309.html