もけー日記

当「もけー日記」は「すくらんぶるえっぐ(はてなID:scrambled_eggs/はてな日記名:すくらんぶるにっき/別名義:nezu_me、G3など)」の嫌がらせにうんざりしたので、更新を停止しました。

問題の人物について一言であらわすなら「奈良の騒音おばさん」のような極度に自己中心的な変質者です。
まともな方法の話し合いを求めても全くそういう事をしないのに「こちらの話を聞け」と言い張り、悪気や恨みはないと口先ではいいつつ露骨な悪意による誹謗と曲解だらけの記事を書き綴り、論旨のおかしさや根拠の無さを指摘しても詭弁と強弁で”自分は絶対正しく間違いなどない”とごねまわし、他の方々の忠告や批判も跳ね除けて、無視していても異常に執念深く誹謗中傷を書き綴るのではてなの機能で連続無言電話ごとく更新状況が送られてくる。
このような変質者につきまとわれるのにうんざりしました。

2006-06-15

2006-06-10

[]

 閉鎖の旨を友人知人に連絡したところ「資料価値のある記事が公開状態でないと惜しい」といわれましたので、一時考え直して、更新無しの公開のみ継続という形にしました。

 ただ、今後もこの状態にするかはわかりません。

2006-06-08

停止報告

以後当分プライベートモードで停止します

 突然ですが以後停止します。

 ストーカーやそれを煽りたがる輩などにうんざりし、感情的になってするべきでないことをしてしまった。

 問題のストーカー氏、最初はただの荒らしのつもりでたたき出したら、あそこまで異常な粘着文を毎日長文で書き連ねるとは思わなかった。

 話し合おうにも、書いている内容は強引な難癖とデタラメと自己矛盾だらけなのに、他人に指摘されても全く無自覚、礼儀を守らない、相手への攻撃と自己正当化に異常に熱心、独善にひたすら自己陶酔とどうしょうもない。

 見たくなくても、こっちの文章をやたらとコピーしているので、はてなの「おとなり」機能でそのストーカーの粘着状況が知らされたり、その異常な粘着ぶりに引っ張られたらしい(心配してくださる方が多くではありましたが)煽りのメールやトラックバックの処理に、もううんざり。

 ストーカーや便乗煽りはもうたくさん。さようなら。

余談

 かのストーカー氏にうんざりしきった大きな理由の一つは、メールやコメント、トラックバックを禁止されても、はてなのキーワード機能や「おとなり」機能で常にその粘着ぶりをこちらに示してきた事。なにせこちらの文章のコピーしている割合がやたら多いから、その手の機能がどうしても自動で拾い上げる。

 延々飽きずに、自分自身のはてな日記では自分のほうが度々批判されても全くへこたれずに、私一人への粘着誹謗文をだけを書き綴る。ストーカー氏、商品情報とかのコピー以外は、ほとんどそれしかしていない偏執狂ぶり。こんな特定一人の誹謗だけに情熱を注ぎつづけるストーカーの事は想定していなかったとはいえ、結果的にははてなの機能が嫌がらせ用ツールとして機能してしまった。

2006-06-07

[]モンテ・クリスト―巌窟王―

2002年 イギリス・アイルランド合作 131分

監督:ケヴィン・レイノルズ

出演: ジム・カヴィーゼル, ガイ・ピアース, ダグマーラ・ドミンスク, リチャード・ハリス

 先日読了した『モンテ・クリスト伯』の近年の映画版。

 総評は、不満はあるが、さりとて時間やその他の上限を考えるとまず考えつくような事は上手くこなしており、そこからのプラスアルファはかなり難しいともわかる物。

 原作は七巻の長編ですので単純なダイジェスト方式ではニ時間強の尺には絶対納まらない代物。そのためこの映画版は原作の大まかな流れは踏まえた上で、個々のエピソードはほぼ作り直し。手際よくまとまっているとは思います。ただやはり、伯爵をはじめとする登場人物の内面やドラマはやはり、単純化されているなあと物足りなく思えてしまう。特にオチは、原作のエデやマクシミリアンなどに対する擬似父性関係では無く、ストレートな家族関係でハッピーエンドというストレートさ。

 あと、逮捕から獄中生活、脱出までは克明に描かれていますが、やはり尺を考えれば仕方がない事ですが、原作では多くを占めていたパリでの貴族社会での生活模様とかのボリュームは大きく削られており、原作では下手な貴族よりもはるかに貴族らしいと描かれていた伯爵の貴族的な精神や言動も、この映画版では復讐のためのかりそめの姿にすぎないとニュアンスをかえて描写をされている。

モンテ・クリスト-巌窟王- [DVD]

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2006-06-06

[]涼宮ハルヒの憂鬱

 ......放送時間がずれて、録画されていたのはまるごと他の番組だった。

[]うたわれるもの 第10話「傭兵」

 ......放送時間がずれて、Bパートの冒頭までしか録画されていなかった。

 カルラの初登場シーンは前回のニウェ皇同様ずいぶんケレン味がつようなあ。

 あと今回の作画は、カルラのグラマーさ以外にも、エルルゥなどの耳や尻尾がずいぶん跳ね上がったりして動いていたなあ。

[]Fate/stay night 第22話「願いの果て」

 この話単発でみたらムード演出されていていい感じに見にえるでしょうけど、シリーズ全体の流れで見ると「この馬鹿主人公のどこがいいんだ?」「ランサーの久しぶりの登場と活躍、最期が唐突」「久しぶりに出てきていきなりラスボス化する言峰神父も唐突」「ずいぶん唐突で、しかも結論の端的な事だけの聖杯の説明」と問題だらけ。

 士郎が馬鹿に見えてしまう問題は散々述べてきたので省略。

 ランサー、言峰、聖杯の問題は、原作の今回の話に該当する部分では、三ルート構成前提で、第ニ、第三ルートであらためて描くために、あえて第一ルートでは露出を抑え腑に落ちない感じを持たせていたのに、それを単発のストーリーラインで完結するアニメ版で工夫無しにトレースしたため。単発ラインで完結するなら、ランサー、言峰、聖杯*1の問題はもっと前から「伏線」「話の段取り」として度々露出させておかなければならないのに、そういう基本的な工夫すらしていない。

余談

 他所の感想見て気付いた話の矛盾。今回イリヤは(XXが原因で)衰弱して寝込んでいる。キャスター戦の時も衰弱して寝込んでいた。......この二つの間のデートエピソードの冒頭でイリヤものすごく元気でしたが?

 デートエピソードのときに「今日は具合はいいのか?」「今日は大丈夫」と言わせるだけで、こんな矛盾はなくなるはずですが。

 それにイリヤが度々こんな状態なら、キャスター戦の時や前回の時点などで士郎たち(特に士郎)がイリヤの病状の事を全く心配しないのはおかしい。はっきリ言えば、キャスター戦のときからイリヤは寝込むほど度々体調が悪くなっているのに、主人公たちは今回になってようやく言及して心配しだすというおかしな話になっている。

 というか前回イリヤはどこにいた?今回イリヤは明らかに衛宮邸にいますし。

[]黒の試走車

大映 1962年 白黒 97分

監督:増村保造

出演:田宮二郎、叶順子、高松英郎、上田吉二郎、船越英二

 時間的余裕ができたので録画していたものを、ぼちぼち観賞。

 この映画のテーマ自体はわかりやすく、組織の犬になって人間性を失うことへの批判。

 この映画の風刺を効かせているところは、一般的な物語では明るい夢として描かれるスポーツカー開発と販売のプロジェクトを、凄惨な産業スパイ合戦として描いていること。クライマックスの乱闘が新型スポーツカーのポスターの前で行われ、その結果の死者を会社の看板が見下ろすような構図で写されているくだりでは特に明確。

 さらにこの映画が単なる説教臭い映画でないところは、お互い知恵をつくしたスパイ戦術競争や、二段、三段と仕掛けられた敵スパイの配置を暴いていく、攻防ストーリー。高松英郎演じる小野田部長率いる開発企画一課がかなりヤクザな方法を使ってスパイをしていても、その戦術の面白みや、より悪辣で狡猾な敵側の存在などでピカレスク的に面白い。

 ただ小野田が最期には、結果的に人を殺してもまるで良心の呵責を感じないほど悪辣な存在になったと、田宮二郎演じる朝比奈に糾弾されるくだりは、理屈はわかるものの小野田が最初と大きく変わったような印象が弱く、最初の頃には非常の手段としていた事が、相手の悪辣さに応戦するうちにどんどんエスカレートしていき最期に到るというように、落差をもっと明確にしていればと思えるのが物足りず。

 叶順子演じる昌子の、朝比奈に対する冷ややかとも達観とも取れる「馬鹿な男だね」というような眼差しも印象的。

黒の試走車(テストカー) [VHS]

黒の試走車(テストカー) [VHS]

[]黒の報告書

大映 1963年 白黒 94分

監督:増村保造

出演:宇津井健、叶順子、高松英郎、見明凡太郎

 法廷物。

 城戸検事演じる宇津井健の、前半の捜査から告発までに到る好調さと、裁判でそれがひっくり返ることによる憤り、ラストの失意の落差は十分描けていましたが、話が単純すぎるのが難点。

 捜査段階の前半、裁判段階の中盤ともに、証言集めや表明の描写が大半で、それで時間のほとんどをとっている。ドラマ的にも「上手くいくと思っていたら、裁判段階の偽証の連発で動揺する」という単純な物でそれ以上の面白みがあまりない。

[]モンテ・クリスト伯 第六巻、第七巻(完結)

 読了

 ダンデスがモンテ・クリスト伯爵を名乗って現れた第三巻あたりからは、ゆったりしたペースで進行していましたが、5巻後半からは怒涛の展開。

 伯爵の苦悩ぶりが克明に描かれている。ついに復讐の実行段階に入るが、第一ターゲットのモルセールへの復讐にスキャンダルを暴露して息子のアルベールを殺すために挑発して決闘を受けさせるが、かつての恋人であるメルセデスに懇願されアルベールを殺せる心境でなくなる。そして一度は捨て鉢でアルベールに殺されてやろうと思うが、娘のようなエデを残すことを考えて苦悩。

 結局モルセール家の件は、アルベールの機転と決断で決闘を回避し、アルベールとメルセデスはモルセールを見放して家を離れ、モルセールの自殺するというこのときは最良に見えた結果に終わる。

 しかし次のヴィルフォールへの復讐は、彼を発狂するまで追い詰めることに成功するが、ヴィルフォールの幼い子供まで死に至らしめたことに再び苦悩。さらにメルセデスにもやはり家庭を破壊した多大な心痛を与えていたことを思い知る。

 そうして、不正への怒りや復讐の権利を求める心境と、自身の復讐による災厄への罪の意識、神の意志をどこにも止めるかなどで葛藤し、それでも復讐真を自ら駆り立てるも、結局最後のダングラールへの復讐は、白髪になるほどの恐怖を与えることのみにとどめる。 そうして復讐を終えた後のラストでは、せめてもの一つの善行を行い旅立つ。

 このあたりの苦悩の克明な描写は、要約版では味わえない。

 

 前田監督版『巌窟王』との比較

 前田版と決定的に展開が変わるのは、アルベールとの決闘前にメルセデスが命乞いに来た時に、原作ではその命乞いを聞き入れて以後復讐に大きな葛藤などを持つのに対し、アニメ版では命乞いを聞き入れず以後も冷酷非情に執念で徹した事。

 原作で伯爵は、メルセデスの命乞いを聞き入れて復讐を貫徹する意思が崩れた時に「復讐しようと決心したとき、心臓をむしり取っておけばよかったんだ!」と一人叫ぶ。前田版ではおそらくはここを踏まえて「心臓をむしり取ってしまった場合の伯爵」を描いている。事実前田版では心が凍てつき、心臓まで鉱物になっていると明確に描写されている。そうしてアルベールとドラマ上で対峙させている。

 ただ、ドラマとしての面白さは、前田版のアルベールの若さと素直さゆえのひたむきさを主眼にしたものもいいですが、やはり原作の人生の喜びと苦しみの多くを経験し、復讐の是非について激しく葛藤し、エデやマクシミリアンに実の子供のような愛着をもつ伯爵を主眼にしているほうが、ドラマ的にずっと深みがあり面白いです。

モンテ・クリスト伯〈6〉 (岩波文庫)

モンテ・クリスト伯〈6〉 (岩波文庫)

モンテ・クリスト伯〈7〉 (岩波文庫)

モンテ・クリスト伯〈7〉 (岩波文庫)

巌窟王 第1巻 [DVD]

巌窟王 第1巻 [DVD]

*1:キャスターが聖杯を召還しようとする独自エピソードなんて三話もあったのに、『Fate』の聖杯の独自のシステムや正体の一部説明の絶好の機会だったのに、「たくさんの魔力と魔術師一人の生贄があれば聖杯を呼べる」というファンタジー、伝記物でありきたりな事しか述べていなかった始末

2006-06-04

[]一段落

 ここ数日間の仕事関係の事も一段楽したので再開。

2006-05-30

[]涼宮ハルヒの憂鬱 第9話「サムデイ イン ザ レイン」

 前回もそうでしたが、今回もカメラワークによる演出が多い。一口で言うと「キョンが一人さみしく出かけている間、部室ではどのような日常が過ごされているかを観察」。

 部室を、ロングの全体俯瞰視点で映していて、それが複数設置されて固定された監視カメラのように視点が切り替わるカットが多いのは客観による観察視点とわかります。

 しかし、まるで本棚にカメラが仕掛けてあるかのような視点もあるのは何かと思ったら......ああなるほど、視聴者の視点になっているカメラ位置という想定で、しかもみくるの着替え時には(仮想の)カメラを長門が塞ぐという演出のためですか。

 それを考えるとBパートで長門の読書を長々映し、外の雑音を入れているのは、監視カメラ的視点の再現演出。まあさすがに長すぎるのではとも思いますが。

 一方キョンの方は一人往復していて、しかも天候は悪く(疲れる状況提示と、映像的にも陰鬱な感じを演出)、疲労や寒さを感じて早く部室に戻って落ち着きたいと考える......というように部室から阻害された状況や心境を演出。

 そうして「キョンが寝ている間にハルヒが上着を被せていた」「ハルヒとキョンが二人で相傘で帰る」という”一人ではない”ラストにつながる。

追記

 ラストの上着が二枚着せてある件。視聴者視点では「長門では?」と推測できても、視聴者視点のカメラはそれを映さないし、キョンにいたってはみくると思って全く気がついていない。ハルヒ以上に行為の表現が下手(というかわざわざ見せる意思自体がない?)な長門も描写している。

[]うたわれるもの 第9話 「その名は東方不敗! ニウェ皇見参」「禁忌」

 以前からの不満は、敵側が馬鹿で下劣だったり、主人公側に都合のいい行動をとってくれたりといったことでしたが、国外からの敵との戦いになって、ようやく強くて貫禄のある敵になった。

 どれぐらい貫禄があるかというと声が東方不敗@秋元羊介氏。でもってハクオロの低姿勢の意図を正確に見抜いて興味を持つ利発さと余裕、手際よく侵攻を仕掛ける判断の早さ、ハクオロとの直接対決出の合理性*1を蹴飛ばしたようなケレン味ぶりなど。

 ハクオロの方は、謎の素性に由来するらしき爆薬の知識を、単純な攻撃に使うのではなく、相手側の行動を誘導して兵站を一箇所に集めてそこに仕掛けるという知略ぶり。爆薬の使用はこの世界の薬師では禁忌とされていながらそれを使わざるをえないし、その事以外にもそもそも敵兵とはいえ多くを殺す事をしなければならない王としての立場の苦しさ、それをアルルゥとエルルゥには見せたくないハクオロと、それを直視しようとするアルルゥ。

 余談ながら、爆薬による火災のさらに後、敵兵へさらに苛烈に攻撃している事について。ドラマ的には戦いとはそこまで非情に徹しなければならないという事。現実的な戦術としても追撃の徹底は理にかなっている。

*1:火災の真っ只中今までどこにいたのか?など