共産趣味者入門ガイド 息抜き編
やぁ同志雪の降る日に凍えるイポーニェッツ諸君! 僕はというと、自宅の前に降り積もった雪で盛大に滑ったよ。どうせ降るならロシアのように、滑る恐れもないくらいに降り積もればいいのにね。
さて、今回のガイドはちょっと息抜き編だ。なぜ今息抜きなのかと言うと、ある同志から貰ったリクエストにお答えするには、資料ではなくて僕の脳内持論を展開することになりそうだったから。入門ガイドは端折っている所はあるとはいえ、基本的に資料に基づく事実なので、イデオロギーに関するお話や持論の開陳は息抜きということにしておくよ。
肝心のリクエストは、大体以下のような感じ*1。
素人目にはロシアの人の大部分はソビエト連邦共産党支配よりむしろ以前の帝政を望んでたんじゃないかと。そして今どういう位置付けなのか気になりまする。
これは実は僕がロシアに興味を抱くきっかけになった考えにとっても近いので、ちょっと語りに入りますよ。レポートのネタを探していた同志はスルーするように。
ソヴィエト・ロシア観の前に
さて、ロシア(あるいはロシア的なもの)を見るときに必要なのは*2、特定のイデオロギーに対する陳腐な善悪論を超越した見方だ。そもそも西側陣営に位置していた日本にいると、何でもかんでも西側民主主義の基準で考えがちだ。90年代中期は、旧共産圏の現指導者が独裁だと声高に報道され、非難されることがあったが、この非難で欠落しているのは、その地域に合った統治の仕方がある、という事実だ。
そもそも、「民主主義」と一言でいっても、例えば「統治責任者その他を国民が選挙する」と「議会その他の合議機関の協議妥結で政策を決定する」というのは内容的に別物だ。前者だけなら大統領でなくて皇帝の選挙でもプロセスだけ見れば似たようなものだし、後者までが根付いているといえるのは一部の文化圏だけ。 そういう理解がなければ、何度見直しても、どれだけ書物を読んでも、ソヴィエト・ロシア観は「ツァーリズムに侵された蛮地」から脱却できない。これはきちんと理解しておいてもらいたい。
ロシア的なもの(統治的な意味で)
ロシアを支配するのに伝統的に必要なものは三つある。恐怖と軍隊と宗教だ。三つではなく二つとする意見もあるが、その場合「皇帝と聖人」と表する。本質は三つと同じだ。
雷帝イワンは恐れられた。ピョートルも然り。歴代の有能なツァーリは常に恐怖される存在だった*3。それを支えてきたのが有能かつ残忍な秘密警察とシベリア流刑、そして暗殺だ。恐怖はロシアの伝統的な政治手法だと言っていい。しかし同時にツァーリは愛されもした。素朴な農民は常にツァーリの熱心な支持者だった。ツァーリらにはロシア正教があったからだ。軍事力も然り。歴代ツァーリもその領袖たちも軍事力により国を治めた。
雷帝はロシア伝統の象徴だ。偉大で恐ろしく、奇妙な愛に満ちている
歴史的な流れから、単純な三つの答えが出てくるわけだ。
ロシアは広大すぎる。民族も多い。この大地で可能な政治手法は、必然的に三つの要素を駆使した強力な独裁制となる。僕らが大好きな多様性とか自由は、この大地ではアナーキズムを生み出す土壌となるだけだ。古代ロシア史を知る上で重要な資料の一つ、『原初年代記』は冒頭でこう語る。
来たりて我等を征服せよ。我等は我等で我等を支配できぬ故に。
ソ連の専制的体質
さて、僕の得意範疇に突入しよう。結論から言ってしまえば、ソ連の専制的体質とはロシア的なものの継承だ。けれども、それは単純なことのように見えて、実は非常に奥深い。
革命初期、ロシアのインテリゲンチャは農民に関して無知であったが、自分たちの拠って立つ大地にも無知だった。彼らは声高に自由と解放を唱えたが、生まれたのはアナキストばかりだった。彼らがしたことと言えば、農奴暴動と貴族の爆殺だ。お世辞にも統治などとはいえない。彼らの多くは野垂れ死んだ。革命の結果を見れば勝利者は誰か明らかだ。ツァーリとロシア官憲に闘いを挑み勝利し、ブルジョワジーの国会を破壊し、新しい独裁制を打ち立てたのは、グルジアの神学校の学生だ。
思想の単純化の成功例は同志スターリンだ。失敗例は同時代のドイツにある
ん? ちょっと待てよ? ウクライナの買官貴族の息子ウラジミール・イリイチはどうしたんだ? 革命の遂行者は彼ではないか? その通り。革命の遂行者は同志レーニンだ。だが、彼が行使したのは恐怖と軍隊だけだ。
社会主義革命には宗教の欠落があった。原始共産主義を唱える宗教は、危険極まりない存在だったからだ。同志レーニンはあくまでも「インテリゲンチャ」の一人であり、自身の理論に束縛されて、恐怖と軍隊を行使はしたが、宗教を用いた統治はできなかった。インテリゲンチャの高邁な思想を、全ての人民にでも理解できるまでに単純化し*4「国教」として定着させたのは、やはり同志スターリンの役割が大きいのだ*5。
恐怖としてのチェーカーと、軍隊としての赤軍、そして宗教としての共産主義(社会主義)。驚く程綺麗に三つの統治の形は継承される。ロシアの大地の伝統なのだ。