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北海道の大学教員/情報科学研究者の日記

それでも日本の家電メーカーが4Kテレビをつくる理由

先日、CEATEC での 4K テレビ発表がニュースとして取り上げられた。

テレビ大不況「4K」は業界を救うか
テレビが売れない。韓国メーカーとの競争でも劣勢に立たされ、生産の撤退や縮小の方針を固めたメーカーも出てきた。各社は「付加価値」の高い新製品を投入し、需要を喚起しようと躍起だ。なかでもフルハイビジョン(HD)の4倍の画像解像度を持つ「4K」テレビに“救世主”の期待を託している。


昨年各社が相次いで発売した立体映像が楽しめる3D(3次元)テレビは、早くも
賞味期限切れだ。BCNによると、3Dテレビ(40型)の平均単価は昨年5月が
26万7900円だったが、今年9月は13万300円と、半値以下に暴落している。


八方塞がりのなか、今月8日まで千葉市で開かれたアジア最大級の家電見本市
CEATEC(シーテック)JAPAN」。各社は「高画質化」という原点に回帰した。


「やっぱりテレビは画質。だれが見てもきれいな映像を追及する」
12月中旬に発売する55型の4Kテレビを出展した東芝の担当者は胸を張った。
市場想定価格は90万円だ。


このニュースの 2ch での反応が

スペック上げれば売れるとか幻想もいいとこだろ

付加価値モデルより、廉価モデルの方が売れるんじゃないか?

さらに、このまとめスレにブコメがついた。

メーカ会社、テレビの担当者が市場をわかってない、ということはわかった。

一言でいうとずれてるなあ。戦略がないからこういう発想になるんだよね。こういう方向性しか示せないなら経営陣から退くべきじゃないかなあ。


そして @ さんのコメント


これをメーカーの中の人に見せたら、たぶん100人中100人がこう反応すると思う。

いえ、中の人もわかってます!!!(キリッ

と。
まあ、堂々と言ったところで、「そうかー、わかってるのか、じゃあしょうがないか」と許されるわけはない。実際に行動でみせないと、わかったことにはならないのだが。

じゃあ、なぜわかっていながら、世の中から「売れない」「わかってない」と叩かれるような製品をリリースするのか。


アジアのメーカーとの価格競争

日本君「だから、50年代の安いブラウスの縫製やおもちゃ作りから始めて、鉄鋼、造船、機械、電機、80年代の半導体、自動車まで、ずっと長い間、会社一の製造業担当社員の地位を確立できたんです。僕は他の誰より努力もしたし、他の誰よりも製造業が得意で優秀なんです。」


米先輩「いや、それは違うだろ。」


日本君「え?。」


米先輩「製造業は、もともと新入社員の仕事なんだよ。お前だけでなく誰でも。お前がずっと会社一の製造業担当社員を続けられた理由は、たまたま偶然、お前が50年代に入社した後しばらく新入社員が入ってこなかった。80年代ころまで、ずっとお前が会社で一番若手で一番の安月給だった。ただそれだけだよ。」


日本君「え?。」


米先輩「韓国君や中国君を見ろよ。衣料品、おもちゃから始めて、鉄鋼、造船、機械、電機、半導体、自動車まで。全部お前が過去にしてきた仕事を同じ順番で憶えてきてるじゃないか。インド君やベトナム君や、バングラデッシュ君だって習得中だ。お前が真面目で努力したのは認めるが、自分だけが何か特別な才能があるとか、人とは違う何かを成し遂げたとか思うのは、とんだ勘違いだぞ。」


とても読みやすくてわかりやすいエントリで、今起こっていることは本当にこの通り。
近年ニュースでよく目にするように、いま日本のメーカーはアジアに製造拠点を移したり、ODM 化*1したりして、コストの削減を図っている。実際に、開発のコストはかなり下がっていっていると思う。
それでも、日本に HQ(HeadQuarters) がある限り、HQ 機能(研究開発、企画、マーケティング)の部分のコストを削ることは難しい。日本は人件費が高い上、リストラがめちゃめちゃしにくいからだ。そんな状況で台湾、韓国、中国、東南アジアに HQ があるところとやりあっていくのは、なかなか厳しそうだ。

Apple の本当の凄さ


じゃあ、Apple のように魅力的な商品をつくればいいじゃないか。これはよく言われることで、なぜそれができないかもよく議論される。



そう、Apple 製品とその他メーカーの製品の違いとして最もよく議論されるのが、デザイン。これに関しては、id:teruyasutar さんの記事がよくまとまっている。


ただ、こういう Apple のプロダクツデザインについての議論を見るたびに私は「ひとつ大事なことを忘れてないか!?」と思ってしまう。
それは、

Apple は OS もプロセッサも自社で開発(買収含む)してるんです。Wintel とは違うんです!

ということ*2。自社開発すると、商品の利益率が上がり、開発体制も柔軟になるというメリットがあることは想像がつく。Apple のデザイン力も

  • 利益率が高いので、デザインにコストをかけられる
  • アプリケーションデザインを考える上で、OS の設計にまで手を入れる事ができる


など、この自社開発体制に支えられている面が大きいのではないか。当然、全て自社でやろうとすると、ひとつコケたときのリスクが大きいというデメリットはある。そして、iPodiPhone の膨大なシェアに加え、iTunes や AppStore というプラットフォーム戦略で成功してしばらく安泰であるという今の Apple の現状だからこそ成し得ているのだが。
Apple のこのような基板は、一朝一夕でつくり上げたわけではなく、Mac、iPodiTunesiPhone という魅力的な商品を提供し続け、少しずつユーザを拡大していったこれまでの積み重ねによる結果であり、これに対しては、素晴らしいの一言に尽きる。だからといって日本メーカーにできない理由にはならないのだが、要は、日本のメーカに「今から OS を自社開発するほどの覚悟があるか!?」ということ。私の知る限り、このような覚悟がありそうなメーカーは1つしか思い浮かばないのだが。

戦いながらブルーオーシャンを目指す


このように、アジアのメーカーとレッドオーシャンで戦いながら、Apple のようなブルーオーシャンを目指す。さらに、「ねぇねぇ、あっちの海に行きたいなら乗せてあげるよ」と誘ってきた Google 船とうまく協力しつつそのまま人質とならないように細心の注意を払っている。これが今の日本メーカーの状況。

さて、「自転車操業」という言葉があるように、キャッシュフローが止まると企業は死ぬ。主に小さい企業によく使われる言葉だが、これは大企業も同じ。大企業の方が支える力が強いので倒れにくいという側面は確かにあるが、放っておいたらすぐに倒れてしまう。

先ほど書いたように、価格競争に巻き込まれたら、日本のメーカーは現状では勝ち目はない。一瞬で死んでしまう。しかし、ブルーオーシャンを目指すために基板を一からつくっていく余裕も覚悟もない。そこで取るのが「スペック勝負に持ち込む」という戦略だ。幸か不幸か、日本メーカーは世界でもトップクラスの研究開発体制を維持する体力をまだ持っているので、解像度を上げてみたり、2次元を3次元にしてみたり、ブルーオーシャンを目指して新機能の研究開発が進められる。そして、たどり着いてみたら「あ、ここ、ブルーオーシャンじゃなかった(テヘ」とわかる。たとえそこがブルーオーシャンじゃなくても、その海でなんとか食いつないでいく程度の利益は確保しなければならない。そしてまた別の海を目指す、次こそブルーオーシャンであることを信じて。リスクをとらずに先行者利益を確保するためには、マクロ的にはこういう戦略になるのも妥当なのかもしれない。

ただし、「意思無き決定」は何も生み出さない。どこの世界でもそうだと思うが「どういう意図だよ!」と思うような意思決定はよくあり、上の人の考えていることは上の人しかわからないので、クラウドテレビの話のようなことが実際に起きているのかもしれない。

技術部長:そこからはマーケティング部門しだいだな。「Android搭載、クラウドテレビ。ボタン一つでウィジェットが飛び出す」とかいうコマーシャルで大々的に宣伝してくれるだろう。


開発主任:うまく行くといいんですが。


技術部長:ちなみに、君の家ではテレビは見るかね。


開発主任:私はそもそも家に帰っていませんから、でも家内はドラマとかは見てるみたいですけど。


技術部長:ウィジェットとかに興味は持ってくれるだろうか。


開発主任:うーん、難しいと思います。そもそも今でさえリモコンのボタンが多すぎるって文句を言ってるぐらいですから。「また、ボタンが増えるの!」ってしかられそうです。


技術部長:うちの家内も同じだよ。しかし、今回のプロジェクト、うちの部署の死活問題なんだ。ぜひともよろしく頼むよ。

冒頭の2chのスレをメーカーの中の人たちに見せたら、たぶん100人中100人が「そんなことわかってるよ!」という反応をすると思うのだが、どこがどうわかってるかの解釈は人それぞれ違うのかもしれないね。

「いい商品を創りたい」という想いとイノベーションのジレンマ


「いい商品を創りたい」という想いはメーカーにいる全ての人が持っている。これは断言できる。ただ、じゃあ、「いい商品とは何か」「どういう風につくればいいのか」「何からつくればいいのか」。これにはミクロな視点での個人の想いだけではどうにもならず、マクロな視点での戦略が必要になる。iPad だって、 iPod/iTunesiPhone/AppStore という前段階があったから売れているわけで、いきなり iPad を出していたら売れていなかっただろう。

ただ、2ch で言われているようにスペック勝負にも限界が見え始めている。コンテンツが伴わないとどうしようもないし、魅力の本質はスペック以外のところにあるかもしれない。まさにイノベーションのジレンマ*3に陥っているわけで、そういう意味で、2chはてブでの指摘はもっともである。

id:itog さんが仰っている

今、世間では「モノづくりへの回帰」みたいなことが叫ばれていて、今は元気のない大企業が復活して、、、なんてことを期待している声が多いですが、自分はそれはないと思っています。時代の変革はプレーヤーが変わることによってしか成し遂げらない。

という考えには合理性がありとても同意するところなのだが、個人的な感情としては寂しさもあったりする。

イノベーションのジレンマに陥るのは企業だが、企業という人格がいるわけではない。組織は人。最終的にはひとりひとりの働きや想いで決まる。そう思っている。

さて、どうなるか。



ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する (Harvard business school press)

ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する (Harvard business school press)


イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

*1:家電業界の常識なのだけど実は世間にはあまり知られてないっぽい [http://www.ys-consulting.com.tw/research/32172.html]

*2:Mac のプロセッサは Intel ですが

*3:あまり指摘されていないが、iPad2、iPhone4S は今までの革新的変化と比べると単なるスペックアップ製品という印象で、Appleイノベーションのジレンマに陥ってきているのかもしれない