政治家 生年月日:1945年(昭和20年)3月7日 出身地:京都府 趣味:自転車。自転車活用議員連盟会長。 衆議院議員。自由民主党所属(谷垣派会長→古賀派)。京都5区。当選10回。 父は衆議院議員で文部大臣を務めた谷垣専一。母は里見機関や影佐機関を設立し中国通として知られた陸軍中将影佐禎昭の子、安紀。祖父影佐禎昭は中国政府から戦犯指名を受けたが、病気療養が認められ、戦犯として裁かれることなく獄死している。
衆議院本会議 「共同親権」を取り上げた国会会議録を読んでみました。 登場人物:三谷英弘 衆議院議員(みんなの党) 岸田文雄 外務大臣 谷垣禎一 法務大臣 ○三谷英弘君 みんなの党の三谷英弘です。 国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約、いわゆるハーグ条約の締結について承認を求めるの件等について、みんなの党を代表して質問いたします。(拍手) 子供の連れ去り案件というのは、国内、国外を問わず数多く発生していることは周知の事実です。 私自身も、弁護士として仕事をする中で、突然子供を連れ去られてしまい、本当につらい思いをしている方にお会いしたことがあります。また、一方的に連れ去られ、もう永遠に会え…
参議院法務委員会 「共同親権」を取り上げた国会会議録を読んでみました。 登場人物:糸数慶子 参議院議員(無所属) 谷垣禎一 法務大臣 ○糸数慶子君 誠実に是非対応していただいて、ちゃんとした成果を出していただきたいというふうに思います。 次に、事実婚夫婦の単独親権について伺います。 婚外子の場合、父母どちらかの単独親権となっています。父母が事実婚で一緒に子供を養育していても共同親権は認められていません。父母の片方にしか親権がないことは、親権のない親にとってはつらいことだと思います。事実婚を法律婚と同等に扱うようになっている中、事実婚には共同親権を認めないことについて合理的な理由があると思えない…
参議院法務委員会 「共同親権」を取り上げた国会会議録を読んでみました。 登場人物:真山勇一 参議院議員(みんなの党) 山田滝雄 外務大臣官房参事官 谷垣禎一 法務大臣 ○真山勇一君 本当にこれからだというふうに思うんですけれども、ただ、これからだからこそ、あらかじめ、やはりこのハーグ条約が締結され、そして海外で国際結婚して不幸にしてトラブルがあったときは、いろいろどういうふうにしたらいいかということというのはある程度その情報があるとどれだけ安心できるかという面があると思うんです。ただ、まあ結婚ですから私は自己責任だと思うので、その辺というのは国がそれほどきめ細かく、先ほども申し上げたようにでき…
衆議院法務委員会 「共同親権」を取り上げた国会会議録を読んでみました。 登場人物:椎名毅 衆議院議員(みんなの党) 谷垣禎一 法務大臣 ○椎名委員 今、局長がおっしゃっていただいたように、家庭裁判所で子の監護権なり引き戻しなりの手続がありますということですけれども、要は、私のところに相談に来ている人たちは、その家裁が信用できぬと言っているわけでございます。 この問題の背景にある考え方としては、家裁の実務の運用として、母親優先の考え方だったり、先ほど申し上げた継続性の尊重といった実務的な運用があると同時に、民法上の単独親権という考え方、これがあるというふうに思っています。 ハーグ条約自体は、原則…
「もう二度と戦争はあってほしくないというのがわれわれすべての願いですが、もし仮にそういう事態になったら、あなたは進んでわが国のために戦いますか」――こう訊かれて、「はい」と答えた人の比率は、日本の場合(2017~20年)、13.2%と世界79カ国中最低だという記事を見ました。 6月8日付プレジデントON LINE の本川裕氏の記事です。 「国のために戦いますか?」日本人の「はい」率は世界最低13%…50歳以上の国防意識ガタ落ちの意外な理由 他国はリーマンショック後の世界金融危機直後に「国防意識」上昇 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン) このデータ、どこかで見たような…
昨日のブログでも引用した前自民党幹事長で元総裁の谷垣禎一氏についての毎日新聞の記事。台所のテーブルの上においたままだったので、一面トップのこの記事の見出しを見かけるたびに違和感を抱いていた。 「こういうのが障害者なんだ」――これは谷垣氏自身の言葉として記事の中で紹介され、見出しになった文言だ。自転車事故で頸髄(けいずい)を痛め、電動の車椅子生活を余儀なくされた谷垣氏にとって、 「障害者という存在について一定の理解をしていたつもりでした。でも、頭で考えていたのと、自分が現実に障害者になるというのは全然違うことでした。『ああ、こういうのが障害者なんだ』」 というのは実感だろうとは思う。 しかし、こ…
今日は新聞を読みながらの断片的でまとまりのない随想を少し。 昨日ふと思い立って、亡くなった父親の姿が映った紙をパウチ加工した。父親を預けていた施設のリハビリ担当の方が写したもので、6月に父親と面会した際にいただいた。表面をコーティングしておけば、写真と同じで長持ちすると考えた。歩行訓練のさなかにいきなり映されたのだろうか、やや驚いておどけたような顔をしたものと、何かうれしいことでもあったのか、目を細めて笑っている顔とが二つ並んでいる。父親が写真に写った最後の姿だ。このときはまだ元気だったのにと思い返す。 父親はほとんど耳が聞こえず、障害者手帳ももっていた。今開かれているパラリンピックは「障がい…