後漢末の豫州情勢は何かと不明点が多いが、気になるのは陳国王の劉寵のことである。 陳国の始祖は後漢の第二代皇帝の明帝の子の劉羨である。劉寵は第11代の桓帝(132-168)と同じ世代にあたる。曾祖父同士が兄弟である。第12代の霊帝(156-189)からは親の世代にあたる。 劉寵の即位年は不明だが、173年に謀反の疑いを掛けられている。それ以前の即位ということになる。劉寵は弓の名手として有名で、強弩数千張を有しており、黄巾の乱の際も陳国人は敢えて反乱しようとしなかった。董卓が専横し、義兵が起こると、劉寵は陽夏県に駐屯し、輔漢大將軍を自称した。国相の駱俊の政治は威恩があり、鄰郡の人々も多くこれに帰伏…