袁術

(一般)
えんじゅつ

字は公路。後漢末期(広義の三国時代)の群雄。
袁紹の従弟(弟だったという説もある)。
反董卓連合軍では袁紹と共に挙兵したが、後に対立し覇をかけて争った。その後皇帝を僭称した(国号は仲家)が、奢侈放蕩な生活を好み重税を課した為人心を失う。後に曹操に攻められ逃亡の途上寿春付近で病没した。
息子の袁燿はその後呉に仕官している。

このタグの解説についてこの解説文は、すでに終了したサービス「はてなキーワード」内で有志のユーザーが作成・編集した内容に基づいています。その正確性や網羅性をはてなが保証するものではありません。問題のある記述を発見した場合には、お問い合わせフォームよりご連絡ください。

関連ブログ