佐藤春夫(1892‐1964) 「菊花の約」を『雨月物語』中の最高傑作と推して憚らなかった人に、佐藤春夫がある。必ずしも多数意見ではない。 若き日の芥川龍之介の住いへ、谷崎潤一郎と佐藤とが寄合ったとき、談たまたま『雨月』の噺となった。三人三様に上田秋成になみなみならぬ注目を寄せていたのだ。谷崎は『雨月』中では「蛇性の婬」を第一、「青頭巾」を第二とした。芥川も「蛇性の婬」を佳しとした。ところが佐藤は「蛇性の婬」と「吉備津の釜」とがもっとも嫌いだった。ならば貴君はと問われて、佐藤は「菊花の約」を採ると明言した。即座に芥川が、あれは原典に近過ぎるだろう、いかにも翻案臭が強過ぎると反論したという。「あ…