戦国時代〜江戸時代初期(1563年〜1609年)の武将、大名。 父は京極高吉、母は浅井長政の姉・京極マリア。 1587年、浅井長政とお市の次女・初(常高院)を正室とする。二人の間に子は無かった。 関ヶ原の戦いでは徳川家康の東軍に付き、居城である大津城に篭城して西軍の戦力の一部を引き付けることに成功した。 この活躍が認められ、若狭国小浜藩の大名となった。
浅井三姉妹といえば、豊臣秀吉の側室となった淀殿と、徳川秀忠の正室となったお江が有名です。 その二人に挟まれた次女・お初は、姉や妹と比べると、やや地味な存在として扱われることがあります。 しかし、お初もまた、幼くして二度も落城を経験し、関ヶ原の戦いでは夫とともに籠城し、大坂の陣では豊臣家と徳川家の間を奔走した女性でした。 実子には恵まれませんでしたが、名門・京極家と徳川将軍家を結びつける役割も果たしています。 今回は、姉の淀殿と妹のお江に挟まれながら、波瀾に満ちた人生を送ったお初について見ていきます。 お初は浅井三姉妹の次女 お初は、永禄13年(1570年)ごろ、近江国の戦国大名・浅井長政とお市…
奥書を見ると2011年8月に単行本が出版されている。 私は著者の遺作『秘録 島原の乱』を読んで、この本の出版を知った。『秘録 島原の乱』が本書の続編であるという説明を読み、興味を抱いた。 本書を開けてみて、これが中編規模の小説3作を併せたものであることを知った。 「蛍大名の変身」(88p)、「冥途の茶席」(87p)、「神君家康の密書」(112p)の3作が収録されている。括弧内はその作品のページ数である。 この3作はテーマが全く異なるので、どれからでも読める。『秘録 島原の乱』との関係で言えば、「神君家康の密書」だけを読んで、その関連を理解するだけでもよし、なのだが、やはり最初から順番に読んでみ…
2012.3.20の春分の日に、滋賀県米原市主催の「京極高次と奥琵琶湖歴史と文学の旅」という史跡巡りバスツアーに参加して、高島にある大溝城址その他を探訪した。この時、講師がこの大溝城について説明される際、京極高次が城主であった時の大溝城と奥琵琶湖の描写を引用された。それでこの本を知った。 本書は、昭和41年(1966)3月に毎日新聞社から単行本として刊行された。昭和63年(1988)には講談社から『日本歴史文学館』の1冊(14巻)として、さらに角川、旺文社の文庫としても刊行されていた。現在は古書扱いになっているようだ。 2008年4月に、水上勉勘六山房叢書という名称を表紙に併記し、上・下二巻で…
7泊8日の京都・滋賀・岐阜・名古屋旅行、3日目。 8時37分にびわ湖浜大津駅発の京阪石山坂本線で約5分、8時43分に近江神宮前駅に到着。 近江大津宮錦織遺跡の横を通りすぎる。 近江神宮 大化の改新を行い、667年(天智天皇6年)に近江大津宮に遷都した天智天皇を祀り、1940年に近江大津宮跡に鎮座した。 朱塗りの楼門から入り、拝殿、栖松遥拝殿。 天智天皇は671年(天智天皇10年)4月25日に漏刻(水時計)を作り、大津宮の新台に置いて鐘鼓を打って時報を開始した。これが日本最初の時計と言われ、日本の時刻制度の始まり。 671年4月25日を太陽暦(グレゴリオ暦)に直した6月10日が大正9年に「時の記…
こんにちは、rekikakkunです。 ここまで関ケ原シリーズを 進めてまいりましたが、 今回ラストとなります。 関ケ原へ探訪の旅に行く前、 何度もグーグルマップで作戦を 練っておりました・・・が、 必ず近くに出てくるんですよね~、「京極氏城館跡」が。 ほら、( ̄︶ ̄)↗ ①京極氏城館跡 ②は位置の参考として関ケ原の中央にある古戦場記念館 ここはなんだなんだ? と。 流石に関ケ原合戦とは関係が無いと思いましたが、 北国脇往還道の方向ですし、行ってきました。 ~1.京極氏とは~ ご存じの方も多いかもしれませんが、 流れ上、まず簡単に調べてみます。 京極氏は、源頼朝の旗揚げ初戦、伊豆山木館の 襲撃…
福井県寺院探訪 凌霄山 常高寺 住所 福井県小浜市小浜浅間1番地 宗派 臨済宗妙心寺派 拝観 400円 ご朱印 あり ランク ★★(1.5)(5段階) 🔴常高寺は、寛永7年(1630)小浜藩主 京極高次の妻で常高院(織田信長の妹・お市 の方の次女)(お初の方)が建立したお寺です。歴史に翻弄された生涯を送った女性 です。常高寺には、お初(常高院)に関する資料などが展示されています。 狩野派の襖絵も見所ですが、庭園は是非鑑賞していただきたい。 この寺は、明治期に荒廃していたものを近年復興の気運が高まり、平成13年に ようやく一応の完成をしました。 常高寺の庭園
あまり知らない方やなんでこの二人?って感じの方が多数だと思いますが、今回はこの二人でやっていきます! まずは軽くこの二人を紹介 鳥居元忠 徳川家康の重臣。まだ家康が今川家の人質の頃から家康に仕え、信長が袋のネズミとなった姉川の戦いや本能寺の変後信長の死に乗じて攻め込んできた北条を迎え打った天正壬午の乱などで決死を働きをし、家康からかなり信頼された人物。 詳しくは下を↓ 鳥居元忠 - Wikipedia 京極高次 京極高吉と浅井長政の姉から生まれた嫡男。後にその浅井長政の次女である初と結婚した。大津城を拠点とした大名。姉である龍子が豊臣秀吉に嫁いだことから長らく豊臣家に仕えていた。 詳しくは下を…