僕の場合、赦しと神の実存は常に連結している。 赦せば赦すほど、神だけが実存だと実感できてくるし、 やがて、神と霊を選択すること自体が赦しとなってくる。 また、あらゆる場面で、神の実存しか選択しない、 実存しないものを信じない、を赦しの中で適用している。 神だけが実存で、それ以外の全てが実在でないのなら、 眼前で色んなことをしているように見える友人や同僚も、 また、大切な存在だと思っているパートナーや家族も、 全て実在ではなく〝赦しにおいて〟さえ実在させない。 その代わり、神だけを実在として選択したなら、 兄弟たちを、家族や友人として実在させるのではなく、 霊(スピリット)として実在させる。 目…