翻訳家。 簡潔かつ表現力に満ちた美しい翻訳が魅力。
1956年、神奈川県横浜市生まれ。 1982年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。 現在、東京工業大学外国語研究教育センター教授。
主な訳書に、ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』(新潮文庫)、アーサー・ゴールデン『さゆり』(文春文庫)、エドガー・アラン・ポー『黒猫・モルグ街の殺人』(光文社古典新訳文庫)、F・スコット・フィッツジェラルド『若者はみな悲しい』(光文社古典新訳文庫)など。
2018年の夏のある日、シリア出身だという人に初めて会った。彼は広島大学の大学院で建築を勉強していると言った。F市で行われたインターンシップに私たちは参加していた。インターンとは言ってもほとんど観光のようなものだった。F市にある工場や会社を巡って話を聴くのだ。のらりくらりと大学生をしながら就職もまともに考えたことのない私にとっては気楽なものであった。社会科見学でお菓子工場を訪れた9歳の時と同じ感動をもって金属製品が作られる工程を見ていた。港に面した工業地帯から山際にある漬物工場へ、その次は地域に密着した老人ホーム。私たちはバスに揺られて移動した。隣りに乗っていたのがシリア人の彼だった。 F市の…
2024年のベスト本を選ぶとすると次のものになりました。10冊くらいにまで絞りました。順番は適当に並んでいます(というより、記事編集の都合で上半期と下半期をコピー&ペーストしたためこのような並びとなりました。なお、洋書は今回ベストから外しています。そして感想が間に合わなかった石見先生の唐の本は外しました。) 漫画は「ヒストリエ」の最新刊ははずせない。「チ。」は実は連載を追いかけてその時点で読んでしまっていたため、今回の年間ベストからは外しました。 下半期はデゼラブル、バイロンのイラン方面の旅行記が面白く、これは入れたいと思いました。そして実は現在デゼラブルをイラン旅行へと駆り立てたブーヴィエ「…
下半期のベストはとりあえず次のようにしておきたいと思います。秋になってちょっと不調になりあまり本は読めていないです。そして12月になってから色々と面白い本を読みましたが、感想執筆が間に合わないものもあります。そして、面白いので今年のベストに入れたいのですが、恐らく今年のうちに読み終わらないものもあります。はてさてどうしたものか。 古松崇志「ユーラシア東方の多極共存時代」名古屋大学出版会 楊海英「モンゴル帝国 草原のダイナミズムと女たち」講談社(現代新書) Charlotte Van Regenmortel「Soldiers,Wages,and the Hellenistic Economies…
2024年9月4-10日 ・ニッコロ・マキャヴェッリ(森川辰文訳)『君主論』 ・小池真理子『恋』 ・小池真理子『欲望』 ・村上春樹『女のいない男たち』 ・ナサニエル・ホーソーン(小川高義訳)『緋文字』 ・ジェーン・オースティン(工藤政司訳)『知性と感性』 ・岡野宏文、豊崎由美『百年の誤読 海外文学篇』 ・ウンベルト・エーコ(河島英昭訳)『薔薇の名前』上 以下コメント・ネタバレあり
晴れ、のちパラつく。31度。7時に起きる。朝餉は、蜂蜜とヨーグルトをかけたバナナ、サラダ(レタス・トマト・キャベツ・チーズ・バジル・カニカマ)、味噌汁(シメジ・油揚げ・豆腐・玉葱・人参・ネギ)、ゆで卵のマヨネーズ和えをのせたレーズンパンのトースト、トウモロコシ。食後にコーヒー、パンの耳のラスク。昨日、 札幌の姉からトウモロコシが届く。店で求めたもの、小粒だがそのぶん甘い。電話した妻によれば声はちょっと疲れ気味。今日になり、姉から妻に届いたLINEによれば、母方の伯父の子どもが亡くなったと。姉もぼくも顔を見たことがない。姉から香典を送ると。要らぬ連絡だった、と姉は書いてきた。妻と買い物がてら図書…
昨日の Fiction 超短編小説70』(R.シャパード/J・トーマス編、村上春樹・小川高義訳、文春文庫)の続きです。 ③『ロイヤル・ストリートの歌』リチャード・ブレッシング 「なあおまえ、ちゃんとした脚をひと揃いどっかで買ってこいよ」自分たちのあとを吠えながらちょこまかとついつくる 黒いダックスフンドにむかって彼は毒づく。 「ウィロウ・ストリート、ここ覚えている?」と彼女は言う。「これもあのときと同じ犬なんてことあるかしら」 「おいおい、あれは十三年も前の話だぜ。それにこいつはどうみてもまだ子犬じゃないか」 「じゃあいいわよ」と彼女は言う。「これはあのときの犬の子供なのよ」 二人はニュー・ …
昨日(8/16金)は、一昨日に猛暑の中やや無理なスケジュールを遂行した疲れと、猛烈な台風の雨風のため、一日中家の中で休んでいました。ふっと書棚を見ると、かなり以前に途中まで読んで、積読になっていた文庫本にしてはやや分厚い本に目が止まりました。そうそう、確かあの話の処を読んでからは、多忙にかまけてそのままになっていたんだ。と気が付き、手に取って読むことに。本のタイトルは、『Sudden Fiction 超短編小説70』(R.シャパード/J・トーマス編、村上春樹・小川高義訳、文春文庫)、編集の言葉によれば、「短いけれど、内容はある、山椒は小粒で・・・・という新しいジャンルの新しい種類の小説を集めた…
6月初日。土曜日の朝は、出勤前に朝食を食べながら新聞の書評欄を読むことから始まる。今はネットで、有名人から、まったく知らん人までが色々おすすめしてくるおすすめ地獄なのだけれども、ネットの普及していなかった頃は、新聞や雑誌の書評とサンヤツ広告、本についての本、あとは書店の店頭が主な情報源だった。新聞の書評欄も曜日が移動したり、以前ほど重要な感じではなくなったが、その習慣はまだ続いている。今朝は、毎日新聞の書評欄にヒコロヒーさんの名前があり、やった!と思った。前に金原ひとみさんが朝日新聞の書評を担当していたときは楽しみでたまらなかったが、金原さんがやめてしまったあとは、ヒコロヒーさんだ。2022年…
2024年5月15-21日 ・J.D.サリンジャー(野崎孝訳)『ナイン・ストーリーズ』 ・沼正三『家畜人ヤプー』1巻 ・伊坂幸太郎『PK』 ・トルーマン・カポーティ(小川高義訳)『ここから世界が始まる―トルーマン・カポーティ初期短編集―』 ・ジュノ・ディアス(都甲幸治・久保尚美訳)『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』 ・ジュノ・ディアス(都甲幸治・久保尚美訳)『こうしてお前は彼女にフラれる』 ・ジョン・ディクスン・カー(加賀山卓朗訳)『火刑法廷』 以下コメント・ネタバレあり
新緑の京へ。連日のようにオーバーツーリズムの報道があるなか、雑踏をことのほか苦手とする中年が目指したのは、『没後100年 富岡鉄斎』開催中の国立近代美術館。 クレーと並んで自分にとって一等大切な画家だから当ブログでも度々書いてきたが、鉄斎作品のメッカである清荒神清澄寺内鉄斎美術館が長い調査休館に入っていたため、ここ何年かはろくに見ることも出来なかったのだった。インバウンドかなんかしらんけど、鉄斎の偉大に比べたらなんぼのもんやっちうねんという気概で阪急京都線に乗り込んだのである。 着いたのが九時過ぎだったためか、それらしい影はちらほらというところ。河原町の駅から美術館までは祇園の北を白川沿いに歩…
全部で170以上もあるというスコット・フィッツジェラルドの短編小説を少しでも体系的に、かつ、ひとつでも多く読もうとしたときに最初に困るのは、その作品群が、そもそもほとんど翻訳されていないことと、翻訳されていたとしても、そのレパートリーがあまりにも重複していることである。 例えば、1990年出版の後発組『フィッツジェラルド短編集』(新潮文庫)の解説文で訳者の野崎孝は、文庫のボリュームでわずか数編を選ぶことの難しさを述べた上で、結果的には「村上(春樹)氏のものと重複するのが三篇も含まれてしまった」ばかりか、訳語についても村上春樹から許諾を得た上でいくつか拝借していると正直に書いている。 逆に、先達…
フィッツジェラルドの短編集が多い! 1.村上春樹訳以外のもの 2.村上春樹訳のもの 収録作一覧表 ※宣伝 フィッツジェラルドの短編集が多い! 『グレート・ギャツビー』で知られる作家スコット・フィッツジェラルドについては弊ブログでも二度紹介し、どちらの記事も非常に多くの方に読んでいただいております。 戦間期の好景気に沸いた狂乱の20年代とその後に来る大恐慌の時代を生きた、「ロスト・ジェネレーション」を象徴する作家、さらにはアメリカ文学を代表する作家とまで言われるフィッツジェラルドですから、読者が多いのも不思議はありません。 ところでいざ『グレート・ギャツビー』以外の小説、それも短編を読んでみよう…
何があってもおかしくない エリザベス・ストラウト 小川高義訳 早川書房 図書館本 『私の名前はルーシー・バートン』で、ルーシーと母親の会話の中に断片的に出てきた人々が、たくさん登場する。本作の導入として『ルーシー・バートン』が書かれたのかと思うくらいだった。名前は覚えていなくても、「この人知ってる!」と思い当たる。キャラクターが印象的だったのだろう、確かめたくて『ルーシー・バートン』(電子書籍)を読み返してみたり人名を検索してみたりで、少し忙しい読書になったので再読したいと思う。 ルーシーの生まれ故郷である、アメリカ中西部のアムギャッシュという田舎町が主な舞台。何もないような貧しい土地で今も暮…
ポー短編集 黒猫 (ホラー・クリッパー)作者:にかいどう 青ポプラ社Amazonもちろん、「黒猫」のような残酷な猫虐待小説が良書なわけがありません。でも、文学を愛する人々はみんな知っています。子どもにはむしろ悪書をこそ手渡すべきだということを。 ポプラ社〈ホラー・クリッパー〉シリーズの第5弾。いままで三田村信行・富安陽子・松原秀行・令丈ヒロ子といった人気実力を兼ね備えた押しも押されもせぬベテランが並んでいたシリーズでまだキャリアが10年に満たない作家が起用されるのは通常なら違和感が持たれそうですが、にかいどう青であれば当然という感じがします。 にかいどう青が選んだポー作品は以下の通り。 「黒猫…
ra927rita1.hatenablog.jp 台北近郊にある方の国家人権博物館の図書館室に置かれていた『紅字』を見てぎょっとしたあと、買ったSIMで接続しているインターネットで検索したら『緋文字』だということが分かったし、表紙に描かれている髭おじは著者のホーソンらしいこともわかった。 過去に世界史選択の学生をしていたのでホーソン(『緋文字』)、エマーソン、ホイットマンが19世紀ロマン主義文学に分類される合衆国の作家で、婚外の姦通をした主人公がピューリタン的な植民地法のもとで胸につけさせられたそれこそがタイトルの『緋文字』であるというのは脳に刷り込まれているんですけど、そういえば読んだことが…
ああ、ウィリアム! エリザベス・ストラウト 小川高義訳 早川書房 図書館本 作家であるルーシー・バートンは二番目の夫を亡くしたが、前夫ウィリアムとの友人関係はそのままだ。ウィリアムの亡き母キャサリンの秘密を知ったウィリアムは、母の故郷であるメイン州へ同行することをルーシーに頼む。ルーシーの現在と過去の回想は、子供時代の貧困のなかでの母親との関係、義母キャサリンとの思い出、離婚、結婚、娘たちとの関係などを行ったり来たりする。どのエピソードも印象的で、会話文のような平易な文章で描かれる人物像が巧みなので、たくさん欠点を持っているごく普通の人びとに対する愛おしさが湧き上がってくる。 さらに、作中でル…