新間寿

(スポーツ)
しんまひさし

1935年、東京都新宿区生まれ。
中央大学時代から柔道、ボディビルに励み、一時はプロレスラーを志す。
'66年、実父である新間信雄と日本プロレスを追放された豊登が興した東京プロレスを経て、'72年、アントニオ猪木の新日本プロレス入社。
専務取締役営業本部長としてモハメド・アリ戦はじめ、猪木の数々の名勝負を手がけ、IWGPを提唱するなど「過激な仕掛人」の異名をとる。
'83年、「新日本クーデター未遂事件」で解任され、UWFを設立。
'89年、猪木率いるスポーツ平和党の幹事長に就任。
その後袂を分かったが、2002年に猪木と和解し、新日のアドバイザーとなり、一方で「天下のプロレスご意見番」としてプロレス界に苦言を呈している。
息子の新間寿恒もユニバーサルプロレス、FULLを立ち上げた。

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