もし、私たち日本人が日本語が「亡びる」運命を避けたいとすれば、Ⅲという方針を選び、学校教育を通じて多くの人が英語をできるようになればなるほどいいという前提を完璧に否定し切らなくてはならない。そして、その代わりに、学校教育を通じて日本人は何よりもまず日本語ができるようになるべきであるという当然の前提を打ち立てねばならない。英語の世紀に入ったがゆえに、その当然の前提を、今までとはちがった決意とともに、全面的に打ち立てねばならない。(水村美苗『日本語が亡びるとき』筑摩書房、2008) おはようございます。Ⅲというのは《国民の一部がバイリンガルになるのを目指すこと》を指します。Ⅱは《国民の全員がバイリ…