旧形客車、「旧客」と略される。他に雑型客車・在来形客車・一般形客車とも呼称される。国鉄の現場で「新系列客車」と呼ばれた20系以後の客車との対比で使われたという歴史から、おもに10系客車以前の国鉄の客車を指すことが多いが、明確な定義はなく議論の余地がある。また、10系客車を「軽量客車」と分類し、スハ43以前の客車を指す場合もある。
1982/03/27 鹿児島線 門司、1420列車 ながさき、ナハフ10 2002 1982/03/27 鹿児島線 門司、1420列車 ながさき、ナハフ11 17 今回は夜行ながさきの車両から。しかしナハフ10とナハフ11しか見つからなかった。 まずこの2両から。鉄道ピクトリアル2017/02別冊10系軽量客車から抜粋 ナハフ10 2:1956年製、電気暖房設置でナハフ10 2002(1963年) 廃車は1983年 ナハフ11 17:1957年製、廃車は1984年 ※ナハ10/ナハフ10は、当初は白熱灯+客ドアは折戸→のちに改造 ※ナハ11/ナハフ11は当初から蛍光灯+客ドアは開き戸 当時、夜…
1983/03/19 長崎線 鍋島/久保田、長崎線 佐世保線 425列車 佐世保行ニ/ニ/門24(早岐4両)/門付22(鳥栖3両)の9両編成 今回は、長崎線の普通列車から。当時は少数の客車による普通列車が存在していた。 基本的に朝夕の多客時で、同時に郵便荷物車も連結で、それらの輸送も兼ねていた。 最初は下り佐世保行425列車。荷物車2両を入れて9両、結構長い編成になっていた。 最後部は少々危ない「特等展望車」、旧型客車は、ある確率でこれが実現してしまう。 西日本では荷物車が一般に下り側に連結が多いため、下り列車で、かつ最後部車両の 車掌室の位置によってそれなりに実現しうる。今回425列車ではう…
1983/03/19 長崎線 鍋島/久保田、唐津線佐賀行722列車 今回は、唐津線の普通列車から。唐津線には当時1往復の客車列車が残っていた。 722列車:西唐津612→804佐賀 727列車:佐賀917→1103西唐津 西唐津(門ニシ)配置は8両、撮影画像から5両使用?(土曜休日は減車?) オハ35:816、1080、1206 オハ46:547 オハ47:37 オハフ33:407 スハフ42:148、277 ※国鉄気動車客車編成表1982から抜粋 なお、オハ35とオハフ33は体質改善車で原則青 ※別途、国鉄客車編成表1980では7両編成の編成記載あり 気動車使用線区で1日1往復残存の客車列車…
1983/03/16 筑肥線 博多、2549列車 東唐津行、博多入線直後、スハ43 414 前回に続き、筑肥線電化前に朝夕で1往復運用の客車列車に連結のスハ43 414から。 同じく、車両端部の座席撤去実施の通勤客車で、新たに設置された吊り輪が目立つ。 夕方の下り2549列車入線直後の画像をまず掲載、基本はスハフ42 146と同様。 1983/03/21 竹下、スハ43 414(通勤改造、端部座席撤去) 2枚目は、竹下で撮影のスハ43 414。外観で、通勤改造は窓から見れば区別は可能。 編成がばらされたようで、その時は3両連結の中間であった。外からでも、座席撤去の 様子がうかがえる。詳細は次の…
1983/03/16 筑肥線 博多、2549列車 東唐津行、スハフ42 146、博多駅入線直後 今回は筑肥線電化前に、東唐津まで朝夕1往復の客車列車連結のスハフ42 146から。 オハニ36を差し置いてこちらの車両に注力の理由は、車両の端部のドア近傍の車内の 座席撤去を実施の通勤客車であったため。デッキドアは残したが、両端部から2窓分、 4人掛けそれぞれ4か所ずつ撤去を実施した。そのあとには立客用に吊り輪を設置済。 実際に乗車でスハ43系(スハフ42)の車内の吊り輪をみると、妙な違和感が漂う。 特に、いわゆるロングシートがない状態での吊り輪の存在がどうしてもアンバランス。 客車の通勤改造という…
1983/03/21 筑肥線 博多、2530列車 博多到着、オハニ36 25 今回は、筑肥線電化前に朝夕1往復あった客車列車に連結されていたオハニ36から。 大元は鋼体化客車オハニ63であるが、特急や急行での使用を前提に製造されていた。 そのためすぐに台車交換で30両全部がオハニ36となり、一部は1986年の山陰線旧型客車 最末期まで営業運転で使用された。 ※鉄道ピクトリアル700、P29、鉄道ピクトリアル702、P16、他 1983/03/21 筑肥線 博多、2530列車 オハニ36 25 オハニ36 25(1957年改造)←オハニ63 25(1956年製造) 廃車:1985年 なおこの車両…
1983/03/21 筑肥線 今宿、2530列車博多行、最終日の朝は雨がふっていた架線が張られており、明日からは103系の走行となる 今回は、筑肥線電化前に、博多/東唐津間に1往復だけ存在した客車の普通列車から。 朝の多客時に東唐津発博多行、夕方に逆方向の博多発東唐津行となる客車列車である。 地方の鉄道でも、朝夕の通勤通学時間の乗客集中は少なくなく、そのために不足となる 車両を、旧型の車両等を用いて、朝夕の限定運用で使用として対応する例は複数あり。 気動車使用の線区では、その朝夕の輸送力確保に、旧型客車を使用した場合があった。 今回の筑肥線2549列車/2530列車は正にこの例に該当の列車であ…
1983/03/24 山陽線 門司、840列車 長門市行、オハフ41 203 前回と同じく、門司到着で折返す841レ/840レの下り側に連結のオハフ41 203から。 前回のオハフ41 201と同様の形状/履歴になる。なおトイレ/洗面所の窓形状が異なる。 この車両は、営業運転終了後に事業用車に再改造されていた。 1983/03/24 山陽線 門司、840列車 長門市行、オハフ41 203 オハフ41 203(1979年改造)←スハフ42 278(1954年製) →オヤ62 11へ再改造(1984年)、廃車は1987年 ※鉄道ピクトリアル719(スハ43系Ⅱ)、P72/P76/P77 ※鉄道ピク…
1982/03/27 山陽線 門司、840列車 長門市行、オハフ41 201 前回と同じく、門司に到着で折返す山陰線841レ/840レに連結のオハフ41 201から。 この客車列車は50系客車6両で、さらに一番下り側にオハフ41が1両連結となっていた。 下り列車は機関車の直後にこのオハフ41連結で、その後ろに50系客車となるため、 50系客車の自動ドアを動作のために、オハフ41に50系客車連結用の改造が必要になる。 上記画像の連結器両側の白コックが、50系客車ドア開閉用に追加のMR管用らしい。 この改造でオハフ41 201/202/203とも旧型客車の50系との併結が可能となった。 1982/…
1982/03/27 山陽線 門司、840列車 長門市行、オハフ41 201 1983/03/24 山陽線 門司、840列車 長門市行、オハフ41 203 三池鉄道に続き、今回から、主に北九州の旧国鉄の客車普通列車を掲載の予定。 旧型客車や一部50系客車もあり。その前後に気動車も含め、適宜掲載を想定する。 また都合により、南九州の列車も一部予定。 いずれにしろ、その線区に適する様に行われた改造や使用の編成等に興味が尽きず、 そのため、同じく嗜好性が強く撮影が相当の偏りが多い状態のためご了承。 最初は九州というより山陰線西部のオハフ41から。841レ/840レで門司へ乗入。 行商人用にロングシー…