板垣征四郎

(一般)
いたがきせいしろう

第2次世界大戦中の軍人。元陸相。
1885年1月21日岩手県盛岡市生まれ。
1916(大5)年 陸軍大学校(28期)卒
1929(昭和4)年5月 関東軍の高級参謀になり、石原莞爾らと満州事変を実行。
1936(昭和11)年3月 関東軍参謀長
1937(昭和12)年3月 第5師団長
1938年(昭13)年6月 杉山元の後任の陸相に就任。
1939(昭14)年9月4日 支那派遣軍総参謀長
1941(昭16)年 朝鮮軍司令官。

極東国際軍事裁判ではA級戦犯として死刑の判決を受ける。
1948年12月23日に絞首刑に処せられた。

長男は自民党元参議院議員の板垣正氏。

このタグの解説についてこの解説文は、すでに終了したサービス「はてなキーワード」内で有志のユーザーが作成・編集した内容に基づいています。その正確性や網羅性をはてなが保証するものではありません。問題のある記述を発見した場合には、お問い合わせフォームよりご連絡ください。

ネットで話題

もっと見る

関連ブログ

「其の発するや旧東北軍権の暴虐より三千万民衆を救ひ、次いで久しく白人の専制搾取下に苦しんで居た全亜細亜民族を解放せんとする大慈大悲の勇猛心となり、其の結ぶや日満の一徳一心となり民族協和となり、其の実るや王道楽土の完成となり、延いては支那四億の民をして自ら満洲国を渇仰羨望させ、又、求めずして印度三億の民に自覚を促し、全亜細亜·全世界をして期せずして天皇の大御心に帰依し道義世界の再建に偕行協力せしめる様な」 満洲国の根本理念と協和会の本質に就て 『満洲国関係重要参考書類聚 基本篇』所収大幅改変·加筆版 

◎満洲国の根本理念と協和会の本質に就て(昭和11.9.18 関東軍司令部) 満洲国の基本理念と協和会の本質とは、建国以来一貫不動のものなるも、動[やや]もすれば歪曲誤解せられ易きに鑑み、茲に軍司令官の意図を体し、永久に其の拠る所を明かならしめんとす。 昭和十一年九月十八日 関東軍参謀長 板垣征四郎 一、満洲建国の世界史的意義 階級闘争を手段とし無産階級を煽動して其の国際的提携支援により世界革命を企図する蘇連の野望と、資本主義的侵略により植民地の膏血を搾取して本国人の安逸を図らんとする英、米、仏、和等の世界政策とは、共に其の不純、功利的な当然の酬いとして、幻滅の方向を辿らうとして居る時に、独り皇…

ObladiOblakoの資料室-先月