動作も物言いも、慌てず騒がずといった風格だった。なにをなさっても、山が動くという形容がピッタリだった。 「第一次戦後派と云ったって、せんじ詰めれば野間宏と椎名麟三の二人だけだろう」 文芸界の名編集長のお一人である寺田博さんが、あるときおっしゃった。気楽な酒場トークのなかでである。カウンターの隅っこで耳をそばだてていた私は、わが意を得てひそかに安堵した。日ごろさよう思いながらも、私ごとき雑魚が口にできる事柄ではなかったのである。「そうですよね、寺田さん」と、胸の裡でつぶやくしかなかった。 矛盾や不合理がいく重にも絡みあって、容易には解きほぐせぬ錯雑さに身動きとれぬ日本近現代史を、あるいは近現代の…