さて、高倉宮が三井寺へ逃げた十六日の夜、 京の源三位入道頼政の家は突然あちこちから火の手があがり、 どっと炎上し始めた。 火焔の明りで人々が見たのは、 甲冑《かっちゅう》に身を固めた武者三百余騎が 北へ目指して走り去る姿であった。 源三位入道頼政が、嫡子伊豆守仲綱、次男源大夫判官兼綱、 六条蔵人仲家《ろくじょうのくらんどなかいえ》 などを引きつれて三井寺へ馳せ参ずる姿である。 おのれの邸に火を放って、決意を示したのであった。 あわてて駆けつけた六波羅の役人たちは、 燃え落ちた邸にいる一人の男を見つけたので、 引きつれて帰った。男は頼政長年の家来で、 渡辺源三競《わたなべのげんぞうきおう》の滝口…