昨年10月京都新聞に「ウは「京都」のウ」ファイル30「“京都”をつくった男」が掲載された(樺山聡記者)。遺族が所蔵する臼井喜之介(臼井書房・白川書院の創立者)の日記を活用したものであった。また、私が「『書物礼讃』を印刷した唐舟屋印刷所の堀尾幸太郎・緋紗子兄妹ーー高橋輝次『古本こぼれ話〈巻外追記集〉』への更なる追記ーー - 神保町系オタオタ日記」などで紹介した唐舟屋印刷所(現からふね屋)の創業者の妹堀尾緋紗子と夢野久作との関わりについても大きく取り上げていた*1。書評以外で夢野が京都の新聞に載るのは珍しいだろう。 さて、日記は昭和4年から13年までのもので戦中・戦後の分は残ってはいないようだ。昭…