詩人、(1886-1942)、群馬県前橋市出身。
室生犀星と「感情」を創刊。特異な感覚の新しい口語詩の世界をひらいた「月に吠える」に始まり、虚無と倦怠の「青猫」を経て文語詩「氷島」に至る詩業は、近代抒情詩の頂点といわれる。他にアフォリズム「新しき欲情」、評論「詩の原理」など。
なお、小説家・ダンサーの萩原葉子は娘、映像作家の萩原朔美は孫。
また、片山恭一先生のベストセラー『世界の中心で、愛をさけぶ』の主人公は、萩原朔太郎にちなんで、「朔太郎」と名づけられた設定になっている。
宝塚記念。上半期の総仕上げ。これが終われば夏競馬開始。なんか荒れるイメージの福島競馬場とかあるし、ここでしっかり当てておきたい。 なんて思いまして、わりと素直に買おうと。素直に狙うとなると、どうやってもイクイノックスは外せない。これを外したワイドを狙おうかと思ったものの、それは無いだろってんで、イクイノックスを軸に3連複フォーメーションで狙うことにしましたとさ。 相手はってんで、ダノンザキッドとディープボンド。3頭目にジャスティンパレスなど。 スルーセブンシーズは迷ったんです。最初は入れてたんです。けど、切っちゃたんです。何ででしょう? もう昨日に戻って自分を止めたい。やめろ、買い目はそうじゃ…
室生犀星の随筆を読んでいると、彼と親交のあった萩原朔太郎の話題がたびたび出てきます。同時代を生きた2人が嫉妬のような黒い感情にとらわれずに親愛を交わしている様子が感じられて、ほっとします。2人とも孤独を背景として作品を作りながらも、それとの向き合い方がずいぶん異なっているように感じます。だからこそぶつかり合わずに済んだのかもしれません。 室生の随筆に引用されていた、萩原の短文があります。『病気の狼』と題された文章です。これを読んだときに、まるで自分のことが書かれているような気がしてはっとしました。 孤独に慣らされた狼は、月の夜に、白くつもった雪の上を歩くのを恐れるのである。何故と言えば、白く光…
心は言葉によって育まれると考えています。 何気ない一言に慰められるときもあれば傷つけられるときもある。 街角の広告の一文に心打たれたり、ふと開いた1ページに気づきを得たりするときも。 歌に聞き入ることで悲しみを和らげ、腹の底から歌い上げることで苦しみを乗り越えた人も少なくないでしょう。 言葉を知り、言葉を使うことで心は強く、しなやかになっていくのでしょう。 心について考えるとき、萩原朔太郎の『こころ』を胸で諳んじます。 こころをばなににたとえん こころはあじさいの花 ももいろに咲く日はあれど うすむらさきの思い出ばかりはせんなくて。 こころはまた夕闇の園生のふきあげ 音なき音のあゆむひびきに …
Elinda Gjonomadhi -unsplash- 詩は言葉の音楽である。 萩原朔太郎の言葉だ。 先日のNHK「視点・論点」の「萩原朔太郎展で思うこと」で萩原朔美が語っていた。 中学の頃に文庫の詩の本を買った。 フランス詩集、イギリス詩集、ドイツ詩集という、まとめられたものだ。 その中でもヴェルレーヌの「落葉」、 秋の日の ヰ”オロンの ためいきの・・・。 ブッセ「山のあなた」、 山のあなたの 空遠く・・・。 短い言葉たちなのに惹きつけられるものがあった。 7・8年前に久しぶりに心が昂る作品に出会った。 ランボーの「酔ひどれ船」。 われ非情の大河を下り行くほどに 曳舟の綱手のさそひいつか…
あれあれもう12月ですね。なんだか書くことがみつからなくって、すこしあいてしまいましたが、思いついたので、ちょっと書いてみます。最近買った本のはなしです。 このあいだ萩原朔太郎さんに関する展示を見る機会があって、今まで名前くらいしか認識がなかったので、ふぅんと思うことがいろいろあり、作品も読んでみたいなあと思いました。ふぅんと思ったのは、学校をなんどもやめたり入ったりして全然続いてないところや、16歳くらいからもう作品を発表していたり、結婚についてやわりと早くに亡くなっていることなどです。あと前橋出身で、糸井重里さんと同じだーとか。そんなことです。 そのあとたまたま古本屋さんへ行ったので、探し…
萩原朔太郎さんの詩集、月に吠えるより"天景"の紹介です。四輪(よんりん)ではなく四輪(しりん)と読み始めるのが大好きです。七五調でテンポが良く、読んでいるとなんだか気持ちがきゅっと締まります。その内に暗唱できそうですね。 詩の中にある"窓青き建築"から感じたのは紛れもないファンタジーでした。私はこの建物を天国のような場所でしか見れないものだと読み解きました。つまりこの馬車は天上に向かって静かに駆けているのです。"光る魚鳥"とはあちらの世界で泳いでいる生き物でしょうか。 朔太郎さんの描く天上景色はこのような感じなのかとドキドキしました。最後まで読んでくれてありがとうございました。心を込めて朗読し…
萩原朔太郎さんの"竹"を紹介します。この詩は以前記事にした悲しい月夜と同じ詩集『月に吠える』に収められています。竹という真っ直ぐで強く神々しさすら感じる植物に対して、朔太郎さんは何を重ね描いたのでしょうか。青き炎の幻影とは一体どのようなものであるのでしょうか。私はこの詩からも超近代級の絶望を感じました。 最後まで読んでくれてありがとうございました。それではまた。 光(ひか)る地面(じめん)に竹(たけ)が生(は)え、 青竹(あおたけ)が生(は)え、 地下(ちか)には竹(たけ)の根(ね)が生(は)え、 根(ね)がしだいにほそらみ、 根(ね)の先(さき)より繊毛(せんもう)が生(は)え、 かすかにけ…
転職してから6kg太って体重計の上で泣きました。駒田です。 それはさておき、世田谷文学館で開催中の萩原朔太郎展、ならびに徳富蘆花の邸宅跡地である芦花公園に行ってまいりました。 アクセスの悪い閑静な住宅地になぜこの施設を建てたのか謎ですが、内容は素晴らしかったです。詩の世界は小説以上に社会不適合な人が多い気がしますね。もちろん私はちゃんと働いてますが。 その後は、次の定例活動であるシネマバトルの資料をマクドナルドで作り、文化的な休日(文化の日だしね)になりました。 ダイエットがんばります。
仕事で連日伊太利からの客人を饗している。ビジネスライクな英語を聞き、又話していると、美くしい日本語が恋しくなる。酒の酔いが冷めぬままに執筆。 先日丸ビルのサロンにて、松岡多恵女史が歌う、萩原朔太郎の詩による歌曲を聴いて以来、ゆくりなく萩原朔太郎への関心が嵩っている。これは女史の見事な歌声に拠る所が大きい。 好奇心に駆られて高桐書院上梓『室生犀星選萩原朔太郎詩集』(1947)を購入。ちなみに高桐書院とは、かつて京・中京區麩屋町通二條上るに所在した出版社らしいのだが、私は知らなかった。次に京に帰る時にでも、その転遷など調べてみたいと思う。 萩原朔太郎の詩を読んでいて思うこと。語彙が典雅であるとか、…
お題「気分転換」 念願の世田谷文学館へ! 我が家からは直線距離ならさほど遠くないのに、交通の便がどうにもこうにも面倒だったからで、自転車でゆくには勇気を要する距離でもあった。が!ついに自分の自動車を入手したから、無料駐車場も完備されているだけに、これ幸いと念願を果たす。幸せだ。 www.setabun.or.jp
一週間前の日曜日、夏を過ごした田舎家から二人で帰京しました。 蜜柑箱を二つ宅急便で送り、重いキャリーケースをそれぞれ引っ張り、私はPCと妻のアイパッドを入れたリュックも背負って移動しました。 中古のレンタカーを返し、茅野駅から新宿まで特急「あずさ」で2時間ちょっと、小田急線の東北沢駅で降り、炎天下のなか汗をふきふき、またゴロゴロを引いて自宅に帰り着きました。 自転車に乗る人が(とくに歩道に)多いのに、改めて「都会だな」と感じました。 茅野駅では、最近「みどりの窓口」がなくなって駅員は減り、切符を買うのも機械対応です。 ジパングという高齢者割引制度があり、切符購入時に手帖を提示することが必要です…
■9月16日(土)14時より、三浦綾子記念文学館にて「文学講座:旭川の詩の世界~過去・現在・そして未来へ」、僭越ながら90分間お話しをさせて戴きました。貴重な機会を賜り、心より感謝申し上げます。後日YouTubeで録画配信。旭川ケーブルテレビさんでも放映戴けるとのこと、恐縮致しております。https://www.miura-edu.com/?p=17028 今年、旭川で起きた大きな事件!漫画家・日野あかねさんによる『詩人小熊秀雄物語』。かつての旭川の詩人たちの活躍をカラフルな絵で表現し、登場人物たちの青春の煌めきが躍動的に描かれたことが本当に嬉しく感動的です。旭川文学資料館で現在展示開催中!(…
こんにちは。RIYOです。今回はこちらの作品です。 風のように去ってゆく時の流れの裡に、人間の実体を捉えた『風立ちぬ」は、生きることよりは死ぬことの意味を問い、同時に死を越えて生きることの意味をも問うている。バッハの遁走曲に思いついたという『美しい村』は、軽井沢でひとり暮しをしながら物語を構想中の若い小説家の見聞と、彼が出会った少女の面影を、音楽的に構成した傑作。ともに、堀辰雄の中期を代表する作品である。 昭和初期、日本の文芸思潮の主流であった自然主義は私小説へと移行し、反自然主義の流れが大きく変化していきます。夏目漱石をはじめとする「余裕派」、森鴎外らの「高踏派」が台頭すると、永井荷風らの「…
江馬修『羊の怒る時』 羊の怒る時 ――関東大震災の三日間 (ちくま文庫 え-21-1)作者:江馬 修筑摩書房Amazon 「もとより今度の震災は歴史上稀なるものであるに違いない」と自分は言った。「然しそれはそうであるにしても、それは不可抗な自然力の作用によって起ったことで、もとより如何とも仕方がない。運命とでも呼ぶなら呼ぶがいい。しかし朝鮮人に関する問題は全然我々の無智と偏見とから生じたことで、人道の上から言ったら、震災なぞよりもこの方が遥かに大事件であり、大問題であると言わなければならないと思う。」 「それは勿論そうさ、」と友達は重苦しい憂鬱な調子で答えた。「だが、一体どこからそ うした流言…
桑原規子「恩地孝四郎の《『氷島』の著者・萩原朔太郎像》をめぐって―占領期における欧米人コレクターと創作版画の国際的評価」(『藝叢』23号、2006年)。 はじめに 1章 《『氷島』の著者・萩原朔太郎像》について 2章 占領期における欧米人コレクターと戦後の《萩原朔太郎像》 3章 戦後日本版画の海外紹介と国際的評価について おわりに 〇戦前の創作版画評価に比べ、戦後は欧米人による人気、評価の高まりが生じる。重要な作品が海外に渡ったこともあり、戦後の国際的評価に対する研究が遅れているままである。ここでは恩地孝四郎の《『氷島』の著者・萩原朔太郎像》を考察を行っていく。 〇《萩原朔太郎像》は戦前に制作…
2023/09/13 『作家の老い方』(草思社編集部 [編]/草思社)を読んだ。 まずは出版社の紹介文を引く。 作家たちに学ぶ、年の取り方!「老い」を描いたエッセイ、小説、詩歌三十三篇を選りすぐって収録。 【目次】めでたき人のかずにも入む老のくれ 芭蕉いい人生? あさのあつこ加齢とイケメン 角田光代若々しい女について 向田邦子少年老いやすし――教科書の中の時限爆弾―― 井上靖せっかく逝くのだから少し珍しい最期を 河野多惠子老いの寒さは唇に乗するな 山田太一人も年寄れ 古井由吉年も老いもっと愚かに 佐伯一麦老人とジム 島田雅彦老いのくりこと 抄 谷崎潤一郎いくつになっても色気を 筒井康隆若さとは…
著: シャラポア野口 手荷物二つで東京に来た。さかのぼること2016年の正月、友達の飲み屋のカウンターに立ちながら酔っ払いのおっさんと喋っている。 「お前今年、27歳になるんやろ? 27歳はいろんなロックスターが死んだ年や。カート・コバーン、ジミ・ヘンドリックス、ジム・モリソン、みーんな死んでる。お前も気をつけろよ。今年は確実に、なんかあるからな」 その通りになった。全くお金がないので、自分が所属しているバンドのツアーにかこつけて、京都から引越し。ライブが終われば僕だけ東京に残る、片道切符だ。 それから何年かの居候生活を経て、やっと東京での一人暮らしを計画することになった。 東京という街は、物…
脇田裕正「第3章 「全部が一度に僕達の世界に流れこんできた」―文芸批評家としての春山行夫」(『降り坂を登る―春山行夫の軌跡 1928-35』松籟社、2023年)。 1 小説の勃興―『詩と詩論』の終刊と『文学』創刊 2 批評家の条件と二つの『詩の研究』 3 「造語」と「新語法」―岩野泡鳴のモダニズム 4 春山行夫の世界文学―文学を思考する 〇『詩と詩論』の終刊後、春山は『新潮』『三田文学』などのメジャーな雑誌に以前より穏健な批評を載せるようになり、徐々に批評家として名を上げていく。かつての激烈なものいいは鳴りを潜めたが、それでも小林秀雄、萩原朔太郎といった文壇における主流派に対する攻撃をやめたわ…
いいところもあるんだけどな そんなことなんの自慢にもならない 「皆神山のこと」杉本真維子 OPAMでの朝倉文夫展 猫の流体に魅了された朝倉文夫 詩人の杉本真維子さんが詩集『皆神山』で萩原朔太郎賞を受賞した。 皆神山は神州いや、信州にある不思議なお椀を伏せたような山で、 20年くらい前長野を旅したに訪れたことがある。 出口王仁三郎によればそこは世界の中心とされていて、 それと関係あるのか、太平洋戦争末期いよいよ本土決戦というときに、 松代大本営として政府の中枢機能移転の場所として考えられていた。 そんなタイトルを冠した詩集だからとんでもないものに違いない。
脇田裕正「第1章 モダニズムの詩人の肖像―春山行夫の「ポエジイ」と言語の実験」(『降り坂を登る―春山行夫の軌跡 1928-35』松籟社、2023年)。 はじめに 1 「ポエジイ」とは何であるか―主観と客観の間で 2 新しい詩人像と「ポエジイ」―革新としての詩論 3 詩論の言語―「ポエジイ」を逃れるポエジイ 〇詩人、批評家、編集者である春山行夫(1902~1994)の1928~1935年の批評家としての側面を分析する。 〇優れた編集者であった春山は『詩と詩論』、のちに『セルパン』と自ら媒体をつくることで、思う存分詩論を展開することができた。 〇春山にとって重要なキーワードの一つが「ポエジイ」であ…
『対談 日本の文学 素顔の文豪たち』 『対談 日本の文学 わが文学の道程』 『対談 日本の文学 作家の肖像』 『対談 日本の文学 素顔の文豪たち』 対談 日本の文学-素顔の文豪たち (中公文庫 ち 8-16)中央公論新社Amazon1960年代後半に刊行された中央公論社の80巻にわたる文学全集の月報に載っていた対談・座談を全三巻に再編集したもの。この巻では作家の親族が参加したものをメインに収録している。一篇が手頃な短さで家族から見た作家のエピソードがたくさん読めてなかなか面白い。目次が重要なのに中央公論の公式サイトには何にも載ってないのでhontoをリンクする。公式が一番情報ないのなんなの。 …
こんにちは。RIYOです。今回はこちらの作品です。 「夏になると女の人の声にひびきがはいり、張りを帯びてうつくしくなる」。声、二の腕、あくび、死顔、そして蛇、齢六十を超えた作家が抱き続ける「女ひと」への尽きぬ思い、美男というにはほど遠い自分が女性の麗しさから離れられぬ哀しみとおかしみを軽やかに綴る。晩年の犀星ブームを導いた豊潤なエッセイ集。 廃藩置県まで加賀藩の足軽頭であった父親は、女中を妊らせて一人の子が生まれました。世間の目から非難を逃れるため、真言宗雨方院の住職である室生真乗へ相談して、その内縁の妻に引き取らせることになりました。この子供が室生犀星(1889-1962)です。この義母は、…
室生犀星と萩原朔太郎は親友でありながら、酒の席となると直ぐ喧嘩となり帰ったらしい。ある晩、二人して入った酒場に見た顔があり、それは小林秀雄だった。犀星にとっては初対面と変わりない間柄だったが朔太郎とは旧知の仲らしく、小林は大分出来上がっていたのか、朔太郎とすぐ文学上の議論めいたものが持ち上がり、段々に声が大きくなっていく。険しい言葉の切れが耳をかすめ、話の具合で小林が朔太郎を「萩原」と呼び捨てにしたことを、朔太郎は掴んで離さない。「萩原とはなんだ。呼び捨てにするとは何だ」「では、どう言ったらいいんだ」「萩原先生と言え」「へ、萩原先生とかい。」二人の論戦は続き犀星は冷や汗を掻いて、萩原、帰ろうと…
今年も開催しました、友達たちとやるグループ展。 昨年の様子に触れています テーマはすぐに決めるのに、結局本格的に制作し始めるのは搬入2週間前、みたいなことを7回繰り返すと、2023年の夏に辿り着きます。 自分の作品の設置はすぐ終わったので(なるべく安くラクチンに!がモットー)、合作の展示用にひたすらハリパネ*1を切ったりした。めっちゃ綺麗に切れた!仕事ではポンコツのくせにこういうところはちょっと器用。そのたびに褒めて!と大声を出してはえらい!の声をもらい続けた。みんな付き合ってくれてありがとう。 今回はみんなサイズや量に気合いが入っていて、前日から現地で展示作業を進めていた友達や、当日なんとか…