雪池という号がある。 福澤諭吉が用いたものだ。 「ユキイケ」でも「セッチ」でもない、この二文字で「ユキチ」と読ませる。 号と名前の発音を一致させたわけである。ちょっと他に類を見ぬ趣向といっていいだろう。如何にも彼の破天荒な性格を表徴したるものだった。 単に気まぐれで付けたのではない。福澤諭吉は、雪自体への造詣も、なかなかどうして水準以上に深かった。「造化の経済に於て雪の功用甚だ少なからず」と、この男にしてみれば稀有なほどの好意を以って、『時事新報』に書いている。 「千山萬嶽に降り積りて、其解ること急劇ならず、地面を湿すこと徐々なるが故に、急雨の滂沱たるものが万物を荒らすの比に非ず。極熱の地方に…