春の夕暮れ*1、霞む京の街にひとり佇む女の影があった。袖を伝う風はやわらかく、遠くでは誰かが笛を吹く音が微かに響く。あれほど愛した人が、別の誰かのもとへ走り去ってから、幾年月が流れたのだろう。 昔、彼女は藤の花咲く中庭で、彼と並び、ひそやかに笑い交わした。その日差しのぬくもりは今も指先に残る。しかし、彼は何の言葉もなく去り、彼女の思いを顧みることもなかった。 「冷たくされたこの悔しさ、いつかはみかえしてやろうと思ったのに……」 彼女は、艶やかな衣をまとい、誰よりも美しくあろうとした。どれほどの人が彼女を称賛しても、心は閉ざされたままだった。誰も彼の代わりにはなれなかったのだ。 ある日、彼が都へ…