Arisanのノート RSSフィード

「ファシズムとは、現実のユートピア化である」(久野収)

2017-07-13

[][]『ヴィルヘルム・テル


岩波文庫の『花田清輝評論集』を読んでたら、花田がシラーの『ヴィルヘルム・テル』(1804年)を絶賛していた(「林檎に関する一考察」)ので、やはり岩波文庫の古い訳だが読んでみた。

たしかに深みのある、すごい戯曲だ。

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2017-07-09

[][]『講座 現代反体制運動史』

ここ二年ほどかけて、韓国の運動家の友人などと一緒に行ってきた『講座 現代反体制運動史』(青木書店)の私的な読書会が、今日、ようやく終わった。

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2017-06-26

[]『二つの同時代史』・その2

二つの同時代史 (岩波現代文庫)

二つの同時代史 (岩波現代文庫)


(承前)

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2017-06-18

[]『二つの同時代史』(読み始め)

二つの同時代史 (岩波現代文庫)

二つの同時代史 (岩波現代文庫)

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2017-04-18

[][]『マイケル・K』

この小説は、南アフリカ共和国出身のノーベル賞作家、クッツェーの代表作の一つと言われているものだそうである。

とっつきにくいところがあるかもしれないが、とにかく読んでみることをお勧めする。

僕は、主人公が自分にとってどこか身近に感じられる人物だというだけではなく、現在の世界(この作品が書かれたのは80年代前半らしいが)、とくに今の日本社会を象徴的に描いたかのような小説だと感じ、非常にひきこまれて読んだ。

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2017-04-12

[]『大逆事件 死と生の群像』

きわめて重要な著作。いまの日本を生きるうえで是非とも読むべき本をあげろと言われたら、僕はノーマ・フィールドの『天皇の逝く国で』と並んで、この書物を推す。

大逆事件――死と生の群像

大逆事件――死と生の群像

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2017-03-12

[]『エミール』第五編

エミール〈下〉 (岩波文庫青 622-3 )

エミール〈下〉 (岩波文庫青 622-3 )

女性は、気に入られるように、また、征服されるように生まれついているとするなら、男性にいどむようなことはしないで、男性に快く思われる者にならなければならない。(今野一雄訳 岩波文庫版下巻 p7)

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2016-12-26

[]『高江ー森が泣いている2』

25日日曜日は、十三のシアターセブンで映画『高江ー森が泣いている2』の上映、終了後に影山あさ子監督によるトークと、同作でも音楽を担当しているきむきがんさんのライブも聞いてきました。

映画は、9月から11月にかけての高江の情勢を追ったもので、山城博治さんが、工事をすすめようとする防衛局員たちに、自分の闘いの原点である高校生時代の体験を語る場面から始まっています。

もっとも印象的だったのは、タイトルにも象徴されているとおり、高江の木々が伐採され、重機で引き抜かれていくのを、人々が懸命に抗い、そして見つめている場面。その映像に、その時の心情を歌ったきがんさんの歌声が重ねられます。

抵抗を続けるある人は、「僕らにも意地があるじゃないですか。ここに確かに森があったんだぞという」という風に語ります。

この場面を撮影したことについて、影山さんたちは、抗議行動をしていた人から「あの木々が生きてきたのだということの、証明を記録に残してくれた。ありがとう」と言われたそうです。

映画の最初の方で、宮城秋乃さんが、一本の樹木にどれだけ多くの動植物の営みが蓄積されているかを説明して、「木を見て森を見ずというけど、見る人が見れば、一本の木の中に森のすべてが含まれているんです」というようなことを言います。僕はそれを聞いていて、一人の人間と社会の関係も、それと同じようなものだと思いました。

その根を引き抜き、土台を掘り崩すように、基地建設と戦争国家化は進められている。


影山さんのトークで印象的だったのは、「私たちは、奄美から与那国にかけての大規模な軍事化という現実の、まだ始まりを見ているにすぎない。これからずっと、この現実と向き合うことになる」という言葉。恐ろしいことですが、正しい認識だと思います。

きがんさんも、歌の合間にいろいろ話されたのですが、特に、現場で作業をしている労働者のおっちゃんたちが、この仕事に就けなければ明日の仕事にもあぶれるような普通の沖縄の庶民の人たちであるということ、そして10代半ばぐらいの若者も現場で働いている。抵抗のさなかでの、その人たちとの交流と言葉のやりとりの話が心に残りました。

映画は、大阪シアターセブンでは1月13日まで、ポレポレ東中野(東京)は、12月28日まで、沖縄・桜坂劇場は1月6日まで、それぞれ上映予定。また、名古屋シネマテークでは1月14日からの上映です。

また、異例ですが、情報普及のために、この作品の上映権付DVDを1万円で販売しているとのこと。ご希望の方は、下記までお申し込み、お問合せください。

http://america-banzai.blogspot.jp/2016/11/blog-post.html

2016-12-15

[]『コーラ』30号

Web評論誌『コーラ』の新しい号が発行されましたので、紹介します。

広坂さんのお誘いで続けてきた連載企画も、今回で一区切り。これまでお読みいただいた皆様、ありがとうございました。

それにしても、僕がこの文章を書いたのは、トランプの当選が決まる前日でしたが、まるでそれを予見するかのような内容になってしまったのが、心苦しいです。

(以下転載)


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◆Web評論誌『コーラ』30号のご案内

 ★サイトの表紙はこちらです(すぐクリック!)。

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/index.html

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  ●寄稿●

  マイノリティについて語る倫理

  ――「子どもの貧困」を一例として

  田中佑弥

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/kikou-30.html

  本稿を書こうと思った契機は、「新貧乏物語」の捏造である。「子どもの貧

 困」をめぐる昨今の事象を振り返りながら、まとまりのない文章で恐縮ではあ

 るが、考えたことを書き記したい。

  捏造があった「新貧乏物語」は『中日新聞』による2016年の連載記事であ

 る。『中日新聞』の検証記事(1)によれば、以下のような捏造があった。

   五月十七日付の名古屋本社版朝刊の連載一回目「10歳 パンを売り歩く」

  は、母親がパンの移動販売で生計を立てる家庭の話。写真は、仕事を手伝う

  少年の後ろ姿だったが、実際の販売現場ではない場所での撮影を、取材班の

  男性記者(29)がカメラマンに指示していた。少年が「『パンを買ってくだ

  さい』とお願いしながら、知らない人が住むマンションを訪ね歩く」のキャ

  プション(説明)付きで掲載された。

   撮影当日、少年がパンを訪問販売する場面の撮影は無理だと判明。少年に

  関係者宅の前に立ってもらい、記者自らが中から玄関ドアを開けたシーンを

  カメラマンに撮らせた。

  また、五月十九日付朝刊の連載三回目「病父 絵の具800円重く」でも記者

 は、「貧しくて大変な状態だというエピソードが足りないと思い、想像して話

 をつくった」。

  報道は正確でなければならないが、本稿で考察したいことはそういうことで

 はない。(以下、Webに続く)

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 ●連載<前近代を再発掘する>第6回●

  地獄は一定すみかぞかし

  岡田有生・広坂朋信

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/zenkindai-6.html

  前置き

  黒猫編集長にさんざんご迷惑をかけ、岡田さんに無理やりつきあってもらっ

 て、脱線を繰り返しながら続けてきたこの企画だが、『太平記』を一通り読み

 終わったので、今回で一区切りとしたい。(広坂)

  天狗太平記(広坂朋信)

  ■鎌倉幕府滅亡の予兆

 『太平記』にはしばしば天狗が登場する。天狗は、歴史物語としての『太平

 記』の前近代性を際立たせている特徴の一つだろう。

  まず前回取り上げた「相模入道田楽を好む事」(第五巻4)から見ていこ

 う。

  田楽に夢中になった北条高時が、ある晩、酔って自ら田楽舞を踊っている

 と、どこからか十数名の田楽一座の者があらわれて、「天王寺の妖霊星を見ば

 や」と歌いはやした。高時の屋敷に仕えていた女中が障子の穴からのぞいてみ

 ると、踊り手たちは、あるものは口ばしが曲がり、あるものは背に翼をはやし

 た山伏姿、つまり天狗の姿であった。

  この場面をどう受けとめるか。高時の舅が駆けつけたときには、怪しいもの

 どもは姿を消していた。畳の上に鳥獣の足跡が残っていたことから、天狗でも

 集まっていたのだろうということになったが、当事者である高時は酔いつぶれ

 ていたので、目撃者は、家政婦は見たよろしく障子の穴からのぞいた女中一人

 だけである。(以下、Webに続く)

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 ●連載:哥とクオリア/ペルソナと哥●

  第40章 和歌三態の説、定家編─イマジナル・象・フィールド

  中原紀生

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-40.html

  ■音象、ネイロ、世界の影

  前章の最後の節で、パンタスマ(虚象)の音楽的効果について簡単にふれま

 した。今回はその補足、というかやや蛇足めいた話題から始めたいと思いま

 す。

  大森荘蔵著『物と心』に収められた「無心の言葉」の冒頭に、時枝誠記の著

 書(『言語本質論』(『時枝誠記博士論文集』1))からの孫引きで、平田篤

 胤の次の言葉が紹介されています。「物あれば必ず象あり。象あれば必ず目に

 映る。目に映れば必ず情に思う。情に思えば必ず声に出す。其声や必ず其の見

 るものの形象[アリカタ]に因りて其の形象なる声あり。此を音象[ネイロ]

 と云う」(「古史本辞経」、ちくま学芸文庫『物と心』98頁)。

  いま手元にある『国語学原論』総論第七節「言語構成観より言語過程観へ」

 の関連する箇所を拾い読みしてみると、時枝はそこで、「特定の象徴音を除い

 ては、音声は何等思想内容と本質的合同を示さない。これを合同と考えるの

 は、音義的考[かんがえ]である。」と書き、先の一文を例示したうえ、「音

 声は聴者に於いて習慣的に意味に聯合するだけであって、それ自身何等意味内

 容を持たぬ生理的物理的継起過程である。音が意味を喚起するという事実か

 ら、音が意味内容を持っていると解するのは、常識的にのみ許せることであ

 る。」と書いています(岩波文庫『国語学原論(上)』108頁)。

 (以下、Webに続く)

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 ●連載「新・玩物草紙」●

  黒岩涙香/地 図

  寺田 操

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-34.html

  黒岩涙香

  5月の大型連休のさなか、「黒岩涙香」の文字をみつけて胸がざわついた。

 竹本健治『涙香迷宮』講談社2016・3・9)の新刊。探偵小説家・涙香

 (1862〜1920)が主人公では?それとも評伝的な小説なのか?

  1980年代、黒岩涙香の翻案探偵小説『幽霊塔』『鉄仮面』『死美人』

 (旺文社文庫)などを読んだ覚えがある。《雪は粉々と降りしきりて巴里の

 町々は銀を敷きしに異ならず、ただ一面の白皚々を踏み破りたる靴の痕だも見

 えず、夜はすでに草木も眠るちょう丑満を過ぎ午前三時にも間近ければ》…書

 き出しから怪異の時間に引き込まれた。警官2人の警邏中、黒帽子に長外套の

 襟をあげて顔をかくす紳士が下僕を従えて歩いてきた。下僕の背には重たげな

 籠。なかには絶世の美女の死体。肋骨のあいだにスペードのクイーンの骨牌

 (カルタ)の札が突き刺さり…。フランスの作家ボアゴベイ原作『死美人』

 だ。(以下、Webに続く)

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2016-12-04

[][][]『叫びの都市』


私たちはすでに、釜ヶ崎的状況を生きている。そうであるなら、釜ヶ崎の記憶を喪失することは、現在に対する視座を獲得するための手がかりを手放してしまうことに等しい。(p30)

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