Arisanのノート RSSフィード

「ファシズムとは、現実のユートピア化である」(久野収)

2016-09-24

[]『ティエリー・トグルドーの憂鬱』

あんまり期待しないで見たんですが、この映画は、びっくりするぐらいの秀作だった。

一方で、この作品はフランスで記録的なヒットになったそうだが、こういう映画がそれほどの観客動員をするというのは(最もホットな社会問題を扱っているとはいえ)、日本では考えられないとも思う。

http://measure-of-man.jp/

続きを読む

2016-09-23

[]『1968年』

1968年 (ちくま新書)

1968年 (ちくま新書)

10年前に新書として出た本。

すが秀実の本は、かつては愛読していたのだが、ずいぶん長いこと(今世紀になってから?)読んでいなかったこともあり、論についていくのに苦労した。読み切れていないところがあるかもしれないが、自分なりに理解したことを書いておきたい。

色々なことが知れて面白いのだが、曖昧な印象も残る。

続きを読む

2016-09-20

[]『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』

十三の第七芸術劇場で、古居みずえ監督の新作『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』を見てきた。

http://www.iitate-mother.com/

続きを読む

2016-09-16

[]道場親信さんの言葉

道場親信さんの訃報には、まだ49歳という若さだったということもあり、たいへん驚いた。

僕は、主著の『占領と平和』は読んでいないのだが、もう一つの著作『抵抗の同時代史』や、雑誌『現代思想』に掲載されたいくつかの文章を読む限り、戦後の運動史についてもっともすぐれた研究をされた方だったのではないかと思う。

残念で仕方がない。

ネットで検索すると、下のような道場さんの文章に行きあたった。

http://www1.jca.apc.org/iken30/News2/N84/SedaikanTaiwa.htm

続きを読む

2016-09-05

[]羽仁・花田対談

羽仁  しかし、ぼくは、たえず批判をうけるように、いつもなんでもわりきってしまう。

花田  そんなことはない。つねにいちばん大切なものは懐疑である、という前提があって、主張されているのですからね。これが真理だ、というふうに結論を出しておられない。(p309)

続きを読む

2016-08-29

[]四方田犬彦と帝国の欲望

以下の文章、あまりにも酷いので批判を書いておく。


四方田犬彦, 朴裕河を弁護する』

http://parkyuha.org/archives/5161

続きを読む

2016-08-23

[]『動物に魂はあるのか』

今年5月に亡くなられた金森修氏の著作。

僕は、まだこの人の本を読んだことがなかった。

動物に魂はあるのか 生命を見つめる哲学 (中公新書)

動物に魂はあるのか 生命を見つめる哲学 (中公新書)


続きを読む

2016-08-22

[]『野火』

先日、塚本晋也監督の映画『野火』を、やっと劇場で見た。

この映画は、内外で高い評価を得ているようだが、実際に見て、期待にたがわぬ内容の作品だと思った。

続きを読む

2016-08-20

[]高里鈴代さんの講演を聞いて

今週の初めにFBとmixiに書いたものですが、ほぼそのままの形で以下にも載せておきます。

メモを元にしているので、内容に不正確なところがあるかもしれません。ご了承ください。

続きを読む

2016-08-15

[]『コーラ』29号のご案内

『コーラ』の新しい号が出ましたので、紹介します。

私と広坂さんが書いている連載企画は、第五回目で、今回の内容は『太平記』のなかの田楽に関する記述が発端です。私も、主には羽仁五郎のことを書いてるのですが、書き出しで壬生狂言に触れています。

こうしてみると舞踊とか、身体的な反応や伝承が一つのテーマになってるかのようでもあります。社会学者の酒井隆史さんが雑誌『現代思想』の鶴見俊輔追悼号に寄せた文章で、「反射」ということについて書かれていたのを思い出します。

そういえば映画『シン・ゴジラ』のゴジラの中には狂言師野村萬斎が入ってるのだそうですね。映画は、私はたぶん見ないでしょうが。


 ■■■Web評論誌『コーラ』29号のご案内(転載歓迎)■■■

 ★サイトの表紙はこちらです(すぐクリック!)。

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/index.html

 ---------------------------------------------------------------

 ●連載<前近代を再発掘する>第5回●

  歴史のあいまいな領域

  岡田有生・広坂朋信

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/zenkindai-5.html

  ■高時天狗舞

 『太平記』の「相模入道田楽を好む事」(第五巻4)は、田楽に耽溺する得宗

 北条高時を印象的に描いている。

  当時、京都で田楽が大流行だと聞いた高時は、田楽の一座を鎌倉に呼んで、

 これに夢中になった。ある晩、酔った高時が自ら田楽舞を踊っていると、どこ

 からか十数名の田楽一座の者があらわれて、高時とともに舞い歌った。これが

 実に面白かった。しばらくしてから歌の調子が変わって「天王寺の妖霊星を見

 ばや」と歌いはやした。高時の屋敷に仕えていた女中が障子の穴からのぞいて

 みると……。(以下、Webに続く)

  ----------------------------------------------------------------

 ●連載:哥とクオリア/ペルソナと哥●

  第39章 和歌三態の説、定家編─影のない世界

  中原紀生

  http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/uta-39.html

 ■定家と虚なるもの、あるいは「かげもなし」の余韻

  俊成自讃の「おもて歌」が、歌の本質を「広がり」にではなく「深み」にお

 いて見る中世詩歌の特徴を自覚的・予感的にあらわしていた、と大岡信氏が指

 摘する「夕されば野べの秋風身にしみて鶉なくなりふかくさの里」であったと

 して、それでは、定家の代表歌はなんだろうか、それは、武野紹鴎が佗び茶の

 湯の心をこの歌に見出した、と「南方録・覚書」が伝える「見わたせば花も紅

 葉もなかりけりうらのとまやの秋のゆふくれ」なのか、いや、百人一首に撰入

 された「来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ」こそ文

 字通りの自撰歌ではないか、いやいや、それは「歌織物」(林直道)もしくは

 「グラフィック・アナグラム」(丸山圭三郎)を編集する企みゆえの撰歌だっ

 たかもしれない、などと自問自答しているうち、成立年及び作者はともに未詳

 ながら、後鳥羽院から西行法師まで十七人の新古今歌人が各々十首ずつ秀歌を

 自撰したとされる「自讃歌」なる文献があることを知り、さっそく検索し定家

 の部を拾い読みしたところ、掲載順が価値の序列をあらわしているわけではな

 いにせよ、第一の「春の夜の夢の浮橋とだえして嶺にわかるる横雲のそら」と

 第三の「年もへぬいのるちきりはゝつせ山おのへのかねのよそのゆふくれ」の

 間に掲げられていたのが、(以下、Webに続く)

  ----------------------------------------------------------------

 ●連載「新・玩物草紙」●

  太陽帆走/坂道

  寺田 操

http://homepage1.canvas.ne.jp/sogets-syobo/singanbutusousi-33.html

  鳥のように自由に大空を飛びたいという夢は、大量輸送の飛行機から小さな

 プロベラ機、気球、スカイダイビングと実現されてきた。それだけでは物足り

 ない。空飛ぶ絨毯やスーパーマンのように人の身体が赤いマントをひるがえし

 て空を泳ぐように、飛びたいと夢を追っているうちに空飛ぶ「ウイングスー

 ツ」の登場だ。2016年1月4日の某新聞記事には富士山近くを飛行する

 ウィングスーツが映っていた。両手両足を広げて飛ぶ姿は気持ちよさそうだ。

 垂直に落花するスカイダイビングと違って水平飛行。この空飛ぶスーツは

 1990年、フィンランドの企業が開発し、一着約20万円。小型飛行機に乗

 りこみ、タイミングを計り空へと飛びだす。鳥たちはお仲間が増えたと歓迎す

 るだろうか、それとも奇怪な新種だと目をそらすだろうか。

 (以下、Webに続く)