自由の影に揺れるもの――サルトル『嘔吐』に潜む保守的感性の考察 はじめに ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre, 1905–1980)の小説『嘔吐』(La Nausée, 1938年)は、実存主義文学の金字塔として広く知られております。主人公アントワーヌ・ロカンタンの内面を通じて、人間の存在の不条理さや自由の重みが描かれております。しかし、この作品には、自由や選択を強調する実存主義的側面だけでなく、伝統や秩序への郷愁、さらには保守的とも取れる感性が見え隠れしております。本稿では、『嘔吐』における保守的思想の兆しを探り、その文学的・思想的意義を考察いたします。 一、…