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現代古楽の基礎知識

2017-12-13

[] バーデン・バーデン・ペンテコステ音楽祭 2017


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 欧州に初夏を告げる聖霊降臨祭。このキリスト教の祭日を境にヨーロッパは、1年でもっとも爽やかな季節となる。それに合わせて各地で盛んに行われるのが音楽祭。ドイツ南西部の温泉町バーデン・バーデンでも、豪華なメンバーによるペンテコステ音楽祭が催された。

 バーデン・バーデンの祝祭劇場は、昔の鉄道駅舎を改装して造られた演奏会場。チケット窓口も当時の乗車券売り場をそのまま利用するなど、レトロな雰囲気を残す。内部は現代的な大ホールで、2500人の聴衆を収容できる。そんな劇場をおもな会場に、“バーデン・バーデン ペンテコステ音楽祭”は行われる。2017年は6月1日から5日までの5日間、8つの公演で音楽ファンの耳を楽しませた。

 ヤノフスキー指揮、NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団によるワーグナーのオペラ「ラインの黄金」や、ニケ指揮、ル・コンセール・スピリチュエルによるヘンデルの「水上の音楽」「花火の音楽」、ソプラノのダムラウによるオペラ・アリアの夕べなど、賑やかな舞台が話題を呼ぶ。一方、室内楽の演奏会にも優れた音楽家が出演。そのうちアンドラーシュ・シフのリサイタルと、ダニール・トリフォノフの室内楽コンサートは、2人のピアニストの腕が冴えるすばらしい夜だった。

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 シフはリサイタルの前半に、バッハとバルトークの作品を組み合わせて演奏。後半にはヤナーチェクとシューマンを並べる。折々にピアニスト自身の解説のある豪華なコンサートだ。トーク内容も興味深いが、なにより演奏の説得力が図抜けている。たとえばバッハの「愛する兄の旅立ちに寄せて」。6つの楽章からなるこの作品は、バッハが兄の就職に際して書いた音楽。それぞれの楽章に標題がつき、さまざまな情景や心情を描写する。その6つの楽章をシフは、まるで6つの異なる楽器で弾くかのように響かせた。それはチェンバロかもしれないしヴァイオリンかもしれないしオーボエかもしれない。それぞれの楽章の性格にぴたりと寄り添う音色が、1台のピアノから聞こえてくる。

 今回、ヴァイオリニストのアンネ=ゾフィ・ムターの相棒として出演したトリフォノフも、室内楽で大きな成果を上げた。とくにシューベルトのピアノ五重奏曲「鱒」は聴きものだった。音域によって音色が違うのは当たり前。それを弦楽器の各パートの個性と対応させていく。ピアノの“子音”もヴァラエティーに富んでいる。たとえば同じ上行音階の繰り返しでも、そのたびごとに言い回しが異なるのだ。アンサンブルの中心にトリフォノフがいるのは明らかだった。

 2人のピアニストの“凄味”の利いた演奏に、くつろいだ気分で接することができるのは、音楽祭の効果だろう。ベテランと若手の競演によって、初夏の爽やかさがいっそう大きく感じられた。

 

写真:拍手に応えるシフ(2017年6月1日, バーデン・バーデン祝祭劇場)


初出:月刊ピアノ 2017年8月号





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2017-12-08

[]《ロ短調ミサ曲》私録 XV【新訂版】


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 当方がこれまで実演に接したバッハ《ロ短調ミサ》BWV232の番付を発表するコーナーの第15回。今回はライプツィヒ・バッハ音楽祭2017の千秋楽、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮のドレスデン室内合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏会に足を運んだ(2017年6月18日, ライプツィヒ・トーマス教会)。ブロムシュテットは2005年以来、12年ぶり2度目の登場。12年前はゲヴァントハウス管弦楽団の楽長退任を記念する演奏会だった。

 相変わらずガーディナーの圧倒的第1位は揺らぐことはない。これはあくまで「私録」なので、ランキング内容についてのクレームはご容赦を(笑)




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第01位 ガーディナー, モンテヴェルディ合唱団&イングリッシュ・バロック・ソロイスツ(ライプツィヒ・トーマス教会, 2010年)

第02位 ユンクヘーネル, カントゥス・ケルン(アルンシュタット・バッハ教会, 2011年

第03位 ヘンゲルブロック, バルタザールノイマン合唱団&同アンサンブル(同トーマス教会, 2009年)

第04位 ビケット, イングリッシュ・コンサート(同トーマス教会, 2012年)

第05位 コープマン, アムステルダム・バロック・オーケストラ&同合唱団(同トーマス教会, 2014年

第06位 クリスティ, レザール・フロリサン(同トーマス教会, 2016年

第07位 エリクソン, エリクソン室内合唱団&ドロットニングホルム・バロックオーケストラ(同トーマス教会, 2004年)

第08位 ブロムシュテット, ゲヴァントハウス合唱団&同管弦楽団(同トーマス教会, 2005年)

第09位 鈴木雅明, バッハ・コレギウム・ジャパン(サントリーホール, 2015年

第10位 ヤコプス, バルタザール・ノイマン合唱団&ベルリン古楽アカデミー(同トーマス教会, 2011年)

第11位 フェルトホーヴェン, オランダ・バッハ協会東京オペラシティ, 2011年)

第12位 アーノンクール, シェーンベルク合唱団&コンツェントゥス・ムジクス・ヴィーン(サントリーホール, 2010年)

第13位 NEW! ブロムシュテット, ドレスデン室内合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団(同トーマス教会, 2017年)

第14位 ミンコフスキ, レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル=グルノーブル(ケーテン・ヤコブ教会, 2014年)

第15位 鈴木雅明, バッハ・コレギウム・ジャパン(バーデン・バーデン祝祭劇場, 2012年)

第16位 へレヴェッへ, コレギウム・ヴォカーレ・ヘント(ケーテン・ヤコブ教会, 2010年)

第17位 ピノック, 紀尾井バッハコーア&紀尾井シンフォニエッタ東京(紀尾井ホール, 2015年)

第18位 ラーデマン, ゲッヒンガー・カントライ・シュトゥットガルト、バッハ・コレギウム・シュトゥットガルト(同トーマス教会, 2015年)

第19位 ブリュッヘン, 栗友会合唱団&新日本フィル(すみだトリフォニーホール, 2011年)

第20位 ノリントン, RIAS室内合唱団&ブレーメン・ドイツ室内管弦楽団(同トーマス教会, 2008年)

第21位 へレヴェッへ, コレギウム・ヴォカーレ・ヘント(同トーマス教会, 2003年)

第22位 ビラー, トーマス合唱団&ストラヴァガンツァ・ケルン(同トーマス教会, 2006年)

第23位 延原武春, テレマン室内合唱団&テレマン室内オーケストラ(いずみホール, 2011年)

第24位 シュミット=ガーデン, テルツ少年合唱団&コンツェルトケルン(同トーマス教会, 2007年)

第25位 ビラー, トーマス合唱団&フライブルク・バロック・オーケストラ(同トーマス教会, 2013年)




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2017-12-06

[] ライプツィヒ・バッハ音楽祭2017


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 ドイツ中部ライプツィヒで6月、恒例のバッハ音楽祭が開催された。ルターの宗教改革から今年で500年。2017年はこの宗教改革をテーマの中心に据え、ルターの改革とバッハの音楽とをともに紹介する。会場は市内のバッハ史跡など。6月9日からの10日間、120を超える公演で両者の仕事を振り返る。

 10日、ニコライ教会に登場したのは、マルムベルク率いるエリック・エリクソン室内合唱団とドロットニングホルム・バロック・アンサンブル。ルター派用のミサ曲など、典礼音楽を特集した。精度の高い合唱、その歌声を御堂にくまなく運ぶ管弦楽。両輪がかみ合って一線級のバッハ演奏となった。

 11日にはガーディナーが、モンテヴェルディ合唱団とイングリッシュ・バロック・ソロイスツとともに、ゲヴァントハウスの舞台に登壇。シュッツの詩篇唱では合唱が、語句の繰り返しのもたらす高揚感を表現する。後半の「われらが神は堅き砦」などバッハのカンタータ3曲では、声楽・器楽のすべてが「声」となって会場に響き渡った。

 今年のサブテーマは、モンテヴェルディ生誕450年。バッハ音楽祭初登場となる2組が、卓越した演奏を披露した。13日、ゲヴァントハウスでオペラ「オルフェオ」を上演したのが、サヴァール指揮ラ・カペッラ・レイアル・デ・カタルーニャとル・コンセール・デ・ナシオン。声楽と器楽の柔らかな母音が、この作曲家一流の強烈な不協和音を浮き彫りにする。この日はオルフェオ役のモイヨンに、ひときわ大きな拍手が送られた。

 14日の「聖母マリアの夕べの祈り」は、ピションとアンサンブル・ピグマリオンの演奏。ピションはニコライ教会の前後左右上下の空間を大胆に使う。それが音響効果を持つだけでなく、詩の内容を象徴的に表す表現行為そのものになっていた。演奏はまるで精密機械。それをダイナミックな空間配置で展開する。その表出力は圧倒的だ。

 18日の千秋楽は例年通り、トーマス教会での「ミサ曲ロ短調」。今年はブロムシュテット指揮ドレスデン室内合唱団とゲヴァントハウス管弦楽団が担当する。内声を厚めに配した合唱を管弦楽が支え、詞章を平土間に運ぶ。声を殺しがちな現代楽器でこれを実現するのは難しい。指揮者と楽団の相性のよさが功を奏した。

 来年のバッハ音楽祭は6月8日から17日まで。ガーディナー、コープマン、鈴木、ラーデマンらが集い、カンタータ30選を分担して演奏する。


ライプツィヒ・バッハ音楽祭2018 のプログラム


初出:モーストリー・クラシック 2017年11月号





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2017-11-28

[] ドクメンタ14 ― カッセル&アテネ


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 暑さ寒さも彼岸までという。こういった実感を持つのは日本人だけではない。ドイツでも同様に、キリスト復活祭を迎えれば人々は春の訪れを感じるし、聖霊降臨祭になれば初夏の到来を喜ぶ。それに音楽シーンやアートシーンが連動する。2017年の聖霊降臨祭は6月4日。それに合わせて各地の音楽祭や展覧会が、新シーズンを開幕させた。たとえばフランクフルト・アム・マインの現代美術館本館は、パフォーマンスアートの先駆けとして知られるアメリカの美術家、キャロリー・シュニーマンの大規模な展覧会を、5月末にスタートさせた(http://mmk-frankfurt.de/)。同じころ、フランクフルトから南に約30キロメートルのダルムシュタットでも、新たな展覧会「プラネット9」が始まった。同市のクンストハレには、17カ国以上の国々のアーティストの平面・立体・映像・インスタレーションなどが並ぶ。その多くは展示会場の空間に合わせて制作された(http://www.kunsthalle-darmstadt.de/)。

 初夏に始まるこうしたイヴェントのうち、今年もっとも注目されたのがカッセル・ドクメンタだ(http://www.documenta14.de/)。ドクメンタは5年に1度の大規模な現代美術展覧会で、ドイツ・ヘッセン州北部の街カッセルで開催される。2017年は「アテネに学ぶ」をテーマに、カッセル(会期・6月10日から9月17日)とギリシャ・アテネ(会期・4月8日から7月16日)とで、展覧会をはじめとしたさまざまなプロジェクトを展開している。

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 興味深いのは、音楽関連の催しが多く用意されている点。同展覧会の記者発表会(6月7日、カッセル)でも、委嘱音楽作品のお披露目が行われた。シリア・ダマスクス生まれの作曲家でヴァイオリン奏者でもあるアリ・モラリーが登場、ロス・ビレルの委嘱作品シリーズ「フーガ」に寄せた自作を自ら演奏した(写真最上)。「フーガ」すなわち「逃げる」の語義に、移民問題で揺れる欧州の現状を落とし込む。モラリー作品のタイトルは《QUATRAIN》(四行詩)。パウル・ツェランの詩《死のフーガ》に基づくヴァイオリン独奏曲だ。楽章は《漂う煙》《僕らが飲んだ黒い乳》《ズラミート》《宙の墓》の4つで、フーガの主題は委嘱者のビレルが書いた。作品は従来の重音奏法などを多用しており、バロック期以来の独奏フーガの書法をほとんど逸脱しない。

 この作品の初演地自体はアテネ。そのことからも分かるように、多くの音楽イヴェントがアテネで催された。当方が滞在した6月下旬もさまざまな演奏会が用意されていた。19日夜はアテネ・コンサートホール・メガロンで、ドイツの作曲家ヤコプ・ウルマンのミニオペラ《Horos Meteoros》(2008〜9年)を紹介する一夜(写真中上)。この作品は「古代アテネの悲劇詩人エウリピデスとアイスキュロスによる劇的一節」との副題を持つ。ウルマンの「静粛な音楽」シリーズのひとつだ。ソプラノ、オーボエ・ダ・カッチャ、アウロス、弦楽三重奏、打楽器、混声重唱の編成だが、奏者は一切、ステージに登壇しない。舞台裏など客席からは見えないところに各々陣取り、一貫して静かな音楽を奏でていく。作品は独唱と鐘の保続音で始まり、そこにさまざまなサウンドが継ぎ足されていく。打楽器しかり管楽器しかり。やがて混声の重唱も加わるが、響は厚くならず、遠くさまざまな方向から、か細く聴こえる。緩やかに変化しつつも、大きく形を崩すことはない。その「静寂を聴かせる」姿勢を、曲の最後まで保った。こうしたスタイルは、音を「より善く、より多く聴く」ためだという。

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 翌20日もアテネ・コンサートホール・メガロンで演奏会。フランスの作曲家エリアーヌ・ラディーグの《Naldjorlak I》(2008年)を、チェロのチャールズ・カーティスが弾く(写真中下)。作品のタイトルはチベット語で、悟りの瞬間を意味している。音楽はひたすら同じ音を鳴らし続けるものだが、そこにはいくつか、変化をもたらす工夫がなされる。たとえば重音で弾かれる2本の弦は、数ヘルツずらして調弦されており、そのまま演奏するとわずかな唸り(ウルフ音)を発生させる。奏者は時折、指板上でこのウルフを増やしたり減らしたりする。息長くクレッシェンドやデクレッシェンドをすることで、音に緩やかな稜線を描かせる。弦はおろかテイルピース・ワイヤやエンドピンまでも同じ音程に調律しているので、それらの部分を弾くこともある。同じ発音体のわずかな音程差や、発音体の異なる同じ音程など、全体を通して同じ音の微小な差異を突き詰めていく。これが50分ほど続くわけで、完遂したときはたしかに、悟りに近づいたような気さえした。

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 コンサートホールのほど近く、市内の中心部にアテネ・コンセルヴァトワールがある。ここで21日、ギリシャの古歌と現代音楽とを組み合わせたコンサートが催された。ビザンツ時代の俗謡をひとり歌いながら、同所地下の展示空間をめぐる女性歌手。やがて聴衆を別の展示室へといざなう。聴き手はそれに従って移動し席に着く。そこで始まったのはヤコプ・ウルマンの《Solo II》(1992年)(写真最下)。ダフヌ・ヴィサント・サンドヴァルがファゴットを独奏した。ここでもウルマンの課題は「静寂の音楽」。奏者がファゴットに息を吹き込む音、吸い込む音、タンギングをする打突音、実音とそのポルタメントによって生じる微分音、消音器を入れた音、リードなしで吹く音など、さまざまな試みがなされるが、その音の変化は小さく音量はつねに最小限だ。奏者は図形楽譜に基づき、時計だけを頼りにこれを吹く。20時少し前に始まった独奏も、終わったのは21時を過ぎたころ。夏至の欧州の日暮れは遅く、おもてはまだ明るかった。



初出:音楽現代 2017年9月号


【CD】ヤコプ・ウルマン《Solo II》ほか


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2017-11-15

[] 3つの《田園》― ベートーヴェン, グラズノフ, ヴォーン・ウィリアムズ


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 パストラーレは田園生活の情景やその雰囲気を表現するいちジャンル。文学はもちろん演劇や音楽にも、このジャンルに属する作品がたくさんある。音楽で言えば、田園詩による声楽曲、キリスト降誕劇、降誕劇に端を発する器楽パストラーレなどが範疇に入る。

 17世紀のイタリアで、器楽パストラーレに一定の型が与えられた。これはイタリアの羊飼いたちがクリスマスに街でおこなった音楽演奏、いわゆる門付けを模倣している。3拍子系のリズム、3度か6度でハーモニーを作る伴奏、長く引き伸ばされた低音などがその特徴。管楽器を用いるのもポイントだ。17世紀末、こうした器楽パストラーレがドイツ語圏に伝わり、その土地の伝統と融合する。たとえば農村の舞曲と結びついたり、動物の鳴き声を音楽で模倣する流儀を取り入れたり。楽器編成の点ではやはり管楽器が重要で、オーボエ・ダモーレ(オーボエより短3度低い楽器)などが、田園風景を象徴するものとして使われた。

 こうした背景に鑑みると、ベートーヴェンの交響曲第6番《田園》(1808年)が、器楽パストラーレの型をよく守っていることに気がつく。小川のほとりで鳴き交わす鳥の声、轟く雷の響き、3度音程の伸びやかな伴奏にのって奏でられる、3拍子の牧歌的なメロディー。ベートーヴェンの課題は、小さな音形をさまざまに展開していく当世の器楽スタイルを、こうした伝統的な器のなかに注ぎ込むことで、交響曲の新しい顔を聴き手に示すことだった。

 グラズノフの交響曲第7番《田園》(1902年完成)は、ベートーヴェンの《田園》を強く意識した仕事だ。同じ調、同じ拍子、よく似たメロディー、小さい音形を積み重ねていく音楽運びの共有。重要なのはグラズノフの描くアルカディアが、前世代の作り上げた苦渋に満ちた短調交響曲の重荷をリセットする役目を負っている点。彼の完成した8曲の交響曲のうち、実に7曲が長調。その中でもこの第7番《田園》は、その強いアルカディア的性質によって、先輩チャイコフスキーの《悲愴》に対する強烈なカウンターとなっている。

 ヴォーン・ウィリアムズが1921年に完成させた交響曲第3番《田園》もまた、3度で動く伴奏、牧歌的なメロディー、管楽器の活躍といったパストラーレの型をとる。ただし、ここで作曲家が描き出した情景は、アルカディアとしての田園ではない。第一次世界大戦に衛生兵として従軍した彼が、フランス兵を看取る日々のなかで目にした田園風景だ。全体を覆う瞑想的な楽想や静かな緊張感、終楽章の声楽による彼岸の響きはもちろんのこと、のどかなアルカディア的情景そのものが、作品に秘められた寂寥感を反語的に浮き彫りにする。

 ベートーヴェンにとっては新しいスタイルを入れる器、グラズノフにとっては先輩世代へのカウンター、ヴォーン・ウィリアムズにとっては命のやり取りの場。パストラーレの持つ意味は、それぞれに異なっている。


【CD】

ベートーヴェン 交響曲全集▼インマゼール & アニマ・エテルナ

グラズノフ 交響曲全集▼スヴェトラーノフ & ソビエト国立交響楽団

ヴォーン・ウィリアムズ 田園交響曲▼ノリントン & ロンドン・フィル


初出:モーストリー・クラシック 2017年9月号






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2017-07-29

[] ハインツ・ホリガー《スカルダネッリ・ツィクルス》


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2017年5月25日(木)▼東京オペラシティ コンサートホール▼コンポージアム2017 ハインツ・ホリガーの音楽 ー《スカルダネッリ・ツィクルス》

 ホリガーの「スカルダネッリ・ツィクルス」(1991年完成)の日本初演。スカルダネッリとは19世紀ドイツの詩人ヘルダーリンの筆名。この詩人の作品をもとにホリガーは、合唱のための「四季」全3集、器楽のための「スカルダネッリ練習曲集」全11曲、フルートのための「テイル」を書き、2014年にはこれら全体の演奏順序を定め決定稿とした。演奏はフルートのレングリ、ラトヴィア放送合唱団、アンサンブル・ノマド。指揮は作曲者自身。

 たとえば「四季」第2集の「夏」。3連の詩の背景が丘・道・園と微視的になるにつれて、3回繰り返すカノンの音度が半音・四分音・八分音と狭くなる。こうして詩世界と音楽とは呼応する。しかし聴き手は、詩にも音楽にも夏を感じることはない。それがこの作品の芯だ。

 音楽が詩世界に寄り添うほど、その詩世界と聴き手との断絶は深まる。他人を寄せ付けない詩本来の性質を、音楽が色濃く映すからだ。ここには2つの奇跡が生じている。ひとつは、そんな詩の性質にもかかわらずホリガー自身は、その詩世界に近づけたこと。もうひとつは、その接近を通して、詩と他者との断絶をありありと表現したこと。自分自身は詩世界に寄り添いつつ、他者には詩との断絶を感じさせるというのは本来、その詩の作者にしかできない。この詩人と作曲家との二重写しに気づかせてくれた点に、日本初演の意義は凝縮している。演奏者に拍手。

【CD】

ハインツ・ホリガー《スカルダネッリ・ツィクルス》


初出:モーストリー・クラシック 2017年8月号





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2017-04-23

[]《怒りの日》の"古典物理学"


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 店内に流れる《蛍の光》で閉店時間に気づくという経験を持つ読者も多かろう。音楽が記号として働く典型的な例。同じように《怒りの日 Dies irae》の旋律も、キリスト教文化圏に生きる人々にとってはひとつの、しかしとても重要な記号と言える。

 修道士トマス・ア・チェラノが詩を書いたとされる《怒りの日》は、カトリック教会の聖歌。作曲者は不明だが、作詞作曲ともに13世紀後半と考えられている。劇的な内容により人気を得て、まもなく各地の「死者のためのミサ(レクイエム)」で用いられるようになった。

 《怒りの日》はセクエンツィア(続唱)のひとつ。セクエンツィアとは聖書の詩句ではなく、自由詩に基づく聖歌で、中世末期に盛んに創作された。柔軟な発想の詩は人々の心をつかんだものの、聖書上の根拠は薄い。その結果、16世紀のトレント公会議で4つを残してほぼ全面的に禁止された。《怒りの日》はこの生き残った4つの一角を占める。なお、20世紀後半の第2ヴァチカン公会議によって、《怒りの日》を含むすべてのセクエンツィアをミサで唱えることが禁じられた。ただし、2000年に出版された祈祷書では、教会暦の最後の1週間に日々の勤めの中で歌うことが認められている。

 冒頭の「怒りの日、その日こそ Dies irae, dies illa」なる詞章は、旧約聖書ゼファニア書第1章第15節からの引用。全体は最後の審判の様子を映す内容で、地獄で業火に焼かれることなく、天国でキリストの元に集いたいと唱える。そこに付けられた音楽は、西洋音楽史上、最高の旋律のひとつと言っても過言ではない。

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 はじめの旋律を取り上げてその造りを確認したい。「ファ ミ ファ レ ミ ド レ レ」はジグザグに進むメロディー。よく目を凝らすと単旋律に隠れた2つの声部、A「ファファミレ」(奇数番目の音)とB「ミレドレ」(偶数番目の音)とが浮き上がってくる。Aは高い位置に留まっていたい、Bは低いところに降りて行きたい、その両者の力が「レ」で釣り合うという綱引きがある。これは、地獄に落ちるほかない人間を、キリストが救い出していることを象徴しているようにも見える。この力動性によって《怒りの日》の旋律は、名作としての地位を確固たるものにした。

 旋律そのものの力、詩の内容を縁取る描写力、根強い伝承によってこのメロディーは、キリスト教文化圏の中で発信力の強いシンボルとして働いてきた。簡素なこの旋律が鳴り響くと人々は、即座に最後の審判、地獄の業火を思い浮かべるようになる。こうした象徴性を多くの音楽家が利用した。ベルリオーズの「幻想交響曲」、リストの「死の舞踏」、サン=サーンスの「交響曲第3番」、ラフマニノフの「死の島」、ダッラピッコラの「囚われ人の歌」、クラムの「ブラック・エンジェルズ」など、多くの作曲家が死のイメージを喚起するのに、この旋律を用いている。


初出:モーストリー・クラシック 2017年2月号


【CD】

ベルリオーズ《幻想交響曲》インマゼール指揮, アニマエテルナ管弦楽団

サン=サーンス《交響曲第3番》ミュンシュ指揮, ボストン交響楽団

ラフマニノフ《死の島》プレヴィン指揮, ロンドン交響楽団

ダッラピッコラ《囚われ人の歌》スウェーデン放送交響楽団

クラム《ブラック・エンジェルズ》ブロドスキー弦楽四重奏団





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