5月の読書メモ(歴史)

作家の日記を読む 日本人の戦争

作家の日記を読む 日本人の戦争

 太平洋戦争開始から敗戦一年後までの作家の日記を読む,という本。著者は大戦当時米軍の情報将校で日本語通訳をしており,押収した日本兵の日記を読んでいた。それが日本人の日記との出会いという。本書では公刊された作家の日記を,開戦→進撃→後退→空襲→敗戦→占領と変転する情勢にそって取り上げていく。
 取り上げられているのは,永井荷風高見順伊藤整山田風太郎など。作家によって,戦争の受け取り方もさまざまだ。永井荷風高見順清沢洌は当初から軍部に批判的で戦争の行方を危ぶんでいたが,伊藤整山田風太郎は日本の勝利を熱望し,そのような日記を書いている。著者は英文学の翻訳家である伊藤や,ヨーロッパ文学を読み漁っていた山田が,国粋的な内容の日記を書いていたことに軽い衝撃を受けている。人は読んだ本によって信念を形成する,という彼の持論が覆されたというのだ。アイデンティティのウェイトはやはり大きいのだろう。
 おそらく平均的日本人は,空襲がひどくなる前までは日本の勝利を信じて戦争に進んで協力してきたんだろう。日本本土にまで直接の脅威が及ぶようになって,疑問を感じ始めたに違いない。しかし知識人である作家ともなると,なかなかそういう軌道修正が効かなかった面もあるのではないだろうか。山田は一貫して日本は降伏すべきでないとし,最後の一人まで戦うことを呼びかけている。敗戦後には復讐を訴えたが,聞く耳をもつ者はほとんどいなかった。文学者だけにそういうロマンに走りやすいのかもしれない。国民はよほど現実的だ。
 戦争に批判的な作家も,戦時中の言論統制の中では思うような表現ができなかった。日記が憲兵に見つかろうものなら大変なので,隠し場所には神経を使う。空襲が始まってからは,焼けて失われる可能性も高く,そんな中で日記をつけつづけるのは容易なことではなかった。
 彼らは自分の日記を後世に伝えて,自分の生きた時代がどのようなものだったかを記録しようとしていた。そのおかげで今こうして読むことができるのはとても有難い。

山県有朋と明治国家 (NHKブックス)

山県有朋と明治国家 (NHKブックス)

 昭和軍閥の礎を築いた,として悪名の高い山県有朋を再評価する本。
 奇兵隊を指揮し,維新後は徴兵制を始めて国民軍をつくり,軍制改革を推し進めた軍事的リアリスト。奇兵隊も徴兵制も民衆の動員を必要とした自由民権運動→議会開設→政党政治と時代が進むなか,イデオロギーの波及を避け軍隊内を統制するため,軍人勅諭参謀本部の設置,統帥権の独立を確立する。山県のこういった仕事が,敗戦後に平和主義の立場から全否定されることになる。
 しかし山県は軍国主義の権化だったわけでもない。軍備を充実させるとともに外交も重視していた。義和団事件・一次大戦・シベリア出兵では列国協調外交の観点から出兵を決めた。アメリカの台頭も早くに認識し,対米協調外交を日本外交の基本とした。
 ただやはり山県が建国の元勲として長きにわたり,特に陸軍に対して影響力をもち,それがファシズムへとつながっていった感も否めない。明治の富国強兵は開発独裁みたいなもので,それが昭和軍閥の形成につながってく。歴史はずっとつながってる。だから歴史を学ぶんだし,歴史は面白い。