もめんたむ ( 質量 × 速度 )

2012-05-28

[] 生活保護についてのモロモロ

 

みっともない話になっちょるのーという話で。

  

オメェに食わせる生活保護はねぇ!とは思うけどね。

ツイッターでは強気で「あげ足取る人がいなくなればいいなぁ。じゅんを」とか書いといて、謝罪会見ではごまかし切れなくて半泣きで無様なさらしageだろ。金儲けたんだったら、もうちょっと上手いことやっとけよ!で終わる話だったろうに、追随してるのか身内を庇うつもりなのか、芸能人がバカさらして次々と地雷踏んでてどうしようもないな。内と外の理屈で、視聴者を「外の敵」扱いしてるし。

 

 

どうでもいい話でしょう、実際。

制度の悪用という意味では、特亜のあかんたれぶー共から先にどうにかしろよ!とかがネトウヨの立場だろう。

 

 

そもそもの生活保護に関わる流れってのは、支配者と奴隷の関係から続く一連の物語としてみるべきだと思う。最終的には、人類の大半は働かないでも食うには困らなくなると考えられる。その際の労働をする人達ってのは、犠牲者でもなければ奴隷でもない。尊敬される奉仕者になるのでしょ。

 

昔はいまよりずっと豊かではなかったから、みんなが働かなければならなかった。「働かざるもの食うべからず」が基本思想だよね。でも豊かになって行くと、全員が働く必要はなくなっていく。日本では農業の大規模集約が行われていないから、次の時代は農業だ!とか言われてるけど、何十年前だかのアメリカ型の大規模農業では農業をやる人はどんどん要らなくなっていったわけでしょ。その結果として工場で働くような工業に人が集まって行ったわけで。それも作業機械が入ってくると人は管理に回ることが多くなって、今の日本みたいに仕事が少なくなっていった。この結果として、現代は「サービス業」の時代に入っている。サービス業だけで全ての人に就職先を斡旋するのは厳しいでしょ。人間がサービスしなくて良くなるのはもう少し先になると思うけど、その時代が来たら、人が就職する先を見つけるのはとても難しくなるだろうね。

 

生活保護を「負け犬用のセーフティネット」とか、「他人の稼ぎを貪る卑しいヤツ」だのと思って見ているのはちょっと視野が狭い。

最終的に、人類の大半が働かなくても良くなるのだから、何百年先になるか、その前に人類が月光蝶しちゃってるかもしれないけど、もっと洗練された暇潰しとしての仕事、もしくは研究とか、エンターテイメント事業に従事することになるんだと思う。

 

 

ま、ヤバイ時には生活保護を頼みにさせて欲しいと思ってるよ。できれば受給しないで済ませたいけどね、そりゃあ。それには、日本の景気を良くして行かないと。

 

 

それには、もう一度、麻生さんにがんばってもらうのがいいね。うん。決まった。

 

2012-05-27

[] 雑記

 

 

●リーガルハイ

ともかくガッキーなのです。

えっと、元妻が出て来て、古美門大ピンチの巻。脚本の「意外と人情味」がいい味を出している気もするし、逆に足を引っ張ってないかい?と思わなくもない。旧態依然とした人類の業を引きずっているかのよう。やはり地球の重力に魂を縛られているね。

 

●アクエリオンエボル

かなり話が進んで来た。話はそこまで悪くないんだけど、薄っぺらさの原因は、あの次元ゲートのせいだろうなぁ。味方の基地と敵の惑星の間に次元ゲートが開けば、ステージが2つしかない。逆に地球(?)を旅している不動の方がどこいったか分かんなくなってて、最初の街に戻ってくる展開でしょ。敵陣に攻められなくて、地球を舞台にしようとしているわけだけど、上手くいってないなぁ。

今から思うと、マクロスFは上手く誤魔化せてたんだよね。相手が人間タイプだと気になっちゃうのかなぁ。

 

●ナディア

8話だったかな。この回は、さすが・見事・素晴らしい、ぐらい誉めてもオーケーでしょう。展開の早さで思い切り鬱憤を晴らしてしまった。ノロノロとしたこれまでの展開を置き去りにするスピード感。結局、これが出来るのがガイナの強みかもしれない。

1話だかの、サーカスの団長の寂しさの時も思ったけど、ぶっ壊れた施設を外から見上げる奴隷っぽい労働者達を描いた1カットが、感想を書く段階で妙に引っ掛かってくる。

 

そろそろノーチラス号での生活になると思うけど、どうだったかな(笑)

 

●エウレカAO

超人でてきちゃった! ( ゚д゚)

しかもヒロインがあっさり敵についていっちゃった!( ゚д゚) 

近年、少なくなってきた続編の駄作展開。これからどうなるのか逆に興味でてきちゃった。マジでどうする気だ、これ?

 

 

 

2012-05-21

[] 38巻から考える

 

土日悩んで、何もかけませんでした。

 

  

●ネギま!は果たして続くのか?

どう反応していいのか不明すぎて、書き様がありませんでした。

 

内心的には「いや、続かないでしょ」という感じです。たしかに謎を描いていけば100巻分あると思います。でも、もうそういう段階は超えちゃっています。どうやっても続かないでしょ。

 

なので、徹底的に邪魔することを考えてみました。展開予想します。

 

 

●どうすれば「ネギま!」は続くのか!?

私の答えは一つです。「ネギの子供」を出すしかありません!

まずは「誰の子供」なのか?の謎で引っ張って行きます。続編はキャラ数を減らしたいでしょうけど、そんな大人の事情は無視です(笑)

 

アリガチなのは、サンデーでおなじみの井上和郎先生風に、未来でネギが魔王になっちゃった展開とかでしょうか。イマドキのゾンビっ子萌えも、井上先生も漫画でちょっと先にやってたし、多少パクってもネギまの規模でやれば問題ありませんよ!(もの凄い言い分だ)

 

芝村せんせ(敬称略)のガンパレだのの無名世界観でいう、セントラルタイムゲートみたいな仕組みとかが欲しいですね。時間構造的な問題点を設定して、それを打破するべくネギの子供達が集まってくるって展開です。火星独立戦争みたいな不可避のイベントが時間軸上で共通することで、時間軸は無限数に分裂できなくなっている、みたいな感じでしょうか。ネギが魔王と化すのを阻止するために集められた子供達!(それなんて聖闘士聖矢!?)

 

ネギま!は、ナギ→ネギの、子供が親を求める旅の形式でした。だから、続編でも基本ラインは子供が親を探さなきゃいけません。従ってネギの子供なのです。別の可能性時間軸から、くーふぇの子供とか、夕映の子供とかをゾロゾロ集めてきて、ドタバタするわけですね。アキラの子供は力持ちとかね。男の子と女の子が色々いてもいいし、年齢もバラバラでオッケーでしょう。

 

ポイントは最強の子供を何人か設定することです。

超りんとネギの子供が裏方というかラスボス風に振舞ってて、別の時間軸からネギの子供を集めてくるのですね。超よわっちいのが明日菜との間の子とか、もういろいろ考えられます。

 

今の千雨はガチ引き篭もりなわけですが、実はネギの子を産んで育てていた、とするのです。

 

ネギは何故、魔王になってしまうのか…………いやぁ、面白そうな気がしますね。タブーにいくつか触れている気がしなくもないんですが。どうせホラ、こんなのになるわけないんで。

 

 

 

[] 雑記

 

●ナディア

言ってしまえば、これはエヴァで言うヤシマ作戦なわけですね。それだけなんですけど。そんでもってそれ以外のことは、実際どうでもいい内容の話なわけです。

 

コロニーレーザーみたいな造形で、その中に居ても死なないとか、ジャン達の耐久力はどうなっているんですかねぇ。

 

あの透明度の高いガラスって、ようやく実現しましたね。でもあのサイズとか、どうやってくっ付けたのか?だとか、色々と不可能なことも多いのでやはり無理なわけですが。

 

ナディアがここに来てお姫様扱いされるんですが、ナディアは基本的に否定して否定して否定を重ねていくわけでして、この性格もシンジみたいなものです。いろいろな部分を否定し続けることで自分の輪郭が浮かび上がっていくのかもしれないわけですが、エヴァを見れば「本当の自分」すらも否定するはずなので、物語的な機能ですとか、どういう位置付けなのか?みたいなことを考えること自体が無意味じゃないかと思ってしまいます。

普通だと、貧乏なサーカスで働いている拾われた子なのが嫌で、お姫様になるって展開は王道的というかなんというかなんですけど、そのお姫様扱いする人が悪人なので、ともかくシャットアウトなわけですね。

 

物語構造として分類すると、「中心への旅」だと思いますが、「中心への旅」は中心が存在しないことを発見するのが終着点になります。その意味では、ネモとか、ガーゴイルの最期とかはそういう方向で纏められているんですけども、それはずっと先の話なので割愛であります。

  

自分探しの究極は悟りなので、悟らないなら適当なところで誤魔化して終わるのが宿命というものです。他人に優しくしてもらえる自分探しをやるか、それでも他人に価値を見出せない場合、「社会」などの人じゃ無いなんかの概念をもって来て、「社会貢献する自分」とかで納得するしかないんです。そうして人を超えるメタ的なものに自分の価値判断を委ねるような真似しても、そんなのは神の代替物でしかないわけで、神から逃げた結果として運命を神頼みにするって話なら、滑稽でしかないんです。それが嫌なら、俺がいいんだから、いいんだ!とか自分で決めるしかないのですが、自分でどうにかできる範囲の狭さで引き篭もるしかなくなっていきます。山に籠もれば仙人で、部屋ならニートかヒッキーです。

 

ナディアの自分探しは、これらの意味では非常に目的意識も乏しいし、行き当たりばったりで見てて辛いものです。分析できたとして、「だからこの作品は人気があった」もしくは「構造的に優れていた!」などの結論には至らないと思われます。島編もあるし……。