2012-04-10
■昭和のかほりは今も…?
「お茶汲みに関して、とある逸話があります。新入社員の女の子がお茶汲みをするのに、どうせなら「美味しいお茶を」と色々勉強し工夫したことで、彼女の淹れるお茶が美味しいと評判になり「これだけ美味しいお茶が淹れられるなら、仕事もできるだろう」と社長に大抜擢された、というものです。」
「へぇ、そんなこと本当にあったんですか?」
「真偽のほどは確かじゃありませんが、これはお茶汲みひとつ、どんな小さな仕事に対しても馬鹿にせず、考え工夫するということ、そして周りはそんな人間をちゃんと見ていますよ、という意味が込められているのだと思います。」
あー、それ知ってるわー。15年以上前に『お金がない!』でジュディ・オングがそんなこと言ってたわー。
けど、お茶汲みしてた織田裕二は当然ながら男性だったし、ジュディ・オングは取り引き先の社長だったし、「あなたお茶汲みをバカにしてるでしょう」的なことを言われた織田裕二は自分で考えて「なら最高においしいお茶を入れてやるぜ!」的な展開だったし、このサイトの事例よりはマシな気はするけどなー。
まーこの「逸話」が『お金がない!』ってわけではないだろうけれども、同じようなことが一部の「ビジネス界」ではもてはやされてるってことなのでしょうか。この記事を書いてる人が果たしてどれほどおいしいお茶を入れられるのか、興味があるところではありますが。
あと、この記事のブクマに「お茶は客用でしょ?」的なコメントもあるのですが、実際、どれが(社内・庁内の)誰のカップであるかをちゃんと把握してたり、「○○さんはブラック、××さんはミルクなしの砂糖2つ…」なんてことをしっかり覚えていることが評価される、的なことをいまだに聞いたりするのよね…。
そういえば、先日子どもと「定食のご飯お代わり自由」なお店でご飯食べてたときのこと。近くの席にいかついお兄ちゃんと小柄なお姉ちゃんのカップルらしき2人組がいて。途中でお姉ちゃんがご飯茶碗持って立ち上がるのが目に入ったから、「ほう、こんなに小柄なのにお代わりとは」とついついそっちを見たら、彼女が持ってたのはお兄ちゃんの茶碗でしたよ。どうみてもお兄ちゃんの方が食べ進んでたけどな!
その日の晩ご飯で、たまたま(普段ほとんどお代わりしないが、その日は昼が遅かったので少なめについでいた)うちの子どもたちが「お代わりください!」って言ってきたので、「よし! 自分たちで行って食べたいだけよそってこい!」って言っちゃったよ。
2012-01-27
■人の死から学ぶ道徳?
昨日、某所で行われた辛淑玉氏の講演会に行った。その中で、「南三陸町で最後まで防災無線で避難を呼びかけた女性職員が亡くなった話、あれを美談にするなんて冗談じゃない。あんなに若くして亡くなって、どれだけ彼女が悔しかったことか。公務員は命をかけなきゃならないのか。教訓にするなら、両方が助かる方法を考えることでしょう」てなこと(細かい部分は不正確です)を言っていたのだが。
そして今朝。ラジオで「埼玉県で、南三陸町で最後まで防災無線で避難を呼びかけた女性職員の話が道徳の教材に掲載されることが決まりました」と聞いて脱力。
宮城県南三陸町の防災対策庁舎から防災無線で町民に避難を呼び掛け続け、津波の犠牲になった町職員遠藤未希さん=当時(24)=が埼玉県の公立学校で4月から使われる道徳の教材に載ることが26日、分かった。
埼玉県教育局によると、教材は東日本大震災を受けて同県が独自に作成。公立の小中高約千二百五十校で使われる。
遠藤さんを紹介する文章は「天使の声」というタイトル。
遠藤さんが上司の男性と一緒に「早く、早く、早く高台に逃げてください」などと必死で叫び続ける様子が描かれ、「あの時の女性の声で無我夢中で高台に逃げた」と語る町民の声を紹介している。
んで、その意図はこういうことらしい。
同教育局生徒指導課の浅見哲也指導主事は「遠藤さんの使命感や責任感には素晴らしいものがある。人への思いやりや社会へ貢献する心を伝えたい」としている。
自殺しようとした人を助けようとして亡くなった警察官の話を「偉い人の話」として広めようとしている団体があったり、どうして人が亡くなった話を使いたがるんだろうなあ。思いやりや社会へ貢献する心は、人が亡くならない話でも伝えられると思うのだけど。そもそも目の前に迫る極限状態の中で、遠藤さん、宮本さんが本当に使命感や責任感からそのような行動をとったのかも分からないのに。
そして、実は私はこの記事で初めて知ったのだが、防災無線で避難を呼びかけていたのは遠藤さん一人ではなかったらしい。少し調べてみたら、遠藤さんの上司にあたる男性もギリギリまで無線を離さず、津波にのまれて行方不明になられたとのこと。なのに遠藤さんばかりがクローズアップされるのはなぜかというと、きっと「結婚を目前にひかえた若い娘さん」てところが好まれたんじゃないかなという気がする。今回の教材の話だって、男性や年配の女性だったら「天使」なんてつけなかっただろうし。人の死から勝手に物語を読み込んで、「泣ける話」にしちゃう風潮にはちょっと辟易。
2012-01-11
■素人化する子育て支援?
保育ママについて、某市長の思いつきが取り沙汰されてたりしますが、福岡県でもこんな計画があるらしいっす。
福岡県の小川洋知事は4日の定例記者会見で、高齢者に保育所で保育士の手助けをしてもらったり、若い親からの子育てに関する相談に乗ってもらったりする仕組みを検討する考えを明らかにした。市町村に意見を聞くなどして施策を具体化し、新規事業として来年度予算案に盛り込む方針だ。
小川知事は「高齢者の中には子育ての経験が豊富な人も多い。経験を子育て支援のために生かしていただきたい。同時に、高齢者自身の生きがいにもつながるのではないか」と述べた。託児所などへの子どもの送り迎えを高齢者に頼める制度も例として挙げた。
保育士の手助けにしても、子育てに関する相談にしても、誰にでもできるものだとは思わないし、誰にでもやってもらっても子どもの親としては困ると思うんだけど、その辺の資格要件とか研修制度とかどうするつもりなんだろうか。託児所への送り迎えとかなら現在でも県内の半数くらいの市町村にはファミリーサポート制度があると思うのだが、ファミサポとどう差別化するんだろう。まさか、研修なしでも引き受けられるとか? 親の立場としてはそんなのご免被りたい気がするのだが。
それに「高齢者の中には子育ての経験が豊富な人も多い」というが、子どものいる前期高齢者女性の約7割は、子ども数は2人以下だと思われる。子ども3人まで含めると95%にのぼる。自分の子どもに限っていうならば、特に子育て経験が豊富だとも思えない。私なんか離乳食にしてもトイレトレにしても、1人目のときにどうやって進めたかなんて2人目のとき(4年半後)にはすっかり消し飛んでたしなー。それに世代が違いすぎると子育てに関する状況や考え方が違ってくるから、そのへんの食い違いも生じそうに思う。私の母親は元看護師&保健師であり、市の乳幼児健診にも行っていたが、性格的にかなり独善的なところもあるし、正直子育てのことを相談したいと思わない(ていうか出産後に心理的な溝ができた口(汗))。いろんな世代の人がいて、その中で高齢者もってのならまだ分からんでもないが、高齢者ピンポイントってのはどうなんだろう。
それに人が動けば当然お金も発生するものだと思うのだけど、それはどうなるんだろうか。ファミサポでも対応できる「託児所の送り迎え」をわざわざあげていることから、もしかしてファミサポより安くするつもりなんだろうか(ファミサポはだいたい500〜800円/時間ぐらいのようだが)。もしそうなら、結局は「安く済ます」ことが目的なんじゃないかと勘ぐってしまうよ。
2012-01-10
■どこの国の話ですか
すでにブコメの方でもたくさんの方からツッコミが入っておりますが、付け足しで。
女性側の親との養子縁組を前提とする従来の「婿(むこ)養子」とは異なり
単に妻側の姓を選択することも65年前から可能なわけですが、それは「従来」ではないと?
メリットとして女性は旧姓のまま仕事が続けられ、夫の家に嫁いでからの嫁姑問題が回避できる。
結婚したら夫婦で新しい戸籍を創るのであって、夫の姓にしたからといって「夫の家に嫁ぐ」わけではないのですが。それに、女性の姓にしたんだったら女性にとっては「旧姓」じゃないよね。
しかし、いったいこの記者はどこの国・いつの時代に生きているのでしょうか。
以前、国民新党の政策集に「男性が妻の姓を選択する=婿養子制度」と書かれていることを紹介しました(ちなみに現在の政策説明でもこの記述は変わっていません)が、保守を標榜するならもっと自国の法制度について勉強すべきじゃないですかね。
2012-01-06
■逆に年齢を感じてしまうとき〜
その昔、こんなエントリを書いたわけですが。
今日、ネッツトヨタに行ったら、待ち時間に店員さんが雑誌を持ってきてくれたのですが、それが『Cancam』ですよ、あなた。書棚にあった『MISS』や『レタスクラブ』や『オレンジページ』を押しのけて、あなた。
しかし、こうなると逆に「気を使わせてしまったのではないか」感が押し寄せてきて落ち着かない。しかももう1冊が『Kyusyu Walker』なところが「ああ、やっぱり気を使わせちゃってるんじゃないか」的な雰囲気を感じさせちゃったりなんかして、ごめんなさい、ごめんなさい。いや、別に若作りしていったつもりもないので考え過ぎかもしれないが。
なんかもう、いっそ『LEON』にしてください(置いてなかったけど)。
2012-01-04
■天声人語がなんか気持ち悪いです。
で、年初めのエントリ…つってもただの愚痴みたいなもんなのですが。
華やぐ街を漂えば、この世は二人一組で構成されているかの錯覚を覚える。新春に限った景色ではないが、渋谷も原宿も男女のカップルばかりである。もっとも、相手がいるから寒空に繰り出すわけで、この様子が全体像ではない▼国立社会保障・人口問題研究所の調査(2010年)によると、「交際している異性はいない」と回答した独身者(18〜34歳)が男性で61%、女性で50%いた。5年前に比べ男性が9ポイント、女性も5ポイント増え、ともに80年代に調査を始めてからの最多となった▼意外にも、彼女や彼氏がいない男女の半数近くが「特に異性との交際を望んでいない」と答えている。独りを楽しめる時代だし、結婚して一人前という見方も薄れたが、男女が引き合う自然の摂理まで怪しくなってきたらしい▼背景の一つに将来への不安があろう。雇用、年金、環境と、若い層の漠たる不安は次第に鮮明になってきた。わが身の明日も読めない時に、家族は構えづらい。これまた生物としての本能ではなかろうか▼厚労省の推計では、昨年の結婚数は前年より3万少ない67万組。生まれた赤ちゃんは105万7千人で、統計のある過去100年ほどで最も少なかった。わが人口ピラミッドは、底辺が削られる形でやせていく▼国の危機を救うために付き合うカップルはいない。因果の順は明らかで、男女の間に立ちはだかるのは、現実の生きづらさや先々の心配である。少子化を嘆く前に、まずは「その気」にさせる策を連打すべし。
「男女が引き合う自然の摂理」「生物としての本能」など、「動物界においても人間界の歴史においても非異性愛は珍しかないよ」とか「我が身の明日が読めないから家族構えないんだったら多くの野生動物は交尾しないんじゃないの?」とかいう突っ込みが頭に浮かぶ前に、正直「気持ち悪っ」と思ってしまいました。あふれんばかりの異性愛中心主義と、「恋愛=結婚=出産」を無条件に結びつけて疑わないその物言い(「将来への不安」とか「先々の心配」は結婚や出産には影響するかもしれないが、交際の時点でそこまで考える人がどれほどいるだろうか)。そもそも「異性との交際を望んでいない」(望んでいるけどできない・相手がいない、ではなく)が半数近くいるというところから、「背景の一つに将来への不安が〜」とつなげているところですでに論旨が崩れていると思うのだが、書いているご本人は気づいていないようである。まあ「異性との交際を望まない」こと自体が自然の摂理に反するとのお考えだからなのだろうが。雇用だ年金だ環境だ生きづらさだといいながら、最後は「その気」という表現を使っているように、環境さえ整えば「自然と」恋愛し、結婚し、子どもを産むものだと決めつけているようなところからもそれはうかがえるのだが。
しかし、こんな「酔って下ネタまじりの説教を若い世代にブリだす親戚のオッサン」みたいなコラムを新年早々読まされるのは大変迷惑である。
2011-11-11
■同じ調査のはずだけど…
Yahoo!ニュースで知ったこの記事。
規則を守らない子どもほど、一人きりでインターネットやメールに興じることが多い――。そんな実態が、警視庁が中学生を対象に実施したアンケート調査でわかった。
(中略)
放課後や休日の過ごし方を複数回答で聞いたところ、規範意識が高いグループは「家族と外出する」(21・5%)など家族と一緒に行動することが多かったが、低いグループは「インターネットのサイトを見る」(27・1%)「友だちとメールする」(23・9%)など一人で過ごす傾向があった。
なんだろう。なにかしら。この違和感。
因果関係について明言しているわけではないけれど、なんだかこの書き方では「規則守らない」→「ネットに興じる」と読めてしまう。けど、感覚的にはなんか別の要因があって、「規則を守らない」とか「1人でネットする」とかはその結果のような気がするんだけども…。警視庁はいったいどんな調査をやったんだ?
と気になったので、別の記事を検索。読売以外では取り上げているのは(全国紙では)毎日だけっぽい。
「家族よりもインターネットが好きな中学生は要注意」−−。警視庁が都内の中学生を対象にしたアンケートで非行につながる行動の多い生徒について調べたところ、家族とのコミュニケーションを好まず、ネットサイトをよく見るという傾向が浮かび上がった。
(中略)
「夜遅くまで友人と遊ぶ」や「携帯電話でチェーンメールを回す」という設問への回答で、問題行動が多いグループと少ないグループに分けたうえで、両グループの生活や意識の違いを調べた。
警視庁が問題行動が多いグループの回答を分析すると、放課後や休日の過ごし方で「ネットサイトを見る」と回答したのは約27%に上り、問題行動の少ないグループ(約13%)の2倍以上だった。好きな行動を「家族と過ごす」と答えたのは約9%だけで、もう一つのグループ(約31%)の3分の1以下。家族への印象は約53%が「何となく不満がある」と答え、比率はほぼ倍だった。
警視庁少年育成課は「子供が事件に巻き込まれるケースの多くがネットの出会い系サイトや会員制交流サイトがきっかけになっている」と規範意識の大切さを指摘したうえで、アンケート結果を「家族とのつながりが弱い生徒はネットなど他に居場所を求めて犯罪に巻き込まれやすくなる」と分析している。
結局、調査の報告書は見つけきれなかったんだけれども、読売よりは詳しい記事だし、警視庁の分析も載っている。
「夜遅くまで友人と遊ぶ」「携帯電話でチェーンメールを回す」といった「問題行動」が多いだけで、実際に犯罪に巻き込まれたわけではない(と思われる)生徒の回答をもとに、「犯罪に巻き込まれやすくなる」という分析はいかがなものかという気はしつつ(とはいえ、実際の分析の文脈は定かでないので留保)も、「家族とのつながり弱い」→「ネットなど他に居場所求める」というのはそれなりに納得できるし、そのことが問題行動と関連していると読めるように書かれてあると思う。
もちろん調査結果が予測に反することもあるわけで、納得できるから正しい、というわけではないのだが、とにかく読売の記事は何を言いたいのか分からない。読解力の問題なのか、文章力の問題なのか、あるいはその両方なのかは分からないが、もうちょっとちゃんとやろうよという気がしなくもない。