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2010-04-29

ニコニコ動画で新規客獲得に成功した「作ってみた業者」とは? - ニコニコ技術部員たち(3)

 

 

 

 

 ニコニコ動画において、「御社」とは、主に「有限会社タップ」のことを指す。

 

 「有限会社タップ」は、資本金300万円従業員5名、看板や装飾の製作および施工を行っている会社である。

 そんな小規模な会社が、先日、プレミアム(有料)会員数70万人を突破したと喧伝されたニコニコ動画において、「御社」という代名詞の象徴として知られるようになったのはなぜか。

 

 それは、次の動画がきっかけである。

 

D

 

 ボーカロイド「初音ミク」ブームが吹き荒れていた2007年10月。

 いわゆる「痛車」作成動画として公開されたのが、この「御社」シリーズ第一作である。

 しかし、どう見ても、利用しているのは、業務用機械である。作業場所も、どう考えても、工場内である。

 まさに、商品として販売できるほどのクオリティのものが、動画で公開するためだけに製作されたのだ。

 

御社01.jpg

↑翌日になって剥がされたミク。ああ、もったいない。

 

 たちまち「なにやってんだ!」「会社の備品を勝手に使うんじゃない!」「社長に怒られるぞ!」というコメントが殺到したが、投稿者コメントはあっさりしたものだった。

 

「経営者です。ご心配なく」

 

 なんと、「初音ミク」に魅了されて、こんな動画を作ってしまったのは、この会社の社長だったのだ。

 やがて、この社長の動画作品は、「また御社か」という定番コメントで、人気を博すようになる。

 

 

 ニコニコ動画では、業者の宣伝は嫌われる。

 しかし、この「御社」は、ユーザに愛され、実際に「痛車」を製作しているほか、「初音ミク」関連のイベントの仕事を引き受けるようにまでなったのだ。

 

 具体的な数値をあげると、ニコニコ動画での認知度により、「法人80:個人20」の割合だった注文が、「法人50:個人50」まで達するようになったという。

 どの業種も低価格競争に呑まれる時勢の中、この「御社」は、ニコニコ動画によって、オリジナリティを確立し、個人客の信用を勝ち得ることができたのだ。

 

 なぜ、この「御社」が、ニコニコ動画ユーザに支持されるようになったのか。

 それは、「御社」動画が、「ニコニコ技術部」にカテゴライズされているように、誰もが楽しめる遊び心を忘れなかったからである

 

 それでは、ニコニコ動画で新規客の獲得に成功した、きわめてまれなケースである「御社」シリーズの動画を紹介してみよう。

 

 

◆「痛車」が高級車ばかりなのはなぜか?

 

 

 さて、経済効果うんぬんの話は後回しにして、この「御社」シリーズでは、巷(ちまた)で話題の「痛車」を実際に製作している動画が公開されている。

 

D

 

 

 「痛車」というのは、アニメやゲームなどのキャラクタ―に彩られた、とても目立つ車のこと。

 そんな車に乗ってみたいかどうかはともかく、どのように作られているのかに興味を抱いている人は多いはずだ。

 

 

御社02.jpg

↑これが、車にマーキングされる「初音ミク」のイラストである。

 

 

御社03.jpg

↑ラミネート加工した後のカットは、社長みずから行っている。

 

 この「御社」シリーズの最大の魅力は、社長の手による作業工程をあますことなく見せていること。

 だからこそ、まるで「町工場見学」のように、動画を楽しむことができるのだ。

 

 

御社04.jpg

↑この動画での「犠牲車」。よりにもよって、プジョーである。

 

 

御社05.jpg

↑そして、その結果……。

 

 

 それにしても、「痛車」となっているのは、値が張る車が少なくないのが現状である。

 なぜ、そんな車をわざわざ「痛車」にするのか、僕はその神経が信じられなかった。

 

 しかし、この「御社」シリーズの動画を見ると、その謎が解決する。

 というのは、「痛車」を作るのには、かなりのお金がかかるのである

 必然的に、「痛車」の持ち主は、良い車のオーナーにならざるをえないわけだ。

 

 

 もともと、この「御社」こと「有限会社タップ」は、企業向けのカーマーキングを行っている会社である。

 ウェブサイトから、その価格を拾ってみると、こんな感じ。

 

 

カーマーキング値段

引用元:http://www.sign-tap.jp/carmark.html

 

 ただし、今回の「痛車」の場合、施工に8時間を要するほど、細かいデザインがほどこされている。

 どれだけの値段がかかったかは、推して知るべし、というものだ。

 

 

 なお、趣味ならともかく、商売として「初音ミク」というキャラクタ―を使って問題ないのか、と思われるかもしれないが、下の動画では、店頭用の等身大パネルを実際に製作している光景が映されている。

 

 

D

 

20100429092923.jpg

↑この等身大パネルは、「エックス秋葉原1号店」にて展示された。

引用元:http://www.akibaos.com/?p=3093

 

 

 この「御社」のような町工場での製作は、手作業が多くなるため、値段が高くならざるを得ない。

 とはいえ、値が張っても、キャラクタ―を愛する人に施工してもらった方がありがたいという顧客は存在するのだ

 

 動画を見れば、どんな人がどんな機械を使って仕事をしているのかがわかる。

 ニコニコ動画を通じて、作り手の表情を伝えることに、「御社」社長は成功している

 それが「価格」以外の付加価値である「信用」をもたらすことに成功したのだ。

 

 

 もちろん、あなたが「御社」に商品を注文するかどうかは、この動画を楽しむ上では、まったく関係ないことである。

 耳ざわりな宣伝文句がまったくなく、プロによる「痛車」や「等身大パネル」の製作過程がわかる「御社」シリーズ動画は、多くのニコニコ動画ユーザーにとって、純粋に面白いものだったのだ。

 

 あくまでも、初音ミクファンを盛り上げるスタンスを忘れなかったからこそ、この「御社」はニコニコ動画で愛されているのである。 

 

 

◆「また御社か」と呼ばれるようになるまで

 

 

 動画コメントを見ればわかることだが、ほとんどのニコニコ動画ユーザは、この「御社」の名前を知らない

 これは、合理的な「宣伝」ではない、と思われるかもしれないが、だからこそ、業者が嫌われるニコニコ動画において、例外的に「御社」シリーズが支持されるようになったのだ。

 

 決して、会社の一大プロジェクトとして、これらの動画は公開されたわけではない。

 これらは、勤務時間外である土日に、社長のみずからの手によって、余興として製作されたものばかりなのだ。

 

 

 しかし、反響が良かったせいか、それとも、社長の「初音ミク」への愛情がそうさせたのか、最初の動画からしばらくは、月二回のペースで、新作がどんどん公開されていった。

 

 

20100429092919.png

 気づけば、会社の受付嬢が「初音ミク」となり、

 

 

20100429092922.png

 PCも「初音ミク」となり、

 

 

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 会社の壁紙ですら「初音ミク」となり、

 

 

20100429092921.png

 トラックのシートをも「初音ミク」に染められたのである。

 

 

 どれもこれも、製作・施工となれば、値が張るものばかり。

 そんな社長の旺盛すぎる行動力に、ニコニコ動画ユーザはあきれた。

 

 

「また御社かw」

「おい、仕事しろ、社長!」

 

 

 そして、どんどん会社の備品が「初音ミク」色に染まるなか、「自分も同じようなグッズが欲しい」というユーザが出てくるようになった

 このように、「御社」は、個人客を獲得することができたのだ。

 権利関係については詳しく知らないが、「この会社に製作してほしい!」と思う人が出てきたら、それらのハードルをクリアすることは決して難しいものではないはずだ。

 

 

 もちろん、「御社」シリーズの成功は、うまく時流に乗った運の良さが欠かせないだろう。

 2007年後半の爆発的な「初音ミク」ブームがあったからこそ、この「御社」動画は、多くの視聴者を得ることができたのだ。

 

 しかし、たとえ実益につながらなくても、会社の宣伝にはならなくても、この社長は動画を公開することをやめなかったはずだ

 動画内で会社名を連呼するようなことはせず、みずからの欲望のおもむくまま、土日の社員がいない工場でせっせと「初音ミク」グッズを作っていただろう。

 そんな社長の人柄が動画からうかがえたからこそ、ユーザは心置きなく、動画を楽しむことができたのだ。

 

 この「御社」シリーズがカテゴライズされている「ニコニコ技術部」の動画は、明らかに大学の研究室としか思えない場所で製作している動画があれば、この「御社」シリーズのように工場で製作されているものだってある。

 果たして、それが許された行為なのかどうかはユーザの知るところではない。

 そんな責任問題はさておき、それぞれの人の経験が裏打ちされた技術を見られることが、「ニコニコ技術部」の魅力なのだ。

 

 

◆「御社」の一般認知度は?

 

 

 ニコニコ動画での人気が実益につながったという、非常にレアなケースである「御社」シリーズ。

 動画が話題を呼ぶことで、「法人80:個人20」だった注文が「法人50:個人50」になったのは、前述した通りである。

 決して、この「御社」は、ニコニコ動画によって、倒産をまぬがれた、というものではない。

 経営が安定していたからこそ、これらの動画が公開する余裕があった、と考えるのが妥当だ。

 

 それは、「御社」シリーズの動画が、製作光景をあますことなく見せていることからわかる。

 みずからの仕事にプライドを持っているからこそ、その技術をエンターテイメントとして、動画で公開しているのだ。

 

 それにしても、会社を「初音ミク」色に染め、「元祖痛社」として呼ばれるようになったことは、大事な法人客を逃がすようなことはなかったのだろうか、と心配になる人もいるかもしれない。

 

 しかし、ニコニコ動画でのブームも、一般認知度はそれほど高くないようだ。

 

 これら、「御社」社長のインタビューは、下のページから読むことができる。

 

 

ASCII.jp:また御社か! ニコ動でブレイク「作ってみた業者」を取材した (1/5)

 

 

 はっきりいって、今回のエントリは、このインタビュー記事の二番煎じであるのだが、ここでは、次のような「御社」社長の言葉が掲載されている。

 

「(リアルだと)それがぜんぜん反応ないんですよね。

 高校でコンピューター関係の部活をやっていた仲間に聞いても、知らない。

 やっぱり年齢層があるのかなと。

 YouTubeは見てるけどニコニコは知らないとか、知っていても『2ちゃんねるのひろゆきがやってるところでしょ』という印象があるくらいで」

 

―― むしろネットから問い合わせが来るとか。

 

「痛車関係の問い合わせは特に増えましたよ。

 メールも多いですし、動画を見て電話をしてくれたり。

 新規のお客さんを開拓するのには役立っているのかなと」

 

http://ascii.jp/elem/000/000/496/496299/index-4.html

 

 やはり、ニコニコ動画で「御社」の象徴として知られるようになっても、TV番組で特集になるほどのインパクトはないようだ

 

 このインタビューを通じて、社長は「ビジネスチャンス」という言葉は口に出さない。

 それよりも、動画公開を通じて、多くの人と知り合えたことを満足しているような口ぶりである。

 

 今では、この「御社」社長は、「ニコニコ技術部」や「初音ミク」関連のイベントに、技術者として、搬入業者として、参加する日々を過ごしているという。

 決して、「お金になるから」ではない。ただ、動画の人気のおかげで、多くの「やりがいのある仕事」を得ることができた充実感が、このインタビューからは感じられた。

 

 

 「宣伝経費」として考えるのではなく、「初音ミク」に魅了されたというスタンスを忘れなかったからこそ、「御社」シリーズ動画は面白いのだ。

 ニコニコ動画は、あくまでも、生活を充実させるためのコミュニケーションツールにすぎない。

 そこに、この「御社」社長のように、新たな人と知り合えるきっかけが生まれるきっかけはあるけれど。

 

 

◆「ニコニコ技術部」動画としての「御社」シリーズ

 

 

 この「御社」の業務用機械やその作業内容は、決して独創的なものではない。

 日本全国で、このような工場は、いくらでもあるだろう。

 ハイテクで人々を魅了させているのではないのだ。

 いわば、「御社」シリーズの製作光景は、横井軍平のいう「枯れた技術」の実演にすぎない

 

 しかし、その仕事を知らない人にとって、それは好奇心をゆさぶるものなのだ。

 そして、日々の作業で積み重ねてきた確かな経験が裏打ちされた動きは、見るだけでも楽しめるものである。

 

 

 ニコニコ動画ユーザの中には、個人客の開拓に成功した「御社」シリーズを、才能のムダづかいを楽しむ「ニコニコ技術部」にカテゴライズすることに反感している人もいるという。

 ただ、僕はこの「御社」シリーズ動画にこそ、「ニコニコ技術部」精神が感じられると思うのだ。

 

 この「御社」シリーズでは、いくら「イジリー岡田みたい」と揶揄されても、常に社長が作業している光景が映しだされている。

 そして、その製作物がどのように完成するのかを、きちんと見せている。

 

 値段の安さ、ブランドの確かさ、新鮮なイメージばかりが強調されるコマーシャルに比べて、この作業動画の何とも人間的なことか。

 TVを見ても、なかなか知ることのできない、作り手の表情が、これらの動画では感じられる。

 だからこそ、エンターテイメントとして、これらの動画は楽しめるのだ。

 

 

 ニコニコ動画は、今では100万に達する動画がアップロードされ、多くのユーザがそこで時間を費やしている。

 その中に、ビジネスチャンスを感じる人は多いだろう。

 そんな人は、この「御社」シリーズを、ぜひとも見ていただきたい。

 これが、業者の宣伝を嫌う「ニコニコ動画」の中で、新規客の獲得に成功した、きわめてまれな(本当にレアな)実例である

 

 

 「初音ミク」のブームにより、ある者は音楽で、ある者はイラストで、ある者は「ネギ振り」というアイディアで、そして、ある者はみずからの経営する会社の備品でグッズを製作し、動画を作成し、それをアップロードしてきた。

 ニコニコ動画には多くの欠点があるとはいえ、作り手の表情が感じられるメディアだからこそ、多くの人に新鮮な驚きを与えているのだ。

 

 そんなニコニコ動画の魅力を、この「御社」シリーズは、もっともわかりやすく伝えてくれていると思う。

 

 

【関連リンク】

作ってみた業者

 この「御社」シリーズ動画のサイト。これまでの動画がまとめられています。

 

有限会社タップ

 こちらが会社の公式サイト。値段がどれぐらいかかるのか気になる方は。

 

ASCII.jp:また御社か! ニコ動でブレイク「作ってみた業者」を取材した (1/5)

 このエントリでも引用した、社長へのインタビューが掲載されています。

 

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