小学校笑いぐさ日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード


検索エンジンからやって来たけどそれらしい記事がない、という方は、左下の検索窓でブログ内を検索して下さい。

2009-02-14

日本語は滅ぼすべき。(なるべく計画的に)

短期的な利点。

 なんかひところはてな界隈でえらく有名だった本「日本語が滅びるとき」「日本語が亡びるとき」。

 私は読んでないし読む気もないんですが。

 

 国語科出身の私ですが、実はもうそんなにがんばって日本語を保護しなくてもいいのではないかな、と思うのです。正直なところ。

 

 いや、今すぐ英語を公用語に! とか言われると私個人は困るんですが。

 しゃべれないし。

 

 ただ、今後英語教育に力を入れ、段階を踏んで

 

「日本語・英語併記」

 ↓

「英語のみ」

 

 ……というように公用語を英語に移行するのはアリではないかと。

 英語単独表記の看板とか、すでにけっこうあるじゃないですか?

 

 英語公用語化の論拠としては、はてな界隈では

「その方がビジネスに有利だから」

 というのを挙げる人が多いようです。

 また、故アイザック・アシモフは、

「主要な科学論文は英語で書かれている(誰もが英語を理解できれば科学の進歩が促進される)」

 というのを理由に挙げていました。*1

 

 私としては、やはり意思疎通が容易になれば相互理解も深まり、世界の平和に寄与するのでは、という思いもあります。

 

 まあ、同じ言語しゃべってる民族同士が延々と紛争を続けてる地域もゴマンとありますけどな。

 

 ……と、こんなことを言うと、

日本の伝統的な文化が継承できなくなる!」

「英語の覇権の下では文化の多様性が失われる!」

 といった意見もあろうと思うんですが。

 

 ではまあとりあえず、下の話を読んでいただきたく。

 

中学時代に読んだ。

 これはフィクションではありますが、けっこう古い随筆(エッセイ)が下地になっています。

 かなり年配の退職校長の話。

 ある日彼は、地元の中学が、修学旅行でテーマパーク(っていうかディズニーランド)へ行くらしい、という話を聞いた。

 

「自分が校長だったころは、修学旅行といえば京都奈良鎌倉くらいだったものだが、時代は変わったことだなあ。

 そういえば、ディズニーランドというのもよく名前を耳にはするが、実際に行ったことは一度もなかった。これはいかん。

 退職したとはいえ見聞を広めるのは大切だ。

 これは自分でも一度行ってみるべきだなあ」

 

 と、一念発起し、ディズニーランドへ出かけることにした。

 

 もちろん男一人である。

 

 帰ってきて周囲に語って曰く、

 

「最近ディズニーランドに行ってきたんだが、実に興味深かった。

 ああして色々な様式の建物が一堂に会している、というだけでも確かに色々勉強になるものでね。

 もっとも、どこも大変な行列ができているには閉口したよ。

 たまたま列ができていないところに入ってみたが、中はみんな土産物屋になっているようだった。

 並んでまで土産物を買うこともあるまいと思って他の所には入らなかったんだが、もっと空いていればもう少し建物の中の様子も見てみたかったな」

 

 少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。

 言うまでもなく「徒然草」(第五十二段)なんですが。*2

(原文→http://www.tsurezuregusa.com/contents/52.html

 

 大学時代の恩師が、こんな話をしていました。

 

「この間若い先生の授業を見てきたんだが、“徒然草”読ませて

『この話で作者の伝えたいことは何でしょう』

 とかバカなこと聞いてやがった。

 随筆に主題があるわけないだろう。

『少しのことにも先達はあらまほしき事なり』

 ってのはありゃあ『作者の伝えたいこと』じゃなくてオチであって笑うところだ」

(似たような授業らしい→http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1114960071

 

 石清水八幡宮の本殿が山の上にあって、仁和寺の法師が見てきたのは摂末社に過ぎない、というのは教科書にも載ってますし、最後の一文がオチだ、っていうのは同意される方も多いと思うんですが。

 しかし“徒然草”第五十二段の笑いどころはこれだけではありません。

 

 まずそもそも、

「この時代の石清水ってのは、言ってみれば観光地だ。みんな遊びに行くところだ。

 そこへ

『みんな行ってるのに自分はこの歳まで詣でたことがない』

 って“心憂く”覚えたりするのはすでに何か勘違いしてるわけだ。

 まじめというか世間知らずというかな」

「で、“徒歩にて詣でけり”な。

 普通はみんな船で行くんだよ。

 それで船の中で飲んで騒いでな。

 そうすりゃ石清水八幡宮がどんなところかも教えてもらえたろうに、こいつは一人でてくてく歩いて行ったんだな」

 

 まあ、仁和寺の法師のくそまじめっぷりが笑いどころなわけですが。*3

 

 ……「そんなの知ってたよ。常識だろ?」って人がどのくらいいますかね?

 

 もはや我々は、古典文学を「読む」ことはできても「感じる」ことはできなくなっているのだと思います。

 生きている時代背景が違うから。

 

 そんな話をすると、恩師には「バカ」呼ばわりされると思うんですけどね。*4

 

 高校時代に読んだテキストで、

「“白足袋”を“white socks”と訳すことは可能だが、“白足袋を履く”という文の持つ緊張感、清潔感といったニュアンスを伝えることは不可能だ」

 といった話があったんですが、そもそも今の日本人だって足袋なんかろくに履かないわけで、たとえ原文で読んでいたって、本来のニュアンスは時代と共に失われざるを得ない。(「パンパン音のするような袴」って結局なんなんでしょう……。→「70年代の児童文学について。」) 

 

 だとしたら、

「公用語が英語になったら、日本の伝統的な文化が継承できなくなる」

 という危惧にどれほどの妥当性があるでしょうか。

 

昭和は遠くなりにけり。

 いや、徒然草を引き合いに出しておいて恐縮ながら、なんか聞いた話では「日本語が滅びるとき」「日本語が亡びるとき」で扱われてるのは近代文学だけなんですか?

(なんでなんですか? 教えて読んだ人)

 

 しかしそれでは、もっと近い時代の言葉なら元のニュアンスを理解できるか、というと必ずしもそうではないわけで。

 

 「核抑止力」とか「東側諸国」といった言葉がかつて持っていた重苦しい雰囲気が、今でも伝わるでしょうか。

 「テレビ電話」とか「電気自動車」といった言葉がまとっていた「遙か近未来の夢の技術」というおぼろな希望のイメージは?

 「バナナはおやつに入るんですか」というフレーズに込められた自慢げな響きは?*5

 

 言語は文化の基盤となるものですが、日本語さえ使っていれば過去の日本文化を理解できるとは限りません。

 

 人間が実感できるのは、結局のところ自分自身が生きているその文化だけであり、それ以外のものは、中世の日本文化であれ現代のアメリカ文化であれ(よほど勉強しない限り)「他人事」に過ぎないからです。(もちろん近い遠いの差はあるでしょうけど)

 

 そう考えるなら、日本の国語を20〜30年がかりで段階的に英語へと移行したからといって、致命的な何かが失われるとは言えないのではないでしょうか。

 

 っていうか、現状を見る限り、どっちみちいずれ英語が世界を席巻するのは確実でしょう。

 

 色々がんばって自国語を守ろうとするのは日本人やフランス人ばかりではないでしょうけど、言語の変容というのは不可避的なものであって、少数の「知識人」が何か主張したところでどうにかできるものではない、と私は思います。

 それは川の流れを手でせき止めようとするようなものです。

(……というのは以前書いた話。→「最近の日本語は乱れている!」とか主張すると、なぜ国語学者はニヤニヤするのか。

 

 あれだけメディアが騒いでも「ら」抜き言葉は定着し、

「こちらがご注文の商品になります」

「980円ちょうどからお預かりします」

「ご覧いただけますでしょうか」

 といった表現も根絶できず、HPはホームページの略であり、クラッカーは永遠に焼き菓子またはパーティーグッズの一種なのです。*6

 

 いたずらに変化に抗って時間と労力を空費するよりも、より良い形で英語体制に移行できるよう努力した方がよいのではないかな、と思います。

 

 ……と言っても、これは

「どのみちアメリカ様にはかなわないから大人しく英語支配に服従した方がいいよ。わんわん」

 というような敗北主義ではありません。

 

 大局的な流れに抗うことはできなくても、流れを少しでも自分たちにとって都合の良い方向へ向けることはできる、と思うのです。

 

我ら乱世の覇者たらん。

 まずこちらの記事。

英語とは誰の言葉か 形を変え続けて広まる英語――フィナンシャル・タイムズ 

 英語が世界中に広まったこの物語は、北アメリカブリテン諸島、オーストラレシアに住むネイティブ・スピーカーたちの勝利だ——と解釈したくなる気持ちも分かるが、それは間違いだ。「English Next」の筆者デビッド・グラドル氏は、こう指摘する。グローバル英語は最早もっと複雑な段階に入っている。英語は世界中でどんどん変化していて、古くから英語を使っている国々はその変化の仕方をコントロールもできないし、変化の仕方が必ずしも気に入らないかもしれないのだ。

 「英語の覇権」は、決して「アメリカの覇権」を意味するのではありません。

 実際に今や、英語を使って交わされる会話の大半は、非ネイティブ・スピーカー同士のものだとグラドル氏は言う。さらに言えば、ビジネス会議を英語で行う場合、英語ネイティブがいない方が、やり取りはスムースに進むようだという。

 非ネイティブスピーカーたちは英文法をいくつかの形で修正させていることが明らかになってきたという。英語をかなり流暢に使える人でも、三人称単数現在形の語尾の「s」を落とすことがあるし、関係代名詞「who」と「which」の使い方もネイティブとは違っていることが多いという。

 「世界共通語」としての英語は、もはやアメリカのものでもイギリスのものでもありません。

 世界で話される英語はすでに変容しつつあり、いずれ誕生するであろう「共通英語」は、おそらくイギリス英語ともアメリカ英語とも大きく異なるものになるでしょう。

 

 そして、何が「正しい」英語なのかを決めるのは、少数の(!)ネイティブスピーカーではありません。

(件の記事によれば、

「ネイティブ・スピーカーと、外国語として英語を使う非ネイティブ・スピーカーの比率は今や1対3。(略)これからさらに何百万という人たちが新たに英語を勉強し始めるに連れて、この比率の開きはどんどん大きくなる」

 のです)

 ネイティブなら往々にして、これまで挙げてきた例はどれも「バリエーション」ではなくて「間違い」だと言うだろう。「knowledges」も「phone to somebody」も、紛れもなく間違いだと。世界各地で英語を教えている非ネイティブの英語教師たちも、そう言うだろう。しかし言葉とは変化するもの。文法的に何が正しいか正しくないかも、時代によって変化するものなのだ。

 言語の変容というのは不可避的なものであって、少数の「知識人」が何か主張したところでどうにかできるものではない、のです。

 川の流れを手でせき止めようとするようなもの。

 ネイティブスピーカーは、顔をしかめるかもしれない。けれども私たちは日に日に少なくなりつつあるマイノリティーなのだ。

 そのときはアジア発の専門誌の編集者たちが、世界中の研究者に、自分たちの「世界語」の文法に合わせるよう要求するのだろう。そうなったら、もし論文に「the patient feels」と書いてあったら、編集者は「the patient feel」と文章を校正するに違いない。三人称単数現在形の語尾の「s」を落として。

 以前、次の時間はALTの授業だ、という時に、ALTに「よろしくお願いします」……と声を掛けてから、ふと尋ねました。

「“よろしくお願いします”って、英語ではなんて言うんです?」

「英語にはそういう表現がありませんね。私は代わりに“Enjoy it!”とか言いますけど」

 

 英語には「よろしくお願いします」も「おつかれさまでした」もない……と言われると、また日本語保護主義者が

「日本の精神的美風を守るべきだ!」

 とか主張しそうな気もしますが、アメリカ英語に「よろしくお願いします」相当の表現がないからといって、世界共通英語もそうでなければならないとは限りません。

 

 元々英語には「なつかしい」に相当する表現はないんだそうですが、我々は「ノスタルジー」に、それに相当する意味を与えて使っています。

 「ドライな関係」とかいう表現も、本来の英語にはありません。

 

 ならば、今の英語では表現できない日本伝統の感情・言い回しも、積極的に英語化すればよいわけです。

 

 かつて明治時代の人々は、日本にはない西洋の物品・概念を表す言葉を無理矢理日本語に翻訳しましたが*7、今度はその逆をやるわけです。

 

 さらに言えば、文法についても同様のことが言えます。

 

 英語は、比較的簡潔で覚えやすい言語だそうです。

 

 しかしながら、こんな研究もあります。*8

 

 「英語式語順は、自然な思考の順番に反する」研究結果

 英語も含めて、人間が使用する言語の約半分では、主語の後に動詞が続く。こうした言語を生まれたときから使用している人には、「Bill cake eats(ビルが、ケーキを、食べる)」というSOV型の語順の文は、直観に反しているように聞こえるかもしれない。だが、こうした文章構成の方が、実は人が認識する順番に従っているようなのだ。

「Bill cake eats」みたいな語順で話す日本人の英語は、なるほど「本来の」英語とは異なるものであって、「Inglish」とか嘲笑されるかも知れません。ネイティブには。

 

 でも、世界の言語の45%がSOV型で、そちらの方が人間の生理に即しているのだとしたら、それを話して悪いわけがあるでしょうか。

 むしろ、英語の方が我々に合わせるべきなのでは?

 

 繰り返しになりますが、英語が共通語化することは、決してアメリカの勝利を意味するのではありません。

 むしろ今は言語的にはかつてない乱世なのであり、群雄割拠する「ピジン英語」の中で何が後世に生き残るか、誰にもわからないのです。

 

 ならば、我々は、「Inglish」をどんどん使って世界に広め、来るべき世界標準が、日本語型……SOV型の英語となるように戦うべきではないでしょうか。

 

 ……まあ、そこまで根本的な文法の変化が、100年待たずに起きるか、というと実は懐疑的ですけどね。

 

 なにしろ、近隣の中国語韓国語も英語同様にSVO型で、しかも英語学習に力を入れてるから、日本人より先に英語を習得して、そっちが「共通英語」の形成に大きな影響力を発揮するとかいう結果になりそうな気も。*9

(個人的には中国政府が突然「今後〜〜年以内に英語を公用語とする」とか言い出すのって、結構ありそうな気がするんですが……)

 

 ともあれ、今からがんばれば、文法はともかく語彙とかにはかなり日本語の影響を残せるはずと思います。

 この情勢下で、ぎりぎりまで日本語にこだわって、あげくに(日本語の要素を全然持たない)「共通英語」に蹂躙されるくらいなら、早めに英語にシフトして、日本文化の影響をその中に残した方が良いのではないでしょうか。

 

 我が国の政治はなおも混乱が続く気配ですが、政府には大局的な視野に立った言語戦略を迅速に練っていただきたい、と思うことしきりです。

 

 ……いや、あまり迅速だと私は困るんですけどな。しゃべれないし。

 

まとめ(追記2)

 オチの後に何か書くのはどうか、って感じですが、趣旨がつかみづらいというご意見を頂いたり色々あったので、まとめ。

 

・今後、情報の流通が盛んになると、いずれは世界共通語のようなものが(自然に)成立するだろう。

・現状を見る限り、それはたぶん英語をベースにしたものになるだろう。

・その一方で、日本語はその地位を低下させ、(すでに多くの言語がそうなったように)失われてしまうだろう。

・これは残念なことだが*10、言語の趨勢を人為的にどうにかできたためしはほとんどないので、たぶん不可避である。

・「日本語がなくなったら古典文学などの伝統文化が理解できなくなる」という意見もあろうが、文化というのは言語だけでなく時代的な背景にも依存しているので、たとえ日本語を使っていても、正しく理解することは時間と共に不可能になる。

 

・別に「日本語は滅びた方がいいよ!」と言ってるわけではない。ないったらない。

 

・一方、英語も、非ネイティブの話者が増えるに従い、語彙も文法も従来の姿から変容しつつある。

・であれば、日本人も「日本式に間違った英語(Inglish)」をどんどん発信し、「世界共通英語」が、文法的にも語彙的にも、日本的な要素をたくさん含んだ物になるよう努力すべきである。

 

 具体的に言うと、本文中で書いた「センチメンタル」とか「ドライ」とかに、日本的な意味合いを付加するとか。

 あるいは、「萌え」とか「もったいない」みたいに、日本特有のニュアンスを持った単語を国際語化するとかが必要、といったことでしょうか。

 

追記。

 なんかたくさんブックマークをいただいてしまって驚いています。

 お返事したいのですが、一度には難しいので取り急ぎ一つだけ。

 

(その他のコメント返しはえらい分量になったので、独立した記事として翌日に回しました。

http://d.hatena.ne.jp/filinion/20090215

 

「日本語を滅ぼさなくても英語を第二言語にすればいい」

 とかおっしゃる方々へ。

 

 自覚してらっしゃらないかも知れませんが、あなた方は知的エリートです。

 

 日本人の多くは、すでに学校で何年にもわたって学習しているにもかかわらず、まともに日本語が使えない人がたくさんいるんですよ?

 

 それなのに、全国民がバイリンガルになんてなれるはずないじゃないですか。

(「セミリンガル」……は差別語らしいので「ダブル・リミテッド」でググるのおすすめ)

 

 教育課程の問題もあります。

 

 新学習指導要領では、小学校6年間の全授業時数(これは、「総合的な学習の時間」や「特別活動(運動会とかのいわゆる学校行事など)」も含めた全部)は5367時間。

 そのうち、「第一言語」である「国語」だけで1377時間が配当されているのです。

 

 第二言語、学校で教えるんですか?

 

 いいけど、理科も算数もやる時間なくなりますよ?

 

 そりゃあ、第一言語がドイツ語とかフランス語とかだったら、一緒に英語を習うのも比較的簡単でしょうけど。

 ご存じの通り、日本語と英語は恐ろしく相性の悪い言語なので……。

 

 だから(アシモフの心遣いには悪いんですが)、日本に英語を「第二言語」として導入、というのは難しいのでは、と、私は思います。

*1アシモフは、「英語は第二言語の地位でも良いから」としていたことを付言しておきます。
ついでに言うと、アメリカヤードポンド法を廃止してメートル法に移行すべきだ、とも。

*2:全国の退職校長の皆さん、仁和寺の法師扱いしてごめんなさい。

*3:「極楽寺・高良など」も相当壮麗なものだった、というのもおさえておくべき。

*4:恩師の意見は、
「古典文学も日本語で書かれている我々に理解可能なテキストである。
 だから、係り結びの法則みたいに特殊な『現代語と違う部分』ばかり強調して扱うのは古典嫌いを増やすばかりだ。
 語彙など必要な事項だけ補足するにとどめ、そのおもしろさを味わわせるべきだ」
 といったことでした。

*5:1ドル=360円の固定相場制の下ではバナナは(っていうか輸入品全般は)高級品であり、同級生の前で
「バナナはおやつに入るんですか?」
 と聞くのは、
「自分はバナナ持って来られるんだぜ!」
 という自慢の意味が込められていた……と、ウチの親が言ってました。

*6:でも世界的に見ると、HPは一般には「馬力」の略として使われ、たぶん日本では「ヒットポイント」の略として使われることが最多のような気がする。
ヒューレットパッカードの略だ、とか言ってる人の方がおかしいんじゃないかしら。

*7:Loveの訳に「愛」があてられる以前、日本にそれに相当する言葉はなく、キリスト教宣教師は「汝の隣人を愛せよ」を訳すのに苦労したとか。

*8:……と思ったら、どうもここで引用したWiredの記事は超訳気味の内容だったらしい、とブックマークコメントで指摘を頂きました。
 なので、共通英語に日本語文法を押しつけるのは(まあ無理だろうとは言ってたけど)難しそうです。
 やられた。
 
 nofrillsさん、ご教示ありがとうございました。

*9韓国語の語順はSOV式でした。大学でちょっとかじったのに……とほほ。なまえさん、ありがとうございました。

*10:特に私みたいに、英語がしゃべれない一方、日本語についての蘊蓄を垂れるのが大好きな人間には非常に残念。

なまえなまえ 2009/02/14 16:37 本筋は置いとくとしてひとつだけ。韓国語(個人的には「朝鮮語」という呼び方のほうが好きですが)の語順は日本語とほぼ同じですよ。文法も日本語とよく似ています。

TTTT 2009/02/14 18:05 公用語を英語にして、それで「日本人」が得られるメリットが見えませんね。ビジネスの世界では、メリットとデメリットを上げていない文章は、それだけで駄文です。

今でも英語相手に商売できているのに、一般の日本人まで英語を強要して、祖父、親、子が互いに何を言っているのか分からないという家庭を量産してまで得られるのは、一体何なのでしょうか?

デメリットの方が、はるかにでかいと思うのですが。

英語を公用語にすると言う事は、法律も看板も辞書も地図も、何から何まで英語にすると言う事です。未だに明治時代の法律が残っていることからも分かるように、それには途方もないコストがかかります。どこから、その税金を引っ張ってくるのでしょうか。日本語でさえ、愛国心だの何だのの言葉を入れようとするだけで反対意見が出るのですから、英語に訳す時でも「いや、この単語は○とするべき」「いや、■と訳すべき」となって、恐ろしいほどの時間がかかるでしょうね。

韓国なんて、漢字を廃止したはいいものの、廃止前の法律の中に漢字で書かれた箇所があるから、若い政治家がその法律を読む事すら出来ないなんて、ギャグ漫画みたいな状況が起こっています。

> 英語単独表記の看板

いや、貴方がどこに住んでいるのか知りませんが(東京?)、私の住んでるところでは英語だけの看板なんて皆無です。草津温泉に行った事はありますか? 有名な観光地ですが、英語の看板なんて、バス乗り場でさえ見かけません。それが、日本の英語の現実です。


それに、数十年で日本語に英語が取って代わるのは不可能ですね。
かつて、日本が日本語教育を推進した朝鮮・台湾では、今や日本語を喋れる人は高齢者のみですし、アメリカが200年近く植民地にしたフィリピンでさえ、低所得者には英語を理解できない人は大勢います。


伝統文化の維持以前に、コスト面から非現実的と言えるでしょう。それに、失敗した場合の被害も想像できないものとなります。

そんな事に費やすお金があるなら、全自動翻訳機を作るために資金を投じた方が早いしコストもかからないし、失敗した時の被害も少なくて済みます。

そもそも、「古文が今の日本人には体感的に理解できないなら伝統文化の維持も不要」というなら「例え同じ言葉を話していても、アメリカ人と日本人の感じ方は違うんだから、言葉を合わせる必要もない」と言えませんかね?

774774 2009/02/14 23:12 ぜひfilinionさんに「日本語が亡びるとき」を読んでいただきたいです。

filinionfilinion 2009/02/15 00:06 コメントありがとうございます。
 
 予想以上の反応にびっくりしています。
 
>なまえさん
 ぎゃあっ。
 
 おっしゃるとおりでした。
 大学時代に聞いた
「韓国語は文法は日本語と類似しているが、基本語彙の差が大きいので、類縁関係にあるかどうか疑問視されている」
 という話が、頭の中で改竄されていたようです。
 
 大ポカですね。
 ご指摘ありがとうございました。
 
>TTさん
 駄文ですか申し訳ありません。
 
 ただ、
「英語が共通語化するのは時間の問題である」
 という前提を認めるなら、決してメリットがないわけではないと思うのですよ。
 
 実際のところ、死に絶えていった言語は歴史上多数ある……というか、現在進行形でいくつもの言語が死に絶えているところです。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080304_language_hotspots/
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%B1%E6%A9%9F%E3%81%AB%E7%80%95%E3%81%99%E3%82%8B%E8%A8%80%E8%AA%9E
 ……なんかWikipediaの方はやたら「要出典」の多い項目ですけど。
 
 まあ、今のところこの「絶滅危惧種」リストに日本語は加わっていませんが、「だから安心」というものではないと考えますし。
 また、日本語そのものは滅びなかったとしても、日本人が「言葉の壁で世界と隔てられ、極東の島国で細々と生活する人々」になる形で日本語が存続する、というのは、日本人にとってあまりメリットにはならないと考えますし。
 
 だから、
「遅かれ早かれ英語を公用語にしなければ日本は(少なくとも貿易立国としては)生き残れない」
 とするなら、法律を翻訳しなきゃならないとか道路標識がどうしたとかは確かに膨大なコストでしょうけれど、それはどのみちいずれ必要になるのだ、ということになります。
 それを支払わないなら、もっと大きな代償を支払うことになる、のです。
 
 というように、英語に移行することが必然だとした上で、日本にとって望ましいのはどのような形なのか……というのが、本記事の主題であるとお考えください。
 
 ……確かに、韓国の漢字廃止政策は失敗だったと思いますね。
 ただ、中国の簡体字政策は成功したように見えるのが不思議です。
 
>貴方がどこに住んでいるのか知りませんが(東京?)
 いやいやいやいや。
 どことは申しませんが、数年前まで「僻地勤務手当」が支給されてました。
(なんか実情に合わせて見直すとかで廃止されました。都市化したわけじゃなくて、むしろ過疎化が進行中なのに)
 
 学校最寄りのバス停は日に6回しかバスが来ず、その大部分は客がいません。
 
 英語の看板うんぬんは半ばネタであって、
「coffee shop TANAKA」
 とかいうのも含めてるわけですが……それもありませんか?
 
>かつて、日本が日本語教育を推進した朝鮮・台湾では、今や日本語を喋れる人は高齢者のみですし
 アメリカを始めとする連合国が5年にわたって占領下においた日本でも、英語をしゃべれる人は少数ですね。いや、残念です。
 
>全自動翻訳機を作るために資金を投じた方が早いしコストもかからないし、失敗した時の被害も少なくて済みます。
 その点は実は私も同感です。
 自然言語を随時翻訳できる翻訳機が完成するとか、ブレイン・マシン・インタフェースが完成してそもそも言語を介さずに意思疎通ができるようになるとかいう可能性もありますね。
 それはそれでロマンなのですが、そういう夢の技術(遙か近未来の夢の技術!)が完成する、という前提で議論を進めるのはちょっとためらわれましたので……。
(その前提に立つと、そもそも言語学習が不要になるし)
 
>「古文が今の日本人には体感的に理解できないなら伝統文化の維持も不要」というなら「例え同じ言葉を話していても、アメリカ人と日本人の感じ方は違うんだから、言葉を合わせる必要もない」と言えませんかね?
 中世日本人の物の見方・感じ方が理解できないのと、同時代の他国人のそれが理解できないのと、どちらが問題でしょうか。
 
 吉田兼好とコミュニケーションを図ることはすでに不可能だし、ケンカになることもないのですから、そっちを学ぶのは趣味とか教養の範囲にとどめて、同時代人との意思疎通を大事にした方が良いのではないでしょうか。
 
>774さん
「読まずに批判するバカ」
 という批判は甘んじて受けたいと思ったのですが思いのほか少なくてびっくりしています。
 
 まあ、論ずる分野がずれているからでしょうか? 読んでいないので知りませんが。
 
 大学時代の恩師が、年配の研究者から
「君は〜〜という本を読んでいるかね」
 とか言われたときにはこう答えろ、と教えてくれました。
 
「不勉強で読んでおりません。その本を読んでいないことで、私の研究にどのような不備な点が生じているでしょうか。ぜひご指摘ください」

のほほんのほほん 2009/02/15 00:41 一つだけ問題点を指摘させてください。

英語を第二言語として導入しないのであれば,
どうやって英語が話せるようになるのですか?

filinionfilinion 2009/02/15 00:54 >のほほんさん
 根本的な問題ですね。
 
 確かに、過渡的には「英語・日本語併記」という状況が生まれると思います。
 ただ、
「日本語は万全に使えて、英語も日常会話に支障ないレベル」
 を最終的な目標として設定するのは無理だと思うのです。 
 
 日本語と英語双方に充分な授業時間を割けば、それも一時的には可能かも知れませんし、過渡的にはそういう時期もあるかも知れませんが、それをずっと維持しようとするくらいなら、徐々に「英語のみ」に移行すべきだ、と思うのです。

T.S.T.S. 2009/02/15 01:02 「古き良き日本語」を固守することが労多くして得るものが少ないと私も思います。ただ意図的に普段使う言語を変えていくこともかなり困難だと思います。それこそあなたや私を含めた英語をしゃべれない世代を社会から追い出すぐらいの過激なことをしなければ変わらないんじゃないでしょうか。韓国の漢字追放や中国の簡体字政策は文字が変わっただけで言語が変わった訳じゃないでしょうから比較するのはどうかと思います。

y_arimy_arim 2009/02/15 01:41 駄文どころでなく怒り心頭に発するような愚劣きわまる文章だったわけだが。
敢えて問う。我々が知的エリートだとして、なんで「まともに日本語が使えない」(=過去の日本文化を理解する必要に迫られない)ような愚民ども(そうでなければ何だと言いたいのか、この文脈で?)の都合にわざわざ合わせてやらなければならないというのか。
「現状認識」と「現状肯定」、さらには「現状追認」はそれぞれ別物だ。あなたは前者をいつの間にか後者に置き換えているように見受けられる。「大局的な流れには逆らえないとしても」というのは現状追認だ。それを前提に論を組んでいる以上、敗北主義以外ではありえないのだよ。まったく、とんだ「笑いぐさ」だ。

kyo-3kyo-3 2009/02/15 01:54 英語教育は変える必要があると思いますが、日本語をなくすことのメリットがわかりません。
日本ほど本が充実している国はそうないと思いますよ。
本を読むことのメリットははかりしれません。
それが読めなくなる世代がいるというのはかわいそうです。

y_arimy_arim 2009/02/15 01:54 あああと、「国語」と「日本語」を無批判にくっつけている時点で、アイヌ語の存在きれいさっぱり忘れているよね。日本語に滅ぼされかけているところへ、さらに「英語の公用語化」にまで巻き込まれるとは、まったくいい面の皮だ。まあ、中世の日本文化や現代のアメリカ文化なんかと同じく、アイヌ文化なんざそれこそ「他人事」なんでしょうけれどもさ、あなたにとっては。

SaharaSSaharaS 2009/02/15 01:59 >自然言語を随時翻訳できる翻訳機が完成
たぶん、そっちの方が早く完成すると思いますよ。

そして、歴史的な意味から英語を公用語として受け入れるのは嫌悪を感じます。

> 私としては、やはり意思疎通が容易になれば相互理解も深まり、世界の平和に寄与するのでは、という思いもあります

 私がこれからいうことは、浅薄な知識でたぶん間違ってると思います。
 ただ、英語という言語がなぜこれだけ普及したのか?
 それはもともと植民地支配の覇者となったのが英国で、支配者層となった彼らの言語を使うほうが有利だという人もあれば、支配者として自らの言葉を強いた人もいたでしょう。
 いくら便利だからといって、普及にそういう背景を持つ言語を世界の標準語としたくはありません。
 感情論ですし、根拠としている歴史が高校生レベルなので間違ってるでしょうが、あえて一言いれさせて頂きました。

skylab13skylab13 2009/02/15 02:25 世界的には、自国の文化や歴史を重んじる方が、より尊敬されるということをご存知でしょうか。あなたは日本人が数千年かけて作り上げてきた日本語という言葉を、「今便利だから」という理由だけで滅ぼそうと考えている。たったそれだけの理由で賛成に回ることは決してできません。

タツヤタツヤ 2009/02/15 02:33 私は親の仕事の関係で米国に十数年住んでいました。英語、日本語共にネイティブです。(たぶん^^;)

filinion さんのこのブログで伝えたい事すごく良く分かります。

決して日本、日本語がダメと言っているわけではなく、逆に日本が好きで、日本の将来を危惧するからこそこのようなエントリになったのだと思います。
「日本という国」よりも日本人という「個人」を強くするには日本の公用語を英語にするのは賛成です。結果として「日本という国」が強くなると思いますが、私はそこに重きは置きません。
あくまでも個々の話です。

例えば、韓国が「今日から公用語を英語にします」と宣言したら、きっとほとんどの日本人が皆心配するのではないでしょうか。将来、きっと韓国に負けると・・・。
5年後とか10年後の将来ではなく世代が入れ替わる30年、50年後です。自分たちが生きている間は、韓国に先を行かれるという現実を目に見ることはないかもしれませんが、それ以降の話です。

祖父とコミュニケーションが取れる取れないなんて小さい話ではなく、これから生まれてくる子供達・・・そして彼らの子供たち・・・ずっと続く壮大な話なのです。

「日本語が亡びるとき」の話が出てきていますが↓のブログをお読みください。
コメントされている方もお読みください。
http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20081110

私はそのブログと同じような考えです。
filinion さんもきっと同じような考えではないでしょうか。


最後に、私は英語を公用語とすることに大賛成です。

むむむむ 2009/02/15 02:37 >アメリカを始めとする連合国が5年にわたって占領下においた日本でも、英語をしゃべれる人は少数ですね。いや、残念です。
アメリカが占領時に英語教育を強化していたとは寡聞にして知らないのですが。冗談にしても質が悪いですね。

KoshianXKoshianX 2009/02/15 03:02 「まともに国語が扱えない人」は確かにいます。でも愚民だとは思いません。むしろそのような人でも雑誌や本を読める日本の国語教育はすばらしいと思います。

水村本を読んでらっしゃらないとのことですが、かの本にはfilinionさんのおっしゃる「知的エリート」にのみ英語教育を施し、他の人は国語教育をもっと時間をかけてやるべきだ、という主張がされています。

私はこの主張をそのまま支持するわけではないですが、英語を公用語にするくらいならそのような方法があってもいいのではないでしょうか?
「差別的な公教育」の是非ということになるので非常に難しいでしょうけれども。

またブクマコメントにも書きましたが、「英語の方が我々に合わせるべき」というのは確かにその通りで、日本語の概念を英語に輸出するという活動をもっともっとやるべきだという主張もあります。

それは公用語にするというfilinionさんの主張にも合致しますし、また英語教育の敷居を下げることにもなります。みんながハッピーになれる活動だと思います。

公用語にするしないは別として、そのような活動から始めていくのが穏当ではないかな、と思います。

まーまー 2009/02/15 03:05 日本を日本語圏と英語圏の二つに分断してくれればいいのに。
私は迷わず英語圏に行きます!

アメリカに行けと言われそうですが、VISAが無いから無理なんですよね・・・。

受験産業関係者受験産業関係者 2009/02/15 03:13 個人的には、「意思疎通できないことのメリット」が
存在すると思うので、英語のみにするのは反対です。
原田武夫氏の著作で知ったのですが、情報の非対称性
という概念があるそうで、簡単に説明すると、
相手側の情報が容易に手に入り、こちらの情報は手に入れにくい
状況が政治経済活動にとって最良の状況であると。
そして、訳の分からない文化を保存し、訳の分からない言語が
通用する日本は、それだけで政治経済的に有利であると。
その観点からすると、「貿易立国を目指す日本は英語を公用語に
据えるべき」という方向で政策を進めると、逆に日本最大の強み
を失うことになりかねません。
これは、「Inglish」が世界標準になっても同様です。
全くもって日本人にとって茨の道ですが、「知的エリート」
が英語を必死に勉強し、日本語はなるべく分かりにくいまま残す
のが、今後日本が生き抜く方策であると考えます。
(なので、上位層向けや高等教育の英語、そして他国の文化の
勉強方法は現状から改善されるべきです。)

さらに言えば、たとえ中国政府が公用語を英語に設定したとしても
中国国内で従来の中国語を使用する人間は残存し続けるでしょう。
そしてそれこそが、中国がアメリカと渡り合い続ける唯一の道でしょう。

(ここから感情的になります。)
しかし、日本語を教える手間を知っている人間が、
英語を使うことを提案するとは……。はっきり言って、
あの連中に英語を使用可能なレベルで教えるのは、
日本語を叩き込むのを軽く上回る手間だと思いますよ。
英語に幻想を持ちすぎでは?

fivefogsfivefogs 2009/02/15 03:22 昼下がりの段階で、もっとお気楽に「そうだよねぇ」って相づちを打とうと思っていたのですが…なんだか微妙な雰囲気になっちゃいましたね。

1.現代の日本国内において日本人同士のコミュニケーション…もとい意見交換及び意思疎通に用いられる“日本語”では、翻訳されないまま通用する英単語が飛躍的に増加し(『コメント』『ビジネス』『メリット』『エリート』などなど。)、翻訳調の表現が容認されてきている。(『よい週末をお過ごし下さい。』などなど。)→日本語の“英語化”
2.エントリでも触れられている通り、Englishではなく“英語”即ちJapanese English、フィリピン訛りの“タグリッシュ”、オージー英語…Queen's Englishの文法・発音・語彙とずれがある多種多様な『訛り』が『英語』として通用している。(スリランカで開かれた国際会議に出席し、1週間、東南〜中央アジアの人たちと“英語”だけでコミュニケートした経験に基づく。アメリカ英語でさえ『訛り』と言えるし…)→英語のグローバル化=曖昧化

1と2の相互作用によって、日本人が日常会話で用いる言葉と英語との違いは今後ますます小さくなり、「日本語」はラテン語のように学術文化に関する情報の記録・伝承に用途が限定される方向へ進むのではないか…という私見を持っているんですが。あ、私、敗北主義ですから。

「日本語を守れ」という方々を否定はしないけれど、「ご苦労様」って感じです。そもそも、いつの時代の言葉をもって「日本語」とするんだか、ねぇ。

tifotifo 2009/02/15 03:39 まぁ典型的な島国的発想ですね
一度海外に出て(英語圏の国に)
その国の文化や習慣、言語に触れて
それから日本語と比較してみると考えが変わるかもしれません
言語の発展、進化はその国の文化、気候、風土に大きく依存します
私は長年海外に住んでいますが言語の取得に必要なのは知性ではありません
好奇心とコミュニケーションスキルです
日本語でコミュニケーションの下手な人はどんなに頭がよくても外国語の取得に時間がかかります
また私は日本の英語教育そのものに疑問があります
海外では自分と違う国に住んでいる友人を持つ人が多いですが
日本はどうでしょうか?
日本は地理的に他国から海で隔絶されていますし移民の国でもないので他国との人や文化の物理的交流はほとんどありません
学校の先生ほとんどが日本国内から出たことがないのに英語を教えてる
こんな矛盾はありません
極端な意見を述べると英語の授業を廃止して、中高6年間を5年間に短縮し残りの1年を海外で留学するほうが圧倒的に語学力は伸びます
まぁ経済的には無理な解決策ですけど...
英語を読み書きできるだけの能力を求めるならfilinionさんの
主張もわからなくはないですが英語を公用語にした場合会話する能力をどこでどのように養うのでしょうか...?

またでた。またでた。 2009/02/15 04:52 このエントリーを見て、「英語を公用語に!」なんて考える人が増えないこと祈るばかりです・・・。

学校の先生のくせに関連させた本も読まず、長々と駄文を読まされて、内心イライラしています。(著者に対して、世界を相手に陰口言ってるようなもんですからね。)

>>日本の国語を20〜30年がかりで段階的に英語へと移行したからといって、致命的な何かが失われるとは言えないのではないでしょうか。

失われます。それは、日本人が日本人じゃなくなることです。
つまりは、日本の過去(歴史)への尊敬や愛着がなくなり、未来の展望を描けなくなることです。

まず、このような日本語改革(國語國字改革)は戦後、占領政策の一環として、GHQ、日教組などの左翼、また『国語学者』を中心に行おうとされました。
具体的には日本語を段階的に全てローマ字表記にしようというものです。その流れの一環として、いわゆる歴史的仮名遣いから、正字体へと日本語が変わったのは、現在の日本語を見れば明らかです。

詳しくは福田恆存さんの「私の國語教室」でも読んで下さい。
http://www.amazon.co.jp/dp/4167258064

確かに、英語の必要性は年々高まる一方です。
外人とのコミュニケーション、ネットでの文章等、はてなーの皆さんこそ、一般の人以上にその存在を身近に感じているのではないでしょうか?

しかし、日本人全員が英語を介してコミュニケーションする必要性なんてあるんでしょうか?英語を使わなければいけない時というのは、いったいいつなんでしょうか?
私の意見として、「国際人」の定義を言わせてもらうと、「真の国際人とは、歴史、文化、古典に精通、立脚し、人格が陶冶されている人間のこと」であり、英語はそれが分かってもらうためのただのツールでしかないのではないでしょうか?

あの『代表的日本人』を書いて、ケネディ大統領に「尊敬する日本人は上杉鷹山」と言わしめた内村鑑三も、世界に武士道精神を発信し、日本人の精神基盤を世界に知らしめた新渡戸稲造も、従順ならざる日本人と言われ、占領政策のさなかアメリカに立ち向かった白洲次郎も、他、世界から尊敬された日本人は皆、英語ができたから尊敬されたのではなく、「英語でその人間性や価値を表現できたから」尊敬されたんです。

グローバル社会は「英語でコミュニケーションする社会」のことではありません。むしろ「英語を通じてその人間や国の文化を、世界中の人が知りたがる社会」だと定義できると思います。

「形を変え続けて広まる英語」とありますが、最終的には英語圏と言われる人同士でもコミュニケーションが取りづらくなるんでしょ?じゃあ
>>アメリカ英語に「よろしくお願いします」相当の表現がないからといって、世界共通英語もそうでなければならないとは限りません。ならば、今の英語では表現できない日本伝統の感情・言い回しも、積極的に英語化すればよいわけです。
と主張するのならば、それは『英語』という言葉で主張を納得いくように見せかけているだけで、今の状況となんら変わりはないじゃないですか。
「アメリカ英語」と「日本語」が
「アメリカ英語」と「日本英語」に変わっただけでしょ?
それでその「日本英語」をニュアンスを説明するために「アメリカ英語」で説明するんでしょ?

あなた自分の言っていることの愚かさが分かっていますか?
そしてその影響がこのエントリーを通じて世界中の日本人に伝わっていることに責任を持っていますか?

日本人に英語を強制させるくらいだったら、さっさと日教組中心の左翼教育を改革して、日本人が日本人として誇りを持てる教育にすればいい。

だいたい英語が世界を圧巻するって、どこの幻想小説読んだんですか?っていうw
100年後も日本人は日本語話してるに決まってるじゃん。他言語を話すことを強制されない限りね。

本当、この手の「日本語改革」論はあきあきです。
英語話せるバカより、人格が陶冶された日本人の方が、よっぽど世界は平和になりますよ。

間違えた間違えた 2009/02/15 04:57 ×幻想小説
○幻想文学

ん 2009/02/15 06:56 英語を公用語にする=日本語を捨てる
という認識がたぶんくい違いの大元なんじゃないかと。

そう遠くない将来、普通に外人と肩をならべて生活するような時代がくるでしょう。その時に自分らが話しているであろう英語は、今の英語とはまったく違うものになっているはずです。
その「未来英語」は正統な日本語(米英含めたすべての外国語)の進化系として、未来のグローバルな世界での生活に適応したものになっているはずです。

この「未来英語」の創作に日本は早く参加しておいたほうがいい
という意味で僕はこのエントリーに賛成です。

jeiennejeienne 2009/02/15 07:16 一時日本語は漢字のせいでディジタル化出来ないのではないかと言われました。一字にあまりにもたくさんのバイトが必要だからで、そんなチップが出来る可能性は遠い将来だと考えた人達が居た訳です。その頃、私は真剣に英語化を望んでいました。そして、こうして今、たくさんの人がネット上で日本語で書けるという現実に驚きながらも、あのチャンスが失われた事をかたくなに残念だと思っています。世界で最も変化しない国とも言われる日本(景色ではなく)を大きく変えることができた良い機会だったし、今頃はシンガポールかみたいな国になっているかもね。今でも日本は鎖国が続いてるみたいな部分があります地球の東の果ての神秘な国です。

sukasisukasi 2009/02/15 08:14 「またでた」さん、

>だいたい英語が世界を圧巻するって、どこの幻想小説読んだんですか?っていうw
>100年後も日本人は日本語話してるに決まってるじゃん。
>他言語を話すことを強制されない限りね。

そう決めてしまうのは甘すぎますよ。
ラテン語の例を御覧なさい。
ガリア人もゴート族も喜んでラテン語を受け入れた結果・・


>「形を変え続けて広まる英語」とありますが、
>最終的には英語圏と言われる人同士でもコミュニケーションが取りづらくなるんでしょ?

それは既に過去に多くの言語で何度も起こったことなわけで・・
現にどの言語にも多くの方言があって、通じにくかったりするわけですよ。


>今の状況となんら変わりはないじゃないですか。

だったら何がそんなに不都合なんですか?

sukasisukasi 2009/02/15 08:25 「またでた」さん、

>失われます。それは、日本人が日本人じゃなくなることです。
>つまりは、日本の過去(歴史)への尊敬や愛着がなくなり、未来の展望を描けなくなることです。

そんなことはありません。
日本語を話していてもいなくても日本人は日本人ですし、
それ以前に既に立派な人間です。

歴史を見て御覧なさい。
ラテン語やギリシャ語を学ばなくなってもヨーロッパ人はヨーロッパ人でしょ。
彼らが未来の展望を描けなくなりましたか?
記紀が読めない日本人は過去に関心が無くて未来の展望が描けなくいのですか?

単に文化が時代とともに変化しているだけです。
二千年前の日本と今の日本が当然大きく異なるように。

YasimaYasima 2009/02/15 08:42 公用語を英語にしたい目的はビジネス、金。
何故、オープンにならなければならないのか?
何故、鎖国はだめなのか?
何故、豊かになり続けなければならない前提なのか?

といった疑問が生まれました。

ばかな話が多いなばかな話が多いな 2009/02/15 09:49 米国は、いつまで英語が公用語なんでしょう?
かなり、スペイン語が増えてるのではないですか?

中国がますます存在感を増す中で、china-characterを捨てるのは
間抜けな話です。

もちろん、中国が、中国語を捨てて、英語に走った時は
日本も、英語にするべきですが。

とおりすがりとおりすがり 2009/02/15 12:41 TTさん

>私の住んでるところでは英語だけの看板なんて皆無です。
コンビニもない僻地なんですか?

「ローソン」の看板には「LAWSON」とだけ書かれていてカタカナはありません。
ほかの多くのコンビニも同様です。

ドトールやTSUTAYAなど,チェーン店の看板には
日本語表記はなく英語表記のみのことが多いです。

眠り猫眠り猫 2009/02/15 14:54 はてなではこの手のコラムにブクマがやたら集まりますね。。。
まあ、それは置いておいて。。。

日本語を学習している外国人は現在300万人
この数字は日本が朝鮮・台湾を統治していた時代を除けば
最大です。Japan as NO.1のバブル期でさえ100万人いませんでした。日本語は滅びるどころか海外では拡大中です、実は。
日本政府および日本人は日本語の世界的な普及をサポートすべき
状況になりつつあると思います。私も微力ながらSkypeで
日本語の話し相手をしてますよw

そもそも英語が世界共通語になるというのは
不可能です。中国やスペイン語圏へ行ってみれば一目瞭然
ですけどほとんど英語は通じません。
スペイン語圏のエリート階層は英語を話しますが
中国人エリートは英語が苦手な人も多いです。
(↑この点を誤解する日本人が多い)

また、いくら英語が浸透しても日本が滅びることは
ありえません。それは香港を見れば明らかでしょう。
香港では70年代まで広東語は公用語ですらありませんでしたが
広東語が滅びることはなかったわけです。

だいたい米国だってフロリダあたりへ行けば
英語よりスペイン語をよく耳にする状況ですよ。
米国が公式的にも英語-スペイン語の二言語社会になるのは
時間の問題です。

とにかくいいかげん自称インテリの日本語衰退論と
英語至上主義の妄想的文章がネットに氾濫しないこと
祈っていますw

眠り猫眠り猫 2009/02/15 14:58 日本が滅びることは→日本語が滅びることは

aa 2009/02/15 15:00 短絡的でお子様な記事だなぁ。
これも日本や世界が平和だからなんだけど。
これで教師とは泣きたくなります。。。

眠り猫眠り猫 2009/02/15 15:09 現代中国語にあふれる日本語、「職場」「人気」など逆輸入―シンガポール紙
http://excite.co.jp/News/china/20090215/Recordchina_20090215005.html

日本語や漢字を滅ぼすことは経済的にも国際的視点から見ても
不利ですよ。英語至上主義者は英語と英語圏しか知らない人が
多いのでしょうか。

mrknmrkn 2009/02/15 16:07 はてブにも書いたけど、この記事のような「日本語不要論」は厨二病の一種だと思っています。いつの時代でも繰り返し提唱されているようですからね。この私も、今よりも英語が苦手だった若い頃は同じこと考えていたし、言っていました。
あとから「何も国語を変更する必要はない」ってことに気付くと思います。むしろ、「国語を保持しておく」ことの重要性のほうが大きいです。その理由は、上のほうでコメントとして書かれていますね。

lncr_ct9alncr_ct9a 2009/02/15 16:20 ではまあとりあえず、下の話を読んでいただきたく。
まで読んだ。

世界の統一基準として定めるなら、
ローカル言語はなくなってもかまわないかな。

ささささささ 2009/02/15 16:27 > 私としては、やはり意思疎通が容易になれば相互理解も深まり、世界の平和に寄与するのでは、という思いもあります。

ざっと見たところあなたが挙げているメリットはこれだけなんですが、正気ですか?

言語が変わるということは、世界平和みたいな対外的な関係よりも、まず私たちの思考形式や文化が根本から変わるということなんですよ。

日本語というのは何千年もの間、その風土や歴史に即した形で無数のバリエーションを生み出しながら開発されてきた言語群であり、世界的に見てもかなり創造的かつ高い生産性をあげてきた言語のひとつだと思います。

その伝統と実績のある言語を世界平和みたいなそのときの気分で滅ぼすのは愚かでしょう。

日本語は残すべき日本語は残すべき 2009/02/15 16:40 日本語が失われても日本人は困らない(むしろ利益がある)が、
人類全体にとっては損失となる、というのが私の意見です。
それは、人類が「思考の多様性」を失うことになるからです。

人は言語によって思考します。異なる言語を話す人は異なる方法により
思考しています。それを端的に示すエピソードが失語症の症状です。

脳の損傷により言葉を話したり聞いたりする能力を失う失語症にかかった患者は、
英語圏ではほとんどの場合、読み書きの能力も共に失います。
しかし日本語を母国語とする失語症患者は、しばしば漢字の読み書きの能力が
残ることがあります。

これは、脳というハードウェアは同じでも、言語というOSが違うと、
脳の使用法が異なると言うことを示しています。私はこの違いが
発想や創造などの分野でも重要な影響を与えていると思います。

インターネットは多様性を重んじるネットワークであるからこそ、
発展してきたと言われます。Windowsで動くコンピュータだけではなく、
MacintoshでもUNIXでも他のOSでも接続できるネットワークであることが
インターネットにとっては重要なのです。

同様に人類全体の文化にとっても、思考の多様性というのは
失うべきでない重要な性質だと思います。
表音文字と表意文字の両方を使用し、英語とは根本的に文法が異なる
というユニークな言語で思考する集団を残すことには
大きな意味があると思います。

yukina1993yukina1993 2009/02/15 16:42 保護・理論とか関係ないし時間の無駄ですよ。便利な言語が将来選択されていく、現段階で英語が適正言語でこれから上回る言語が出てくればそれになるし。保護は保守的な人が言いたいだけなのでほっといてあげたほうがいいんじゃないすか?大体1000年前の日本語と今じゃ違うし1000年前の人は間違いなく今の日本語は日本語じゃないと言うでしょう、それと同じ。

受験産業関係者受験産業関係者 2009/02/15 17:13 sukasiさん
>ラテン語やギリシャ語を学ばなくなってもヨーロッパ人はヨーロッパ人でしょ。
>彼らが未来の展望を描けなくなりましたか?

エリート層はラテン語学んでますよね?
それと、元からラテン語の親戚のようなヨーロッパ系の言語と、日本語ではやはり大きく異なるのでは?

shiopyshiopy 2009/02/15 17:24 マスゴミに煽られすぎではないでしょうか。読んでて、英語コンプレックスなのかなと感じます。
まず、「英語を話せなくてはいけない」と言う先入観は捨て去るべきでしょう。
英語を話せなくても全く問題はないとすれば、日本語を滅ぼす必要性はありません。
英語を話せる必要性を感じていらっしゃるのでしたら、ご自身でご自由に英語を学び、話せるようになればよいのではないでしょうか。
本当に努力すれば、ピーターフランクル氏のように、12ヶ国語を話せるようになると思います。
ご自分の努力不足を棚にあげ、英語が苦手なのを単に教育のせいにしてはならないと思います。
周囲の状況を変えることは難しいですが、自分を変えることは出来ると信じています。

なまえなまえ 2009/02/15 18:03 ※yukina1993

英語派は自称革新的な人が言いたいだけなのでほっといてあげたほうがいいんじゃないすか?
ほっとけば適正になるんならムリして英語に変えなくてもいいっしょ。

SASSAS 2009/02/15 18:28 笑止千万

SASSAS 2009/02/15 18:29 意味分かるか?

iwamaniwaman 2009/02/15 19:53 釣られてみる。

> ・今後、情報の流通が盛んになると、いずれは世界共通語のようなものが(自然に)成立するだろう。

この邊の前提が間違つてゐます。
武力に因つてではなく、母國語を捨てた國はありません。

> 言語の趨勢を人為的にどうにかできたためしはほとんどない

この邊も誤りです。世界中の英語圈は皆、植民地時代に強制されたものばかりです。

日本に限つても、「当用漢字」と「現代かなづかい」は、「人為的」に作られたものです。

私は、言語といふのは、自然の趨勢と、人爲的努力によつて保たれるものだと思ひます。その努力の方向は、良い方向にしても、惡い方向にしても、自由になるところです。
片方の面を見落としてをられるやうに思ひます。


しかし、かういふ左翼的論が、實は最も日本人的でもあるんですよね。

なまえなまえ 2009/02/15 19:54 むしろ世界中で日本語を使ってもらうべきだと思うが、
この意見を荒唐無稽に感じるだろうか。

sukasisukasi 2009/02/15 20:21 「受験産業関係者」さん、

>元からラテン語の親戚のようなヨーロッパ系の言語と、日本語ではやはり大きく異なるのでは?

もちろん同じではありませんよ。

ただ、ある国民が異なる言語を自発的に受け入れることもある、という例として
挙げたまでです。(よく知られている例だし、すぐに思いつきましたので)
そうやって Pax Romana が実現していったという面もあるわけです。

もちろん、現実問題として、現在の日本の勢力と威信は、当時のギリシャほどでは
ないにしても、当時のガリア人やフランク族などより遥かに大きいわけで、
まあ、日本語があんなに簡単に消えてしまうことは考えられません。

でも、そんなことは全く有り得ないと断定してしまうのもどうかなと思い、
その点に疑義を挟んでみた、ということです。

そしてまた、言語状況が激変しても人間はそれなりのアイデンティティーを持って
それなりに生きていきますよ、という例のつもりでもあります。


あ、それから、ヨーロッパでのラテン語教育の現状は
今の日本での漢文の状況以下かも知れません。
かなり有名な大学の文系院生でも学んだことが無かったりしますよ。
数十年前に教育が大きく変わりましたからね。

sakusisakusi 2009/02/15 20:30 >むしろ世界中で日本語を使ってもらうべきだと思うが、
>この意見を荒唐無稽に感じるだろうか。

いえいえ、それは非常にまともな考えだと思いますよ。
むしろ今まで日本はそういう努力をあまりにも怠ってきたと思います。
英語を真剣に学ぶとともに、世界での日本語と日本文化の普及に
もっともっと力を入れるべきだと思います。
その点フランスやドイツに見習うべき点は多いと思います。

ただ、それでも英語の大波は今後とも益々大きくなるとは思いますが。

ぽんぽんぽんぽん 2009/02/15 20:34 言語を統一しても数十年から数百年すれば
また独自の言語に派生する。
理由は簡単で地域独特の概念や風土を表現するためには
独自に言葉を変化させていく必要があり、
言葉はそうやって変化してきたし、これからも変化していく。

言語の変化を防ぐためには
全ての人が全ての人と常に同一の環境で
コミュニケーションを取れなければならない。
現状ではそのようなシステムの構築は難しい。

sakusisakusi 2009/02/15 20:46 「さささ」さん

>ざっと見たところあなたが挙げているメリットはこれだけなんですが、正気ですか?

と仰いますが、意思疎通や相互理解は言語の中核的な機能であって、
言語について考察するときに、これらの点を中心に考えるのは当然のことです。
むしろ、そこをはずしてしまっては文字通り話になりませんよ。
あなたの仰ることは「サピア・ウォーフの仮説」原理主義、みたいな感じですね。

>世界平和みたいなそのときの気分で

と仰いますが、世界平和と国際理解は人類の悲願では?
まさに人類の生存そのものがこれにかかっているわけです。
それを「世界平和みたいなそのときの気分で」と言われてもねぇ・・・

KAKERUKAKERU 2009/02/15 21:50 友達から、国連が世界共通語を作ったとか、そういった話を聞いたことがあったんですが、探してみたら「エスペラント語」って言うのがあるようです。
共通語を作るのであれば、手話とかそういったもののほうが楽な気がします。
でも、それの共通語の話は出ていない。まあ、使う人が少ないとかそういったことが関係しているのかもしれませんが、手話であっても普段の言語とかそういったものがベースとなっているから、できないと考えると、結局、共通語も難しいのかもしれません。

なまえなまえ 2009/02/15 22:06 公用語の代替と言語の変容とは全く別の話。それと、違う言語によって同じ意味を表現することは可能だが、同じ意義を表現することは不可能。ちょっと考えればわかりそうなものだが・・・

TDNTDN 2009/02/15 23:24 長すぎて最後まで読むことができません。もっと簡潔に書きましょう。

だめだこりゃだめだこりゃ 2009/02/15 23:38 マイクロソフトのVBとかの公式参考書の英語版の厚さをみると、ぞっとします。
読みやすさに関しては、日本語や中国語の方が、はるかに上ですね。
一昔前は、コンピュータ上で英語とカタカナしか使えない、マトリックス的時代もありましたが、今はそれも解決済み

余計な事を余計な事を 2009/02/15 23:42 韓国で、漢字教育一部復活だそうです。
http://www.recordchina.co.jp/group/g24239.html

このご時世で、この東アジアであれば、英語より漢字なのは、当たり前なんですけれど。

権兵衛権兵衛 2009/02/16 00:22 「なまえ」さん、
>違う言語によって同じ意味を表現することは可能だが、同じ意義を表現することは不可能。
>ちょっと考えればわかりそうなものだが・・・

だから何?

この人は「全く同じ意義を表現することは可能だ」と主張しているわけではないのだから、
そんなこと言っても何の反論にもなっていませんよ。

日本語はきちんと使いましょうね。

mm_2007_10thmm_2007_10th 2009/02/16 00:41 日本語廃止法案に賛成します。英語だけで十分だと思う。
中学校でいきなり英語の授業が出てきて困りました。
それならば生まれたときから英語づけの生活をしていれば英語には困らないのかと思います。
世界中で英語をしゃべればどこでも通じるので日本語の代わりに英語を推し進めるべきだと思います。

白洲茂白洲茂 2009/02/16 01:00 眠り猫さん、
>米国が公式的にも英語-スペイン語の二言語社会になるのは
>時間の問題です。

でも、スペイン語しか話せなかったら非常に不利な状況は変わらないでしょう。
ちょうどインドで英語が話せずヒンズー語しか話せなかったら、
香港で広東語しか話せなかったら、シンガポールで・・・
というのと同じようなことになるでしょう。

いや、既に日本では、日本語しかできない人は大いに不利な状況になっています。
(これは部分的には戦前から既にそうなっています。)

この点に関して認識が甘すぎると思われる見解が多く見られますが、
皆さん仕事してればわかるでしょ?

sukasisukasi 2009/02/16 01:20 iwamanさん、
>武力に因つてではなく、母國語を捨てた國はありません。

そうですか?

フランク族はローマ帝国に侵入する側でしたが、ラテン語を受け入れ、
ローマ帝国の後継を自認する国を作り、ゲルマン語である彼らの言葉は消えました。
(で、後に彼らの部族名がフランスの国名の由来となるわけです)

他にも、ラテン語の末裔が話されている地域内には、
そこに侵入した諸部族の名前が今でも地名として残っています。
(ブルゴーニュ、ロンバルディア、等)
そして、彼ら侵入者の国々も、母語を捨てラテン語を受け入れました。

こういう例は歴史上あちこちで見られます。

日本の近くでは、明を征服した満州族は、満州語を捨てて中国語を受け入れました。
ほぼ完全な主要言語(公用語)の入れ替えですね。

namannaman 2009/02/16 05:27 ↑エスペラントは作ったはいいが誰も使おうとしなかった言語の一例
ほかにも幾つかあるみたいだが世界共通語は全部失敗してる
ノルウェーでは方言差が激しすぎたので共通ノルウェー語を2つ作ったが、全土の方言を組み合わせて作った方(nynorsk)は田舎臭いとか言われて不人気だった(全土の学校教育機関のうちの2割程度の採用率)
大多数の支持を得られたのはオスロ方言を基盤に作られたbokmaal
エスペラントみたいに全くの新言語を作っても誰も使わないと思う

mao_mk68mao_mk68 2009/02/16 07:29 ずいぶんかまびすしおすなあ。
共通英語が形成されてもどこぞの地域でその地方語が脈々と継承されるようになると水村美苗は言いたかったのではないかと思うんですがな。
日本語も実は方言差の大きい言語でして、関西語と関東語の大きく2派があって、相互にニュアンスが異なり、実は関東人が日本語という言葉を使いたがり、関西人はそれほど言語にこだわっていません。わたしは関西人ですが、日本の古典は関西言葉で書かれているものが結構あり、古語を変容した形で現代語として使用するということが言語文化であり、共通英語を受容した方が良いというのは、まあ、相互に意思の疎通が出来ない相手とのコミュニケーションで使う方が良いだろうというぐらいのものでしょう。実際共通英語なるものができても、それを話さない人々は存在しつづけて、極端な話、抽象概念を話す場合以外は直接対話して相互の母語を交流させるというコミュニケーションもあります。そういう場合は対話する人々が全員英語が話せなくともコミュニケーションは成立します。
わたしは特に英語はしゃべれなければそれでよいと思います。
共通英語の成立はとくに時代の趨勢かもしれませんが、日本語が共通英語の形成に参加する必要もないと思います。
むしろ日本語は地域語としての深みを追求すべきではないかと思います。
方言差の大きい言語を話す人々はもともと二重言語話者以上の話者ですから。
日本人で多言語話者はだいたい3つぐらいはことなる言語を使います。
池永永一の小説に登場するアメレジアンは英語と共通日本語とウチナーグチを話します。
そういう人々が増えることでしょう、これから先の時代は。

sukasisukasi 2009/02/16 08:02 mao_mk68さん、
>日本人で多言語話者はだいたい3つぐらいはことなる言語を使います。
>そういう人々が増えることでしょう、これから先の時代は。

これからは日本でも、ということでしょうね。

まあ、人類全体を見回せば、二言語併用(diglossia)は常態と言っていいでしょう。
(スワヒリ語圏、アラビア語圏、ヒンズー語圏、中南米、などは典型か)

もちろん日本でも昔は隼人語、熊襲語、ヤマト語、などいろいろだったわけですし、
方言差の大きさを考えれば今でも多くの日本人はバイリンガルに近い状態です。
そういう意味では、これまでも、そしてこれからも、ということかと。

>日本語が共通英語の形成に参加する必要もないと思います。

とのことですが、これまた好むと好まざるとにかかわらず、否応無しに
参加することになりそうです。というか既にそういう状況になっていると思います。

「純粋な日本語」対「純粋な英語」というファンタジーの世界にこもれた時代も今は昔。
Chomskyなどの言う「普遍言語」が現実の問題となる時代になったようです。
(エスペラント系の話じゃありませんよ。念の為。)

なまえなまえ 2009/02/16 08:35 私が親ならこんな教師に子供を任せたくない。
ただそれだけ。

ねこぱんだねこぱんだ 2009/02/16 09:15 水村さんが近代しか話題にしないのは、彼女が前近代のことについて全くの無知で、間違ったことしか言ってないからです。ですから、彼女の近代に対してのとらえかたも、当然誤っています。

眠り猫眠り猫 2009/02/16 09:26 >>白洲茂
>でも、スペイン語しか話せなかったら非常に不利な状況は変わら
>ないでしょう。

そりゃ当然でしょう。米国は基本的には英語の国なのですから。
英語しか話せない米国人が日本に来ると非常に不利
(英会話の教師しか職がない)なのと同じことです。
ただ、フロリダの公共の場所などへ行くと表記は英語と
スペイン語の二ヶ国語です。米国ですら一部の州はスペイン語に
対応しなければならない時代に何で日本語は滅ぼすべきって話に
なるのかってことです。

>香港で広東語しか話せなかったら、

今のところ香港社会でホワイトカラーエリートになるには高度な
英語力が必須なわけですが、と同時に広東語による教育が望まれ
ている現状をあなたはおそらく知らないのでしょう。
特に数学や物理は英語の授業ではよく分からない、広東語で
教えてくれって意見が多かったのです。
ところで香港政府の言語教育方針は「両文三語」といって
中国語と英語が読み書きできて、英語・広東語・北京語を
話せるってものです。旧英領、現在は北京政府の植民地のような
香港ですら広東語を捨てないのに、日本語を滅ぼすべきって
どういうことなの?

>いや、既に日本では、日本語しかできない人は大いに不利な
>状況になっています。
>(これは部分的には戦前から既にそうなっています。)

そんなのごく一部のエリートだけ。
私の周りには帰国子女で日英バイリンガルだけど
いわゆる正社員になれなかった人が何人もいます。

>この点に関して認識が甘すぎると思われる見解が多く見られま
>すが、皆さん仕事してればわかるでしょ?

私には「世界的には拡大している」日本語が衰退していると論じ
英語至上主義をあおるのは現状を無視した英会話産業の工作員の
ように思えますけどw

眠り猫眠り猫 2009/02/16 09:37 しかし世界第二位の経済大国で極めて豊かな日本語で作られた
文化を持っている日本にいる日本人教師が
日本語を滅ぼすべきとかいってるのは母国語が危機に瀕している、母国語による豊かな文化を持てない多数の諸外国から見たら
お笑い草だなw「おまえらふざけんな」って。
これぞ島国的発想だ

mao_mk68mao_mk68 2009/02/16 09:48 >sukasiさん
大正時代に日本語からエスペラント語に日本の公用語を変えるべきと主張した人がいました。
志賀直哉はフランス語を日本の公用語にこそ適当と言ったとか。
そもそも純粋な民族語という発想はファンタジーと言うよりファナティックなものを大抵含みます。
世界的な規模で人が交流するからといって、地域に根ざす言語とは別の背景の言語を公用語とするということのそれ自体が極端な形を取れば民族浄化となります。
そうやって民族文化の継承が断絶した民族も存在します。
ある民族文化が危機にさらされるとその民族の中で意識されるのはその民族の言葉です。
まず、言語を復興してその後に民族文化を復興したという人々もいます。
このブログの発信者に欠けているのは、文化意識です。どうやら小学校で教鞭を執っていて、文化意識に欠けるのは教員としての資質を疑います。
まあ、教員採用試験に倫理や文化を問う問題や試問はほとんどありませんが。
日本語が滅びるときを読んでいないのにあえて論ずるということはそれを理解する気がないけれどそれに関してはわたしはこういう意見を持っているよということです。
まあその程度は表現の自由です。
ですが表現の自由には何を表現してもいい自由よりもどう表現するのも自由という程度ものしか本来ないので、表現する素材は選ぶ必要があるでしょうね。
共通英語を確立するのに日本語も参加すべきという小学校教員の存在がいまの教育界の人材のレベルを如実に物語っています。
石清水八幡宮とディズニーランドを入れ替えたたとえ話のオチが同じだからそういうことでござるとは、「何を学んできたんでしょう、学校で、この人は。」と思いましたよ。
じゃあディズニーは宗教ですかな。ディズニーランドは娯楽礼拝所?
あそこでなんらかの儀式でもしてるんですかね?
石清水八幡宮詣でがレジャーだったのはほかのレジャーがそれほど無かった時代だからで、江戸時代のお伊勢参りみたいなものです。
ディズニーランドはあきらかにそれとはちがうでしょ。
そういうところがこの発信者に文化意識がないと思った理由です。

amenodoubutsuenamenodoubutsuen 2009/02/16 09:52 人口減ったらそのうちに無くなるんじゃないかと思いますが、大野晋先生の本とか読んで言語のルーツ考え
るともったいなあと思うのですよ。確かに科学的に正確さを欠く曖昧な言語でしょうが、日本人がDNA的に多
民族国家で混血民族なのは事実ですし、日本人を定義づけてるのは日本語だと個人的には考えます。なので
ありえないだろうけど、理想的には世界中で、ビジネスでは英語をしゃべり、プライベートでは皆が日本語
話して日本のアニメ見るというのが希望です。英語の理知的な部分と日本語の叙情的な部分を世界の人たち
が併せ持つ。日本語が世界の第二言語として覇権をとるというのは戦略的に文部科学省が取り組まないとい
けないことだと思います。

batgbatg 2009/02/16 11:22 エスペラント語って知ってますか?

yk0627yk0627 2009/02/16 12:49 やたら利点が大きい利点が大きいって言ってるけど,一般人にとって,あと社会にとって単一言語での利点ってそんなないんだけどな。

ぶっちゃけぶっちゃけ 2009/02/16 13:02 教師というか、教育者というか、そういうものに向いてないんでない?

whowho 2009/02/16 13:19 膠着語、屈折語、孤立語。どれが安定なものでしょうか?
言語学を学んだなら知っているはず。
で、日本語はどれに属しますか?

「日本語が放っておいても滅ぶ」という前提がどれ程妥当かは、とても疑わしいところですね。

BenBen 2009/02/16 14:42 I'm a journalist living in US. Could you translate your article into English fully so that we can understand what you are saying? I am writing an article about the Japanese identity crisis.

Thank you very much for your time.

yamasin1129yamasin1129 2009/02/16 15:26 理由は賛成ですが、方法に疑問を持ちました。

たしかに英語を学ぶことは日本人にとって有意義なことだと思います。
国際競争力の観点から言っても明らかに必要です。
一方で、文法体系の構造が一番離れているのは日本語と英語と言われています。また、最近では言語が思考に大きく関与しているということが脳科学の見地からわかってきているそうです。これらのことから、日本人が英語を学ぶことによって、その思考の幅をどの言語圏の人々より広げられるということに繋がるからです。

ただ日本の英語教育で公用語として使えるまで発展させることは難しいと思います。日常では日本語が溢れかえっている中、週6時間をたとえ12時間にしたとしても、40人の教室でグラマー/リーディング/スピーキング/ライティングを教えることが第二言語、更には公用語へと以降させることには考えられにくいです。

私は国語を英語に使うのではなく、
文化的な国語と英語的な国語を使うことが大切ではないかと考えます。

まずなぜ国語教育をなくしてはならないかというと、
チョムスキーが普遍文法というように基本的にはすべての人間が使う言葉は人間語というべきでそれがさまざまな形でチューンナップされているだけだという論理は正しいと思っているからです。
実際に英語のライティングが上達しやすい人は日本語の文章も上達しやすいという話もそれに当たると思います。
よって、文法も会話も理解出来る日本語をまず定着させることは、普遍言語体系を習得する近道であり効率がよく、義務教育として行うべきことだと考えます。
また、論理や科学というものは一方で強力な側面を持ちますが、他方でかなり不器用な性格も併せ持ちます。環境問題は正にその典型で、その引き金は英語圏発の論理的な発明が促進させた物だと言うことが叫ばれる中、英語一偏等にするのではなく、感覚的な日本語を併せ持つとことは全体的なバランスを保つことに繋がります。

そこで国語教育は英語にとってかわるのではなく、その英語の本質である論理をもった日本語、つまり小論文の授業を多くする事が必要だと思います。
センター試験で言う評論文という形式はもともと日本の文章になかったように、大学受験の小論文は論理的に思考、つまり英語的に思考した上で作文しなければなりません。
またアウトプットするということが思考の濃度を高めます。

たしかに今の国語教育のような、この文章はこう読みましょう的な授業の必要性はこの前まで高校生をやっていてまったく感じませんでした。
構造的な部分の理解は必要ですが、その解釈まで教育するべきとは思えません。10人いたら10人違う解釈をさせたまんまのほうが文化の土壌としてよいと思います。
だから、文化的なものは大学に預けたら良いんじゃないかと思います。古文漢文とか特に…。それで滅んでいったらその文化が魅力的ではなくて淘汰されたって事にならないんでしょうか?論語とかほっといても魅力的なんだから誰かが研究すると思うです。

まとめると、
英語とは論理を持ってるから学んだほうがいい!
でも、公用語にまで教育できないと思う・・・。
だから今の国語の無駄な部分を論理的なアウトプット訓練にすればいいと思う!
ということです。

長くなってすいませんでした。m(_ _;)mっっ

眼鏡屋眼鏡屋 2009/02/16 16:07 テクノロジーハッピーのアシモフにしてはメートル法万歳!英語万歳!のあのコラムには違和感を感じましたね。
僕は遠くない未来には汎用翻訳機ができてるから何語使ってようが問題ないんじゃね?と思ってるんですがどうでしょう。

KK 2009/02/16 19:25 英語が普及したのは覇権国家が英米と続いたからで、アメリカはヒスパニックの方が多数派になるし、覇権国家の交代もありえる。
3、40年後には、スペイン語や中国語が、世界で広く使われているかもしれない。
その度に使用言語を変えるのだろうか?
日本語使用者は世界でも多い部類になるし、滅ぼす意義が見いだせない。

KK 2009/02/16 19:31 どうせなら、スペイン語やイタリア語の方が、日本語の発音に近いですから、そちらを採用しましょう。

なまえなまえ 2009/02/16 23:55 この人がいう英語は英語じゃないみたいだけど、
少なくとも、この人は日本語を愛していないのは確かなようだ。

muddymuddy 2009/02/16 23:58 英語圏のアイデアを取ってきて、外人の干渉を受けない日本語圏で好き勝手にいじくりまわしてから、製品を「何じゃこりゃ!?」という仕上がりにして世界に出して儲けてきた国なのにね。

外国人が理解しやすい、英語が通じる日本国は日本人を貧乏にする気がするね。

通りすがり2通りすがり2 2009/02/17 00:14 >日本語は滅ぼすべき。(なるべく計画的に)

タイトルが良くないんでしょうね〜。
本文とマッチしてない。

女王様女王様 2009/02/17 00:42 言語を読む方法よりも世の中を読む方法を先に身につけるべきです。そのためには,日本語で思考し論ずることがまず大事ではないでしょうか?これから私達が直面しなければならない本当の問題を,日本政府が国民の意識をそらそうと仕掛けた罠ではないかと,私は感じています。

Dear Ben
Yes! We are talking about Japnese identify crisis in Japanese, but I don't think they can make themselves understood in English well enough to explain to you?
I think we are still OK. Because nobody use English here.

Thank you.

権兵衛権兵衛 2009/02/17 01:00 >Could you translate your article into English fully so that we can understand what you are saying?

Well, I don't think it's worth the trouble.
I'll summarize the entire article later. That should do.

権兵衛権兵衛 2009/02/17 01:04 「通りすがり2」さん、
>タイトルが良くないんでしょうね〜。
>本文とマッチしてない。

ええ、私もそう思います。
むしろ本文の主旨と反対のタイトルを付けておられますからね。

ま、わざとだとは思いますが・・・
一種の煽りというか、注目を引くための作戦というか・・・

だけど、おかしいのは、本文は読まずにタイトルだけ見て反応する人たち。
いったい何なんでしょうかね。
日本語を読むのは苦手、もしくは嫌い、なのかな?

sukasisukasi 2009/02/17 03:51 whoさん、
>膠着語、屈折語、孤立語。どれが安定なものでしょうか?
>言語学を学んだなら知っているはず。

ええと、その用語からすると、19世紀あたりのイデオロギッシュな言語学ですか?
それとも、『印欧祖語→ゲルマン祖語→英語』と進歩してきた、みたいな感じですか?

いずれにせよ、どの言語が残るかという問題が、言語の内的な要因だけで決まるとお考えですか?
だとしたら、アメリカ大陸で話されていた多くの言語はどうして消えかかっているのでしょうか。
やはり言語の内的な要因のせいでしょうか。
また、明を征服した満州族は、満州語からシナ語に乗り換えましたが、
これも言語の内的な要因のせいでしょうか。
(満州語はアルタイ系ですな。類型論的には?)

白洲茂白洲茂 2009/02/17 06:49 muddyさん、
>外国人が理解しやすい、英語が通じる日本国は日本人を貧乏にする気がするね。

そういう面もありますが、その逆の面の方が大きいでしょう。
数年前に日本でも非常に話題になった Friedman の The World Is Flat の世界ですね。

基本的に国際貿易は世界経済のパイを大きくして富を増やすわけですから、
そこに参加する方が豊かになれます。比較優位の原理が効きますからね。
信長も楽市楽座を進めました。近代日本もそうやって豊かになってきました。

これに背を向ける言わば「パラダイス鎖国」は、一時的には有利かもしれませんが、
長期的には閉塞的没落への一本道でしょう。

現に今の国際社会では如何にして保護主義の台頭を防ぐかに懸命になっているでしょう。
これは世界が歴史から学んだということです。

考えても見て下さい。英語ができればビジネスにどんなに有利か。
外国の人々の嗜好を把握するのも楽になって、海外での市場調査も有利。
海外への工場進出や店舗進出などでも有利なことだらけです。
実際、英語が苦手なばかりにほぞを噛む日本人は多いじゃありませんか。

白洲茂白洲茂 2009/02/17 06:55 眠り猫さん、
>広東語による教育が望まれている現状をあなたはおそらく知らないのでしょう。
>特に数学や物理は英語の授業ではよく分からない、広東語で教えてくれって
>意見が多かったのです。

それは知りませんでした。
そういう視点から見ると、また違ったものの見方もできそうですね。

私の知ってる香港人やシンガポール人やフィリピン人やマレーシア人などは
皆かなり英語の勉強をしている人達ばかりでしたが、まあ、当然ながら、
私のような外国人が接するのは、どうしてもそういう人達に偏る傾向は
あるのでしょう。


>>>白洲茂
>>でも、スペイン語しか話せなかったら非常に不利な状況は変わら
>>ないでしょう。

>そりゃ当然でしょう。米国は基本的には英語の国なのですから。

もちろん当然です。
で、この世界全体で主流の言語は英語で、
その中での日本語話者は米国におけるスペイン語話者のような立場なわけです。

だから日本語しか話せなかったら非常に不利な状況なわけですし、
それもまた当然なわけです。世界は基本的には英語が共通語の場所なのですから。


>そんなのごく一部のエリートだけ。

そのエリートたちが世界で競争しているわけで、
日本はこの競争に負けていくことになっても良いのか、という話でしょ。
戦前の旧制高校であれほどまでに語学を鍛えたのもそのためでしょう。
実際その甲斐あって日本は明治以降大いに発展したわけです。


>私の周りには帰国子女で日英バイリンガルだけど
>いわゆる正社員になれなかった人が何人もいます。

だから英語は必要ないという話には当然なりませんよね。
その話は、英語ができることが成功の十分条件ではないということを示す
ものであって、必要条件ではないということを示すものではありませんから。


>「世界的には拡大している」日本語

問題は、どのような分野で日本語が拡大しているかということです。
たとえばITの世界で新たな技術が日本語でしかアクセスできないとか、
そういう話はあまり聞きません。一方、英語ができずに苦労している技術者の話は
よく聞きます。なにしろマニュアル類は英語のみというのも多いようですから。
(もちろんこれはあくまでも一例ですよ。)

また、外交や貿易や学術交流の場面でもそうです。
国際規格を作るとか、そういう話し合いでも日本語が使われてはいません。
米国内でのスペイン語の立場も同様でしょう。

最近では、日本でも、新たな技術や制度を学ぶ場合、以前と違って
日本語の本を読むより英語の本を読むほうが手っ取り早かったりします。
翻訳されるのを待つ時間がもったいないし、どうせ海外でも英語で読んでいる
人たちが多いのだから、その方があとあと話が通じやすくて楽だったりします。


>何で日本語は滅ぼすべきって話になるのかってことです。

ならないと思いますよ。個人的には。
また、この記事の筆者もそうは思ってないと思いますよ。現に彼は
『別に「日本語は滅びた方がいいよ!」と言ってるわけではない。ないったらない。』
と断言しています。


>日本語を滅ぼすべきってどういうことなの?

これはあくまでも私の推測ですが、
わざと本文の内容と異なり挑発的なタイトルを付けることにより
注目を集めて問題提起を広く訴えかけようとしたか、または、
わざと本文の内容と反対のタイトルを付けることによって
タイトルしか読まずに反応する人たちを言わば「釣る」意図があったか、
そんなところではないでしょうか。

あくまでも推測ですが。

ひょっとして、あなたも、釣られてません?

眠り猫眠り猫 2009/02/17 13:23 >白州茂さん
>そのエリートたちが世界で競争しているわけで、
>日本はこの競争に負けていくことになっても良いのか、
>という話でしょ。

ええ、ですからエリートは英語はもちろん他言語も
その他もろもろの学問もしっかり勉強すべきです。

ただ過剰な英語学習を全国民的に広げるのは膨大な時間の無駄
だ、というのが私の主張なわけです。

>また、外交や貿易や学術交流の場面でもそうです。
>国際規格を作るとか、そういう話し合いでも日本語が使われては
>いません。

現状では残念ながらそうですね。だからこそもっと日本語を
広めるべき努力が必要でそのためにならよろこんで税金を
払いますよ、私は。

ただ日本が強い分野では例外もありますよ
毎年1月にラスベガスでやってるCESという家電のイベントが
ありますけど、基調講演とかはなんと日本語だけ同時通訳が
用意されています。他言語はありません
英語に膨大な時間を費やすより、日本語を無視できなくなるような
日本が強い分野をたくさん作るほうが何倍も重要だと思いますね

muddymuddy 2009/02/17 22:05 >白洲茂さん
就職氷河期世代と派遣村のような問題が発生するような気がするんですけどね。
世界的に日本人は「生産性が低い」のに「人件費コストがかかる」国民です。
言語障壁がなくなり、日本に生産性の高いエリート外人と人件費の安い出稼ぎ外人が大量流入してきたらあぶれる日本人は絶対に出てきます。
練炭自殺の数は今ほどじゃ済まないでしょう。

英語が話せてビジネスに成功している人には楽しい時代でしょうが、
もうそろそろ犠牲になっている人間にも目を向けてやってもいいのでは。

白洲茂白洲茂 2009/02/18 06:13 muddyさん、
>言語障壁がなくなり、日本に生産性の高いエリート外人と人件費の安い
>出稼ぎ外人が大量流入してきたらあぶれる日本人は絶対に出てきます。

それは言語障壁の問題ではなくて、労働政策・移民政策の問題です。

今イギリスでは非英語国のポーランドから労働者が大勢やってきて、
さすがに議論が沸き起こっています。イギリス人の職を奪うと。

しかし、アメリカ人がイギリスで働くには労働許可が必要で、
すでに許可を得ている人でも、それが延長されるかどうか、
いつもハラハラ状態で働いています。当然自由に大量流入はできません。

だいたい既にこんなに人口密度の高い日本に大量の移民を入れるなんて
現実問題として無理です。イギリスですら「日本のような高人口密度に
なるわけにはいかないから、将来おのずと移民は規制せざるを得ない」
との論調が主流のようです。ましてや当の日本が・・・

白洲茂白洲茂 2009/02/18 06:38 muddyさんへ、
さっきの続きです。

muddyさんの御指摘に対しては反論いたしましたが、
外国語問題というのが基本的には経済や労働の問題と直結していて、
要するにエリート問題とでも言うべき問題なのだという点では全く賛成です。

昨日Amazonで『日本語が亡びるとき』の書評を読んでいましたら、
まさにその通りの指摘をしている鋭い書評があって頷くことしきりでした。

眠り猫さんの御指摘のように「エリートが頑張ればよい。
全国民的に外国語なんかに時間を取らせるな」という論点も
全くごもっともなのですが、そうしますと世の中はますます
公立学校離れが進み、英語教育に力を入れている私立に人々は
殺到するでしょう。そして金持ちだけが英語ができるようになり、
仕事の機会を多く得て、階級社会化が進むことでしょう。

今までのように地方の公立進学校から有名大学に進学して
官庁や大企業に就職するという従来型エリートが国際競争力を
落とし、金持ちがますます幅を利かせる社会になるでしょう。

日本のエリートは階級エリートではなくて学歴型エリートなので、
裕福な家庭の子でなくてもエリートコースに乗ることはできましたが、
そういう社会が大きく変容してしまうかも知れません。
(既にその傾向は始まっていると思います。)

それでいいではないかという立場も当然あるとは思いますが、
あきらかにマイナス面もあるので非常に難しい問題だと思います。

白洲茂白洲茂 2009/02/18 23:46 muddyさん、
>世界的に日本人は「生産性が低い」のに「人件費コストがかかる」国民です。

ええと、日本の労働者の名誉のために言っておきますが、
日本の普通の労働者、現場で働いている人達、派遣の人達は、
世界的にみてもやはり勤勉で生産性の高い素晴らしい労働者です。
もし彼らが英語が上手になったら世界にとってますます脅威です。

日本で生産性が低いのはホワイトカラー、特に管理職です。
生産性が低いというより、仕事をしていない管理職や、
仕事が無いのにポストだけある管理職が結構いて高給を取っているので、
せっかく現場でがんばっても、全体では生産性が低いような計算に
なってしまうというだけのことです。
最近はやりの言葉でいうと「パラサイト・ミドル」とか
「ノン・ワーキング・リッチ」とかいうところでしょう。
そして不況でもなぜか彼らの雇用だけは守られるのです。

やっぱり日本は昔からずっと階級社会なのかも知れません。
就職氷河期世代の問題も、要するに世代間差別ということですからね。

派遣村というか路上生活者の問題は、セーフティーネットの不備に尽きると思います。
「健康で文化的な最低限の生活を享受する権利」を現実のものとするため、
制度を変更する必要が絶対にあると私も思います。負の所得税とか。
(でも、なぜか、低所得者層自身から自己責任論が強く出てくるのが不思議ではあります。)

あかさたなあかさたな 2009/02/20 12:58 >白洲茂 さん
別に外国人労働者の問題は移民だけじゃありません。英語圏では、インターネットを使って知的労働の仕事を
インドに外注する動きが進んでいますし、日本でも日本語を使わない経理の仕事を中国に外注する動きが進んでいます。
さすがにこれは法的に規制することは難しいでしょうし、規制したところで、企業はまた抜け穴を見つけるでしょう。

http://www.study-mirai.org/works/chainstore-age0809.htm
あと、1人あたりGDPもそうですが、この種の国際比較はドル建が基本なので
生産性については円安で低く抑えられたという事情もあります。(上のURLを参照)
GMの経営者なんて放漫経営をしているのに、未だに日本の経営者と比べ比較にならないほどの高給取りです。

白洲茂白洲茂 2009/02/20 23:09 あかさたなさん、

御指摘の通り、私も日本の労働者は生産性が低いということはないと思います。
「世界的に日本人は生産性が低いのに人件費コストがかかる国民です」という
御意見がありましたので、私なりに反論して見た次第です。

リンク先の具体的な議論、大変参考になりました。ありがとうございます。


それから・・

>別に外国人労働者の問題は移民だけじゃありません。
>英語圏では、インターネットを使って知的労働の仕事をインドに外注する動きが進んでいます

はい。『フラット化する世界』(The World is Flat)ですね。

日本でも同様のことが進むと、そのために職を失う人達が増えることになりますね。
でも、その反面、新たなビジネスチャンスと職が生まれて日本に富がもたらされる
というプラス面もあります。

さて、プラス・マイナスどちらの面が大きいのでしょうか・・・


もう一つ、あかさたなさん御指摘の↓この点。

>日本でも日本語を使わない経理の仕事を中国に外注する動きが進んでいます。

最近は経理にとどまらず何と総務などの仕事まで中国にアウトソーシングしているそうです。
もし中国の全人口の1%が日本語をある程度使えるようになったらどうなるか、
考えると空恐ろしいような感じです。

どうやら、日本人が英語を使えるようにならなくても、やはり仕事は流出していくようです。

途上国の人達にしてみれば、「日本だって安い人件費を武器に欧米先進国に物を売って
豊かになってきたじゃないか。自分達も同じことをして何が悪い」ってことでしょうね。
これに有効な反論ができるかというと、これはかなり難しいかも知れません。

さて、どうしましょう・・・

.

参考までに参考までに 2009/02/21 01:38 亡びるのは国語でなくて国民国家では?
http://d.hatena.ne.jp/essa/20081114/p1

The World *IS* Flat
http://d.hatena.ne.jp/essa/20060619/p1

世界2500言語消滅危機、ユネスコ「日本は8語対象」
http://www.asahi.com/national/update/0220/TKY200902200176.html

dephdeph 2009/02/21 07:29 わざわざ海の向こうの人が心配してるのに感動した
言語も文化のひとつと思うので、
意図的に捨てるというのはちょっと理解できないし
あちらさんもそう思っての書き込みだったのでは?

ゆとり世代ゆとり世代 2009/02/27 21:51 疑問に思ってるんですが、古文とか学ぶ意味あるんですか?
あと、英語というのはイギリスが発祥?なのにアメリカで使われている英語を学ぶのか、ということです。

香取香取 2009/03/03 01:09 「ゆとり世代」さん、

古文を学ぶ意味はありますよ。教養です。

英語発祥の地のイギリスの英語ではなくてアメリカ英語を学ぶのは、
われわれ日本人が日本という国の発祥の地である関西の日本語ではなくて
どういうわけか関東の日本語を学ぶのと同じような理由だと思います。

いえ、関西の日本語もおおいに結構ですけどね。(イギリス英語が結構なのと同じように)

あ、私はイギリス英語を話します。

ffffffffffffffffffffff 2009/03/06 01:09 はっきりいうが野郎の体に性的価値なんてねーし

なまえなまえ 2009/06/10 23:34 古文はもはや外国語

John DoeJohn Doe 2009/06/11 16:05 英語を公用語にするメリットが「ビジネスに有利だから」という
ただ一点だけなんですか?余りにも利点が少なすぎると思います。

意味とか価値というものは、客観的に存在するものではないです。
個人が自分の主観に基づいて「見出していく」ものです。
日本語を廃し、日本の伝統文化を捨ててしまえば、その分この国に
見出すべき意味や価値、可能性が無くなってしまいます。

国際化とは全ての国が一つの価値観を共有しようということでは
ありません。
全ての国がお互いの国の価値観を認め合う、少なくともその努力を
することです。
自国の文化や伝統を自ら捨ててしまうような国が国際社会に於て
尊敬を勝ち得るような国になれるでしょうか。
僕にはとてもそうは思えません。

filinionfilinion 2009/06/12 00:22 >John Doeさん
 申し訳ありませんが、本文の最後の方、「まとめ(追記2)」をよくお読みください。
 John Doeさんのご意見の前提になっているのは、非常に多かった誤読なのです。

John DoeJohn Doe 2009/06/12 14:47 読みました。まず、
>いずれは世界共通語のようなものが(自然に)成立するだろう
と書かれていましたが、そうはなりません。国際社会にあっては
既に英語が共通語として成り立っているからです。
日本語が失われてしまうとの予測も書かれていましたが、これも
そうはなりません。それはそうでしょう。言語が失われるのは
その言語の話者がいなくなるという理由がほとんどです。
そして現状日本国内で日本語を使うことに全く問題が無く、
あえて国内で英語を使う必要はありません。
そうである以上むしろどうやったら、一億人もの人間が使う言語が
失われるのか逆に聞きたいくらいです。

更に言うなら言語はその発生地を離れると変質しにくくなります。
イギリスには様々な方言の英語があるのに対し、アメリカのそれは
圧倒的に少なく、日本でも若者言葉など日々新しい言葉が作られる
のに対し、米国の日本人街では少なくとも近年まではアイロンを
火熨斗と呼んでいたそうです。日本的な要素を多く含んだ英語など
まずありえません。

以上、日本語を滅ぼすべき合理的な理由は全く見当たらないと
思います。どうでしょうか。

filinionfilinion 2009/06/13 17:09 >読みました。
 ありがとうございます。
 
>国際社会にあっては既に英語が共通語として成り立っている
 
 成り立ちつつある、というところだと思います。
 
 インターネットの普及などで、一般市民が
「なんとかして英語を読みこなそうとがんばる機会」
 は激増したと思います。
 
 そして、日常生活のレベルで英語に触れる機会はこれからも増えていくでしょう。
(おそらく、John Doeさんは「国際社会」と「そうじゃない社会(国内社会)」を分けて考えていらっしゃるように思います。
 これまで「国際社会」というのは、一般人にとっては縁薄いものでした。
 しかし、これからは徐々にそうではなくなっていくでしょう)
 
>むしろどうやったら、一億人もの人間が使う言語が失われるのか逆に聞きたいくらいです。
 
 その辺は、続きの記事とかでもう何度も書いたので……。
 
 「今大勢話してる言語だから滅びない」というのは、「ローマは永遠である」というのに近い主張だと思います、とだけ。
 
……ええと、たぶん読んでいらっしゃらないでしょうが、続き記事(2つ……「トキ」を入れると3つか?あります)で大勢の方とコメント欄でご指摘いただいたりやりとりがあったりしたので、私の今の考えはこの記事とはちょっと変わっています。
 
 これを書いた時点では、
 
1・第一言語:日本語、第二言語:外国語、というのは教育コスト的に高く付きすぎるし、多くの人にとってそれは不可能だ
2・日本語の自然な消滅は遠からず(今後数世代で)起きる可能性がある
 
 と考えていましたが、今は
 
1’・現に複数言語でやっている国が多数ある、という指摘を見ると、そうでもないのかも知れない。信じられないけど。
2’・日本語は完全には消滅せず、公教育以前の水準くらいで残るかも知れないし、そこまでいくのにかなり長い年月がかかるかも知れない。
 
 といったくらいに考えています。
 
 いずれ、日本国内でも「日本語が話せないより英語が話せない方が不便」といった時代が来るだろう、とは思いますが。
 
>イギリスには様々な方言の英語があるのに対し、アメリカのそれは圧倒的に少なく
 
 それは単にアメリカが新しい国だからでしょう。
 方言ができるのには時間がかかる、というのもさることながら、方言が生まれるのには地理的な断絶が必要である一方、アメリカはその初期から鉄道があったわけで……。
 
 少なくとも、同じ言語を同じホモ・サピエンスが話しているのに
「発生地を離れると変質しにくくなります」
 などという神秘的な現象が起きるとは信じられません。
 
>米国の日本人街では少なくとも近年まではアイロンを
火熨斗と呼んでいた
 
 それは初めて知りましたが、マイノリティの立場に置かれた共同体が保守的になる、というのはきっと本当なのでしょう。自分たちのアイデンティティを守るために。
 
 だからきっと、日本の英語話者コミュニティは、米英本国の英語話者よりも保守的なんだろうと思いますが……。
 
 でも私、「日本的な要素を多く含んだ英語」をそんな少数の人たち相手に発信しよう、なんてどこかに書きましたっけ?
 
>日本語を滅ぼすべき合理的な理由
 いずれ滅びるものなら軟着陸を目指すべき、というのが主旨なので。
 
 John Doeさんが、
「日本語は永遠だ!話者が居なくなることも、辺境の少数言語に転落することも、“英語の方が便利”な時代が来ることもあり得ない!」
 と本当にお考えなら(そしてそれが事実なら良いと私も心底思いますが)、合理的な理由はないと思います。

John DoeJohn Doe 2009/06/14 00:26 他の記事も多分全部読みました。日本語が滅びるのは不可避という
前提があるのはわかりましたが、何故不可避かという理由が
よくわかりませんでした。

僕の意見は、日本という国家が存在し続ける限り日本人は日本語を
話し続けるだろう、というものです。
日本語は日本という社会の言語であり、この社会はすなわち
日本という国家であるからです。
人間が集まり、社会が出来ればそこで言語が発生します。
しかし、社会と(近代)国家は必ずしも同一ではありません。

言語の滅びる時は大体、一つの小さな社会(例えば北海道の
アイヌ)ともう一つの大きい社会(この場合日本人社会)とが
一つの国(日本)の中で接触する時で、国内の方言が失われる
場合にもこの図式が当てはまりますが、日本語そのものは
これに当てはまりません。
それに自分の知る限り、自前の近代的な国家を持った社会の言語が
滅んだ、という例は聞いたことがありません。ましてたった一つの
公用語=母国語という国では絶無であろうと思われます。
前例は無い!これから起こる!というのであれば具体的な根拠を
お願いします。

仮に日本語が滅びる時が来るのならば、その時には既に日本という
国が滅ぶか、滅びつつあり、その時に備えて、母国語を捨てようと
準備するのは国家として、してはいけないことだと思います。
滅ばない国家はありませんが、滅ぶことを前提とした国家も歴史上
一つも無かったからです。国家が滅びようとしているのなら、
まず滅ばない努力すべきです。

国際社会にあっては実質の共通語は既に英語ですし、日本語は
現時点で辺境の少数言語でしかありません。
しかし、いくら国際社会と一般人の日常生活とが以前に比べて
近くなったと言っても、国際社会とは国家同士の社会であって、
日常生活と完全に重なることは有り得ませんし、日本国内で
日本人同士が母国語を差し置いて、英語や他の言語で日常的に
会話する必然性もありません。更にこれまで日本語で出版された
印刷物も大量に存在し、日本という国がまともに存在する限り、
そういったものを捨てるとは思いません。つまり、日本国内に
あって、「日本語を話せないより英語を話せない方が不便」という
事態は起こりえないと思います。

filinionfilinion 2009/06/14 01:59 >他の記事も多分全部読みました。
 
 お疲れ様でした。いや本当に。大変でしたね。
 
>日本語が滅びるのは不可避という前提があるのはわかりましたが、何故不可避かという理由がよくわかりませんでした。
 
……それは困りましたね。
 
>僕の意見は、日本という国家が存在し続ける限り日本人は日本語を話し続けるだろう、というものです。
>日本語は日本という社会の言語であり、この社会はすなわち日本という国家であるからです。
>人間が集まり、社会が出来ればそこで言語が発生します。
>しかし、社会と(近代)国家は必ずしも同一ではありません。
 
……申し訳ありません、私もJohn Doeさんの言わんとすることがわかりません。
 二行目と四行目が矛盾するように思えるのは私だけですか?
 日本という国家と、日本という社会はイコールなのでしょうかそうではないのでしょうか。
 
 それに、この段落で何を主張されたかったのでしょうか?
 日本がある限り日本語は不滅だ、と言いたかったのかと推測しますが、だとすると、単にご自分の信念を述べただけの文で、根拠となるものがないように思うのですが……。
 
 もし、日本語と日本国が不可分である(=日本語を話さないならそれは日本国ではない)、とするなら、なるほど日本国がある限り日本語は不滅でしょうが……。
 
>仮に日本語が滅びる時が来るのならば、その時には既に日本という国が滅ぶか、滅びつつあり、その時に備えて、母国語を捨てようと準備するのは国家として、してはいけないことだと思います。
>滅ばない国家はありませんが、滅ぶことを前提とした国家も歴史上一つも無かったからです。国家が滅びようとしているのなら、まず滅ばない努力すべきです。
 
 John Doeさんのおっしゃる「国が滅びる」という言葉の定義がよくわからないのですが。
 
 国家が滅びるのを避ける努力は必要でしょうね。
 そして、この記事がまさにそのためのものなのですが。
 
 私は、日本語と日本国と日本人はいずれもイコールではない、と考えます。
 
 そして、最も守るべきは「人」でしょう。
 
 日本語という伝統を守るために国家が衰亡し、日本人が窮乏する、などということはあってはなりません。
 言葉はきわめて重要なものですが、重要な道具であり、道具に人が殉じるべきではありません。
 
>言語の滅びる時は大体、一つの小さな社会(例えば北海道のアイヌ)ともう一つの大きい社会(この場合日本人社会)とが一つの国(日本)の中で接触する時
 
 小さな社会と大きな社会が接触すれば言語が滅びることがある、という前提は共有しているのですね。
 
 地理的な差異がそのままでも、人や情報の交流が活発になることで、小さい方の言語が衰退することがあります。
 
 外洋船も鉄道も電信もテレビも、その役割を果たしました。
 
 では、(もう何度も書いたのですが)経済のグローバル化が進み、情報通信技術が発達することで、さらにその傾向が加速する、と考えるのは妥当ではないでしょうか?
 日本という「小さな社会」は、今、国際社会という「大きな社会」に接触しつつあるのでは?
 
 どうも、John Doeさんは、一般の日本人が英語を必要とする時代は決してこない、とお考えのように思います。
 英語は、国際社会に出て行く、いわば知的エリートだけが学べばよいのだ、と。
 
 しかし、かつては、一般の日本人は標準語を必要としませんでした。
 地域ではその地方の方言が使われていたのであり、日常会話にせよ商取引にせよ、それで済みました。
 標準語などというのは、知事や新聞記者など、一部の「知的エリート」が使えるだけで良かったのです。
 
 でも、現在では、地域の方言よりも標準語を使った方が便利になっています。
(もっとも、「方言優位」の時期はごく短いものでしたが。標準語そのものが人工的な言語ですから)
 
 同様に、今は日本語の方が優位でも、いずれ、一般の商店でも店員が英語を必要とする時期が訪れ、やがて英語が優位になるでしょう。
 
>自前の近代的な国家を持った社会の言語が滅んだ、という例は聞いたことがありません。
 
 それは単に「近代」が短いからではないかと。
 
>これまで日本語で出版された印刷物も大量に存在し、日本という国がまともに存在する限り、そういったものを捨てるとは思いません。
 
ラテン語。
 
>前例は無い!これから起こる!というのであれば具体的な根拠をお願いします。
 
 正直申し上げて、John Doeさんの側に根拠を出していただきたいです。
 
 言語は過去に消滅し続けてきたし、今も現在進行形でそうなりつつあります。
 
 その背後には、技術の進歩に伴う人や情報の交流の活発化がありました。
 そしてそれは、今も急激に進行しています。
 
 John Doeさんの言う「前例がないから滅びない」というのは、伝統とか話者一億人とか近代国家とか限定をつけていらっしゃいますが、つきつめれば「日本語は滅んだことがないからこれからも滅びない」とおっしゃっているようなもので、根拠にはならないと思います。
 
 大帝国の言語も多くは滅び、今なお多くの言語が国内外で滅びに瀕しています。
 
 なのになぜ、近代国家の国語はそれだけが特別に不滅だと言えるのでしょうか?
 
 お聞かせください。

John DoeJohn Doe 2009/06/14 04:00 全ての国家は社会を持っていますが、全ての社会が国家を持っているとは
限りません。アイヌの人々はアイヌの社会を持っていましたが、
アイヌという国は持っていませんでした。

対して、日本という社会は日本という国家を持っています。
日本語は日本という社会にとって母国語であり、日本という
国家にとって公用語です。当たり前と思われるかもしれませんが
そうではない国も世界にはたくさんあります。
つまり世界には国家と社会の両方に使用される言語と、
社会(たいてい少数民族の)にのみ使用される言語との二種類が
あります。
前者が滅ぶ場合は大体、国ごと滅びました。言語だけが滅び、
国家だけが残った例は歴史上、一つもありません。
一方、後者が滅ぶ場合は、ご承知の通り、より大きな社会に
接触したという理由が殆どです。

では日本語が後者のような滅び方をするでしょうか。
そもそもどうしてより大きな社会に接すると、小さい社会の言語は
滅びるのでしょうか。

社会文明というものは基本的に大きなものほど、複雑で、合理的で
普遍的です、だからこそ大きくなるのですが。当然言語もこれに
倣い、それまで無かった言葉を作ったり、他の言語から輸入したりと、
柔軟性を持っています。
少数民族の言語はそれに比べ、単純で、非合理的、特殊です。
大きな変化に接してきてないので、柔軟性にも欠けます。
これら二つの社会(言語)が接触した結果、少数派の言語は
使用されにくくなります。小さな社会の言語では、大きな社会を
完全に表現することは出来ず、逆に「大は小を兼ねる」という
言葉どおり、大きな社会の言語は小さい社会を包み込み、
吸収してしまいます。少数民族も大きな社会の言語を使用し始め、世代を経るごとに少数言語の話者は少なくなり、遂には
滅亡します。昔であれば、少数派の言語を使うことを
禁じるといったことも行われましたので尚更です。

さて、この図式は日本と国際社会に当てはまるでしょうか。
現在、国際社会の共通語は実質的には英語です。
日本語は英語に比べ、単純で、非合理的で、特殊で、
且つ柔軟性に欠けるでしょうか。
答えはNOです。普遍的ではありません。英語に比べ部分的には
非合理的ですが、全体的にみるとそうでもありません。
更に、表現は英語に劣らず多彩で、(英語の一人称はIだけだが
日本語には私、僕、俺等沢山ある)柔軟性も高いです(貪欲に
外来語を受け入れ、造語能力も高い)。
英語を使うよう国際社会に強要されることもありません。

近代国家の国語は不滅だとは言いません。しかし、日本語は
英語に吸収され、駆逐されるほど単純な言語ではないです。
明治時代、開国とともに、多くの言語が日本に入ってきました。
当時の文人たちはあるいは新たな言葉を生み出し、あるいは
そのまま受け入れることによって、日本語は豊になりました。
そもそも中国からの漢字を受け入れることによって発展した
言語が柔軟でないはずがないのです。国際社会と英語はもう少し、
日本人の日常生活に近くなるでしょうが、おそらく日本語は
それらを吸収し、変化していくことでしょう。しかし、言語として
滅ぶようなことは考えにくい、僕はそう思います。

どうお考えになりますか?

filinionfilinion 2009/06/14 20:52 >前者が滅ぶ場合は大体、国ごと滅びました。言語だけが滅び、国家だけが残った例は歴史上、一つもありません。
>一方、後者が滅ぶ場合は、ご承知の通り、より大きな社会に接触したという理由が殆どです。
 
 いやだから、なぜ「国家」だけを社会として特殊視するのかを聞いているので。
 
 地域社会などと違い、国家には、何か言語を滅ぼさない力があるとお考えですか?
 
 「言語滅んで国家残る」の例は思いつきませんが、まあ、ソ連がもっと長く存続したら、言語が滅んで共和国だけ残る、という例が多かったかも知れませんよ。エストニア語とか。
(まあ、John Doeさんは「ソ連の共和国は国家ではない」って言うかも知れませんが)
 
 ……というか、John Doeさんは「国家と言語は一体」だと言ってるわけで。
 その定義だと、言語が滅びるとき必然的に国家も滅びることになってしまい、「言語が滅んで国家が残った」という例を挙げるのは論理的に不可能なんですが……。
 
>社会文明というものは基本的に大きなものほど、複雑で、合理的で普遍的です
 
>少数民族の言語はそれに比べ、単純で、非合理的、特殊です。
>大きな変化に接してきてないので、柔軟性にも欠けます。
 
 ……こりゃひでえや。
 
 なるほど、成員が多いほど社会的分業が進められるとか、地域が広いほど多様性に富んでいるとかはある程度あるでしょう。
 
 ただ、少数言語が単純だとか非合理だとかいうのは純然たる中傷であり、
「文化には優劣があり、劣位の文化は滅んで結構」
 的な主張と親和性が高過ぎる(っていうかそのもの)ので個人的には大変嫌悪感があります。(ところで言語と文化は分けて論じませんか?)
 
「日本語は滅びるだろう」
 と書いた私ですが、それが避けられればいいな、と思ってはいますし、それはアイヌ語その他、より少数の言語・文化についても同様です。
 
 だから、John Doeさんも同様の立場から
「言語や文化が滅びることは(一般に)望ましくない」
 とお考えなのかと思ったら、全然そうじゃなかったんですね。
 
 世界にはより「複雑で、合理的で普遍的」な「大きな言語・文化」と、「単純で、非合理的、特殊」な「少数民族の言語・文化」があり、後者が滅びるのは当然だと。
 ただ、日本語は特別な存在だと。
 
 こりゃひでえや。
 
 明治人の偉大さは私も認めますし、形容動詞とかサ行変格活用が日本語に果たしている役割もわかっていますが、そもそもJohn Doeさんが「日本語」と呼ぶいわゆる標準語自体、明治以前にはなかったことを思い起こしていただきたい。
 
 ご存じないのかも知れませんが、今私たちがしゃべっている「標準語」というのは、国内の地方言語に比べて圧倒的に歴史が浅く、人数的にも地域的にもきわめて狭い範囲からスタートしたのです。
 
 「大きな変化に接して」なんかいなかったそれが、方言・地方言語を圧倒しつつある現状には、おっしゃるような社会ダーウィニズム的システムとは全然違う論理(権力とか経済力とか)が介在しているわけです。
 
 英語が勢力を広げつつあるのも同様の理由があって、だからこそ、英語の覇権に異を唱える人がいるわけです。
 
 そしてその論理の前に、おそらく日本語も、という話だったわけで、
「近代国家の国語は不滅だとは言わないけど日本語は特別だよ!」
 みたいなのは……なんというか……困ります。
 
「日本語は世界の他の言語とは違うんだ!」
 というのは単純に事実に反しますので。
 いや、もちろん日本語には特有のユニークさがありますが、それは世界の他の言語も(すでに滅んだのも含めて)同様ですので。
 
 大体、そんなに日本語が優れた言語なら、造語力や外来語の活用力に劣る英語がこれほど隆盛を極めてるはずがないのでは?
 
「国際化とは全ての国が一つの価値観を共有しようということではありません。
全ての国がお互いの国の価値観を認め合う、少なくともその努力をすることです。」
 
 とは、ご自分でお書きになった文章のはず。
 
 私もその点には同意しますが、John Doeさんの主張こそ、ご自分の言葉に反する物だと考えます。

filinionfilinion 2009/06/14 20:54  そうだ、はてなダイアリーは、記事毎にコメント欄に書ける最大量がある模様です。
 この記事はそろそろ上限に近づいてるかも知れません。
「投稿したつもりが消えた」とかならないよう、メモ帳等で下書きしてから投稿してください。

John DoeJohn Doe 2009/06/14 22:26 国家が特殊でないとお考えで?
近代的な国家には文字が不可欠です。憲法・法律・公用語など
文字が使われます。
そのため、国家と言う社会で使用される言語は国家そのものと
「文字」によって保護されます。
そうではない言語より遥かに滅びにくいでしょう。
例えばアイヌの社会は国家を持たず、文字を持ちませんでした。
結果、日本の社会と接触した時にたちどころに吸収されてしまいました。
国家をもつ社会ともたない社会の違いはご理解いただけたでしょうか。

>こりゃひでえや
何がひどいのかわかりません。僕は言語の機能に優劣をつけましたが、
言語の価値にまで優劣をつけた覚えはありません。
純然たる事実として言語の機能の違いを指摘しただけです。
「みんな違ってみんな良い」という言葉もありますよね?
誹謗される覚えはありません。
むしろ言語の機能に差がないと考えるほうがおかしいと思います。

少数民族の言語が滅びるのは当然だ、などと書いた覚えもありません。
少数の言語が滅びるのはそういった理由によるものだと
分析しただけです。非難されるいわれはありません。

「標準語」が最近出来たと仰っていましたが、標準語は別に
日本語から独立している言語ではありません。
標準語もそうじゃない方言、古文なども含めて「日本語」です。
標準語も歴史の中の日本語の変化の一つです。
日本語における標準語と方言との違いと、日本語と外国語の
違いを混同すべきではありません(共通点もありますが)。
標準語も方言もいわば同じ祖先から生まれたものですが、
日本語と外国語は成り立ちも、話者も、使用される社会も全く
違います。

>「大きな変化に接して」いなかったそれが、方言・地方言語を圧倒しつつある現状には、おっしゃるような社会ダーウィニズム的システムとはぜんぜん違う論理(権力とか経済力とか)が介在しているわけです。

と、おっしゃいましたが、
権力、経済、文化の交流が活発になると、そこには普遍性が必要と
されます(例えば東北弁と九州弁で意思疎通するのは大変ですから)。
標準語もその結果作られたのだし、方言が廃れようとしているのも
同じ理由です。権力・経済的交流が進んだ結果、合理的・普遍的な
言語が求められたわけです。即ち僕の言った「社会的ダーウィニズム」と
同じ論理、同じシステムです。

>「日本語は他の言語とは違うんだ!」
はい、違います。あらゆる言語はあらゆる言語と異なります。
しかし、僕の言いたかったことはそういうことではありません。
滅びた、あるいは滅びようとしている言語には言語の機能、歴史的
背景といった「滅びる理由」があり、日本語はその理由に
当てはまらない、と言ったのです。

>大体、そんなに日本語が優れた言語なら、造語力や外来語の活用力に劣る英語がこれほど隆盛を極めてるはずがないのでは?
舞台が違うでしょう。英語は国際社会で隆盛を極めています。
英国は世界中に植民地を作りましたし、米国は権力・経済力に
おいて、良くも悪くも世界中に影響を与えています。
一方日本は敗戦国ですし、植民地を作っていた時代も短いです。
国際社会で英語が優勢となるのは当然です。
しかし日本国内においては日本語が「隆盛を極めて」いるでしょう?


二つの社会同士の経済・文化的交流が進めば一方の社会の言語は
必ず滅びる、というのなら日本語は滅びるでしょう。
しかし、現実は違います。もちろん滅びる言語もありますが、
残っている言語もあります。
滅びる言語には滅びる理由があり(滅んで当然だなどとは
言ってませんよ?)、日本語はそれに当てはまりません。

filinionさんはどうして日本語が残らず、滅んでしまう言語だと
お考えですか?

はとむぎはとむぎ 2009/06/19 15:09 受験産業関係者さんがおっしゃっていたこの意見についてはどうお考えですか?特にfilinionさんはじめ「日本語は滅ぼすべき」派の意見が聞きたいのですが。

>個人的には、「意思疎通できないことのメリット」が
>存在すると思うので、英語のみにするのは反対です。
>原田武夫氏の著作で知ったのですが、情報の非対称性
>という概念があるそうで、簡単に説明すると、
>相手側の情報が容易に手に入り、こちらの情報は手に入れにくい
>状況が政治経済活動にとって最良の状況であると。
>そして、訳の分からない文化を保存し、訳の分からない言語が
>通用する日本は、それだけで政治経済的に有利であると。
>その観点からすると、「貿易立国を目指す日本は英語を公用語に
>据えるべき」という方向で政策を進めると、逆に日本最大の強み
>を失うことになりかねません。

filinionさんは英語が世界で隆盛をほこるという前提で意見を述べていますが、アメリカなどの英語圏の国家が必ずしも隆盛をほこるとは限らないでしょう。

filinionfilinion 2009/06/19 21:41 >国家が特殊でないとお考えで?
 
 まあ、この議論に関して言えばそうです。
 というか、言語の変遷には普遍的で不可避の原理があって、何者もその前で「特殊」ではあり得ないのだ、と思っています。
 
 おそらく、John Doeさんからは、
「国家は公教育制度を持つために言語を系統的に伝承することが可能になる」
 ……といった話が出てくるだろう、と予想していました。
(成文法というのはちょっと予想しませんでしたが。そんなに直接的な影響を持つのでしょうか……?)
 
 ともあれ、教育にせよ法律にせよ、あるいはマスコミのような情報インフラにせよ、なるほど現在の国家では高度に整備されています。
 しかし、それ以前の社会でも同様の機能が皆無だったわけではありません。
 
 だから、「国家があれば言語はより滅びにくくなる」とは言えても、「滅びなくなる」とは言えません。
 「国家がある」ということが何か決定的な性質の違いをもたらすわけではないからです。
(というか、John Doeさんも「近代国家の国語も滅びることはある」とおっしゃってるんですよね……。ただし日本語は特別だ、というだけで)
 
>アイヌの社会は国家を持たず、文字を持ちませんでした。
 
 それは国家というより、文字がなかった影響が重要なのでは?
(念のために付け加えると、文字を持たない国家だってありました)
 
 っていうか、重箱の隅をつつくようですが、
「アイヌが国家を持たない」
 という時、「国家」とは何でしょうね?
 
>僕は言語の機能に優劣をつけましたが、言語の価値にまで優劣をつけた覚えはありません。
 
 ああ左様で。
 
 私は、John Doeさんの論説は単純で、非合理的で、普遍性にも柔軟性にも欠けたものだと考えますが、それは決してJohn Doeさんの論説の価値を云々するものではありません。
 「みんな違ってみんないい」のです。
 
 ……っていう発言は、およそ詭弁であり、且つ金子みすずに対する侮辱であろうと思いますが。
 
>標準語は別に日本語から独立している言語ではありません。
>標準語もそうじゃない方言、古文なども含めて「日本語」です。
 
 こちらの意図が伝わらなかったのは残念です。
 
 ユネスコの指摘に従えば、いわゆる「方言」には、実際には複数の言語が含まれています。
 それらは確かに互いに類縁関係を持ってはいますが、単一の「日本語」ではなく、いわば「日本語族」とでも呼ぶべきものです。
 
 さて、国内に、今まさに消えゆこうとしている言語があるとすれば、おそらく明治以降すでに消滅したものもあるでしょう。
 
 それらは、いわゆる「標準語」よりも長い歴史の試練に耐えた、文化的な深みを持った言語でした。
 にも関わらず、それが新参の標準語に駆逐された、という事実は、言語の盛衰がJohn Doeさんのおっしゃるような「少数言語は機能が劣るから」などといった話とは異なるからだ、ということを示している、と言いたかったのです。
 
 それを、「どれも日本語」と主張するのは、
「英語もドイツ語もゲルマン語族だから同一。ドイツ人が英語を話すようになってもそれは言語の消滅ではない」
 と主張するようなものでしょう。
 
>滅びる言語には滅びる理由があり
 
 ありませんよそんなもの。
 少なくとも、その言語に内在する形ではないです。
 
 言語の機能が云々、というのであれば、例えば二方向敬語を備えていない点で「標準語」は明らかに京都方言に劣っており、そのために我々が敬語の使い方に頭を悩ませることがあります。
 でも、衰退しつつあるのは京言葉なのです。
 
 滅びる言語には滅びる理由が(内部に)ある、なんていうのは幻想です。
 
>権力・経済的交流が進んだ結果、合理的・普遍的な言語が求められたわけです。即ち僕の言った「社会的ダーウィニズム」と同じ論理、同じシステムです。
 
 むしろ単に、政治的・経済的強者の言語が弱者に受け入れられる、というだけのことでしょう。
(「社会ダーウィニズム」は皮肉なんですが……)
 
 ところで、「少数言語は機能が劣る」って、何か具体的な事例があるんでしょうか?
 具体例があればお願いします。
 
 ちなみに、
「少数言語では外来の用語の翻訳ができず、高等教育ができないという事実がある」
 みたいなことを言われた場合、
「それは単に少数言語は話者の数が少なく、翻訳する知識人の数が足りないからだ」
 と反論するつもりです。そう反論できない、明らかに言語の構造そのものに由来すると思われる事例をお願いします。
 
>filinionさんはどうして日本語が残らず、滅んでしまう言語だとお考えですか?
 
 ……もう10回くらい書いた気がしますが……。
 
 人と情報の交流によって、少数派・弱者の側の言語は衰退します。
 
 それぞれの言語を話す社会がいずれも充分に大きく、違いの交流が相対的に少なければ、お互い自分の言語を話し続けた方が便利ですから、両言語とも存続するでしょう。
(教育制度や内部の情報インフラ、あとまあ成文法の整備や、保守的な文化はそれを支えるでしょう)
 
 しかし、交流が活発化するに従い、大きな社会の住人にとっても「併存」よりも「同化」の方が楽で便利な選択肢になっていきます。
 
 充分に社会の規模が大きく、これまでは滅びることなどあり得なかった言語も、人や情報の交流の活発化に従ってそうではなくなっていくわけです。
 
 「一億人いれば滅びない」「これだけ高機能なら滅びない」などという「ここからは安心なライン」などというものは存在せず、「滅びやすいか滅びにくいか」という程度の差に過ぎない、と考えるのです。
 
>どうして日本語が残らず、滅んでしまう言語だとお考えですか?
 
 「どうして日本語は残らないのか」ではありません。
 あらゆる言語は滅びる可能性があるのです。
(英語もです。仮にもっと話者数とその経済力の強大な言語と接すれば、ですが)
 
 今や日本語は巨大な「英語圏」と接しており、交流はますます活発化しています。
 鎖国でもすれば日本語を守ることができるでしょうが、日本語を衰退させないために日本人が衰退したのでは何にもならないでしょう。
 
>はとむぎさん
 受験産業関係者さんの意見については「コメント返し続編」の方で触れましたが……。
 
「じゃんけんで相手が何を出すか知っていれば負けない」
 というのは事実ですが無理な話で。
 
 また、日本語と英語を両方学ぼうとすればそのコストは高く、失うものも大きいでしょう。
 その点を度外視して考えるのはおかしいと思います。
 
>英語圏の国家が必ずしも隆盛をほこるとは限らないでしょう。
 
 ……受験産業関係者さんはそんなこと言ってないですよね?
 
 大航海時代以前なら、そういう言い分もあり得たかも知れませんが……。

はとむぎはとむぎ 2009/06/19 22:45 filinionさん

>「じゃんけんで相手が何を出すか知っていれば負けない」
> というのは事実ですが無理な話で。

完全には無理でしょうが、向こうの国からしてみれば情報が手に入りにくいということは自明でしょう。たとえ話に置き換えたようでそれとこの話は違うかと。

>英語圏の国家が必ずしも隆盛をほこるとは限らないでしょう。
これは私の意見です。引用部分には>をつけていましたが。

>また、日本語と英語を両方学ぼうとすればそのコストは高く、失うものも大きいでしょう。
> その点を度外視して考えるのはおかしいと思います。

日本語を捨て、英語に切り替えることの方がコストは掛かると思いますが。コスト面から見てもあなたの意見もよっぽど度外視してると思いますよ。

John DoeJohn Doe 2009/06/19 22:57 成る程ね。お話は理解できました(同意は出来ませんが)。

どんな言語も滅びる可能性があります。それは確かです。しかし、
滅びる「可能性」のために国を挙げて「対策」するのは愚の骨頂、
まして公教育の場で公用語を捨て、英語のみを教えるなどまさに
狂気の沙汰です。

「可能性」を「前提」として「対策」をとるには余りにもリスクが
高すぎます。日本語が滅ぶ、あるいは国内で他の言語よりも劣位に
立つ、という百パーセントに近い「確信」が無い限り、机上の空論に
過ぎません。

その百パーセントの確信の根拠をお聞かせ下さい。

filinionfilinion 2009/06/19 23:02 >完全には無理でしょうが、向こうの国からしてみれば情報が手に入りにくいということは自明でしょう。
 
 では、日本が日本語を使っているお陰で、相手からこちらの動向を察知されづらく、かつ、相手の動向を察知することができ、これによって利益がもたらされた例があればお願いします。
 真に重要な情報なら同じ言語を話す相手にも秘匿されるものですし、もし知り得るならたとえ言語の壁があろうと翻訳されるでしょう。
 言語の壁は、日常のレベルでは障害になるが、相手が真に手に入れたい情報を手に入れる上では大した防壁になってはくれない、というのが私の考えなのですが。
(「日本語は天然の暗号だ」とか抜かした帝国軍人もいたそうですが……)
 
>日本語を捨て、英語に切り替えることの方がコストは掛かる
 
 もちろんそのコストは膨大でしょう。
 ただ、初期投資と維持費を混同されていませんか?

John DoeJohn Doe 2009/06/19 23:17 続けて書き続けます。
国家と文字の力を甘く見すぎていると思います。
民主主義、三権分立の行政、司法、立法機関、地方自治体に無数に
ある組織、警察、消防、それに成文法、どれも文字無しには
一日としてその機能を果たすことは出来ず、その中で交換される
情報は莫大なもので、更に使用される言語の殆どは日本語です。
これら全てを英語に変えるのは生半のことではなく、どれ程の
時間、労力、コストが掛かるのか想像も出来ません。

国家が安定すれば社会も高度化し、経済も発展します。
これらのものが発展するほど、交換される情報も増え、
文字と言語に対する依存もますます深まります。
ここで使用されるのも殆どが(特に日本国内では)日本語です。

更には紙と文字があり、出版業界やマスメディアがあります。
小説や漫画、テレビにラジオ、新聞に雑誌、映画やアニメ、
これらのものは日々、日本人に日本語を発信し続けます。

国家や社会、経済にメディア、これらが日本語に与える影響は
それこそ計り知れません。これらを普段意識しないのは我々に
とってそれが当たり前で、更には日本語の影響がほぼ飽和状態に
あるからです。
それに比べればいくら国際交流が増えたといっても、英語が
日本語全体に与える影響はごく些細なものであり、これから
増える影響も僅かなものでしょう。

英語が日本語に取って代わるには、まず国民の日常生活が
変らねばならず、その日常生活は、先ほど述べた通り、膨大な
量の日本語によって影響され続けています。

もう一度書きます。言語のみが滅んで国家だけが残った例は
ありません。ましてこれだけ複雑化して言語に依存するように
なった国では余程のことが無いと有り得ないでしょう。

filinionfilinion 2009/06/20 00:19 >国家と文字の力を甘く見すぎていると思います。
 
 では、John Doeさんはいわゆる「国際化」の力を甘く見すぎておいでなのでしょう。
 
 これまで、国家が残って言語が滅びた例がない(ところで「国家」の定義はどうなりましたか? アイヌには本当に国家がなかったのですか?)のは、それを可能にするほど情報網・交通網が発達しておらず、国際化の圧力が強くなかったからです。
 
 おそらくシンガポールが、ほぼマレー語が英語に入れ替わった例なのではないでしょうか?
 
 現代日本社会が日本語に依存していることについて、John Doeさんのおっしゃることに異論はありません。
 現在の状況を描写したものとして、それはほぼ妥当でしょう。
 
 では今後は?
 
 何度も申し上げたことをミクロな視点で書き直してみます。
 
 現在、すでに小学校でも英語が導入され、「ゆとり教育見直し」のはずなのに国語科の時間は削減されています。
 
 地方の零細農家・工場にまで海外から買い付けに来たり(っていうか国内だけではやっていけなくなったり)する状況もすでにあります。
 外国人労働者の受け入れに関する議論も活発化していくでしょう。
 日本人は日本語だけ話していればよい、という状況は、主に産業の分野から変化しつつあるのです。
 
 スーパーマーケットやコンビニに「スタッフ募集(バイリンガル優遇)」のポスターが普通に見かけられるようになるのもそう遠い日ではないでしょう。
 
 つまり、日本全体がバイリンガル化するのです。
「英語を学んだ方が有利」になるから。
 日本語圏は現在英語圏と接触し、経済的・文化的な交流、人やモノや情報の行き来が活発化しているから。
 
 政府はバイリンガル化を推進していますし、有利である以上、政府の後押しがなくても一般国民は自発的にそうするでしょう。
 
 ……で、その後は?
 
 すでに書いたとおり、
「複数の言語が共存する社会というのも珍しくない」
 と何人かの方から指摘されましたので、そうなるかも知れません。
 
 もちろんその頃には、テレビ放送は全てバイリンガル化され、官報も新聞もすべて英語と日本語の双方が併記(または別刷)されていることでしょう。
 そんな国はいくらもあります。
 
「在日外国人の便宜を図るとともに、国外企業の不安材料を取り除いて投資を呼び込む」
 ために、法律の英語訳も進められるでしょう。
(口語訳をやった経験が生きるでしょう)
 
 ただ、一つの頭に二つの言語を押し込むのは困難、と私は思います。
(少なくともどちらも「母国語レベル」で扱うのは無理な人も多いでしょう)
 
 結果的に、
「英語だけでも用は足りるし」
「日本語だけでも用は足りるけど……」
 ということになっていき、やがて実質的に
「第一言語:英語 第二言語:日本語」
 という状況になるのではないでしょうか。
 
 そしてその後は……というわけです。
 
 それにどれくらい時間がかかるかはわかりません。
(記事を書いたとき想定したよりかかるかも知れない、と考えるようになりましたが)
 
 ただ、私たちが生きてバイリンガル日本を目にする可能性は大いにある、と思っています。

filinionfilinion 2009/06/20 00:20 ところで、「国家」の定義と、少数言語が機能的に劣位にあることの実例をお願いします。

John DoeJohn Doe 2009/06/20 00:21 更に続けます。
まあ、確かに筆足らずなところはあったのは事実ですが
どうやら言語の機能の優劣、という言葉が気に入らなかったようなので
言語の機能の社会に対する適合性、と言い換えましょう。
大きな社会ではより多くの情報が流れ、合理性や普遍性が
求められます。当然、言語もこれに適合するように発達します。
小さな社会では「大きい社会に比べると」(絶対評価じゃなくて
相対評価で)流れる情報は少なく、普遍性や合理性の必要性も
少ないです。社会の特色に適合した語彙、表現、固有名詞は豊富に
ありますが、合理性や普遍性ではやはり劣ります。
これらの社会が接触した時、どちらがより影響力が高いかは
言うまでもありません。現に日本社会はアイヌに合わせず、
アイヌが日本社会に適合する形になりました(そうなって当然
とは言ってませんよ?)。結果、アイヌの文化と言語が実質的に
滅んだのは揺るぎない事実です。

「話者の数が少ない」というのも立派な言語の特徴の一つでしょう。
社会と言語は不可分です。である以上、社会規模の大小によって
言語の話者も増減する、これは当然のことであり、それによって
高等教育が出来ないのは、「大きな社会と接触し、共存しなければ
ならないという条件に限っては」明らかに欠点でしょう。

更に、滅んだ言語の殆どは他文化、他文明に免疫の少ない(または
無い)社会のものだった点も注目すべきです。
日本も鎖国をしていましたが、鎖国といっても他国と全く関係が
無かったわけではなく、更に、鎖国という手法が取れたのも
他文化、他文明に対し、免疫があった証拠です。
免疫の無いアイヌやイヌイットはそういった対策が取れませんでした。

余談ですがあるものの能力、機能を低く評価したら、その価値まで
低く評価する、というのは教師としてどうかと思いますよ?
教師は教育と成績評価を同時に行わなければなりません。
成績にバラつきがでるのは当然で、あなたの意見によると、成績の
低い生徒は人間としての価値も低いことになります。少なくとも
僕はそんな教師に自分の子供を預けたくありません。

ついでに意見というのはその内容によって価値が決まります。
である以上、僕の意見の内容が低いと思ったら僕の意見の価値は
低い、それは当たり前のことで、例えとして不適切です。

言語は言うまでも無く違います。例え大国がその言語を必要と
しなくても、その社会、その文化、その伝統の中ではかけがえの
ないものであり、民族のアイデンティティーを担うものです。
少なくとも自発的に滅ぼすべきではないものと僕も思います。

John DoeJohn Doe 2009/06/20 00:28 最初の質問が一番の疑問なのでそこをお願いします。
例えそれ以外の僕の意見を完璧に論破したとしても、それは
日本語が滅びる、あるいは国内で多言語に対して劣位に立つ
「可能性」を示すだけです。

可能性ではなく、百パーセントの「確信」の根拠をお聞かせ下さい。

filinionfilinion 2009/06/20 01:03 ・話者の多寡という社会的な問題
・言語の適合性という言語そのものの性質
・その言語を話す社会そのものの歴史背景
 
 これらをひとくくりに「言語の特徴」とまとめてしまう(しかも、故意か天然か知りませんが、反論されるとその時々で都合の良い方に使い分ける)粗雑な議論にがっかりしました。
 
 言語の機能と話者の人数は別の問題ですよね?
(機能の劣位を人数で補うのもある程度できるとしても。話者の人数が同じなら、機能面で劣る方が負けてしまう、ということになりますよね?)
 
 John Doeさんは、アイヌ語などの少数言語は
 
・言語の機能の社会に対する適合性において劣位にある
・話者の数においても劣位にある
 そしてその両者とも(繰り返します。両者とも!)アイヌ語の滅んだ原因である、とおっしゃる。よろしいですね?
 
 では、「前者の」例を挙げてください。
 アイヌ語の(または他の少数言語の)どのような点が、合理性や普遍性で劣ったのですか?
 実例を挙げてください。
 
「意見というのはその内容によって価値が決まります」
 では、言語はその機能(伝達性や論理性、文化的な表現力も含めて)によって価値が決まるのでは?
 
 「少数言語は機能的に劣位」とか言い切るのは、なんと取り繕おうと言語の価値をおとしめているのです。
 「日本語は機能的に英語(中国語でもポリネシア語でもいいけど)より劣位」とか言われたらみんな怒るでしょ?
 
 それは言語という
「その社会、その文化、その伝統の中ではかけがえのないものであり、民族のアイデンティティーを担うもの」
 に対してあまりに無神経な言いぐさなのではないか、そこまで言うならよほど強固な実例があるのか、と問うているのです。
 
>最初の質問が一番の疑問なのでそこをお願いします。
 
 重要な質問には全て答えたつもりですが……。
 どの質問ですか?
 
 John Doeさんが最初に書いた質問は 
 
>英語を公用語にするメリットが「ビジネスに有利だから」という
ただ一点だけなんですか?
 
 ですが、これでしょうか?
 
 そうであれば、答えはNoです。
 本文を読んでいただきたい(し、すでに何度も何度も書いた)のですが、日本の公用語は遠からず英語になるでしょう。自然に。
 
 ただ、放っておけば、それは日本にとって大きな苦痛と損失を伴うものになるでしょう。
 経済的にも文化的にも。
 
 それを軽減し、英語態勢に軟着陸する方策を政府が講じることが必要だ、と、私は書いたのです。
 
>可能性ではなく、百パーセントの「確信」の根拠をお聞かせ下さい。
 
 えーと。
 
「あるかそんなもの!」
 
 世の中、経済はこうなる、ネットの未来はこうなる、地球環境はこうなる……って予測してる人がたくさんいますよね?
 
 その人たちに
「可能性ではなく、百パーセントの「確信」の根拠をお聞かせ下さい」
 って聞いたら、なんて答えると思いますか?
 
 そんな根拠を示す人は宗教の人だけですよ。
 
 だからって、100%の根拠を示せない予測が無意味なわけでもない。ですよね?
 
 例えば世界規模で疫病が流行って英語圏が没落して、日本語が一躍世界言語になる可能性だってあります。
 あるいは、日本が超保守体制になって、英語教育をやめて日本語と一緒に没落する道を選ぶかも知れない。
 
 でも、最も高い可能性としては、日本語は英語に取って代わられるでしょう。
 それがどのようにして起きるかは、すでに何度も何度も何度も何度も書いたのでもう勘弁してください。
 
 ……日本語が滅びない、という100%の根拠はないのですよね?

John DoeJohn Doe 2009/06/20 01:04 国家の定義ですか・・・
確かにしていませんでしたが近代国家のイメージがありました。
成文法や議会(のようなもの)があるという点では古代ローマや
中世ヨーロッパ諸国、平安以前からの日本の朝廷や幕府、その元と
なった中国などもあるので、後出しじゃんけんですが
「文字と成文法」を持つ国、という風に定義していいですか?
(探せば一つくらいは言語が滅んだ国もありそうですが)

さて、意見の違いですが、
「日本という国家や社会の日本語に与える影響力」と
「国際社会の日本語に与える影響力」と
どっちが勝っているかという点だと認識しました。
しかし、これに関しては水掛け論にしかならないと思われます。
個人的にはいくら産業分野で英語を使ってもそれは日常生活には
さほど入ってこないのではないかと思います。必要がある人間が
話せばいいだけですから。そして、日常生活で英語を使うように
ならなければ日本語は駆逐されない、とも思っています。

少数民族の言語の機能的劣位、これに関しては先ほど書きましたが
社会に対する適合性、という言葉に訂正させてください。例えば
貨幣経済を持つ社会と物々交換というシステムしか持たない社会、
それぞれにそれぞれの社会に適合した言語があります。
しかし、前者と後者が接触した場合、前者が後者を飲み込み、
後者が前者に溶け込むという形になります。
後者が前者の貨幣経済に適応するには自らの言語に新しい語彙を
増やすか輸入する、或いは前者の言語そのものを使用する以外に
無く、他文化・他文明に免疫の無い少数民族の殆どは相手社会の
言語を使用し始めます。元々多くなかった話者は更に少なくなり、
残念ながら遂には滅亡してしまいます。

という風に分析したのですが、他にご意見があるのなら具体的に
ご説明して下さるとありがたいです。今日はもう寝ますが。

John DoeJohn Doe 2009/06/20 01:12 返事が来ていたのでもう一度。最初の質問とはhttp://d.hatena.ne.jp/filinion/20090214/1234584728#c1245419823
のことです。見逃されたようですが。


仰るとおり、日本語が滅びる可能性はあります。
しかしそうならない可能性も当然あるわけで、
そんなものに「対策」をとるのは余り賢明だとは思いません。
ましてや国を挙げて母国語を捨て、公教育で英語のみを教えるなど
狂気の沙汰です。
「対策」の「前提」とするには「可能性」ではなく百パーセントに
近い「確信」が必要です。

日本語が滅ぶ、或いは日本国内で日本語が劣位に立つ、という
「確信」の根拠をお願いします。

John DoeJohn Doe 2009/06/20 01:38 確かに間違ってました。
言語の機能とはこの場合、表現力とかではなく「言語として生き抜く
ための機能」で、具体的にいうと合理性、普遍性、語彙の豊富さ
といったものです。これらをまとめて「社会に対する適合性」に
訂正させてください。
例えば会社というシステムが入ってくるまで日本に会社という言葉は
ありませんでしたが、自分たちで作り出しました。
一方アイヌ語は日本社会と接しても大幅には変化できずに実質滅びました。
そして、言語としての生き残りという点から見ると、話者の人数や
社会の規模なども当然言語としての機能に含まれます。
社会と言語は不可分ですから。
そりゃ何も言語の機能だけが原因で滅びるとは言ってませんよ。
そもそもより大きい社会に接触するという全く違う条件が無ければ
こういう議論にはならず、そういった諸々の条件を総括して
議論するのが当然だと思います。



日本語が百パーセント滅びない保障はありませんが、
滅びる保障も全くありません。実際に日本と同じような状況で
滅んだ言語はありますが、現時点まで滅んでない言語もあり、
ラテン語のように国が滅んでもなお残る言語もあるわけです。
全ての言語は滅ぶ可能性がある。日本語は国際社会の影響を受けている。
仰るとおりです。しかし今までfilinionさんの仰ったことだけでは
「日本語は滅びる可能性もある」ということを示すだけです。

母国語が滅びる「可能性」があるから公教育で母国語を捨て、
英語を教えよう、というご意見はちょっと受け入れられません。
日本語はほぼ確実に滅びる、或いは大いに衰退する、という
「確信」の根拠をお願いします。
もちろん百パーセントは無理ですが、そう予測できるだけの
材料をお持ちだと期待しています。

John DoeJohn Doe 2009/06/20 11:12 一夜明けて読み返すと自分でも何が言いたいのかよくわからないので
焦点を絞って、仕切りなおしたいと思います。

日本語が英語に取って代わられるか、という問題についてです。
言語の変化は日常会話から起こるという点には同意いただけると
思います。つまり英語が日本語に取って代わるには日常会話が
英語でなされる必要があります。
では国際社会の影響で日常会話に英語が(英単語ではなく)
入って来るかというと、自分には想像がつきません。
例えば産業やビジネスの場でいくら英語が使われても日本人同士は
日本語で話すので、それが日常会話にフィードバックされることは
余り無いと思います。
また、僕は嘗て米国で四年ほど過ごしましたが、日常会話とは
そんなに簡単なものではありません。文章などは辞書を繰りながら
書けますが、会話は不可能ですので、生半の単語力では挨拶と
天気の話題くらいしか話せません。

個人的な実感からすると、日常会話に英語が入ってくるとは思えず
日本語が英語に取って代わられるとは考えにくいと思います。

karenkaren 2009/06/20 12:24 >filinionさん

貴方のコメントを読んでおりますと、だんだん反論に対して言い返すことに躍起になっているように感じます。
相手を言い負かすことが目的ではありませんよね?もう一回
ご自分の意見を整理することをお奨めします。
貴方は少々人の意見を聞けないような所がありますね。
ご自分の意見を相手に伝える為には、好戦的な態度はよくありません。相手の意見もよく聞いた上で、真摯に自分の意見も述べた方がよいのでは・・
横から失礼しました。

filinionfilinion 2009/06/20 20:42 John Doeさん
>産業やビジネスの場でいくら英語が使われても日本人同士は日本語で話すので、それが日常会話にフィードバックされることは余り無い
 
 職場で毎日英語を使い、同様の理由で家族も友達もみんな英語が話せるなら、日本人同士でも英語を使う可能性は高いと思いますが。
 
 念のために確認しておきますが、私は
「日本語の自然な消滅は遠からず(今後数世代で)起きる可能性がある」
 と書きました。
 
 そういうスパンで見ると、生まれたときから日本語・英語を平行して習っている世代にとっては、特に「日常生活では日本語」というような使い分けは意味がないと思います。
(その世代は後から英語を学習したわけではないので、「生半可な英語力」ではない、と考えてください)
 
「産業やビジネスの場でいくら標準語が使われても沖縄人同士は沖縄語で話すので、それが日常会話にフィードバックされることは余り無い」
 と直してみた場合にどうですか?
 
 ……まあ、「日本語が滅びる可能性もある」とお認めになった時点で、私としては特にこれ以上言うべき点はないのですが。
 
 あ、でも、
「言語には(話者の数などとは別に)言語そのものの適応性の優劣があり、適応性に劣った言語は滅びやすい」
 という主張については、実例は存在しない、という理解でよろしいですか?
 
 私としては、言語が滅びるかどうかは、話者の数とか経済的・政治的優位とかが関係しているのであって、言語そのものに滅びる原因が内在している、という意見には全く賛成できないし、(それを「機能的に劣位」と呼ぼうが「社会的適応性が低い」と言い換えようが)エスノセントリズムに直結する発想だと思っています。
 
>karenさん
 
>反論に対して言い返すことに躍起になっているように感じます。
 
 私としては、
「過去に何度も何度も書いたことを何でまた書かなきゃならないんだ」
 といういらだちがあります。
 
 答えたはずの質問をもう一度されたりするし、その割にこっちの質問ははぐらかすし……。
 
 そういういらだちが文章に出ていたかも知れませんが、それとは別に、純粋に論理的に妥当でない点があればご指摘ください。
 
>好戦的な態度
 
 相手の方が知的な論客だ、と思った時は、卑屈なくらい丁重になるんですが。
(それはそれで問題ですけども)
 
 本来は議論の本筋ではなかったのですが、
「少数民族の言語は(少数である、という以外に)適応性が低いなどの性質があり、そのために滅びやすい。(でも日本語は違うよ)」
 というJohn Doe氏の発言が相当頭にきています。
 
 実例を挙げろと何度言っても出してこないし参考資料を提示するでもなし、さりとて「自分で考えた理屈だったのですが実例は思いつきませんでした」とか認めるでもなし。
 
 相手が議論に対する誠実さに欠ける、と思うと好戦的になる傾向はありますね。

John DoeJohn Doe 2009/06/20 23:51 うちの家族は一応、全員英語が話せますが、話しません。
話す理由も必要も無いからです。

それと公教育で英語を教えたところで、日常会話が出来るほど
の英語力はつきません。日常会話が出来るということはその言語で
思考できるほどの語力・ならびに単語量が必要です。
日本語と英語を並行して習得することが出来ないとは貴方も
仰っていたと思いますし、僕も難しいと思います。
それに、そもそも教育による言語の変化は自然の変化と
言えるのでしょうか。

沖縄と現在の日本を比べることは無理があるでしょう。
社会、政府、経済、メディアの規模が全く違います。
それに沖縄やアイヌは日本という社会、国家に編入されましたが
日本という国は国際社会というものに編入されたわけではありません。

日本語が滅びる可能性はある、とは書きましたが、それはどんな
ことでも可能性はゼロでは無い、という程度の意味です。

適応性については何回か書いたように思いますが、
貨幣経済社会(例えば日本)と物々交換で経済が成り立つ
社会(例えばアイヌ)があれば後者が前者に吸収されます。
その際、日本語の中には貨幣経済に対応する語があるのに対し、
アイヌ語にはありません。外来語として受け入れる柔軟性も
ありませんでした。更に仰ったように話者の数や政治経済的要因とも
あいまってアイヌ語は実質滅びました。

余談ですが、どうも言語の機能の差を指摘することがひどく
気に障ったようですが、別にそれを以て少数言語を侮辱する意図は
全くありません。世界には多様な言語があり、その機能には
それぞれ差があります。しかし価値にまで差があるとは一言も
言ってません。filinionさんの考えでは、機能を低く評価することは
即ち価値を低く評価することであるらしいですが、僕の意見は
違います。機能や能力が価値を決めるのではなく、それぞれの
人間がその言語に価値を「見出す」ことによってそれぞれの
人間にとっての価値が決まると考えています。
勿論、その人がその言語の機能や能力に価値を見出したら
その人にとってその言語は価値があるものでしょう。
ですから正直、「何的外れなことで怒っているんだ?」と戸惑いを
感じています。
まして一つの言語の機能が全面的に低い、というレッテルを貼った
覚えもありません。能力や機能の評価ははそれが発揮される条件を
指定しないと無意味です。この議論におけるその条件とは
「大きな社会と接触した際、滅亡せずに共存する」というものです。
その条件に照らし合わせた時、アイヌの社会は貨幣経済を持たず、
多文化との交流も少ないため免疫も無く、人口は少なかったので、
言語もそれに応じて、貨幣経済に対する普遍性などを持たず、
柔軟性に欠け、話者も少なく、更には文字を持たないという
欠点(飽くまでこの条件下に於いての)がありました。
実例を聞かれたので、この日本語とアイヌ語の関係を例に
あげておきます。

議論に対する誠実さに欠けるという評価を僕に対して下された
ようですが、内心、僕も貴方に対して似たような評価を下して
いました。先ほども書きましたが、言語の機能を評価することと
言語の価値を評価することとは全く違うことなのに混同して
ねじ込んでくるし、僕の意見を否定して、それは良いのですが
ではどのように違うのかと訊いても答えません。
何故日本語が滅びるという確信を抱いてるのかと訊いても
「それは何度も答えた」とまともな返答をしません。
何度も何度も訊くのは、何度書いても相手を納得させられない
からです。
今まで聞いたのは「言語の滅亡の流れは不可避だとか、
前例がないからと言ってこれからも無いとは限らないとか、
国際社会の影響がますます強くなっているから」
といったもので、少なくとも僕はこのような理由では確信と
いうほどのものは得られません。

また、議論が全体的にかみ合っておらず、それは僕の責任でも
あるのですが、一方的に罵られるのは不愉快だし、不本意です。

filinionfilinion 2009/06/21 18:02 ……「アイヌ語は日本語に吸収されたよ」
 って言っただけで、「実例」を挙げたつもりだったのですか……。
 
 アイヌ語が消滅しつつあるのは私も知ってますが、その原因に「言語そのものの機能の差があるかどうか」を論じてるんですよね?
 それを論じるのに「吸収されたよ」って言うだけでは例にならないでしょう?
 
 私は
「少数言語が滅びるのは話者の数や経済の規模、政治的立場で優勢な言語と接触したのが原因で、言語そのものの機能は関係ない」
 という立場なわけです。
 で、それに対する反証があれば挙げよ、と言っているんです。
 
 ご存じのように、日本人は数百年の長きにわたって武家社会で暮らしてきました。
 ごく一部に蘭学者がいたとはいえ、大多数の日本人は、
「黒船が風に逆らって動いた!」
 とか仰天するレベルでした。
 日本語も、そのような社会・文化に最適化されていました。
 
 それが、明治維新を迎えるや、数十年で近代化を果たし、憲法を制定し議会を設置し……というのはご存じの通り。
 そして、言語もそれに追随して短期間に変化を遂げ、ちょっと前まで一般市民は想像もしなかったような事物・概念を表現できるようになったこともご存じと思います。(明治時代にできた言葉ってすごく多い、とか)
 
 さて、おっしゃるとおり、アイヌは長期間にわたって狩猟採集を中心とした生活を営んできました。
 アイヌ語がそれに最適化されているのは当然でしょう。
 また、明治日本と異なり、強烈な同一化政策を受けたために、アイヌ語は消滅しつつあります。(「吸収された」というより「破壊された」に近いと考えています)
 
 しかし、
「前近代的な社会に最適化されている」=「近代的な社会には適応できない」
 ということにはならない、というのは、日本語の例で見たとおりです。
 言語というのは変化するものであって、「今、前近代的な社会に適応している」ということが「社会的適応性が低い」ということには全然なりません。
 しかし、アイヌ語などの少数言語は変化する「適応能力そのもの」が低い、ということをJohn Doeさんが示せれば話は別です。
 
 具体的には、
「アイヌ語はこのような語彙の(または文法の)体系を持っている。これは狩猟採集社会においては便利なものであったが、〜〜の理由で複雑な社会には適さない。また、〜〜のために、この点が変化することも難しい。一方、日本語は近代化以前から〜〜であり、英語は〜〜であった」
 というような形で、アイヌ語と他の言語の機能的な差を示してください、と言っているのです。
 
 でないと、
「アイヌ語が吸収されたのには機能的な差も原因の一つとしてある」
「いやない」
 って水掛け論になるだけでしょう?
 
 もしくは、アイヌ語を離れて、少数言語であったにもかかわらず、社会的適応性の高さ故に相手を逆に吸収することのできた例を示す、などでも良いですよ。
 
 ……その点について説明が必要だったとは……。
 「不誠実」という評価は取り下げますが……。
 
>言語の機能を評価することと言語の価値を評価することとは全く違うこと
 
 もちろん、機能が価値の全てではありません。
 でも、その一部を成すものでしょう?
 
「お前は頭悪いな。いや、人間には頭の良さ以外に色んな価値があるからこれはお前を低く評価してるわけじゃないけど。でも頭悪いよな。具体的にどこが、とは言えないけど頭悪いよ。まあ、人間の価値というのはそれを認める人次第だから、これはお前という人間の価値全体とは関わりないけどな」
 ……っていうのは相手の価値を低く評価してることにはならないんですか?
 ここで「お前」が怒り出したら、「お前という人間全体を低く評価したわけではないのにねじこんできた」ことになります?
 
 具体的にこのような点で適応性が低い、って言えれば一つの問題提起になるかも知れませんが、具体例無しで言うのはただの侮辱でしょう。
(ご自分では「低く評価する意図はない」とおっしゃってますが……「差別する意図はありません」って付け加えたって差別は差別、というのと一緒で……)
 
 まあ、侮辱かどうかは本筋ではないので、John Doeさんがそれでもアイヌ語をおとしめたつもりはないとおっしゃるならもう止めませんので(でも、アイヌの方の前では言わない方が良いですよ、とは忠告しておきます)、ちゃんとした具体的な実例さえ挙げていただければ構いません。
 
>何故日本語が滅びるという確信を抱いてるのかと訊いても「それは何度も答えた」とまともな返答をしません。
 
 えーと、
 2009/06/20 01:38のコメントは、ご自分で「仕切り直し」したから、私は無視すべきなんですよね?
 私も一生懸命反論のコメントを下書きしてたのに「仕切り直します」で肩すかしを食わされたんですが……。
 
 何故滅びるのか、というのは……。
 ……だって何度も説明したのに……。
 
 えーとですよ?
 
1・古今東西、大きな社会と小さな社会(=話者の人数・経済力・政治的地位などで劣勢の側)が接触すると、小さな社会の言語が消滅する現象が起きてきた。
2・これは、人や情報の交流によって
「相手の言語を話すことの価値が高まる
 ↓
 相手の言語を学ぶ人が増える
 ↓
 多言語社会への移行
 ↓
 最も優勢な言語(大きな社会の言語)が残る」
 ……という過程を(数世代かけて)経るものだと考えられる。
3・「小さな社会」が充分に大きければ、あえて相手の言語を学ぶ意義は低くなるので、双方の言語が併存する。
4・ただし、これは相対的な問題で、人や情報の交流がより一層活発化すれば、より一層大きな社会同士でも言語の消滅が起きる。
5・公教育制度、マスコミ、文化遺産の蓄積、保守的な文化、成文法などは、社会の大きさと同様、言語の消滅を食い止める働きをするが、その効果も相対的なもので、人や情報の交流がさらに活発になれば、そういったものを備えた社会の言語も衰退する。
 
 ……という一般的な原則がある、と私は考えます。
 そして、その観点からすれば、John Doeさんが挙げた根拠は全て「相対的な」ものに過ぎない、とすでに申し上げました。
 
 John Doeさんは、上記5点の「一般的な原則」に誤りがあるとお考えですか?
 もしそうであれば、どの部分が、なぜ誤りだとお考えですか?
 
 また、上記に誤りがないとすれば、人口一億とか日本の教育制度とかマスコミとかは「相対的な」ものに過ぎないと思うのですが、John Doeさんがそうではないと考えるとすればそれはなぜですか?
 
 ……こちらの説明に納得しないのはこちらの力不足でしょうが、どの部分になぜ納得しないか書かずに同じ質問を繰り返されるのでは議論にならないし、答えるモチベーションが下がるので勘弁して欲しいです……。
 
 ところで、最終的に日本語が全く失われるのか、あるいは(続き記事の方でも書きましたが)公教育以前の水準程度で残るのか、といったことは確かにわかりません。
 
 しかし、行政施策というのは、メリットとデメリットを比較して行われるもの。
 
 John Doeさんは「百パーセント近い確信」が必要だ、とおっしゃいますが、例えば
 
・75%くらいの確率で日本語は滅びる(数字は適当)
・滅びるに任せた場合の被害は甚大である
・今から英語・日本語教育を平行して行えば、その被害を軽減できる
 
 という状況判断があったとしたら、文科省あたりが英語推進を始めるのは間違っているでしょうか?
 それとも、
「75%しかないのに英語移行の準備を始めるなんて狂気の沙汰」
 というお考えでしょうか?
 
 すでに何度も書いたとおり、日本語が滅びるとしてもそれは数世代かかるでしょう。
 
 私としては、今は英語・日本語を平行して教育し、日本語が滅びるとすればそれに備えるべきだ、と思うし、記事中ではそう主張したつもりなのですが。
 もちろん、何かの僥倖で、日本語が残りそうなら、日本語教育を継続すればいいし。
 
 今すぐ日本語教育を止めよ、なんて言っていないわけですが、John Doeさんは以上の点に何か批判的見解がおありでしょうか?

John DoeJohn Doe 2009/06/23 00:25 貨幣経済社会と物々交換の社会の比較では駄目ですか。
ただ吸収されたのではなく、アイヌ語には貨幣経済社会に対応する
語彙が無かったとか説明したつもりですが。

日本語とアイヌ語の違いに関してですが、
他文化・他文明に対する免疫、という観点が抜け落ちているように
思います。日本は古くは大陸から知識を吸収し、西洋とも交わり、
鎖国中にもある程度他文化との交流はありました。
一方アイヌはせいぜい日本と多少交流があったくらいです。
他文化から学び吸収する柔軟性が日本とアイヌとでは違いました。

アイヌ語はわからないので他の言語でよいのなら実例を出してみます。
英語は柔軟性が非常に高い言語で、多言語からの輸入や
自分たちで作った言葉が全体の語彙の約半分近くに達し、
その総単語数は60万語を超え、ヨーロッパの他の言語よりも遥かに
多く、それが理由の全てではないでしょうが、今世界中で
使われています。言語の機能で言語が滅んだ実例ではありませんが
言語の機能で言語がより発展した例だと思います。
これで駄目ならまあ言語的機能の話は取り下げます。

頭悪いよな、という評価は範囲が広すぎると思いませんか?
その人の知能を全否定しています。
僕の言った言語の機能というのはより大きな社会と共存するための
機能という、極めて限定的なものです。少数言語の機能を全否定した
覚えは無く、僕の感覚では「お前は友達作るの下手だけど・・・」
と言う程度の評価だったつもりです。
余談ですが教師としてその評価の仕方はやっぱりどうかと思います。

5つの点のうち1には異論はありません。
2にはあります。相手の国の言語を学んだだけで多言語社会に
なるとは僕には思えません。その社会全ての人が相手の社会の
言語を必要とすることは無く、日常会話で使用されることが
ないからです。まして日本のようにテレビやラジオ、新聞などが
日本語である以上、知的エリートとそうでない人間の格差が
広がるだけのように思われます。

日本はアイヌに日本語教育を押し付けました。アメリカも
ネイティブアメリカンやイヌイットに対して同じ事をしました。
つまり無理やり多言語国家にさせられたのです。同じことは
日本には今のところ起こっていません。

さらに今日本が相手にしているのは国際社会です。国際社会とは
社会という名前こそついていますが、要するに色んな国が自国の
利益のために政治、経済的な交渉の場についているだけのことです。
国家や国民、政府があるわけでもなく、侵略されることもありません。
国家や民族社会など人間に直接構成された「社会」と
同一視していいのか甚だしく疑問です。

2に異論がある以上残りの評価は今はしません。

言語の変化は日常生活から起こります。そして意味も無く変化を
することはありません。変化の理由は色々ありますが
大体、誤用の定着、造語、外来語の輸入に大別できると思います。
英語が日常生活に入ってくるとして、これらの理由には当てはまりません。
さらに言語ははわかり易く、話し易くなるように変化する傾向があります。
例えば可能動詞。五段活用の動詞にに助動詞「らる」を付けるか
「得る」を付けて可能の意味を持たせていたものが、可能の
意味だけを独立させて「書ける」や「読める」と変化していった
ものです(多分貴方のほうが詳しいでしょう)。
「書かれる」という言葉の自立、尊敬、受身、可能の意味を
文脈で判断するより楽だし、「書き得る」よりも言い易いです。
それに引きずられるようにラ抜き言葉も定着しつつあります。
この傾向は日本語だけ見られるものではなく、英語の定冠詞は
theの一つだけですが、嘗ては多くありましたし、ドイツ語などは
現在でも格や性に合わせて16個の定冠詞を使い分けます。
こういった傾向を考えると日本語を母語とするものにとって
英語は極めて難易度が高く、誤用で使い始めることも考えにくいので
日常会話に入ってくることは考えにくいでしょう。そして日常
会話に入ってこない以上、多言語国家になることもなく、日本語を
駆逐することもないように思われます。75%の確率があれば対策を
検討しても良いかも知れませんが、実際にはそれほどの確率がない
と思います。

John DoeJohn Doe 2009/06/23 00:27 貨幣経済社会と物々交換の社会の比較では駄目ですか。
ただ吸収されたのではなく、アイヌ語には貨幣経済社会に対応する
語彙が無かったとか説明したつもりですが。

日本語とアイヌ語の違いに関してですが、
他文化・他文明に対する免疫、という観点が抜け落ちているように
思います。日本は古くは大陸から知識を吸収し、西洋とも交わり、
鎖国中にもある程度他文化との交流はありました。
一方アイヌはせいぜい日本と多少交流があったくらいです。
他文化から学び吸収する柔軟性が日本とアイヌとでは違いました。

アイヌ語はわからないので他の言語でよいのなら実例を出してみます。
英語は柔軟性が非常に高い言語で、多言語からの輸入や
自分たちで作った言葉が全体の語彙の約半分近くに達し、
その総単語数は60万語を超え、ヨーロッパの他の言語よりも遥かに
多く、それが理由の全てではないでしょうが、今世界中で
使われています。言語の機能で言語が滅んだ実例ではありませんが
言語の機能で言語がより発展した例だと思います。
これで駄目ならまあ言語的機能の話は取り下げます。

頭悪いよな、という評価は範囲が広すぎると思いませんか?
その人の知能を全否定しています。
僕の言った言語の機能というのはより大きな社会と共存するための
機能という、極めて限定的なものです。少数言語の機能を全否定した
覚えは無く、僕の感覚では「お前は友達作るの下手だけど・・・」
と言う程度の評価だったつもりです。
余談ですが教師としてその評価の仕方はやっぱりどうかと思います。

5つの点のうち1には異論はありません。
2にはあります。相手の国の言語を学んだだけで多言語社会に
なるとは僕には思えません。その社会全ての人が相手の社会の
言語を必要とすることは無く、日常会話で使用されることが
ないからです。まして日本のようにテレビやラジオ、新聞などが
日本語である以上、知的エリートとそうでない人間の格差が
広がるだけのように思われます。

日本はアイヌに日本語教育を押し付けました。アメリカも
ネイティブアメリカンやイヌイットに対して同じ事をしました。
つまり無理やり多言語国家にさせられたのです。同じことは
日本には今のところ起こっていません。

さらに今日本が相手にしているのは国際社会です。国際社会とは
社会という名前こそついていますが、要するに色んな国が自国の
利益のために政治、経済的な交渉の場についているだけのことです。
国家や国民、政府があるわけでもなく、侵略されることもありません。
国家や民族社会など人間に直接構成された「社会」と
同一視していいのか甚だしく疑問です。

2に異論がある以上残りの評価は今はしません。

言語の変化は日常生活から起こります。そして意味も無く変化を
することはありません。変化の理由は色々ありますが
大体、誤用の定着、造語、外来語の輸入に大別できると思います。
英語が日常生活に入ってくるとして、これらの理由には当てはまりません。
さらに言語ははわかり易く、話し易くなるように変化する傾向があります。
例えば可能動詞。五段活用の動詞にに助動詞「らる」を付けるか
「得る」を付けて可能の意味を持たせていたものが、可能の
意味だけを独立させて「書ける」や「読める」と変化していった
ものです(多分貴方のほうが詳しいでしょう)。
「書かれる」という言葉の自立、尊敬、受身、可能の意味を
文脈で判断するより楽だし、「書き得る」よりも言い易いです。
それに引きずられるようにラ抜き言葉も定着しつつあります。
この傾向は日本語だけ見られるものではなく、英語の定冠詞は
theの一つだけですが、嘗ては多くありましたし、ドイツ語などは
現在でも格や性に合わせて16個の定冠詞を使い分けます。
こういった傾向を考えると日本語を母語とするものにとって
英語は極めて難易度が高く、誤用で使い始めることも考えにくいので
日常会話に入ってくることは考えにくいでしょう。そして日常
会話に入ってこない以上、多言語国家になることもなく、日本語を
駆逐することもないように思われます。75%の確率があれば対策を
検討しても良いかも知れませんが、実際にはそれほどの確率がない
と思います。

filinionfilinion 2009/07/01 21:00  返信が遅くなってすみません。
 なかなか仕事の方で消耗しておりまして。
 
 さて。
 
>貨幣経済社会と物々交換の社会の比較では駄目ですか。
>ただ吸収されたのではなく、アイヌ語には貨幣経済社会に対応する語彙が無かったとか説明したつもりですが。

 ……だからそれは実例じゃないわけですが……。

「アイヌ語には貨幣経済社会に対応する語彙が無かったのも吸収された原因だと思うよ」
 っていう自作理論を開陳してるだけですよね?
 
「貨幣」という言葉は古くは日本語にだってありませんでしたが(貨幣経済が定着したのは平安時代以降ですし)、それを表す単語・表現はうまく導入されたわけですよね?
 さらに言えば、現代では平安時代よりよっぽど早く科学技術や社会が変化して新しい単語・概念が必要になっていますが、日本語はどうにかそれに対応しています。
 
「アイヌ語にはその時貨幣経済社会に対応する語彙が無かった」
 というのはきっと事実でしょうが(“なかった”ことの証明を求めても仕方ないですし……)、だからといって「その時なかった」というのはその後も貨幣経済社会に適応できないことの証明にはなりません。
(「幣」が宗教的意味から離れたように)「ウェンペ(耳飾り)」とかが本来の意味を離れて貨幣を表すようになったかもしれませんよ?
 
「適応力」が低い、とおっしゃった以上、適応力……すなわち変化する力が低い理由を具体的に(「異文化との接触が少ないから」とかいう理屈ではなく、アイヌ語の文法などに則した形で)説明していただきたいわけです。
 
 ……でも、たぶん無理なんでしょうね……。
 
 アイヌについて噛みついた最初のうちは、John Doeさんがアイヌ語にかなり詳しくて、「待ってました!」とばかりに孤立語がどうとか抱合語がこうとかいう専門的な論証をされるかも、と思っていたのですが。
(まあ、私自身アイヌ語そのものには詳しくないので、教えてもらえるならそれはそれで良いだろうという思いもありました)
 
 ……でも、結局、そういう文法的な用語はもちろん、アイヌ語の一つさえも例示しないで
「異文化との接触が少ないから適応力が低いんだよ!」
 という自説を表現を変えて繰り返されるばかり(そしてそれが「実例」だとおっしゃる)。
 
 あげく、
 
>一方アイヌはせいぜい日本と多少交流があったくらいです。
 ロシアは?
 
>アイヌ語はわからないので他の言語でよいのなら実例を出してみます。
わからない……って……。
 
>英語は柔軟性が非常に高い言語で、多言語からの輸入や自分たちで作った言葉が全体の語彙の約半分近くに達し 

 ちょっと待ってください?
 
 まずそもそも「輸入」と「自作」あわせて100%に達しないとすると残りは?
 バベルの街で神がお創りになったとか?
 
 まあたぶん「本来の英語にはない単語が約半分」ってことが言いたかったのでしょうが、「本来の英語」っていつ頃の英語を指すんでしょう?
 古英語のことだとしたら、それ半分も残ってないですよね?
 
 もちろんそれは、いわゆる「やまと言葉」が日本語にどれだけ残っているか、という話とも似通ってるわけですけど。
 
 ではひるがえってアイヌ語はどうか、というと、アイヌも、近世以降に日本語から取り入れた単語はありましたし、それ以外の語……というかそもそもアイヌ語自体の起源が明らかではないわけで……。
 ひょっとしたら「多言語からの輸入」が99.9%だったのかもしれませんよ?
(まあさすがにそんなことはないだろうと思いますが)
 
>これで駄目ならまあ言語的機能の話は取り下げます。
 
 それがいいと思います。
 もしも仮に万が一
「少数言語は適応力が低い(話者の数とかではなく、言語そのものの特質として)」
 などということが現実にあるとしても、John Doeさんはそれを論証するだけの証拠をお持ちでないと思います。
 
>頭悪いよな、という評価は範囲が広すぎると思いませんか?
 
 「頭悪い」だって人間の評価として部分的なものであることは同じでしょう?
 その大小はともかく。
 
 私が言いたいのは、「全体」は「部分」から成っているのだから、部分に対して低い評価を与えればそれは全体の評価をも下げることになる、ってことです。
 そしてそれを根拠もなくやるのは中傷だ、と。
 
「あの新型パソコンは外装の色が悪趣味だ」
 とか、
「あの車はラジオの感度が悪い」
 とかいうレビューは全く枝葉末節についてのものですが、でも全体的な評価にも影響はする(=消費者の購買行動にある程度影響する)でしょう? 
そしてそれが根拠のないものだったら批判されますよね?
 
>余談ですが教師としてその評価の仕方はやっぱりどうかと思います。
 
 John Doeさんはご自分のよく知らない物事についてあれこれ言うのを控えるべきだと思います。
 言語の適応性というのが言語の機能の一部に過ぎないのは私も同意します。
 しかし、だからその部分を根拠もなく低く評価してよい、というものではありません。
 
 たとえば、
「お前は足臭いよな」
 とか
「音楽のセンスがないよな」
 とか
「友達作りが下手だよな」
 とかいうのはその人の評価としてはごくごく一部のものですよね?
 
 じゃあ、クラスメートからそういうことを無根拠に言われた人がいたら担任はどうすればいいでしょうか?
 
「そんなのは人間の評価のごく一部であってお前という人間が全否定されたわけではないから気にするな」
 っていうのが、John Doeさんの考える理想の教師像ですか?
 「全体を否定しない限り問題にはならない」というのが?
 
 自分が理想的な教師でないことは自覚していますが、間違った観点に立って教師批判を展開されるのは甘受しがたいものがあります。後々、私よりがんばっている他の先生が迷惑する可能性もありますから。
 
>相手の国の言語を学んだだけで多言語社会になるとは僕には思えません。
 
 職場でも商店でもマスコミでも英語があふれていて、英語しか話せない人と接触する機会が多くなって、それでもなお一般人が英語を話さない、と考える理由がわからないのですが……。
 だとしたら、たとえば海外の外国人コミュニティの2世・3世が、現地の言葉を話すようになっていくのはどういう理由なのでしょうか?
 少なくとも1世は、家庭では本国語を話していたわけですよね?
 
 おそらくJohn Doeさんは、英語を必要とする日本人はごく一部の知的エリートだけで、一般の日本人が日常的に英語と接触するような未来は永久に訪れない、とお考えなのだと推察しました。
 しかし、ここ数十年で英語は急速に身近になりつつあり、今後もそうなるでしょう。
 
 もちろんもしかしたらJohn Doeさんの考えるような「英語はエリートの道具」な未来も来るかも知れませんが、私としてはそれは日本が世界貿易の主流から取り残された二等国に転落しない限りありえないことでだと思っています。
 
>国際社会とは社会という名前こそついていますが、要するに色んな国が自国の利益のために政治、経済的な交渉の場についているだけのことです。
>国家や国民、政府があるわけでもなく、侵略されることもありません。
>国家や民族社会など人間に直接構成された「社会」と同一視していいのか甚だしく疑問です。
 
 後半は何言ってるのかよくわからないのですが……(侵略されることのない国際社会?「民族社会」?)。
 まあ、国際社会は国家や地域社会のような社会とは意味合いが違う、と言っているのですちょね?
 
 John Doeさんは、「国際社会」という言葉を、国家間交渉の場としてしかとらえていないようですが、それは著しく古い認識だと思います。(Wikipediaの「国際社会」の項を見てみるといいと思います)
 渡航制限があったり市民の国外との通信が禁止されたりしているような閉鎖的な国家ならいざ知らず、現代では個人が国外の人と自由に、かつ気楽に交流することが可能なのですから(言葉が通じれば、ですが)、国家間に壁があって相互の国民を隔てている(そして、“国家間交渉”という窓口だけが開いて、一部の知的エリートがそこに張り付いている)がごとき認識は誤りだと思います。
 
 もちろん、地域社会や日本社会とは性質は異なるでしょうが、地域社会と日本社会だって性質は異なるわけで、広い目で見て「社会」と見なしうるものではあるでしょう。
 
 ……ともあれ、国内で英語が一般的なものになったら一般人も英語をしゃべるようになるか、については、どうも水掛け論になりそうな気がします。
(シンガポールでマレー語が衰退しつつある例は挙げましたが納得されないようだし)
 
 もう少し現実的な落としどころを考えましょう。
 
 前回もおたずねしたのですが、
「当面は、国語教育を継続しつつ英語教育も推進する。国際化に対応するためにもそれは必要だろう。
 そして、英語が一般的になりそうならさらに英語教育を強化し、日本語の衰退が不可避なら国語教育はいずれ中止、もしくは教養程度にとどめる。
 もしも日本語が滅びないようなら、そのまま国語教育を継続する」
 ……という方針で、何か問題はあるでしょうか?
 
 ないとすれば、将来の見通しに食い違いがあるだけで、基本的な考え方にはお互い相違はないことになると思うのですが?

John DoeJohn Doe 2009/07/02 23:46  言語的機能の話しは取り下げます。不愉快な思いをさせたようで申し訳ありません。

>>職場でも商店でもマスコミでも英語があふれていて、英語しか話せない人と接触する機会が多くなって、それでもなお一般人が英語を話さない、と考える理由がわからないのですが……。

 僕もわかりません。仮に仰るような、職場でも商店でもマスコミでも英語があふれていると言う状況になったら一般人でも英語を話し始めるでしょう。しかしどうしたらそのような状況になるという根拠が全く示されておらず、コメントのしようがありません。
 海外と取引のある職場では英語を必要とするでしょう。しかし、その会社全体が英語を必要とすることはありません。観光客相手の商店でも英語を使用するかもしれません。しかし、日本人を相手にする場合は依然として日本語を使い続けるでしょう。最もわからないのがマスコミです。「日本のマスコミが」「日本国内で」「日本人相手に」「英語で」情報を発信する必然性がどこにあるのですか?

>>たとえば海外の外国人コミュニティの2世・3世が、現地の言葉を話すようになっていくのはどういう理由なのでしょうか?

 海外の外国人コミュニティという言葉が良くわかりませんが、例えば米国内の中国人街やイタリア人街といったものですよね?だとしたらその例えは的外れです。日本でその例にふさわしいのは在日コリアンなどで、日本人には当てはまりません。日本にいる限り、日本人は日本語で日常生活を送ることが可能です。である以上、何か特殊な理由が無い限り、日常的に多言語を必要とする社会にはならず、日常会話に英語が入ってくることは考えにくいです。

>>もちろんもしかしたらJohn Doeさんの考えるような「英語はエリートの道具」な未来も来るかも知れませんが、私としてはそれは日本が世界貿易の主流から取り残された二等国に転落しない限りありえないことでだと思っています。

 国内で英語を話すことと世界貿易との間にどのような相関関係があるのでしょう?1970年代、日本はアメリカとの貿易で大幅な黒字を上げ、貿易摩擦問題にまで発展しました。filinionさんの仰ることが正しいのならこの現象は説明できないように思われますが。

>>渡航制限があったり市民の国外との通信が禁止されたりしているような閉鎖的な国家ならいざ知らず、現代では個人が国外の人と自由に、かつ気楽に交流することが可能なのですから(言葉が通じれば、ですが)、国家間に壁があって相互の国民を隔てている(そして、“国家間交渉”という窓口だけが開いて、一部の知的エリートがそこに張り付いている)がごとき認識は誤りだと思います。

 仰ることはその通りと思いますが、何を伝えたいのかわかりません。多言語国家が成り立つためには国家間や社会間の交流というプロセスが不可欠ですが、国家間が交流したからと言って必ず多言語国家が成立するとは限りません。
 あと、Wikipediaで国際社会の記事が見つからなかったので、よろしかったら内容をご教示願えると幸いです。僕としては個人の国際交流と国家同士で構成される国際社会は別物だと思っています。

 シンガポールは英国の植民地でした。アイヌなどと同じで、強制的に多言語国家にさせられた国で、公用語は英語を含め四つあります。ですので、マレー語が滅んだとしても、シンガポールという国家の言語が滅んだとは到底言えないでしょう。少なくともたった一つの公用語が主要構成民族の母国語である日本と比較するのは著しく不適当であると考えます。

>>国内で英語が一般的なものになったら一般人も英語をしゃべるようになるか
という問題に関してですが、僕はこれを「日常生活に英語が入ってくるか否か」と言う風に捉えており、これに関しては以前、明快に否定したつもりです。なぜか今回言及されていませんが、これを論破していただければ水掛け論にはならずにすむと思います。

>>ないとすれば、将来の見通しに食い違いがあるだけで、基本的な考え方にはお互い相違はないことになると思うのですが?

 正直、何を今更という感じです。日本語の滅亡が不可避であるのなら当然対策は施すべきですし、英語教育の重要性も認識しているつもりで、これに関して異論を唱えたことはなく、filinionさんの仰った、将来の見通しに異論があったからここまで粘着(あえてこう表現しますが)してきたのです。
 しかし、元よりfilinionさんには僕の趣味に付き合う義務がありません。もう少しお付き合いいただけるのなら反論なさって下さい。これ以上粘着野郎に付き合ってられない、というならその旨仰っていただければありがたいです。

filinionfilinion 2009/07/04 22:08 >仮に仰るような、職場でも商店でもマスコミでも英語があふれていると言う状況になったら一般人でも英語を話し始めるでしょう。
>しかしどうしたらそのような状況になるという根拠が全く示されておらず、コメントのしようがありません。
 
 前段はちょっと意外ですが。
 私は「日本語も英語も併用されている」という状況のことを指しているのですが、それでよろしいですね?
 であれば、外国人コミュニティ云々の話はすでに合意に達しているようなのでやめましょう。
 
「人や情報の国境を越えた往来、すなわち国際化の進展によってそうなるだろう」
 と申し上げておきます。
 
>「日本のマスコミが」「日本国内で」「日本人相手に」「英語で」情報を発信する必然性がどこにあるのですか?
 
 街角の看板などもそうですが、二カ国語放送の充実から始まるでしょうね。
「英語でも全く不便のない環境」
 が実現することは、英語と日本語どちらを選んでも良い、ということを意味するわけで。
 
>1970年代、日本はアメリカとの貿易で大幅な黒字を上げ
 
 それは70年代だったからだと思いますが。
 John Doeさんのおっしゃるような、英語を話せるのはほんのごく一部のエリートだけでよかった時代ですよね?
 
>あと、Wikipediaで国際社会の記事が見つからなかった
 
 ああ。
「国際社会」の項はないですね。「国際社会学」か。
 
>僕としては個人の国際交流と国家同士で構成される国際社会は別物だと思っています。
 
 そうですか。
 John Doeさんが用語をどんな定義で用いるかは自由だと思います。(事前にその定義を明示してあれば、ですが)
 ただ、私が書くときはその意味とは違いますのでご理解ください。
 
>シンガポールは英国の植民地でした。アイヌなどと同じで、強制的に多言語国家にさせられた国で、公用語は英語を含め四つあります。
>ですので、マレー語が滅んだとしても、シンガポールという国家の言語が滅んだとは到底言えないでしょう。
 
 ……John Doeさんが何を言っているのかわからないのですが……。
 
 マレー語が滅んだらそれはマレー語が滅んだということでしょう?
「シンガポールという国家の言語が滅んだとは到底言えない」
 のは認めますが、それを言うなら、私だって「日本という国家の言語」が滅びるとも思いませんよ?
 なにがしかの言語は話し続けるでしょうからね、たぶん。
 
 あと、シンガポールが、いわば「侵略者の言語」「植民地支配の象徴」である英語をなぜ捨て去らないのか(一生懸命「正しい英語」を話せるよう教育している)、というのも考えてみると良いのでは?
 
>僕はこれを「日常生活に英語が入ってくるか否か」と言う風に捉えており、これに関しては以前、明快に否定したつもりです。
>なぜか今回言及されていませんが、これを論破していただければ水掛け論にはならずにすむと思います。
 
「言語の変化は誤用の定着、造語、外来語の輸入に大別できる」ってやつでしょうか?
 あれは、一つの言語が変容していく原因を挙げたものとしては適切かも知れません。
 
 しかし、その分類だとそもそも言語が(強制抜きで)消滅している、という現実の現象が説明できないので、
「英語が日常生活に入ってくるとして、これらの理由には当てはまりません」
 というのは別に不思議はないと思います。
 
 いかなる流れで消滅しうるのか、については、2009/06/20 00:19に「こんな感じになるでしょうね」というようなものを書きました。
 英語でも不便のない日本社会になる、ということは、個人が日本語と英語を選択できる、ということなのです。
 
 ところで、何度かお尋ねしましたが、私としては、個人→家族→地域社会→国家→国際社会……といったものは連続的なもので、言語の消滅を防ぐ力は相対的な強弱の差しかない(国家に絶対的な保護力があるわけではない)、と考えますが、John Doeさんはそうは考えないのでしょうか?
 
>正直、何を今更という感じです。日本語の滅亡が不可避であるのなら当然対策は施すべきですし、英語教育の重要性も認識しているつもりで、これに関して異論を唱えたことはなく、filinionさんの仰った、将来の見通しに異論があったからここまで粘着(あえてこう表現しますが)してきたのです。
 
 ああそうですか。
 
 まあ、
「アイヌ語(およびその他少数言語)が少数になったのはその言語が社会的適応力に劣っていたから、ではない」
「日本語が滅びることも絶対ないとはいえない」
「日本語が国内で一般的になれば、日本人も日本語を話すことになるだろう」
「日本語の滅亡が不可避なら対策は行うべき」
「そうでなくとも英語教育は重視すべき」
 ……といった点について合意に達しましたので、私としてはほぼ目的は達しました。
 
 「日本語が放っておいたら滅びるとしたらどうすべきか」というのが本記事の趣旨でしたから。
 
 あとは、「日本語は衰退する」という議論の前提が実際どの程度可能性があるか、なのでしょうが、これについて定量的な議論を行う資料は私は持ち合わせませんし、John Doeさんも持っておられないように推察します。
(まあ、関連記事のコメントの中では、その点についての反対はあまりなかったようには記憶しますが。読み返す気力はありませんけれども)
 
>もう少しお付き合いいただけるのなら反論なさって下さい。これ以上粘着野郎に付き合ってられない、というならその旨仰っていただければありがたいです。
 
 ……「粘着」については、私自身しつこいところがあるのでさておきますが……。
 
 ただ、正直、この議論全体が私にとっては「何を今更」に近いものでして……。
 
 それでも何か新しい知見が得られれば、とも思ったのですが、アイヌ語の件にせよ古英語の件にせよ、「それは初耳だ」ということをJohn Doeさんから教わった気がしないのですが……。
 この議論を続けたとして、この先私に何か得るものがあるのだろうか、という気がしているのは事実です。

John DoeJohn Doe 2009/07/05 16:43  僕の目的が達せられていないので更に反論します。

 本記事の趣旨は「日本語は何時か必ず滅亡する、そしてその時に備えて対策を施すべきである」というものだと僕は受け取りました。その「何時か必ず滅亡する」という部分に異論を覚えて、議論を吹っかけたわけですが、先のコメントを見ると「日本語が放っておいたら滅びるとしたらどうすべきか」というものに変っていました。つまり日本語が何時か必ず滅ぶというのは、filinionさんの根拠のない妄想であったという認識でよろしいですね?

filinionfilinion 2009/07/05 17:53 ……John Doeさんの「目的」ってなんなんでしょうね?
(口喧嘩に勝つのが目的ですか?)
 
この記事の翌日の記事、「昨日の記事の補足とか。」冒頭部分
 
>「滅ぼすべき」とかいうタイトルをつけましたが、「日本語が滅びるのは不可避だよ」というのが記事の前提でした。
>万能翻訳機ができてどの言語も滅びなかったり、ブレイン・マシン・インターフェースができて全部の言語が滅びたりする可能性もありますが、記事中では考慮していません。
>人類の歴史の中では、すでに多数の言語が失われています。その過程は現在も進行中です。
>「日本国内でさえ方言があるのだから、世界統一言語なんて不可能」というご意見もありましたが、日本各地の方言が続々と失われているのが現実です。
>情報通信技術が発達して世界を結べば、これまでにも増して言語が失われるのは速くなるでしょう。
 
……という立場は今でも変わっていません。
(滅びるまでにかかる時間は結構あるかも知れない、とは思っていますが)
 
 ただ、その部分は議論の前提だったのです、という話で。
 
>日本語が何時か必ず滅ぶというのは、filinionさんの根拠のない妄想であったという認識でよろしいですね?
 
 そうですねえ。
 「客観的資料:個人的な確信」の比で言うと、
 「日本の日常語に英語が入ってくることはない」というJohn Doeさんのご意見とまあ大体同程度なのかも知れませんね。
 
 それはそうと、
「言語を保存するという意味において、国家の力は地域社会の力よりは強いがそれは相対的なものだ」
 という点に異論はない、と考えてよろしいでしょうか?
 
 それと、「明快に否定したつもり」への応答は、前回の「モデルが不備なので議論として不適」で妥当だったでしょうか。

John DoeJohn Doe 2009/07/05 18:47 失礼、言いすぎましたね。

議論の前提が間違っていたら議論そのものも簡単に覆されうると思います。

 英語が日本語を駆逐するためには、日本が多言語国家になる必要があり、日本が多言語国家になるためには、英語が第二の公用語になる必要があり、英語が第二の公用語になるためには日本国内で英語が日常的に使用される必要があります。
 ではどうしたら日本国内で英語が日常的に使用されるとお考えですか?「国際交流が進展するから」というお答えはちょっと曖昧に過ぎます。国際交流が進展したら、なぜ英語が日本国内で日常的に使用されるのでしょうか。

>>「言語を保存するという意味において、国家の力は地域社会の力よりは強いがそれは相対的なものだ」
 異論があります。言語だけが滅んだ国家はありません。シンガポールはイギリスから独立した際、「最初から」多言語国家として成り立ちました。マレー語は公用語の一つですが、公用語の一つでしかありません。マレー語が滅んでも後三つあります。それまでの公用語がなくなり、全く新しい言語が公用語となった国家はありません。

>>それと、「明快に否定したつもり」への応答は、前回の「モデルが不備なので議論として不適」で妥当だったでしょうか。
 妥当ではありません。方言を含めた言語が滅ぶことと、日本国内の日常会話に英語が入ってくることとは違う問題です。
 地方に於いても標準語は既に日常会話に入ってきています。それが方言を駆逐することは有り得ますし、実際起こっています。
 日本国内に於いて英語が日常会話に入ってくれば同じことが起こる可能性はありますが、そうはならないだろう、というのが僕の発言の趣旨です。別の記事でら抜き言葉が定着したことを挙げ、「言語の変化は不可避である」という論を展開していましたが、ら抜き言葉が定着したようには英語は日常会話には定着しないだろう、ということです。

filinionfilinion 2009/07/05 20:22 >議論の前提が間違っていたら議論そのものも簡単に覆されうる
 
 それはそうですが。
 
 ただ、
「首都圏直下型大地震が発生した時、我々はどう行動すべきか?」
 を論じてるところへ
「そんな地震は起こらないよ!」
 って一生懸命主張する方が来たら、そういう議論はどこか他でやってほしいな、と思うわけです。
 
>異論があります。言語だけが滅んだ国家はありません。
 
 それ循環論法なんですが。
 
 私は、
「確かに、これまで国家のレベルで言語が滅んだ例はない。
 国家は言語を保存する大きな力を有している。
 しかし、力はより弱いが、家族や地域社会もそうである。
 情報の流通が盛んになり、少数言語を衰退させる力が強くなれば、より大きなレベルでも言語は滅ぶ可能性がある。
 国家の力も相対的なものであり、何か絶対的に言語を守る力があるわけではないだろう」
 
 ……って言ってるわけです。
 
 それに対して
「これまで言語だけが滅んだ国家はありません」
 ……って言われても。
 
「これこれこのような理由で、国家はそれ以下のコミュニティとは全く違う」
 という説明をしてもらわないと……。
 
 前にも書きましたが、「国家」だけをそれ以下のコミュニティと絶対的に違うものと見なされるとすればそれはなぜですか?
 
 ……しかし、John Doeさんは、
「今まではこうだった。だからこれからもそうだ」
 というのが基本的立場なんですね。
 
「アイヌ語には貨幣経済に対応する語彙がなかった。だから貨幣経済への対応は不可能だった」
「70年代、日本は知的エリートが英語を学ぶだけで国際貿易で収益を上げられた。だからこれからもそうだ」
「これまで一般の日本人は英語を必要としなかった。だからこれからもそうだ」
「これまで日本の普段の生活に英語は入り込んでこなかった。だからこれからもそうだ」
「これまで国家のレベルで言語が他の言語に移行した例はない。だからこれからもそうだ」
 
 変化しないことが前提の議論なら、そりゃあ変化が起きるはずはないでしょう。
 
 私は、
「現に世界は加速度的に変化してきた。これからもその傾向は続くだろう」
 と考えているので。
 
>妥当ではありません。方言を含めた言語が滅ぶことと、日本国内の日常会話に英語が入ってくることとは違う問題です。
 
 ……えっ?
 
 私は、まさしく
「方言を含めた言語が滅ぶ」
 ような形で日本語が滅びるだろう、と言ってるんですが。
(今まで、そう書いてきたつもりだったんですが……)
 
 「英語が日常会話に入ってくる」って、つまり英語が日本語の中に浸透して、徐々に「英語濃度」が高まって、やがて入れ替わる、みたいな意味ですか?
 今の、
「方言→方言混じりの標準語→標準語」
 ……みたいな?
(宮古方言とかは「方言」と言っても実態は異言語なので話が違ってきますが)
 
 ……そんなことどこかに書きましたっけ?
 
 ああ、ら抜き言葉とか例に挙げたから誤読されたのかなあ……。
 
 私が言いたいのは、全体としての言語の変容は個人の言語活動の集合であって、個々人の言語活動に国家が影響を与えることはほとんどできない、ということです。
 
 そりゃあ……John Doeさんが批判されるような形で日本語が英語に移り変わることはないでしょうね。文法からして違うし。
(もちろん、日本語と英語のちゃんぽんをしゃべる人もいますけど)
 
 だから、日本語は少数言語として滅びるのであって、少数言語が(強制抜きで)滅びる、という現実を説明できないJohn Doeさんのモデルは不適です、と申し上げたわけです。
 
 ……本文「まとめ(追記2)」の
「日本語はその地位を低下させ、(すでに多くの言語がそうなったように)失われてしまうだろう」
 で理解してほしかったんですが……本文の話が伝わらないまま延々議論してたんですね……。
 
 なんか、もう疲れたんでやめたいんですが……。
 
>ではどうしたら日本国内で英語が日常的に使用されるとお考えですか?
 
 英語圏の人が国内にたくさん入ってくるのが最初の原因でしょうか(一時的滞在か永住かはともかく)。
 「人の交流」というのはそういう意味で書いてます。
 で、普通の中小規模の商店でも英語を使う必要が高まるとか。
 
 「情報の交流」について言うなら、地方の工場とかでも海外からの注文をこなす必要が出てくるとか。
 もちろん、
「このゲームおもしろいらしいけど英語版しかないよ−。シューティングだからなんとかなるかなー」
 とか、
「俺のサイトに英語でコメントしてくれた人がいるけどなんて書いてあるんだこれ」
 とかもささやかな例かも知れませんが。
(一般人が英語を学ぶモチベーションを得る機会の増加、という意味では)
 
 で、日本で暮らす英語話者(非日本語話者)が増えれば、
「日本は英語話者にとって不便だ!もっと配慮が必要だ!」
 という話になり、徐々に英語の地位が向上するでしょう。
(英語話者でも不便でなくなる)
 
「英語を第二公用語に」という議論が出るとすればその頃でしょうか?
(実現はもっと後か……)
 
 もちろん、私やJohn Doeさんを含め、現在の世代の大多数は、死ぬまで日本語を使い続けるでしょう。
 しかし、一世代・二世代後の日本人は、そういう環境の中で育ち、全員が日本語を選択するとは限らないでしょう。
 
 ……なんか、大体同じことを何度か書いている気がするんですが、これのどのあたりが「曖昧に過ぎる」ので?

John DoeJohn Doe 2009/07/05 21:50  今まで地震の起きたことのない地域で「地震が起きるから対策すべきだ」と仰っているのがfilinionさんなんですが。聞いてる側としては地震が起きることの根拠を尋ねたくなるのが当然と思います。

>>情報の流通が盛んになり、少数言語を衰退させる力が強くなれば、より大きなレベルでも言語は滅ぶ可能性がある。
 国家の力も相対的なものであり、何か絶対的に言語を守る力があるわけではないだろう

 具体的な説明になっていません。特に「情報の流通が盛んになり、少数言語を衰退させる力が強くなれば」の箇所は根拠のない、filinionさんの想像ではありませんか?情報の流通が今よりも盛んになるとしたらどうして、どのように盛んになるのか、それによってどのように少数言語を衰退させるのか具体的にご説明願います。

結果論で言えば、国家の言語を守る力は絶対的なものです。今まで言語が滅んで国家だけが残った例はありません。そして何か特別な根拠がない限り、今まで起きなかったことはこれからも起こらないと考えるのが普通だと思います。その具体的な根拠を提示してくれるようお願いしているのですが、未だに示されていません。

少数言語が強制抜きで滅びる、と仰いましたが日本国内での日本語は少数言語からは程遠いところに位置しています。日本国内が少数言語になるためには日本が多言語国家になる必要があり、そうなる理由や根拠をfilinionさんは示しておられません。

日本国内に英語圏の人が今よりもたくさん入ってくるというのはfilinionさんの想像でしかないように思われます。具体的な根拠をお願いします。

多少情報の交流が増えたからといって英語話者が増えるというのは根拠として曖昧だと思います。自分のサイトや仕事で英語を使う機会が増えたからといって英語で日常会話をするようになるとは限りません。まして日本国内では日本語で日常生活を送るのに全く不自由がないのにあえて日本語を捨て、言語の壁を越えてまで、英語話者になりたがる人が増えるというお説は少々説得力を欠くように思います。

filinionさんは人に根拠や具体例を求めますが、自分の説に対してはそれを出したがらない傾向があるように思います。おそらくご自分の意見が正しい、という前提でものを言っているからだと思います。

filinionfilinion 2009/07/07 22:44  非常に申し訳ないのですが、今回の応答で最後にさせていただきたいと思います。
 
 粘着にうんざりした、というわけではないのですが(私自身しつこいのには自信がありますから)、この議論から得るものはどうやら何もなさそうな気がしてきました……。
 
 「国際化が進む」とか「情報化が進む」とかいう点について「具体的な根拠を出せ」とか言ってくる人とは議論にならないと思うのです……。
(……John Doeさんってどこの世界に住んでるんでしょう?俗世を離れた修行僧かなんかなんでしょうか?)
 
 それに、ほとんど過去のコメントの引用で済むような質問を繰り返し繰り返しされること(今回は特にひどいです……)や、度重なるこちらの文章の誤読(そもそも最初のコメントからしてそうでしたし……)、論拠として誤った資料を出して来ることなどを考えると、正直申し上げて議論の相手をするのに徒労感を感じます。
 
 そんなわけで、疲れたのでこれでやめます。すみません。
 
 ……一応聞きたいんですが、この後
「残 念 釣 り で し た」
 とか書く予定があったりします?
 
 だとしたら、先に
「良かった、日本語読解力のない元留学生はいなかったんだ……」
 と予防線を張っておきます……。
 
>今まで地震の起きたことのない地域で「地震が起きるから対策すべきだ」と仰っているのがfilinionさんなんですが。
>聞いてる側としては地震が起きることの根拠を尋ねたくなるのが当然と思います。
 
 阪神大震災は「これまで地震が起きたことはないから大丈夫だ」と言われている地域で起きました、というのでは不足だとおっしゃるんですね。
 まあ、安定陸塊の上なら起きないかもですが、言語はみんな活断層の上にあるみたいなものですから。
 
>情報の流通が今よりも盛んになるとしたらどうして、どのように盛んになるのか
 
「情報化」でおググりください。
 
>それによってどのように少数言語を衰退させるのか具体的にご説明願います。
 
 だって、現に少数言語は強制抜きで滅びているでしょう?
 それは大きな社会との接触が原因だ、というのはお互いの共通認識だったはずですよね?
(そこに「言語固有の社会適応能力の差」とやらいうものは存在しない、という点では合意に達しましたよね?)
 なのになんでその機序の説明が必要なんでしょうか……。
 
 ええと、大きな社会と小さな社会との間で人や情報が行き来するのが、少数言語衰退の原因だということでいいんでしたよね?
 人や情報の自由な往来が可能になると、個人にとって、「大きな社会」側の言語を話したほうが有利で便利になるから話者が減るんではないでしょうか?
 
John Doeさんご自身、2009/06/20 01:38のコメントで、
「実際に日本と同じような状況で滅んだ言語はありますが、現時点まで滅んでない言語もあり、ラテン語のように国が滅んでもなお残る言語もあるわけです。
全ての言語は滅ぶ可能性がある。日本語は国際社会の影響を受けている。
仰るとおりです。しかし今までfilinionさんの仰ったことだけでは「日本語は滅びる可能性もある」ということを示すだけです」
 
 ……って書いていますよね?
 
 「同じような状況で滅んだ言語」はいかにして滅んだのか、ご自分で考えては?
 
>そして何か特別な根拠がない限り、今まで起きなかったことはこれからも起こらないと考えるのが普通だと思います。
>その具体的な根拠を提示してくれるようお願いしているのですが、未だに示されていません。
 
 何度も書いてる気がしますけど……。
 
 私の2009/06/14 01:59のコメントをご覧ください。(「地理的な差異が」以降)
 
 かつては、国内でも、地域ごとに小さな社会がたくさんあり、互いに異言語と言っても良いほど分化した「方言」がありました。
 何百年もの間、それらは滅んだりしなかった。
 
 けれど、近代以後、人や情報の流れが活発になるに従って、それらは急激に滅んでいった。
 
 つまり、マスコミや交通機関の発達で、言語が滅びる規模は拡大したわけです。現実に。
 
 世界全体でも同様です。長い間存続してきたはずの少数言語が、(強制されていない場合にも)消滅の危機にあります。
 少数言語を(平和裏に)滅ぼすのは、大きな社会との交流なんです。
 
 このように、時代が進むにつれて、言語が滅ぶ規模は大きくなった。
 そして、情報や人の行き来はますます活発になっている。
 だから、これからも言語が滅ぶ規模は大きくなり続けるでしょう。
 
 「これから」の話をしているのですから、「実際に起きた事例を示せ」と言われてもそれは無理ですが、過去の歴史を見る限り、未来予測として一定の妥当性はあるはずです。
 
 「今まで国家規模で言語が滅んだことはないからこれからも滅びない」という方が無茶ですよ……。
 「世界規模の環境破壊が起きたことはないからこれからも起きない」に近い。
 
 どうしてJohn Doeさんが、社会が変化し続けている、という事実に目をつむって未来を語れるのか理解できません。
 
 未来予測をするのに「結果論で言えば」なんて物言いをするなんて……。
 言語史にいつ「結果」が出たんですか?
 
>少数言語が強制抜きで滅びる、と仰いましたが日本国内での日本語は少数言語からは程遠いところに位置しています。
 
 そんなこと知ってますけど……。
 
 しかし、
「国際社会にあっては実質の共通語は既に英語ですし、日本語は現時点で辺境の少数言語でしかありません」
 とは御自分で書いた文章ですよね……?(2009/06/14 00:26)
 
 「国際社会」の定義はお互いに違いましたが、その共通語が英語である(またはそうなりつつある)、というのは、いずれの定義に立っても同様ですよね?
 
 国際社会で少数言語なんだから、少数言語が滅びるようにして滅びるんですよ……。
 宮古島では宮古方言が多数派だったはずなのに、今は滅びつつあるでしょう?
 古い世代は相変わらず宮古方言を話しますが、若い世代は宮古方言か標準語を選択する自由があり、そして標準語を選んでいるんです。
 
>日本国内に英語圏の人が今よりもたくさん入ってくるというのはfilinionさんの想像でしかないように思われます。具体的な根拠をお願いします。
 
「国際化」でおググりください。あと「グローバリゼーション」。
 国内の外国人は現に増え続けているのに、なんで今後は今の水準で止まると思うのか、そっちの方が理解できないです。
 
>日本語で日常生活を送るのに全く不自由がないのにあえて日本語を捨て、言語の壁を越えてまで、英語話者になりたがる人が増えるというお説は少々説得力を欠くように思います。
 
 だから、今の世代が日本語を捨てるんじゃないんです。
 
「私やJohn Doeさんを含め、現在の世代の大多数は、死ぬまで日本語を使い続けるでしょう。
 しかし、一世代・二世代後の日本人は、そういう環境の中で育ち、全員が日本語を選択するとは限らないでしょう」
 って書いたじゃないですか? 直前のコメントですよ?
 
 日本語で不自由がないけれど、英語でも不自由がない、という状況になったら、その環境で生まれる世代は英語を選択する人が相当いるだろう、って言ってるんです。
(宮古方言と標準語の例を思い出してください)
 
「以降には何世代かかかる」って何度も何度も何度も何度も何度も書いているでしょう?
 
>filinionさんは人に根拠や具体例を求めますが、自分の説に対してはそれを出したがらない傾向があるように思います。
 
 出してないんじゃなくて。出してるけどJohn Doeさんがちゃんと読んでくれないんですよ……。
 
 まあ、あるいはこちらの力不足でその例に納得しないのかも知れませんが、どの部分になぜ納得しないか書かずに同じ質問を繰り返されるので議論にならないし、答えるモチベーションが下がる……というのも、2009/06/21 18:02のコメントで書きましたね……。
 
>おそらくご自分の意見が正しい、という前提でものを言っているからだと思います。
 
 いや。私の意見にも瑕疵はあるでしょう。John Doeさんの意見にも、そしてこの世のあらゆる意見にも。
 それをぶつけてよりマシなものにしていくのが議論なんですが……もう……疲れました。
 
 英語だ日本語だ言う前に、日本語をちゃんと読んでくれない人と議論をするのは。
 
 徒労感でいっぱいです。
 
 すみません。さようなら。

John DoeJohn Doe 2009/07/08 14:06  最後くらいきちんと返事をして欲しかったんですが残念です。

 結局英語が日常会話に入ってくる根拠を示していないじゃありませんか。

>>しかし、一世代・二世代後の日本人は、そういう環境の中で育ち、全員が日本語を選択するとは限らないでしょう。

とお書きになりましたが、一世代・二世代後に「そういう環境」になる根拠を出しておられないじゃないですか。

>>日本語で不自由はないけれど、英語でも不自由がない、という状況になったら、その環境で生まれる世代は英語を選択する人が相当いるだろう・・・

 論理的に破綻しているのを御自覚でしょうか?仮に、日本語で不自由が無いのと同じレベルで英語でも不自由が無いとしたらそれは既に多言語国家じゃないですかね?多言語国家になってから英語を日常的に話し始める人が出るというのは理屈としておかしくないですか?更に言うなら、これもfilinionさんの「想像」であって、「根拠」はどこにも見られませんね。

 言うまでも無く、現在日本国内での日本語は多数言語です。日本語が少数言語として滅ぶには日本という国家が多言語国家になる必要があり、それにはまず、英語が日常生活に入ってくる必要があります。どうしたら英語が日常生活に入ってくるのですか?言い換えると、どうしたら日本人は英語を話し始めるのですか?情報化したら英語で読み書きする機会は増えるかもしれませんが、それに伴い日常会話で日本語を捨て、英語を使用し始める人が出るということですか?何のために?
 国際化が進むと英語を話す人が日本に大量に押し寄せるのですか?何のために?出稼ぎ?移民?英語が話せるのにどうして米国や英国でなく、日本語しか通じない日本に来るのですか?在日コリアンは四十万人ほどいるはずですが朝鮮語が日常会話で使われ始めたという話は聞きませんよ?英語を話せる外国人が何万人来たら日本人は英語を話し始めるんですか?

>>国際社会で少数言語なんだから、少数言語が滅びるようにして滅びるんですよ

 全く意味がわかりません。元より国際社会で日本語が使われることは殆どありませんが、何故国内でも滅びるんですか?理屈にすらなっていません。そもそも少数言語って必ず滅びるんですか?方言でも関西弁とかは堂々と使用されていますよね?

 想像力が豊かなのは大変に結構なことですが、根拠無しに想像だけをを元に論じても恥をかくだけですよ?成る程、確かに日本語が滅亡する可能性もわずかながらにあります。しかし「可能性があること」言い換えれば「可能性が無いことを完全には保障できないこと」はその可能性が実現する根拠を示すものではありません。
 詐欺師や占い師に喜んで引っ掛かりたがるような馬鹿なら、filinionさんの説明で納得するかもしれませんが、歴とした人間ならだれでも疑問を覚えるでしょう。
 僕としてはむしろfilinionさんのこの記事が釣りであって欲しいです。こんな想像力を根拠に妄想を垂れ流し、指摘されても開き直って逃亡するような人が小学校の教師をしているとは信じたくありません。
 ああ、だから日本語が滅亡するのかもしれませんね。

HANDHAND 2009/07/26 02:18  面白く読ませていただきました。
 日本語と英語を含むさまざまな言語ががひとつの共通言語に近づくであろう、そのとき、その共通言語はかなり英語に近いであろう、だから日本人としては英語に積極的にかかわり、いずれくるであろう共通言語を日本的なものに近くしようという発想は新鮮でした。

filinionfilinion 2009/08/07 00:50 >HANDさん
 簡潔にまとめていただきありがとうございます。
 本記事の趣旨としてはまさにそのようなことを書いたつもりでした。
 妥当性については異論もあるところとは思うのですが。

nnnnnn 2009/10/06 22:21 馬鹿

nhatnhat 2010/02/05 22:37 そのとおり!
日本や韓国やフランスは英語を公用語にしないから いつまでたっても貧しいままなのだ。 
日本は はやく英語を公用語にして フィリピンやパキスタン、ナイジェリアのような豊かな国になるべきだ!

jagajaga 2010/02/23 18:42 そのうち日本語が消滅する可能性はあるかもしれないが、日本人が進んで個性ともいえる言語を自ら捨てる必要性はないと思う。
日本語に魅力を感じている人間は日本人以外にもいる。
それを消すのはどうかと…。
世界的に需要がなく、自然と必要なくなるのであればそれは仕方がないと思う。
今現在、日本人の大半が英語を話せないからといって計画的に日本語を捨てて英語一つにするというのもおかしな話だ。
本当に英語を習得したいのであれば日本語をなくさなくともやり方はいくらでもある。
そこまで英語に興味ない人のために日本語を消されたのではたまったもんじゃない。

>日本語さえ使っていれば過去の日本文化を理解できるとは限りません
だからみんな勉強するんじゃないんですか。

1読者1読者 2010/09/10 19:52 今さらコメントすることにお許しください。
私はこの話をとても楽しく(興味深く)読ませていただきました。
もちろん上記にあるコメントも。

しかしコメントの多くは楽しく読むことはできませんでした。

私は物事の考え方は人によって自由だと思いますし、こういった非一般的な考え方を持つこと、そしてそれを人に伝えることはとても重要だと思っております。
もちろん読み手に強制させるような主張はよくないとおもいます。


そしてここに並んでいるコメントの多くが、書き手に向けた「強制させるような主張」のように見えました。


こういった話を書くことは精神的な負担が多いと思いますが、できるだけ気にしないで書き続けていただけることを強く願います。

nob_rippernob_ripper 2010/09/11 13:25 興味深く読ませていただきました。
私は会社員ですが、教育学部の国語科出身でして、感じるところをいくつか。
釈迦に説法ですが、言語の多様性というのは科学的にも哲学的にも未解決の問題ですよね。N.チョムスキーは生成文法説を唱えた後も、日本語や朝鮮語について説明ができないことで悩んだというのは有名な話でしょう。
また、口語文法などというものはないのだ、常に変わっていくものなのだ、というのは私の恩師の極論でした。
また、歴史的に見ても、言語が融合する、という現象はないですよね。ピジン・イングリッシュというものはありますが、それは飽くまでイングリッシュなんであって、現地語と英語の折衷言語ではありませんよね。
一定数以上の話者の存在する言語というものは、かくも強靭であり、また、この謎を解明することは、まさしく人間というものを解明することに他ならない、永遠の課題だと言えましょう。
人為的に話者を抹殺しない限り、日本語は消滅しないと思いますよ。

普通の人普通の人 2010/09/19 18:46 例えば、「いただきます」や「ごちそうさま」という一神・一宗教に対さない挨拶をするという行為などから日本人の原始神道からくるアニミズムは脈々と受け継がれているのではなく、国家というよりも土地が先、人が後な原住民・先住民の創った自然発生の国である故慣習や所作もっと言えば思考にまで潜在的に倣ってきたものなので、このアニミズムを放棄しなければ、現実的に外国語への拒否感・違和感は拭えないのが本当のところだと思います。日本語における他者は神という暢気っぷりは逆に返せば現世は文字通り死守するという排他的思想の裏返し。

また、それこそが日本人である所以となり、実際のところは原始的なアニミズムを未だに持った発生以来占領を受けたことと移動をしたことのない非常に奇異な先進国の(土地に縛られた)原始民族であると言えます。

このアニミズム並びシャーマニズムを駆逐することができ言葉よりも行為を抹殺すれば可能。それにはネイティブアメリカンやアボリジニのように拒絶と強制をもって闘わなければいけないので、島国などという単純な話ではないし、変遷をへて共和という思考が理解できる国とはまったく度合いの違う話です。

また、これを置いて自身達を理解できず他者を理解しようというのも無理な話。

滅茶苦茶に神秘的で原始的な思考をするからこそ存在価値が現状はあるとも言える。

sakurajimasakurajima 2010/10/28 09:25 こういう文章を書いておかしいと思わない教師を量産しているところに日本の教員養成制度の根本的な問題点がある。私も教免を持っているが、どういう「日本人」を育てるのか、という観点について大学で教わった記憶がない。

holyholy 2010/12/26 23:58 外国語を短期間で覚えるコツ
「外国人のガールフレンドを紹介してもらう」
まずは母語をちゃんと身につけよう。グローバル化と民族主義はコインの裏と表なんだよ。語るべきものが何も無いのに外国語を身につけて、いったい何を語るというのやら。

kmnskmns 2012/09/23 23:00 GHQ とローマ字化のことで檢索したところ、たくさんのブログがみつかった。ここはコメントが膨大。讀むのはあきらめて、同好の士のあることを信じて一筆。


戰後の表記改革をGHQによるローマ字化阻止の點から肯定的にいふ人がある。逆説的ですが、ローマ字化すればよかったと思ふ。さうすれば獨立と同時に元に戻ったのではないだらうか。ローマ字化の目的は日本國民を戰前の軍國主義の横溢する書籍から遮斷することにあったのだから、ローマ字化阻止を言ひながら假名字母の使用を制限して國語の傳統に楔を打込んだことは彼らにしてみれば考へもしなかった戰果であったわけだ。そのために明治大正昭和は國語辭典と古語辭典の狹間に見捨てられた。歴史的假名遣は破棄されたが、變るべき假名遣は今以て確立してゐない。


書店においてある圖書檢索システムで「まちづくり」を含む書名を檢索すると6件。「まちずくり」なら1247件。英語が巾を利かす時代となるかもしれないのに地名人名のローマ字の綴り方ひとつ決まってゐない。假名の正書法が失はれてゐるから當然ではあります。メルマガ「頂門の一針」九月二十二日號所載の「國語規制の撤廢を訴へる」を御一讀いただければさいはひです。

kmnskmns 2012/09/23 23:00 GHQ とローマ字化のことで檢索したところ、たくさんのブログがみつかった。ここはコメントが膨大。讀むのはあきらめて、同好の士のあることを信じて一筆。


戰後の表記改革をGHQによるローマ字化阻止の點から肯定的にいふ人がある。逆説的ですが、ローマ字化すればよかったと思ふ。さうすれば獨立と同時に元に戻ったのではないだらうか。ローマ字化の目的は日本國民を戰前の軍國主義の横溢する書籍から遮斷することにあったのだから、ローマ字化阻止を言ひながら假名字母の使用を制限して國語の傳統に楔を打込んだことは彼らにしてみれば考へもしなかった戰果であったわけだ。そのために明治大正昭和は國語辭典と古語辭典の狹間に見捨てられた。歴史的假名遣は破棄されたが、變るべき假名遣は今以て確立してゐない。


書店においてある圖書檢索システムで「まちづくり」を含む書名を檢索すると6件。「まちずくり」なら1247件。英語が巾を利かす時代となるかもしれないのに地名人名のローマ字の綴り方ひとつ決まってゐない。假名の正書法が失はれてゐるから當然ではあります。メルマガ「頂門の一針」九月二十二日號所載の「國語規制の撤廢を訴へる」を御一讀いただければさいはひです。

kmnskmns 2012/09/23 23:00 GHQ とローマ字化のことで檢索したところ、たくさんのブログがみつかった。ここはコメントが膨大。讀むのはあきらめて、同好の士のあることを信じて一筆。


戰後の表記改革をGHQによるローマ字化阻止の點から肯定的にいふ人がある。逆説的ですが、ローマ字化すればよかったと思ふ。さうすれば獨立と同時に元に戻ったのではないだらうか。ローマ字化の目的は日本國民を戰前の軍國主義の横溢する書籍から遮斷することにあったのだから、ローマ字化阻止を言ひながら假名字母の使用を制限して國語の傳統に楔を打込んだことは彼らにしてみれば考へもしなかった戰果であったわけだ。そのために明治大正昭和は國語辭典と古語辭典の狹間に見捨てられた。歴史的假名遣は破棄されたが、變るべき假名遣は今以て確立してゐない。


書店においてある圖書檢索システムで「まちづくり」を含む書名を檢索すると6件。「まちずくり」なら1247件。英語が巾を利かす時代となるかもしれないのに地名人名のローマ字の綴り方ひとつ決まってゐない。假名の正書法が失はれてゐるから當然ではあります。メルマガ「頂門の一針」九月二十二日號所載の「國語規制の撤廢を訴へる」を御一讀いただければさいはひです。

kmnskmns 2012/09/23 23:00 GHQ とローマ字化のことで檢索したところ、たくさんのブログがみつかった。ここはコメントが膨大。讀むのはあきらめて、同好の士のあることを信じて一筆。


戰後の表記改革をGHQによるローマ字化阻止の點から肯定的にいふ人がある。逆説的ですが、ローマ字化すればよかったと思ふ。さうすれば獨立と同時に元に戻ったのではないだらうか。ローマ字化の目的は日本國民を戰前の軍國主義の横溢する書籍から遮斷することにあったのだから、ローマ字化阻止を言ひながら假名字母の使用を制限して國語の傳統に楔を打込んだことは彼らにしてみれば考へもしなかった戰果であったわけだ。そのために明治大正昭和は國語辭典と古語辭典の狹間に見捨てられた。歴史的假名遣は破棄されたが、變るべき假名遣は今以て確立してゐない。


書店においてある圖書檢索システムで「まちづくり」を含む書名を檢索すると6件。「まちずくり」なら1247件。英語が巾を利かす時代となるかもしれないのに地名人名のローマ字の綴り方ひとつ決まってゐない。假名の正書法が失はれてゐるから當然ではあります。メルマガ「頂門の一針」九月二十二日號所載の「國語規制の撤廢を訴へる」を御一讀いただければさいはひです。

カルーアミルクカルーアミルク 2016/03/21 01:35 文章が長い。せめて15行にまとめて。

filinionfilinion 2016/03/21 07:24 >カルーアミルク
あきらめろ。

てらぼんてらぼん 2016/10/19 11:46 公用語として、国語と英語、併用では駄目なんですか?フィリピンは併用して成功していると思います。中米のベリーゼ(ベリーズ)は、私が旅行した当時、国民にスペイン語を禁止にさせて、英語を公用語にしたばかりで、皆さん困っていたようです。現在の状況はネットでしか分かりませんが、日本人より上手になっているのではないかと推測できます。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/filinion/20090214/1234584728