子どもはどう育つのかどう育てるのかわかっていることとわからないこと

   ** 育てる者への発達心理学 関係発達論入門  大倉得史 **

関係発達論というのは、鯨岡峻という日本の発達心理学者が比較的最近提唱した考え方なのだそうです。一昔まえに発達心理学を勉強してそのままの人ははじめて聞く名前かもしれません。

この本は、その関係発達論の考え方に基づいて、実際に子どもが育っていく過程、特に乳児期幼児期の育ちを、実際のエピソードを検討しながら細かく解説しています。

親という立場を経験した者として、なるほどそういうことかと腑に落ちることがたくさんありました。はじめての不安な子育てに向かう親にとっては育児の参考書になるかもしれません。

育てる者への発達心理学―関係発達論入門

育てる者への発達心理学―関係発達論入門

この本は大きく二部に分かれていて、前半はエピソードを紹介しながら、子どもと養育者のかかわりがどのように作られていくかを解説しています。

ここで大事にされているのは、子ども‐養育者の関係性です。

妊娠がわかった初期から、とまどい迷いながらも、親になっていく親の気持ちも検討されています。これまで誰かの子どもであった人間が、親になってはじめて、養育者される者から養育する者へと変化していきます。親も成長しているわけです。

生後3ヶ月までの試行錯誤の大変な時期を経て、3ヶ月微笑といわれるかわいらしい笑顔に出会い、赤ちゃんとの情緒的なやりとりを養育者自らが楽しみ、赤ちゃんの気持ちに共鳴して言葉をかけていくことで、関係性が発達していくようすが細かく描写されています。

寝返り、お座り、這い這いなどの行動に関しても、「もちろんヒトという生物の遺伝的素質が時とともに自然と開花するために生じてくる」といいつつ、そうした遺伝的素質が<子ども‐養育者関係>の中でこそ活性化されることにもっと光を当てるべきだといいます(p.87)。エピソードで語られるのは、親やきょうだいといった赤ちゃんの周りの人たちが、ごく自然に赤ちゃんと気持ちを共鳴しあうことによって、結果として能力が開花するような誘いかけをしているということです。

後半では理論的なことが解説されています。

これまでの発達心理学では基本とされるピアジェの理論にはじまり、ヴィゴツキー、ウエルナー、ワロンを検討し、フロイト、クライン、ウィニコットといった精神分析学的な理論を概観した後にスターンの理論をとりあげています。
そして、それらの理論でもまだ足りなかった、「子どもがどんなことを思い、どんな葛藤を経ながら、情緒的にどのように成長していくか」(p.264)を、関係発達論がどう扱うかを理論的に述べています。

この本の中には、医師から「自閉傾向」と診断されたが実際は関係性の発達がうまく行っていなかっただけだったという例が載っています(pp.123-124)。この例では、お母さんとはうまく合わない子どもが療育の担当者とは自然に通じ合うので、「自閉性障害ではなく」母親との<関係障がい>が、目が合わない、言葉が遅いなどの諸問題につながっていると考え、療育をすすめています。

こんなケースでも、「母親の関わり方がいけないのだ」と見てしまうのではなく、かなり小さい時期の母親の誘いかけと子どもの乗り方の噛みあわなさが、悪循環を起こして固定的な<関係障がい>が生まれたと見るのが発達関係論なのだと述べられています。特に<不適切>な育て方をしていなくてもちょっとしたことで噛み合わせの悪さは起こりうるし、逆に、なんらかの器質的な障がいなどによって言語発達が遅れたとしても、その他さまざまの補助手段でお互いの意図を通じ合わせるような関係が開けていれば、通常の生活を送り、健全な心を育んでいくことが十分できると書かれています。要は、関係性が育っているかなのだと。

 
ピアジェの理論は発達心理学の基本として教科書などに採用されてきたわけですが、赤ちゃんの能力が生後何ヶ月にこういう風に発達する、といった記述で、あたかも、赤ちゃんは誰の助けも借りず自然の力で発達していくのだといわんばかりの印象を与えます。そのような理解に基づけば、誰がどんな育て方、関わり方をしても、赤ちゃんは生まれついた特性の通りに育つことになり、周囲と上手く関われない、言語の発達が遅れるといった問題は生まれつきのものであると考えられることになってしまいます。

しかし実際には、人手の不足している乳児院で情緒障害や発達遅滞が起こるホスピタリズムが観察されており、養育のやりかたいかんで、子どもの発達は変わります。親をはじめとした養育者には、上手く関わっていく、かかわりを育てていく責任が発生するわけです。ごく自然なかたちで関係を作っていける親子がいる一方で、種々の事情でうまく関われないと感じる親もいるわけです。

じゃあ、どう関われば良いのか。自分の関わり方のどこを直せばいいのか。

関係発達論というのは実際に生活を送っている子どもや養育者に密着しつつ「いかに育てるべきか」を考えていく実践論である。(p.15)

関係発達論を学ぶことで、どのように関わればいいのかという問いの答えが少し見えてくるということなんだと思います。

実際の乳児健診などでは、養育のしかたや親子の関係性などは不問のまま、子どもの様子を聞き取って<自閉傾向>などの診断が下され、たいしたアドバイスもなく「様子をみましょう」といわれてしまうケースも多いとききます。自閉症は、参考図書などの記述を見れば生まれつきの障害と書かれているわけで、親はどのような策を講じればいいのか途方にくれます。

しろうとの立場から見れば、どう関わればいいのかということも、学問として確立しているはずだと考えがちだと思いますが、この本を読む限り、それは幻想のようです。関係発達論に関する書籍が出版され始めたのは2000年ごろで、はじめたのは日本の研究者です。名著と呼ばれる育児指南書もないわけではないですが、子どもはどう育つのか、どう育てるのがいいのか、学問としてはまだまだわかっていないことがたくさんあるのだというのが実情なのでしょう。

この本では間主観性、両義性、相互主体性といったキーワードを説きながら子どもと養育者の望ましい関係の作り方を論じています。ここではうまく紹介できませんが、たとえば泣き止まない赤ちゃんに対して、赤ちゃんには赤ちゃんの思いがあることをわかりつつ、「おおよしよし」と鷹揚に構えるような関わりかたが、良いのだそうです(p.285)。それはもしかしたら、普段の人間関係においても、相手の考えが今ひとつわからなくても、関係を絶つのでもなく深く干渉するのでもなく適当に付き合っていける大人としてのスキルに関わっているのかもしれません。

子育てはもちろん楽しいこともたくさんありますが、道なき道を手探りで進むような難しさが伴います。関係発達論はそのような親の手引きとして有用だと思われ、今後の発展が待ち遠しいと思いました。この本は多少理論的ではありますが、妊娠初期から2歳ぐらいまでのエピソードが49収められ、うまくいっている関係というのはこういうことなんだというイメージが得られます。子育て真っ最中の親御さんにもおすすめしたい内容だと思いました。
 

( 『育てる者への発達心理学 関係発達論入門』 大倉得史/著  2011年10月 ナカニシヤ出版 )  



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