Hatena::ブログ(Diary)

himaginaryの日記

2016-08-29

ブルナーメイヤー=サニコフの貨幣理論

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プリンストン大のマーカス・ブルナーメイヤー(Markus K. Brunnermeier)とユリ・サニコフ(Yuliy Sannikov)のコンビ*1が「The I Theory of Money」なるNBER論文上げているungated版)。

以下はその要旨。

A theory of money needs a proper place for financial intermediaries. Intermediaries diversify risks and create inside money. In downturns, micro-prudent intermediaries shrink their lending activity, fire-sell assets and supply less inside money, exactly when money demand rises. The resulting Fisher disinflation hurts intermediaries and other borrowers. Shocks are amplified, volatility spikes and risk premia rise. Monetary policy is redistributive. Accommodative monetary policy that boosts assets held by balance sheet-impaired sectors, recapitalizes them and mitigates the adverse liquidity and disinflationary spirals. Since monetary policy cannot provide insurance and control risk-taking separately, adding macroprudential policy that limits leverage attains higher welfare.

(拙訳)

貨幣理論は金融仲介機関の適切な位置付けを必要とする。金融仲介機関はリスク分散化し、内部貨幣を創造する。景気後退期には、ミクロ的に慎重な仲介機関は貸出活動を縮小し、資産を安く売って内部貨幣の供給を減らすが、それはまさに貨幣需要が高まる時期である。その結果生じるフィッシャー的なデフレーションは仲介機関および他の借り手を傷付ける。ショックは増幅され、ボラティリティは急上昇し、リスクプレミアムは高まる。金融政策は再分配的な役割を果たす。バランスシートが傷付いた部門保有する資産の価格を押し上げる緩和的な金融政策は、それらの部門の資本を強化し、非流動的かつディスインフレ的な悪循環を和らげる。金融政策は保険の提供とリスクテイキングの制御を別々に行うことはできないため、レバレッジを制限するマクロプルーデンシャル政策を追加すれば、より高い厚生を達成することができる。


ungated版の導入部では、この理論は物価の安定と金融の安定の相互作用を分析する枠組みを提供し、それによって金融政策マクロプルーデンシャル政策を考える統一的な方法を提供する、と説明されている。

ニューケインジアン理論との関連については、ニューケインジアンでは金利経路を強調し、貨幣の計算単位としての役割に重きを置き、物価賃金の硬直性を主な摩擦としているが、この理論では貨幣の価値の貯蔵手段としての役割に重きを置き、主な摩擦は金融で、物価は完全に伸縮的である、と両者の違いを説明している。この理論における金利の変更は、その代替効果ではなく、デットオーバーハングの緩和といった資産/所得効果が強調されるという。

また、トービン(1982)*2などでは消費性向が低い家計から高い家計への富の再分配を行う総需要管理としての金融政策の役割が強調されていたが、この理論では消費性向は皆同じであり、金融政策による再配分はバランスシートが傷付いた部門に対し行われ、内生的なリスクならびにリスクプレミアムに影響する、とのことである。さらに、最適な金融政策フリードマンルールから外れる、とも述べている。

内部貨幣と外部貨幣については、両者のリスク=リターンのプロファイルは同一であり、従って個々の投資家にとっては完全な代替となるが、経済全体にとってはそうではない、と説明している。というのは、内部貨幣は、金融仲介機関によるその創造によってリスク分散化し、経済成長を促進する、という特別な役割を担っているからである。ここで強調されるのが貨幣の価値貯蔵手段としての役割――Stephen Williamsonなどのニューマネタリスト経済学で強調される価値の取引の媒介としての役割ではなく――だという。

2016-08-28

FRBに次の景気後退を退けるだけの力は本当にあるのか?

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ジャレッド・バーンスタインが表題のWaPo論説(原題は「Will the Federal Reserve really have what it takes to fight off the next recession?」)で、FRBのDavid Reifschneiderの直近の論文取り上げ、同論文の論理を以下の3点にまとめている。

それに対しバーンスタインは、このReifschneiderのストーリーには「もしも(イフ)」が多過ぎるとして、内在している前提条件として以下を挙げている。

こうした前提条件に対しバーンスタインは、以下のような疑問符を付けている。

  • FRBが予想する金利経路では、確かに金利は長期的には3%に戻ることになっている。しかし、市場予想はそれよりかなり低い。このことは、次の二重の問題をFRBに投げ掛けている。
    • 市場が正しければ、FRBの火力の限界の問題は切実なものとなる。
    • 信頼性の問題。フォワードガイダンスは市場参加者が予想を変化させることを通じて機能するが、現時点で市場はFRBの予想を信じていない。
  • 現行の回復期において、超低金利が長期間続いたにも関わらず完全雇用と完全な成長を取り戻していないことは、金融政策にモデルが言うような経済成長雇用へのプラスの影響が本当にあるかどうかを懸念する理由となる。

そこでバーンスタインが推奨するのが、金融と財政の両政策による「ワンツーパンチ(one-two punch)」である。


このバーンスタイン論説にクルーグマン反応しバーンスタインに賛意を表するとともに、Reifschneiderの以前の共著論文*1――共著の相手は最近サマーズとクルーグマン批判されたジョン・ウィリアムズ――を取り上げ、以下のように書いている。

And I can’t help but recall a 1999 paper by Reifschneider and John Williams about inflation targets and the risk of hitting the zero lower bound. They concluded that a 2 percent target should be enough to make this a minor concern — the zero bound would probably be binding only 5 percent of the time, and ZLB episodes would last on average only 4 quarters:...

In fact, we have just gone through an 8-year — 32 quarter — ZLB episode, which accounts for more a quarter of the time that has passed since the beginning of the Great Moderation. Basically, that optimistic take was off by an order of magnitude. Shouldn’t that miss give the Fed pause now?

(拙訳)

また私は、インフレ目標とゼロ金利下限に達するリスクについて書かれたReifschneiderとJohn Williamsの1999年の論文を想起せざるを得ない。彼らは、2%の目標は、この問題を大して懸念するに及ばないものにするのに十分だ、と結論した。2%目標の場合、ゼロ下限は全期間の5%において制約となるに過ぎず、ゼロ金利下限の期間は平均して4四半期続くに過ぎない、とのことである:・・・*2

実際には、我々は8年、32四半期のゼロ金利下限の期間を経験しており、それは大平穏期の開始以降経過した時間の1/4以上を占めている。つまり、彼らの楽観的な見方は一桁違っていたことになる。この誤りを受けて、FRBは立ち止まって今一度考え直すべきではないか?

*1:本ブログではここで取り上げたことがある。

*2:ここでクルーグマン論文の表1を引用している。

2016-08-27

オバマケアは学部生レベル

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マンキューが、Uwe ReinhardtのVOXインタビュー記事リンクしている。Reinhardtによると、オバマケア医療保険の取引所(マーケットプレイス)は既に死のスパイラル*1に嵌っており、完全な崩壊に向かっているという。インタビュアー(Sarah Kliff)は、マーケットプレイスを研究している人の中でこの意見は少数派、としつつも、主流派からまったく外れているわけでもない、と解説している。

以下は同記事のReinhardtの発言からの引用。

I always joke about it like this: If you got a bunch of Princeton undergrads to design a health care system, maybe they would come up with an arrangement like the marketplaces.

The natural business model of a private commercial insurer is to price on health status and have the flexibility to raise prices year after year. What we’ve tried to do, instead, is do community rating [where insurers can’t price on how sick or healthy an enrollee is] and couple it with a mandate.

When you do this as the Swiss or Germans do, you brutally enforce the mandate. You make young people sign up and pay. But we are too chicken to do that, so we allow people to stay out by doing two things: We give them a mandate penalty that is lower than the premium. And we tell them, If you’re really sick, we’ll take care of you anyhow. [A federal law called EMTALA requires hospitals to treat all patients with life-threatening conditions regardless of their ability to pay.]

(拙訳)

このことについて私はいつも次のような冗談を言います。もしプリンストン学部生の一団を連れてきて医療システムを設計させたら、マーケットプレイスのような仕組みが出来上がるでしょうね、と。民間の商業的な保険会社の自然なビジネスモデルは、健康状態に応じて価格付けし、毎年値上げできる自由度を持つ、というものです。それに代わるものとして我々が導入を試みたのは、[加入者の病気や健康の度合いに応じて保険会社が価格付けをすることができない]コミュニティレーティングで、それを義務的な加入と結び付ける、というものです。

スイスドイツのようなやり方でこれを導入するならば、かなり強制的な形で義務的な加入を執行することになります。若い人に署名させ保険料を支払わせるのです。しかし我々はそこまで大胆になれなかったため、2つの施策を導入し、人々が加入しないことを許容しました。保険料より安い未加入ペナルティを課したのです。そして、本当に病気になったなら、何とか面倒を見る、と人々に伝えたのです。[EMTALAと呼ばれる連邦法では、生命に係わる状態の時には支払い能力に関わらず病人を治療することを病院に要求している。]

2016-08-26

キャッシュフロー・デュレーションと株式のリターンの期間構造

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というNBER論文上がっているungated版)。原題は「Cash Flow Duration and the Term Structure of Equity Returns」で、著者はMichael Weber(シカゴ大)。

以下はその要旨。

The term structure of equity returns is downward-sloping: stocks with high cash flow duration earn 1.10% per month lower returns than short-duration stocks in the cross section. I create a measure of cash flow duration at the firm level using balance sheet data to show this novel fact. Factor models can explain only 50% of the return differential, and the difference in returns is three times larger after periods of high investor sentiment. I use institutional ownership as a proxy for short-sale constraints, and find the negative cross-sectional relationship between cash flow duration and returns is only contained within short-sale constrained stocks.

(拙訳)

株式のリターンの期間構造は右下がりである。即ち、クロスセクションで見た場合、キャッシュフローデュレーションが長い株式は、デュレーションが短い株式に比べ、1ヶ月当たり1.10%リターンが低くなる。私は、この目新しい事実を示すため、貸借対照表データを用いて企業レベルのキャッシュフローデュレーションの指標を作成した。ファクターモデルはリターンの違いの50%しか説明できない。また、リターンの違いは、投資家のセンチメントが高まった時期の後には3倍大きくなる。機関保有空売り制約の代理変数に用いたところ、キャッシュフローデュレーションとリターンのクロスセクションでの負の関係は、空売り制約のある株式でのみ存在することを見い出した。

2016-08-25

DSGEを捨てて国民所得勘定に立ち戻ろう

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11日エントリで紹介したブランシャールのDSGE論に遅れてロバート・ワルドマンが反応した

I find his critique of DSGE entirely convincing. However, he doesn't. He wrote " I see the current DSGE models as seriously flawed, but they are eminently improvable and central to the future of macroeconomics. "

He notes the flaws that (in my words)

1) the core assumptions are absurd and have yielded false implications (the models can be fiddled to eliminate those implications as one would expect if the approach were "a dangerous dead end").

2) After the fiddling, the models are too richly parametrised to estimate so the implications are the result of conventions and not of any interaction with reality.

3) the models have normative implications which are clearly nonsense.

and 4) only the economists who write the literature can understand it.

Sure sounds like a "dangerous dead end" to me.

(拙訳)

私は彼のDSGE批判が完全に説得力を持つ、と思った。しかし、彼はそう考えていない。彼は「現在のDSGEモデルには深刻な欠点があるが、大いに改善することができ、マクロ経済学の将来の中心に位置する」と書いている。

彼の言う欠点は以下の通り(私の言葉で言い換えてある)

  1. 核となる仮定が馬鹿げており、誤った含意を導き出している(そのアプローチが「危険な行き詰まり」であったならば、予想される通り、そうした含意を削るようモデルを弄ることができる)。
  2. 弄った後のモデルは、推計するにはパラメータが多くなり過ぎているので、含意は慣例によって決められる。現実との相互作用によって決められることはない。
  3. モデルには規範的な含意があるが、それは明白なナンセンスである。
    そして
  4. その研究論文を書いた経済学者だけがモデルを理解することができる。

確かに「危険な行き詰まり」にあるように私には思われる。


He argues that one must start from DSGE because he can't think of an alternative *and* dismisses other approaches without considering them. I think that Blanchard genuinely doesn't think there is any macro but DSGE macro. I note in passing that he has friendly relations with Paul Krugman, Larry Summers and Brad DeLong.

OK his conclusion (includes) "DSGE models can fulfill an important need in macroeconomics, that of offering a core structure around which to build and organize discussions. " Krugman notes that this sounds just like the defense of Marxist theory he used to hear. I ask why the core structure couldn't be national income and product account identities and the definitions of wage inflation, price inflation and interest rates ?

(拙訳)

彼は、DSGEから始めなくてはならない、なぜならば他の選択肢は思い付かないから、と論じる。そして、検討することなしに他の手法を退ける。ブランシャールは、DSGEのマクロ経済学以外のマクロ経済学は存在しない、と純粋に信じているのだと私は思う。彼がポール・クルーグマン、ラリー・サマーズ、ブラッド・デロングと友好的な関係を持っていることは序でに指摘しておこう。

彼の結論(の一つ)は「DSGEモデルは、その周りに議論を構築し編成する中核構造を提供する、という重要な要求を満たすことができる」というものである。クルーグマンは、これはかつて耳にしたマルクス理論の擁護そっくりだ、と述べている*1。私は、なぜ中核構造が、国民所得・生産勘定の恒等関係と、賃金インフレ、価格インフレ金利の定義であってはいけないのか、と問いたい。

*1cf. ここ