Hatena::ブログ(Diary)

himaginaryの日記

2015-04-19

粘着的価格とマクロ経済学

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粘着的価格モデルに関するノアピニオン氏のブルームバーグ論説にStephen Williamsonが噛みつき、それに対しノアピニオン氏が、Williamsonの言っていることは良く分からん、と腐すという一幕があった。

両者の違いは、乱暴に一言でまとめると、以前ここで紹介したボール=マンキューの「粘着的価格マニフェスト(A Sticky-Price Manifesto)」論文をどう評価するか、という点にある。ノアピニオン氏はこの論文を、ルーカス率いるリアルビジネスサイクルに対するニューケインジアンによる小革命の先駆けになったと位置付けている。一方、Williamsonは、この論文ルーカスが批判した通り無内容である、としている。そしてリアルビジネスサイクル対ニューケインジアンという二項対立的な見方を否定し、ニューケインジアンはリアルビジネスサイクルの直系の子孫である、と述べている。それに対してノアピニオン氏は、以前にWilliamsonが書いたことと今回のWilliamsonの見解の矛盾点を指摘している。

この議論にNick Rowe口を挟み、ニューケインジアン代表的旗手であるマイケル・ウッドフォードキャッシュレス経済をどう捉えるかで話が変わってくる、と主張した。もしウッドフォードのモデルをバーター経済のものと考えるならば、ニューケインジアンモデルは粘着的価格付きのリアルビジネスサイクルモデルということになる。一方、もしそれが貨幣交換経済のものであるとするならば、ニューケインジアンモデルはリアルビジネスサイクルモデルとは別物で、むしろケインジアンマネタリストの研究の延長にある、ということになる、とRoweは言う。


この議論に関して、David Glasnerが少し違った観点からコメントした。彼によれば、粘着的価格は非効率的なマクロ経済変動の十分条件ではあるものの、必要条件ではない、とのことである。伸縮的価格はマクロ経済の停滞を防ぐ保証とはならない。というのは、マクロ経済の停滞は不均衡価格によって引き起こされ、不均衡価格が一般的になることは価格がいかに伸縮的であっても生じ得るから、とGlasnerは言う。

一般には市場の力によって需給が均衡するように価格が自動調整される、と考えられており、それは経済学の初歩でもある。しかしそれは半面の真実でしかない。そこで暗黙裡に前提されているのは、均衡から外れているのは一つの市場に過ぎず、他の市場はその市場での動きに影響されない、ということである。だが、Glasnerがかねてから主張しているように(cf. ここ)、マクロ経済学がミクロ的基礎付けを必要とするように、ミクロ経済学マクロ的基礎付けを必要としている。

実際には、ある市場で不均衡が解消すれば、別の市場の不均衡が悪化する、もしくは以前は存在しなかった不均衡が発生する、とGlasnerは指摘する。従って、仮にすべての市場についての均衡価格ベクトルが存在していたとしても、標準的な需給調整の価格メカニズムでそこに到達できる保証はない。不均衡価格での取引が生じないワルラス的な調整過程でさえ均衡価格ベクトルが発見される保証はないため、不均衡価格での取引が生じ得る現実世界では価格メカニズムによる調整力は猶更弱い。

ただし、均衡から外れた経済に安定化傾向が存在しないというわけではない。とは言え、その安定化傾向については理解が進んでおらず、正式な理論は無いに等しいため、そうした過程が存在すると前提しているのが現状。Franklin Fisherは30年前に重要だが十分に評価されていない著書「Foundations of Equilibrium Economics」でその点を指摘した。だが、そうした考えはFisherが初出というわけではなく、ハイエクの古典的な「Economics and Knowledge論文、およびそれをヒックスが「価値と資本」の中で定式化した一時均衡モデルにまで遡ることができる。

ハイエクの指摘した重要なポイントは、すべての経済主体の将来価格についての予想が同じ場合のみ通時的な均衡が生じる、ということ。予想がばらついている場合には、時間の経過とともに誤りが明らかになった価格予想に基づく各種計画が修正もしくは破棄されることが、価格調整過程によって経済が均衡に戻るためには必要となる。しかし、価格調整過程によって正しい価格予想に収束することを明らかにした理論はない、ということにハイエクは1937年に気付いており、Fisherはそれについて浩瀚な著書で解説した。価格の粘着性という曖昧な話に焦点を当てても、この深刻な理論的問題は解決しない、とGlasnerは言う。そして、ルーカスらは均衡価格ベクトルが合理的に予想されるという前提に満足してしまった――しかも、その合理的予想こそがマクロ経済学を本当の科学にするためのミクロ的基礎付けであると称揚した――ため、上述の話から粘着的価格の問題点を明らかにすることは手に余ったようだ、と皮肉ってエントリを結んでいる。

2015-04-18

AIIBと英ソ通商協定

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アジアインフラ投資銀行(AIIB)にイギリスドイツが抜け駆け的に参加し、米国が歯噛みをしている状況を見て、大学時代に世界史で習った一場面を思い出した。以下は、「世界の歴史 14 第一次大戦後の世界」からの該当のエピソードの引用。

異なった体制の下にあるとはいえ、地球の六分の一の面積と一億六千万の人口とを有するロシア市場の存在を無視することはできなかった。イギリスは、対ソ経済封鎖が解除される前後から絶えずソヴィエトと接触し、軍事捕虜の交換をはじめ、1921年3月には英ソ通商協定の調印をみた。この協定ではロシアの帝政時代の債務がなお将来の問題として残されてはいたが、首相ロイド=ジョージが下院で言明したように、ソヴィエト政府を事実上承認したものにひとしかった。

このイギリスの態度は、経済的不況になやむヨーロッパ諸国に一つの先例を具体的にしめす結果となった。・・・1922年1月、旧連合国はカンヌで会議をひらき、ロイド=ジョージの提案にもとづいて戦後の経済的危機を克服するために、ドイツオーストリアハンガリーブルガリアなどの戦敗国のほか、ソヴィエトをも加えた国際会議を開くことを決定した。アメリカは参加を拒否した。

その会議は4月10日からジェノヴァで開かれた・・・

このジェノヴァではまた、敗戦国ドイツが、ゆきづまった賠償問題の打開をはかって旧連合国と交渉しつつあった。この日、ドイツ代表のラーテナウとソヴィエト代表のチチェーリンとは、しばらく姿を消していた。そして翌16日にはドイツソヴィエト間にラパロ条約が成立して旧連合国をおどろかせた。ラーテナウとチチェーリンが4月15日ジェノヴァ近郊のラパロにひそかに会して、これを成立させたのであった。

・・・いわば連合国は、敗戦国ドイツ社会主義国ロシアとに完全にだしぬかれたことになった。ドイツでは、戦争前ロシアが重要な市場であった関係から、通商再開を望む声がつよく、とくに英ソ通商条約によってイギリスの進出が予想されるようになると、対ソ接近の機運はいちじるしく助長されたのであった。


ちなみにこの時のフランスは、ロシアに対して最も多額の債権を有していたため、ジェノヴァ会議ではソヴィエト政府がそれらの債務を承認することを極めて強硬に要求したとの由。

2015-04-17

コント:ポール君とグレッグ君(2015年第4弾)

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第1弾と同様、マンキューはサックスの論説をリンクしただけであり、しかもクルーグマンは反応していないが、一応拾っておきます。

 

グレッグ君
ジェフ・サックスデビッド・キャメロンを擁護しているよ。
  • リンクされたサックスのProject Syndicate論説「Krugman’s Anti-Cameron Contradiction(クルーグマンの反キャメロンの矛盾)」の冒頭:

It is truly odd to read Paul Krugman rail, time and again, against the British government. His latest screed begins with the claim that “Britain’s economic performance since the financial crisis struck has been startlingly bad.” He excoriates Prime Minister David Cameron’s government for its “poor economic record,” and wonders how he and his cabinet can possibly pose “as the guardians of prosperity.”

Hmm. In recent months, Krugman has repeatedly praised the US economic recovery under President Barack Obama, while attacking the United Kingdom’s record. But when we compare the two economies side by side, their trajectories are broadly similar, with the UK outperforming the United States on certain indicators.

(拙訳)

ポール・クルーグマンが何度となく英政府を非難しているのを見るのは非常に不思議なことだ。彼の直近の長たらしい文句は、「金融危機以降の英国経済パフォーマンスは驚くほど悪かった」という主張で始まっている。彼はデビッド・キャメロン首相政府を「お粗末な経済の成績」の咎で激しく非難し、一体全体どうして彼と彼の内閣が「繁栄の守護者」を気取ることができるのか、と訝しんでいる。

うーむ。このところクルーグマンは、英国経済パフォーマンスを腐す一方で、繰り返しバラク・オバマ大統領の下での米国の経済回復を称賛してきた。しかし両国経済を横に並べて比較してみると、両者の軌跡は概ね似たようなものであり、中には英国米国に優っている経済指標もある。

 

ここでサックスオバマ称賛としてリンクしたクルーグマンNYT論説を巡る騒動(=同論説に対するサックスの批判と、それへのクルーグマン&デロングの反応)については本年のこのシリーズの第1弾で取り上げたが、それはオバマ経済政策を称賛したというよりは、財政緊縮策の咎で米英両国を批判したという色合いが濃い(この時はむしろサックスが、クルーグマンの予測に反して米国経済のパフォーマンスは良かった、という論陣を張っていた)。

EconospeakのProGrowthLiberalは、今回のサックス論説で論じられた米英両国経済パフォーマンスで財政緊縮策が正当化されるというならば、その人はどこでマクロ経済を学んだのか問いたい、とサックス批判している

2015-04-16

金融政策は貿易に影響するか?

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という論文(原題は「Does Monetary Policy Matter For Trade?」)を一昨日エントリで紹介した論文の著者のコンビ(香港中文大学のKin-Ming WongとTerence Tai-Leung Chong)が書いている。

以下はその要旨。

There is a large literature on the effect of exchange rate arrangements on trade. The monetary policy used in the floating exchange rate regime, however, is usually ignored and unidentified in the empirical studies. This makes the effect of alternative monetary policy regimes on trade remains largely unknown. This paper sheds light on this area by examining the effect of two well-defined monetary policy regimes, namely exchange-rate targeting and inflation targeting regimes, on bilateral and multilateral trade. Our result suggests a moderate positive effect of inflation targeting policy on bilateral trades between two inflation targeting countries. This effect of inflation targeting, even much moderate than the effect of currency union and a fixed exchange rate at the bilateral level, could exist in the bilateral trades with a large number of trading partners under the same regime. This implies that inflation targeting regime may not have a lower level of multilateral trade than exchange-rate targeting regime. We further support this view with an analysis of multilateral trade.

(拙訳)

為替相場の制度的状況が貿易に与える影響については数多くの研究がある。しかし、変動相場制レジーム下で用いられる金融政策は、実証研究において通常は顧みられることはなく、影響が確認されることもない。そのため、異なる金融政策レジームが貿易に与える影響はあまり知られていない。本稿ではこの分野に光を当て、為替相場目標とインフレ目標という2つの明確に定義された金融政策レジームが二国間および多国間貿易に与える影響を調べる。我々の結果によれば、インフレ目標政策は、2つのインフレ目標採用国間の二国間貿易に、そこそこのプラスの影響を与える。インフレ目標のこの効果は、二国間の通貨同盟や固定相場よりも効果はかなり緩やかではあるが、同じレジーム下の多数の貿易相手との二国間貿易においても存在し得る。このことは、インフレ目標レジームが為替相場目標レジームに比べて多国間貿易の水準が低くなることはない可能性を意味している。我々はこの見解を多国間貿易の分析でさらに裏付ける。

2015-04-15

中国の金融政策を何で見るか?

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という論文(原題は「What Measures Chinese Monetary Policy?」)を寧波ノッティンガム大学のRongrong Sunが書いている

以下はその要旨。

This paper models the PBC’s operating procedures in a two-stage vector autoregression framework. We decompose changes in policy variables into exogenous and endogenous components in order to find a “clean” monetary policy indicator whose changes are mainly policy induced. Our main findings are twofold. First, the PBC’s procedures appear to have changed over time. Second, its operating procedures are neither pure interest rate targeting nor pure reserves targeting, but a mixture of the two. There are a variety of indicators that appear to contain information about the monetary policy stance. It is therefore preferable to use a composite measure to gauge the stance of Chinese monetary policy. We construct a new composite indicator of the overall policy stance, consistent with our model. A comparison with existing indicators suggests that the composite indices, rather than individual indicators, perform better in measuring the stance of Chinese monetary policy.

(拙訳)

本稿は、中国人民銀行の運営手順を2段階ベクトル回帰の枠組みでモデル化する。我々は政策変数の変化を外生要因と内生要因に分解し、変化の主因が金融政策であるような「綺麗な」金融政策指標を抽出する。我々の主な発見は2つある。第一に、中国人民銀行の手順は時間を追って変化してきたように思われる。第二に、その運営手順は純粋な金利目標でも純粋な準備目標でもなく、両者の組み合わせである。金融政策のスタンスに関する情報を含んでいると考えられる指標は数多くある。従って、中国の金融政策のスタンスを見るためには合成指標を用いるのが望ましい。我々は、我々のモデルと整合的な、全般的な政策スタンスに関する新たな合成指標を構築した。既存の指標と比較すると、合成指標は個別指標よりも中国の金融政策のスタンスを測る上で優れたパフォーマンスを示した。