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himaginaryの日記

2017-12-11

資金循環表今昔

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先月末にイタリア銀行が資金循環勘定をテーマとしたコンファレンスを開催し、そのオープニング講演で同行のルイジ・シニョリーニ(Luigi Federico Signorini)副総裁資金循環勘定の歴史を振り返っている(H/T Mostly Economics)。

Real national accounts had begun to be compiled following the Keynesian revolution, as the invention of macroeconomics and the definition of the attending concepts (income, consumption, investment, savings) prompted the development of statistical methods to produce a reasonable approximation of the real-world counterparts to those concepts. The first release of the United Nations’ Systems of National Accounts came in 1947. Once the statistical foundations for real national accounts had been laid, moving on to financial accounts seemed natural. As we were soon to learn, this was no easy task. Even more, making the two sets of macro accounts consistent, i.e. integrated – a logical and easy step in theory – was in fact very difficult in practice.

The effort to understand and possibly control business cycles after the devastation of the Great Depression was itself a powerful driving force for the development of financial accounts. Financial variables such as bank loans and deposits, bonds and shares, arranged within a consistent framework, were seen as necessary to get a full picture of the cyclical factors in the economy.

The availability of information on financial flows may also have been regarded in those days as instrumental to economic planning; in some Western countries this was considered a very important and effective tool of economic policy in the post-war period. With illusions of top-down planning long forgotten in many market economies, this point is easily overlooked nowadays, but it was surely another significant factor in those times.

(拙訳)

実体経済の国民勘定は、ケインズ革命後に構築が始まりました。マクロ経済学が発明されたことと、それに付随する概念(所得、消費、投資、貯蓄)が定義されたことにより、実世界でそうした概念に相当するものを適度な近似値として生み出すための統計手法が開発されました。国連の国民経済計算の最初の版は1947年に登場しました。実体経済の国民経済勘定の統計的基礎が確立された後に、資金循環勘定に話が移るのは自然なことでした。すぐに明らかになったのは、これは大変な作業だ、ということでした。また、二つのマクロ勘定を整合的なものにすること、即ち統合することは、理論上は論理的かつ容易な作業のはずですが、実際には非常に困難なものでした。

大恐慌の惨状を経た後、景気循環を理解し、できれば制御しようとしたこと自体が、資金循環勘定を開発する強力な推進力となりました。銀行融資や預金、債券株式といった金融変数が一貫した枠組みの中で整備されることが、経済の循環要因の全体像を把握する上で必要なことだと考えられました。

資金循環の情報が利用できることは経済計画にも役立つ、と当時は考えられたようです。西側の幾つかの国は、戦後の経済政策の極めて重要かつ効果的なツールと見做していました。市場経済の国の多くではトップダウン計画という幻想が忘れられて久しいため、この点は今日では見過ごされやすいですが、当時は間違いなくもう一つの重要な要因だったのです。


その後の盛衰についてSignoriniは以下のように記している。

There was a golden age of financial accounts between the 1960s and the early 1970s. James Tobin, among others, used them to look at the way agents allocate wealth across financial and non-financial assets; in his Nobel Memorial Lecture in 1981, he discussed ‘Money and finance in the macro-economic process’ using flow-of-fund tables. ...

Interest in financial accounts declined in the 1980s, only to pick up again after the crisis. ...

Financial accounts continued to be used, though to a lesser extent, by economists such as Wynne Godley and Raymond Goldsmith. Then the Asian crisis of the late 1990s showed the importance of sectoral financial connections and the need to study the balance sheets of banks, firms, and households. Since the start of monetary union, the ECB’s monetary analytical framework has included financial accounts as a tool for cross-checking its ‘first pillar’ (economic analysis) against its ‘second pillar’ (monetary analysis).

However, it was the global financial crisis that generated renewed interest. A lesson of the crisis was that tracking sectoral imbalances was important; that an excessive level of debt may cause vulnerabilities; and that therefore the pursuit of financial stability required monitoring the level of corporate and household debt and the leverage of financial institutions. Finance was no longer a mere veil.

(拙訳)

1960年代から1970年代初めに掛けては、資金循環勘定の黄金時代でした。中でもジェームズ・トービンは、経済主体が富を金融資産と非金融資産にどのように配分するかを調べるのに使いました。1981年のノーベル受賞講演で彼は、資金循環表を使って「マクロ経済過程における貨幣金融」について論じました。・・・

資金循環勘定への関心は1980年代に低下し、再び関心が高まったのは危機後になってからでした。・・・

資金循環勘定は、使用頻度は落ちたものの、ウィン・ゴドリーやレイモンド・ゴールドスミスといった経済学者によって使われ続けました。その後、1990年代後半に発生したアジア危機は、部門間の金融的なつながりの重要性と、銀行、企業、家計のバランスシートを研究する必要性とを示しました。ECBの金融分析の枠組みは、通貨統合の開始以来、資金循環勘定を、「第一の柱」(経済分析)と「第二の柱」(金融分析)をクロスチェックするためのツールの一つとしてきました。

ただ、改めて関心を呼び起こしたのは世界金融危機でした。危機の教訓は、部門間の不均衡を追うことが重要、というものでした。過大な負債脆弱性をもたらす可能性があるので、金融の安定性を追求するためには企業や家計の債務金融機関のレバレッジの水準をモニタすることが必要となるのです。金融はもはやベールではないのです。

2017-12-10

紙幣印刷の経済学

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High Security Printing Asiaなる会議*1が今月初めにメルボルンで開催され、オーストラリア準備銀行のAssistant GovernorのLindsay Boultonがオープニングスピーチ行った(H/T Mostly Economics)。

以下はその概要。

  • 高度な証券印刷のアジア市場は、経済所得インフラの成長に支えられ、生産額にして過去10年間に年間およそ6.5%伸びた。しかし、伸び率は落ちてきている(10年前は約11%→5年前は約5.5%)。部門別の要因はあるものの、デジタル技術の発達が伸びの低下の共通要因となっている。
  • しかし、伸びの低下という全般的な傾向に反する部門が2つある。一つはチケット印刷で、これは公共輸送インフラの発達による。ただ、これもデジタル技術の影響で今後の伸びは鈍化するだろう。面白いことにもう一つは紙幣で、10年前の年間4%から2016年の年間5.5%に伸びが上昇している。緩やかな上昇ではあるが、高度な証券印刷市場全体の4割を占めること、および、紙幣の量の伸びは落ちている(10年前5%→過去1年間2%)ことに鑑みると、この伸びの上昇は重要。
  • 量の伸びが低下して額の伸びが上昇していることは、当然ながら、紙幣の価格が上がっていることを示す。これは、中銀が耐久性と安全性に優れた紙幣を求めていることが一因と思われる。それはアジアだけでなく欧州北米の一部でも見られる現象。中銀側からすれば、ポリマー紙幣は紙の2倍コストが掛かるが、寿命は3〜4倍に延びるので、中長期的な印刷コストは抑えられる。また、寿命が延びることと偽造技術が進歩していることに鑑みて、安全性も高める必要がある。
  • 今後の行く末については、物理的な現金の未来は限られているという意見もあるが、現金が無くなる(cashless)というよりは少なくなる(less cash)というのが一般的な見方ではないか*2。ただ、最終的にどちらに行き着くにせよ、とりわけ以下の2つの理由によってその過程は急速なものではなく緩やかなものとなるだろう。
  • 一つは、多くの国で現金需要が伸び続けていること(IMF推計によれば中央値は年間9%弱で、環太平洋地域に関する他の推計も同様の結果を報告している)。流通通貨の対国内生産比率は、各国でここ数十年間高止まりしている。貯蔵需要がその背景にある*3。また、取引需要の伸びも落ちてはいるものの、スウェーデンを例外として依然としてプラスである。これは、匿名性、交換と決済の即時性、中銀の負債という信頼性、および、非現金決済が利用できない時や費用が掛かる時にも使えることが理由。
  • 理由が何であれ、現金需要にはある程度反発力がある。その反発力は人口の多いアジアでとりわけ顕著。中国では、他国よりも劇的な電子決済への移行があったにも関わらず、過去4年間で貨幣流通が年間平均5%伸びた。中国の紙幣素材への年間需要は約3万トンで、世界全体のおよそ3割を占める。インドインドネシアを合わせるとその比率は55%になる。
  • キャッシュレスないしレスキャッシュへの移行が緩やかなものになると考えられるもう一つの理由は、中銀が紙幣インフラ投資し続けていること。個人的な推計によれば、23中銀が投資を実施中ないし最近実施しており、その総額は42.5億豪ドル(35億米ドル)になる。それらの中銀すべてが投資判断を間違えたとは考えにくい。
  • ただし、中銀が紙幣製造に支払う単価が上昇し続けると考えるのは非現実的。耐久性の高い素材や自動化への投資は、中長期のコストを抑えることを目的としている。また、今後の紙幣の更新は、需要低下や技術進歩に鑑みて、数十年間隔の大規模なものではなく、定期的な小規模なものになるかもしれない。さらに、紙幣の券種ごとのパフォーマンスデータを睨みつつ細かく投資を管理するようになるかもしれない。そのほか、セキュリティについて、現在は明示的なものと隠れたものが混在しているが、今後はスマホでもスキャンできるようにより明示的なものにシフトしていくかもしれない。

*1cf. 主催企業のサイトシンガポールで開催された昨年の会議については株式会社グローバル インフォメーションが日本の代理店を務めたようで、日本語サイトが残っている(会議についての日本語による説明などもそのサイトに詳しい。ちなみにその前のジャカルタマニラの会議や、欧州版の今年も同社が日本の代理店を務めた模様)。

*2cf. ここ

*3cf. Mostly Economicsの別エントリで紹介されているVoxEU記事

2017-12-09

中央銀行が生み出したモラルハザードへのハイエクの批判

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をローレンス・ホワイト(Lawrence White、ジョージメイソン大&ケイトー研究所)が紹介している(H/T Mostly Economics)。ホワイトは、比較的最近(1999年)に全文が英語に翻訳されたハイエク1925年論文「Monetary Policy in the United States After the Recovery from the Crisis of 1920」でそうした批判が展開されているのに気付いたとの由。

以下はホワイトによる論文からの引用。

It cannot be taken for granted that a central banking system is better suited to prevent disturbances in the economy stemming from excessive variations in the volume of available bank credit than a system of independent and self-reliant commercial banks run on purely private enterprise (liquidity, profitability) lines.

(拙訳)

利用可能な銀行の信用量が過度に変動することから経済に生じる混乱を防ぐことに関して、中央銀行システムが、完全に民間の事業(流動性、利益性)を基に運営される独立独歩商業銀行システムより優れている、というのは自明の理ではない。

In the absence of any central bank, the strongest restraint on individual banks against extending excessive credit in the rising phase of economic activity is the need to maintain sufficient liquidity to face the demands of a period of tight money from their own resources.

(拙訳)

中央銀行が存在しない場合、経済活動の上昇局面において個々の銀行が過度に信用を拡大することに対する最も強い制約は、金融が逼迫している時期における需要に自らの手持ちで対応するのに十分な流動性を維持する必要性である。

これについてホワイトは以下のように解説している。

By standing ready to help commercial banks out of liquidity trouble, central banks give “added incentive … to commercial banks to extend a large volume of credit.” In modern terminology, a lender of last resort creates moral hazard in commercial banking. A free banking system (my phrase, not his) restrains excessive credit creation by fear of failure

(拙訳)

流動性の問題が生じた時に商業銀行をすぐに助けられるように待機していることによって、中銀は「商業銀行が…信用を大きく拡大する追加的なインセンティブを与える」。現代の用語で言えば、最後の貸し手が商業銀行モラルハザードをもたらす、というわけだ。フリーバンキングシステム(私の言い方であって、彼はこの言葉を使っていない)は倒産の恐れによって過度の信用創造を抑えているのである。

さらにホワイトは論文から以下の文章を引用している。

Had banking legislation had the primary goal to prevent cyclical fluctuations, its main efforts should have been directed towards limiting credit expansion, perhaps along the lines proposed — in an extreme, yet ineffective way — by the theorists of the “currency school,” who sought to accomplish this purpose by imposing limitations upon the issuing of uncovered notes. … Largely because of the public conception of their function, central banks are intrinsically inclined to direct their activities primarily towards easing the money market, while their hands are practically tied when it comes to preventing economically unjustified credit extension, even if they should favour such an action. …

This applies especially to a central banking mechanism superimposed on an existing banking system. … The American bank reform of 1913-14 followed the path of least resistance by relaxing the existing rigid restraints of the credit system rather than choosing the alternative path

(拙訳)

銀行法制が循環的な変動を防ぐことを第一の目標としていたならば、おそらくは「通貨学派」の理論家たちが提唱したような極端かつ非効率的な形で信用拡大を制限することに注力すべきであった。彼らは裏付けの無い紙幣の発行に制限を課すことによってこの目的を達成しようとした。…中銀は、それが自分たちの役割だと一般に思われていることを主たる理由として、金融市場を緩和することに力を傾けがちな性向を本質的に有している。その一方で、経済的に正当化できない信用の拡張を防ぐことに関しては、たとえ彼らがそうした行動を望んだとしても、事実上手を縛られている。…

このことは、既存の銀行システムの上から課された中央銀行の機構に特に当てはまる。…1913-14年の米国の銀行改革は、信用システムについての既存の厳格な制約を緩和することにより、他の選択肢に比べて最も抵抗の少ない道を進んだ。…

その後にホワイトは次の文章を付け加えている。

Thus the Fed was granted the power to expand money and credit, a power that “was fully exploited during and immediately after the war,” not waiting for a banking liquidity crisis. The annual inflation rate in the United States, as measured by the CPI, exceeded 20 percent in 1917, and remained in double digits for the next three years (17.5, 14.9, and 15.8) before the partial reversal of 1921. Hayek (p. 147) observed ruefully “how large an expansion of credit took place under the new system without exceeding the legal limits and without activating in time automatic countermeasures forcing the banks to restrict credit.” He concluded: “There can be no doubt that the introduction of the central banking system increased the leeway in the fluctuations of the volume of bank credit in use."

(拙訳)

かくしてFRB通貨と信用を拡張する力を与えられ、その力は銀行の流動性危機を待つことなく「戦争直後に完全に利用された」。CPIで測られる米国の年間インフレ率は、1917年に20%を超え、その後3年間2桁台を維持し(17.5、14.9、15.8)、1921年に部分的に戻した。ハイエク(p.147)は残念そうに「新システム下で、法的制限を超えることなしに、かつ、銀行に信用を制限させる自動的な対応策を適切なタイミングで発動させることなしに、如何に大きな信用拡大が起きたか」と述べている。彼は「中央銀行システムの導入が、実際に貸し出される銀行の信用量の変動幅を増やしたことには疑いの余地はない」と結論している。

2017-12-08

7文で表す150年の金融政策史

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と題したエントリ(原題は「History of 150 years of monetary policy in 7 sentences….」)でMostly Economicsが、ジョン・ウィリアムズSF連銀総裁11/17の講演から以下の7文を引用している

  1. During the late 19th century, most economies were on the gold standard, the first monetary policy framework where currency was valued at a fixed amount of gold.
  2. Following the First World War and the Great Depression, countries started to move off the gold standard, and policymakers started to think about what might replace it.
  3. Out of that came the Bretton Woods system in 1944, which also tied the currencies of developed economies to the price of gold.
  4. But the cost of the Vietnam War and inflation that followed led to the collapse of Bretton Woods in the early 1970s.
  5. Once again policymakers looked around for a solution, and in 1989, the small country of New Zealand announced the main objective of its monetary policy was to target the inflation rate.
  6. In the subsequent quarter century, nearly all central banks in major economies coalesced around this approach of aiming for a low inflation rate, and, indeed, inflation targeting is the monetary policy framework du jour.
  7. But even New Zealand has admitted this framework was more “by default than by high design,” and one must ask if it’s the right approach for the future we have before us.

(拙訳)

  1. 19世紀後半、大半の経済金本位制を取っていたが、それは、固定量の金によって通貨の価値が評価されるという最初の金融政策の枠組みだった。
  2. 第一次大戦大恐慌を経て、各国は金本位制から離脱し始め、政策担当者は代わりになるものについて考え始めた。
  3. そこから1944年にブレトンウッズシステムが誕生したが、それも先進国経済通貨を金価格に結び付けるものだった。
  4. しかしベトナム戦争の費用とその後のインフレによって1970年代前半にブレトンウッズシステムは崩壊した。
  5. またもや政策担当者は解決法を探し求め、1989年に小国のニュージーランド金融政策の主目的をインフレ目標にすると発表した。
  6. その後の四半世紀の間に主要経済のほとんどすべての中銀が低インフレ率を目標とするこの手法に飛びつき、かくしてインフレ目標は今日の金融政策手法となった。
  7. しかしニュージーランドでさえこの枠組みは「高度な設計によるものというよりは巧まずして」と認めており*1、我々の前に広がっている未来についてもこれが正しいアプローチかどうかは考えなくてはならない。

ウィリアムズのこの講演は、自然利子率(r-star)が低下した中での金融政策が一つの大きなテーマとなっている。財政政策などによって長期的な経済成長推し進められ、自然利子率が持続的に高くなるのが最善だが、そうしたことがすぐに実現するとは望めない以上、別の方策を考えなくてはならない、と彼は言う。代替策候補として彼は以下の4つを挙げている。

  1. 非伝統的政策に頼る
    • 即ち、過去10年間と同じプレイブックに従い、それで十分であることを願う
  2. 金利の下限をさらにマイナスに深掘りする方法を探る
    • それによって従来型の金融政策を展開する余地を広げる
  3. インフレ目標の引き上げ
  4. インフレ目標の修正
    • 物価水準もしくは名目所得目標への移行

これらの選択肢にはそれぞれ一長一短があり、物価水準目標のように誰も試したことが無いものについては世界の金融システムの安全を掛けた実験という大きなリスクが伴うが、議論と検討を続けるべき、とウィリアムズは述べている。

*1cf. 2000年3月のデビッド・アーチャー(David J. Archer)ニュージーランド準備銀行総裁代理IMFでの講演(ちなみに2003年の参議院の国民生活・経済に関する調査報告では日本の議員団がアーチャーからインフレ目標について説明を受けたという記述がある)。ここで紹介したRoweのコメントも参照。

2017-12-07

債務の持続可能性の新指標

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というNBER論文をブランシャールらが書いているungated版)。原題は「A New Index of Debt Sustainability」で、共著者はMitali Das(IMF)。

以下はその要旨。

Debt sustainability is fundamentally a probabilistic concept: Debt is rarely sustainable with probability one. We propose an index of external debt sustainability that reflects this uncertainty. Namely we construct the index as the probability that, at the current exchange rate, net external debt is equal to or less than the present value of net exports. Constructing this index involves three steps: (1) deriving the distribution of the present value of net exports at the current exchange rate; (2) deriving the distribution of exchange rates associated with the condition that, for each realization, the present discounted value of net exports is at least equal to the value of current net debt; and (3) assessing where the current exchange rate stands in the distribution of exchange rates and thus the probability that debt is sustainable. Having shown how this can be done, we then compute the index for two countries, the United States and Chile. Our main conclusion is the large degree of uncertainty implied by the presence of large gross asset and liability positions, together with uncertainty about rates of return on these assets and liabilities. The size of the distribution of exchange rate adjustments implies that one should be careful in concluding that debt is or is not sustainable at the current exchange rate and that strong measures are potentially needed to reestablish sustainability. Exchange rates that appear overvalued in the baseline may still imply a reasonably high probability that debt is sustainable at the current exchange rate; symmetrically, exchange rates that appear undervalued in the baseline may still come with a reasonably low probability that debt is unsustainable at the current exchange rate.

(拙訳)

債務の持続可能性は基本的には確率的な概念である。債務が確率1で持続可能なことは滅多にない。我々は、こうした不確実性を反映した対外債務の持続性の指標を提唱する。即ち、現行の為替相場で純対外債務が純輸出の現在価値と等しいかそれ以下である確率として指標を構築する。この指標の構築は次の3段階から成る。(1)現行の為替相場における純輸出の現在価値の分布を導出する。(2)純輸出の割引現在価値が現在の純債務の価値以上になるという条件を実現する為替相場の分布を導出する。(3)現行の為替相場がその為替相場分布のどこに位置するかを推計し、それによって債務の持続確率を推計する。この推計方法を示した後、我々は米国とチリの2か国について指標を計算する。我々の主な結論は、巨額の総資産と総債務のポジションの存在、ならびにそれら資産債務の収益率の不確実性によって、かなりの程度の不確実性が生じる、というものである。為替相場調整の分布の大きさは、現行の為替相場債務が持続可能か否かを結論するには慎重であらねばならないこと、および、持続可能性を再確立するためには強力な手段がおそらく必要となることを示している。ベースラインにおいて過大評価されているように思われる為替相場でも、現行の為替相場債務が持続可能だというかなり高い確率をもたらすかもしれない。逆の話として、ベースラインにおいて過小評価されているように思われる為替相場でも、現行の為替相場債務が持続不可能だというかなり低い確率をもたらすかもしれない。


ungated版の本文によると、キャピタルゲインを考慮しないと米国為替相場調整分布の標準偏差は5.6%だが、考慮すると22.6%になるとの由。前者では米国が減価しなければならない確率は100%近いが、後者では64%まで下がるという。同様に、キャピタルゲインを考慮しないとチリの為替相場調整分布の標準偏差は5.3%だが、考慮すると31.0%になるとの由。前者ではチリが減価しなければならない確率は69%だが、後者では49%まで下がるという。