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himaginaryの日記

2018-07-17

W杯トロフィーの金含有量

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今回のW杯フランスが手にしたトロフィーの仕様を、シンガポール貴金属会社BullionStar社がブログ解説している(H/T Mostly Economics*1

The FIFA World Cup Trophy stands 36.8 cms tall with a base diameter of 12.5 cms. Overall it weighs 6175 grams (13.61 pounds) and has a gold content of 4927 grams (10.86 pounds) of 18 karat gold. The trophy is hollowed, since otherwise, being made of gold, it would be far too heavy to lift. The base of the trophy contains two layers of the dark green semi precious stone malachite.

Given that its 18 karat gold (meaning 18 parts gold to 6 parts of other metals, i.e. 75% gold), there are 3695.25 grams (118.8 troy ounces) of pure gold within the trophy. At a gold price of US$ 40 per gram at the time of writing, the gold within the World Cup Trophy has a current market value of approximately US$ 150,000. But as a unique sporting trophy, the FIFA World Cup Trophy is arguably priceless, so important that nowadays FIFA closely guards the original while presenting a replica to each winning country.

The choice of using gold to create the FIFA World Cup Trophy seems to have been a given. Nowhere within the history of the trophy or its design does it appear to be documented that there was any debate on what Gazzaniga’s design should be made of. The choice of using gold just appears to have been the natural choice for such a unique and important sporting prize.

But this is not surprising. For gold is rare and precious.

(拙訳)

FIFAワールドカップトロフィーは高さが36.8cmで基底の直径が12.5cmである。全体の重さは6175グラム(13.61ポンド)で、含まれている金は18金4927グラム(10.86ポンド)である。トロフィーは空洞になっているが、さもなくば金で作られていることから、持ち上げるにはあまりにも重すぎることになるだろう。トロフィーの基底には、深緑の半貴石である孔雀石が二層入っている。

18金(金が18に対して他の金属が6ということ。即ち、75%が金)であることから、3695.25グラム(118.8トロイオンス)の純金がトロフィーの中にあることになる。本稿執筆時の金価格であるグラム当たり40米ドルを当てはめると、ワールドカップトロフィーに含まれる金は現在の市場価格にしておよそ15万米ドルとなる。しかし唯一無二のスポーツトロフィーであることからして、FIFAワールドカップトロフィーは間違いなく価格が付けられないほど高価なものであり、あまりにも重要であることから今日ではFIFAはオリジナルを厳重な警備下に置き、優勝した各国にはレプリカを渡している。

FIFAワールドカップトロフィーを作る際に金を使うという選択は、所与のものだったように思われる。トロフィーないしそのデザインの歴史の中で、ガザニガのデザインを何で製作するかという点について議論があった、という記録は一切見当たらない。金を使うという選択は、こうした唯一無二かつ重要なスポーツの賞において、極めて自然な選択だったように思われる。

しかしそのことは驚くに値しない。金は稀少かつ貴重なものだからである。

2018-07-16

ニコバル諸島の日本占領/奴隷労働、スパイ容疑、および処刑

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という論文原題は「Japanese Occupation of Nicobar Islands / Slavery, Espionage and Executions」)をタタ社会科学研究所のAjay Sainiが書いている(H/T Mostly Economics)。以下はその導入部からの引用。

Despite their severity, the Japanese atrocities in the Andaman and Nicobar Islands (ANI), unlike elsewhere—the “Burma–Siam Death Railway,” “Unit 731’s medical experiments,” and the “Nanjing (Nanking) Massacre,” have remained lesser known (Dhillon 1998; Ling 2014). Since the Japanese incinerated all the documents before surrender (Rama Krishna nd), it is difficult to give a factual description of their regime in the ANI (Dasgupta 2002). Nevertheless, in their oral histories, the Nicobarese recount the Japanese colonial stint in the Nicobar Islands (1942–45) as a regime of slavery, espionage, and executions. Richardson spent substantial time in concentration camps, which he vividly narrates in his unpublished diary, “Car-Nicobar under Japanese Occupation 1942–45.” Primarily based on archival research, this work provides a glimpse of the sufferings that the Nicobarese endured during World War II under the Japanese regime. The Japanese period, despite being the shortest of all the colonial regimes in the Nicobar Islands, played a consequential role in the evolution of the Nicobarese society.

(拙訳)

その苛烈さにも拘らず、アンダマン・ニコバル諸島ANI)における日本の残虐行為は、「ビルマ・シアムの死の鉄道」や「731部隊医療実験」や「南京大虐殺」のような他の出来事に比べ、知名度が低かった(Dhillon 1998Ling 2014)。日本は降伏前にすべての文書を焼却してしまったため(Rama Krishna nd)、彼らのANI統治の実態を描くことは難しい(Dasgupta 2002*1)。しかしながらニコバル諸島民は、オーラルヒストリーにおいて、ニコバル諸島の日本の植民地時代(1942-45)を、奴隷労働、スパイ容疑、処刑の時代として記憶している。リチャードソンはかなりの期間を強制収容所で過ごし、その時の経験を未出版の日記「日本占領下のカーニコバル、1942-45」に生々しく記録している。主としてアーカイブ研究に基づき、本稿では第二次大戦中の日本統治下でニコバル諸島民が耐えた苦難の一端を紹介する。日本統治期は、ニコバル諸島が経験した植民地体制すべての中で最も短かったにも拘らず、ニコバル社会の発展に重要な役割を果たした。


その苛酷な日本統治も、一つだけ島民に利益をもたらしたという。

While the Japanese regime enslaved and tormented the indigenes, it also helped them terminate the exploitative trade relations that the outsiders had developed with the community. Before the Japanese occupation, traders, especially from Minicoy (Lakshadweep), Malabar, and Bengal visited the Nicobar Islands and bartered general merchandise with the indigenes for copra (smoke-dried coconut) and areca nuts. The traders had established exploitative economic relations with the indigenes through a “credit” system, whereby petty loans, in terms of merchandise, were extended to them that they had to repay by supplying copra and areca nuts. As the Nicobarese was a pre-monetary society and solely dependent on the barter system, the indigenes were unaware of the commercial value of the merchandise/produce, which that led to their exploitation. Most of the indigenes, even after supplying surplus quantity of produce, remained in perpetual debt; while the traders earned an average monthly income of ₹144 to ₹180 and lived an easy life on the islands. The outsiders not only exploited the indigenes economically, but sexually as well. Many traders married the local Nicobarese girls, who, along with the children born out of such marriages, were generally abandoned by the traders, who left behind uncared for women and children in the islands (Richardson 1947: 31).

The Japanese cracked down on the traders, many of whom were executed or expelled from the islands (Roychowdhury 2004). Whatever the traders had “looted” from the indigenes was further “looted” from them by the Japanese. Despite being exploited, the indigenes supported the traders in their trying times, which Richardson expressed as follows:

During the Japanese occupation, the traders were all fed free of charge by the Nicobarese, yet they were too proud to say “Thank you” for everything received from our people; whom they compared to beasts. Well, we have done our duty; expecting no reward from the ungrateful friends. We have been rewarded evil for good. In all their lives here, they have not (done even) a single charitable work, but grabbing. They built grand houses at Minicoy with Mangalore tiled roofs out of the Nicobarese money and live like millionaires, but unable to pay back their debts. These will go to their graves with them. (Richardson 1947: 28–31)

After Japan’s surrender, the traders fled from the Nicobar Islands in fear, and the land that the Nicobarese had mortgaged to them was retrieved for the community (Singh 1978). Therefore, as Richardson argued, the “only gain,” which the Nicobarese had from the war was that they got rid of the traders—the “parasites,” “selfish,” and “ungrateful people” whose “soul idea was to keep the Nicobarese always under their thumbs,” so that they “should not be enlightened, else the traders will lose their trade” (Richardson 1947: 28).

(拙訳)

日本の統治は島民を奴隷化し苦しめたが、島外の者が地元社会に構築した搾取的な交易関係を断絶することにも寄与した。日本の占領前は、特にミニコイ(ラクシャドウィープ)、マラバール、およびベンガルからの商人がニコバル諸島を訪れ、雑貨をコプラ(燻製したココナッツ)やビンロウジュの実と交換した。商人は「掛け売り」システムを通じて搾取的な経済関係を島民との間に確立した。商業上の小口融資が島民に与えられ、それはコプラやビンロウジュの実で返済されなければならなかった。ニコバル諸島貨幣以前の社会で、物々交換制度にのみ依っていたため、島民は商業や生産の価値が分からず、搾取されるがままになった。島民の大半は、提供した生産物の量がプラスになった後も、恒久的な債務状態に留まった。一方で商人は月平均144-180インドルピー所得を得て、島で安逸な暮らし送った。島外の者は島民を経済的に搾取しただけでなく、性的にも搾取した。多くの商人が地元のニコバル諸島民の女性と結婚したが、彼女たちは、その結婚で生まれた子供ともども棄てられるのが一般的であった。商人は妻子を気に掛けることなく去っていった(Richardson 1947: 31)。

日本人は商人を厳しく取り締まり、多くが処刑、もしくは島外に追放された(Roychowdhury 2004*2)。商人が島民からどれだけ「略奪」したにせよ、日本人の島民に対する「略奪」の方がひどかった。搾取されていたにも拘らず、島民は苦境にあった商人を助けた。それについてリチャードソンは以下のように書いている。

日本の占領下で、商人はニコバル諸島民にただで食事をさせてもらった。しかし彼らは我々から受け取ったあらゆるものに対して「有難う」と言うには、自尊心が高過ぎた。彼らは我々を獣並みに見做していたのである。いずれにせよ、我々は義務を果たし、恩知らずの友人から見返りを期待することは無かった。我々は善を以って悪に報いたのである。彼らはここでの生活において、無償の仕事は一切せず、搾取だけを行った。彼らはミニコイに、マンガロールタイルで葺いた屋根の豪勢な家をニコバル諸島民の金で建て、大富豪のような暮らしを送ったが、債務を返済することはできなかった。そのことを彼らは墓場まで持っていくことになるだろう(Richardson 1947: 28-31)。

日本の降伏後、商人は怖くなってニコバル諸島から逃げた。ニコバル諸島民が彼らに担保として差し出していた土地は、地域社会に取り戻された(Singh 1978*3)。従って、リチャードソンが論じたように、ニコバル諸島民が戦争で得た「唯一の利益」は、商人を追い出したことだった。彼らは「寄生虫」で「自己中心的」で「恩知らずな人々」であり、「ニコバル諸島民を常に自らのコントロール下に置くことしか考えていなかった」。そのために「ニコバル諸島民は啓蒙されてはならなかった。さもなくば商人は貿易できなくなってしまうからである」(Richardson 1947: 28)。


戦後のニコバル諸島は、リチャードソン*4の指導の下、共通の苦難の経験とキリスト教の普及から社会としての団結を強め、統治下に入ったインドからのインフラの提供もあり、発展を遂げた、との由。


[7/18追記]ちなみに日本軍のアンダマン・ニコバル諸島占領についてはWikipedia日本語版に独立のエントリが立てられている:

日本軍によるアンダマン・ニコバル諸島の占領 - Wikipedia

*1

Japanese in the Andaman and Nicobar Islands

Japanese in the Andaman and Nicobar Islands

*2

Black Days in Andaman and Nicobar Islands

Black Days in Andaman and Nicobar Islands

*3

Andaman Story

Andaman Story

*4:cf. John Richardson (bishop of Car Nicobar) - Wikipedia

文雄文雄 2018/07/17 07:02 日英の植民地政策(この場合は占領政策ですが)を比較すれば、日本が英国に比べて善政を施してのが明らかなので、如何に非常時の事とは言え、にわかには信じられませんね。むしろ資料が少ない事から、口から出まかせを言っている可能性が高いのではないでしょうか。

日本軍のこの地域に於ける軍事行動がインド独立ひいては大英帝国の瓦解に繋がって、それが彼らにとって巨大なトラウマに成っており悪く言いたがるのは理解できますが、経済学の分野にまで悪影響を広げるのは倒錯というものだと思います。

2018-07-15

中央銀行は生産性成長率を目標とすべきか?

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労働党が、イングランド銀行は3%の労働生産性成長率を目標とすべき、という案を出したことを受けて、シカゴ大のIGMフォーラムがパネルの経済学者にアンケートを取っているMostly Economics経由Croaking Cassandraブログ経由)。具体的には、以下の文章への賛否を問うている。

Central banks cannot significantly increase productivity growth over a ten year horizon, except perhaps by promoting macroeconomic stability.

(拙訳)

中央銀行は10年の期間において生産性成長を有意に上昇させることができない。例外はおそらくマクロ経済の安定を促すこと。

回答は「意見無し(No Opinion)」と「分からない(Uncertain)」を除けば、「強く同意(Strongly Agree)」「同意(Agree)」「不同意(Disagree)」「強く不同意(Strongly Disagree)」の4段階で返すことになっており、同時に回答への自信について10段階の数字を添えることになっている。このアンケートにおいては、43人中、無回答が7人、意見無しが3人(7%)、分からないが2人(5%)、強く同意が12人(28%)、同意が19人(44%)、不同意と強く不同意はいずれもゼロだった。自信でウエイト付けした数字は、強く同意が46%、同意が53%、分からないが1%となっている。

回答のうち、コメントがあったものを拙訳でまとめると以下の通り。

●ダロン・アセモグル(Daron Acemoglu)[同意、7]
生産性成長のため金融政策に過度に依存することには大きな問題がある。
Joseph Altonji[同意、6]
背景情報参照
●マーカス・ブルナーメイヤー(Markus Brunnermeier)[同意、7]
安定した環境を作れば研究開発投資が増え、それによって生産性成長が促される。
●ダレル・ダフィー(Darrell Duffie)[強く同意、8]
中央銀行家は魔術師ではない。私ならば、「例外はおそらくマクロ経済の安定を促すこと」 という文言を、「ただしマクロ経済の安定を促すことを通じて生産性成長に幾ばくかの影響を与えられる」に置き換える。
●オースタン・グールズビー(Austan Goolsbee)[強く同意、8]
彼らは生産成長、気候変動、もしくはカブス勝利に目標率を設けるべきではない。いずれも重要だが、どれも彼らのコントロール下にはない。
●ロバート・ホール(Robert Hall)[同意、8]
生産性成長率のコントロールを中央銀行に要請することほど悪いアイディアを思い付くのは難しい。推進者はクヌート王のこと*1を忘れている。
●Kenneth Judd[同意、8]
生産性は人的、物的、および知的資本の蓄積に依存する。中央銀行はそうした投資に影響する手段を持ち合わせていない。
●アニール・カシャップ(Anil Kashyap)[強く同意、10]
基礎的な実証結果を知悉している者で、それが可能だと考えるものはいない。なお、情報公開をしておくと、私はイングランド銀行パートタイム職務に就いているが、これは私自身の考えである。
●Pete Klenow[強く同意、10]
彼らにそれができたら良かったのに、とは思うが、残念ながら否である。背景情報参照
●Larry Samuelson[同意、10]
生産性成長は主として技術的な現象であり、金融政策は二次的な役割を果たしているに過ぎない。
●ホセ・シャインクマン(José Scheinkman)[同意、7]
同意だが、「きちんと機能する金融システムを促すこと」も入れたい。
●Robert Shimer[同意、3]
労働生産性」が「全要素生産性」だったらもっと自信を持つのだが。
リチャード・セイラー(Richard Thaler)[強く同意、5]
素晴らしいアイディアだ! ひょっとしたらFRBは私の生産性も上げられるかもしれない。書くことが速くて上手になりたいものだ。また、ゴルフでボールを遠くに飛ばせるようにもなりたい。

*1cf. これ

匿名匿名 2018/07/16 10:28 https://en.wikipedia.org/wiki/King_Canute_and_the_tide

2018-07-14

ECBに自由に仕事をさせよ

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EFG銀行のチーフエコノミストで元アイルランド中銀副総裁のStefan Gerlach*1が、「Time to Untie the ECB’s Hands」と題したProject Syndicate論説で、ECBにタカ派的な姿勢を求める人々を厳しく批判している(H/T Mostly Economics)。

The ECB defines price stability as inflation “below, but close to, 2% over the medium term.” That is a lower inflation rate than even the Bundesbank achieved during its celebrated pre-euro history, and it is a tighter target than virtually all other central banks pursue. For some, too much of a good thing is apparently wonderful.

...for those in favor of the ECB’s “stability-oriented monetary policy” – a term suggesting that others disregard the risk of monetary instability – the price-stability objective has evidently become too constraining. From their perspective, asset purchases never should have happened, and interest rates should have been raised long ago, despite the eurozone’s too-low rate of inflation.

It is safe to assume that those who hold this view were highly supportive of the ECB’s hardline price-stability objective. They would contend that low interest rates raise financial-stability risks that grow more acute with time. That is probably true. And yet it ignores the fact that raising interest rates prematurely can also fuel financial instability. In any case, the argument is moot, because the ECB’s mandate rules out any rate increase that could conflict with price stability.

Of course, those in favor of higher interest rates would counter that inflation of 1% or even less is in fact “close” to 2%, implying that price stability has been achieved and monetary policy can be tightened. In other words, they do not share the view that “close to 2%” means something in the range of 1.7-1.9%.

(拙訳)

ECBは、物価の安定を「中期的に2%以下だがそれに近い」インフレ、と定義している。これは、かのブンデスバンクが誇るユーロ以前の時代に達成したインフレ率よりも低く、事実上、他のどの中銀が追求する目標よりも厳しい。良いことを過剰なものとすることは、ある人にとっては素晴らしいことのようである。

・・・ECBの「安定志向の金融政策」――この言葉は他の中銀は金融不安定化するリスクを無視していることを示唆しているようであるが――を好む人たちにとっては、物価安定目標は明らかに制約的になり過ぎた。彼らの視点からすると、資産購入はそもそも行うべきでは無かったのであり、ユーロ圏インフレが低過ぎようが、金利はとっくに引き上げられているべきであった。

こうした見解を持つ人々は、ECBの強硬な物価安定目標を大いに支持する、とみて良いだろう。彼らは、低金利金融の安定性に関するリスクを増大させ、それは時間が経つにつれ深刻なものとなる、と主張する。おそらくそれは事実だろう。だがその主張は、早過ぎる利上げもまた金融不安定性を増幅させ得る、という事実を無視している。いずれにせよ、この議論は不毛である。というのは、ECBの任務上、物価の安定性と齟齬を来すような利上げはすべて排除されるからである。

もちろん、金利引き上げを望む人たちは、1%ないしそれ以下のインフレでも2%に「近い」のだ、と反論するだろう。物価の安定は達成されており、金融政策は引き締めに転じ得る、というわけだ。言い換えれば、彼らは、「2%に近い」ということは1.7-1.9%程度である、という見方を共有してはいない。

この後Gerlachは、低インフレの害――実質金利を高めて債務者の破綻確率を高めるほか、ゼロ金利に到達する確率を高める――を説き、低金利が貯蓄者にとって有害だという主張に対しては、ECBの使命は貯蓄者や金融業界を利することには無い、と反論している。そして、ECBの物価安定目標は、元々はユーロ圏イタリア型のインフレから守るために設計されたものだったが、実際にはドイツ好みのデフレから守るように機能した、という警句を吐いている。とは言え、将来もそう上手く行くとは限らないので、非常時の目標の運用については柔軟性を持たせるべき、と彼は言う。ただ、物価安定の使命そのものはEU機能条約に埋め込まれていて、おいそれとは変更できないので、「中期的に2%以下だがそれに近い」というECBが独自に制定した文言を変えるべき、と彼は主張する。具体的には以下の2点を提案している。

  1. 曖昧さを伴う「それに近い」という言葉を削除する
    • その場合、目標が2%か1.8%か、それとも範囲であるかはそれほど重要ではない
  2. 「中期的に」の中期を正確に定義して、政策の対象期間を長くし、一時的に他の目標を追求できるようにする
    • 金融危機や深刻な不況はデフレ的であり、それらもまた物価の安定性を危うくするものなので、金融の安定性や景気の状態などを考慮して政策決定ができるようにする

2018-07-13

貿易戦争:アイケングリーンとロドリックの見方

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6日のトランプの関税引き上げ決定を受けて、バリー・アイケングリーンダニ・ロドリックがそれぞれ12日と10日のProject Syndicate論説で貿易戦争の帰趨について論じている。アイケングリーンは、貿易戦争の影響はまだ顕在化していないが、これから表面化する、と警告している。一方、ロドリックは、貿易戦争はまだ防げる、とアイケングリーンに比べてやや楽観的な見方を示している。

アイケングリーンは、米国の輸出入と海外投資の1兆ドル近い金額が貿易制限の対象になりそうな現在、経済金融にまだ影響があまり出ていない理由として、以下の3つの説明候補を挙げている。

  1. 企業の購買担当者や株式投資家は、最終的に皆が正気に立ち戻ることに賭けている。
    • 彼らは、トランプの脅しが単なるこけおどしであること、もしくは、米商務省や各種経済団体の抗議が最終的に通ることを望んでいる。
  2. 市場は、貿易戦争に勝つのは容易である、というトランプの言葉が正しいことに賭けている。
    • 対米輸出への依存度が高い他国は引き下がるのではないか。実際、7月初めに欧州委員会は、トランプが米国の4倍と文句を付けた自動車関税を引き下げることを検討している、と報じられた。
  3. 米国関税と外国の報復が完全に実現したとしても、マクロ経済への影響は小さい。
    • 代表的な米経済モデルによれば、輸入コストの10%の上昇は、最大0.7%のインフレ上昇を一度引き起こすに過ぎない。それによって成長が鈍化したとしても、FRBは利上げのペースを緩めることで対処でき、他の中銀も同様。

しかし、そのいずれも成立しない、とアイケングリーンは言う。

  1. 正気論者は、トランプ関税が支持基盤に受けているという事実を無視している。
    • 最近の世論調査では、共和党有権者の66%がトランプの中国への関税の脅しを支持している。
    • 2016年選挙キャンペーンでトランプは、もう他国米国を好きにさせない、と公約しており、彼に投票した人はその実現を期待している。そしてトランプもそのことを分かっている。
  2. 他国が引き下がる気配はない。
  3. 標準モデルは貿易戦争のもたらす不確実性のマクロ経済への影響を捉えていない。
    • 投資計画は事前に策定されているので、ブレグジットの時と同様、不確実性の影響が現れるのは1年後以降になるだろう。
    • 中間投入財への課税は効率性を損ねる。また、資源をハイテク部門から古い製造業に振り向けることは、生産性の伸びを抑えるため、それによってさらに投資に悪影響が出る。こうしたことFRBが簡単に相殺できるものではない。

一方、ロドリックは、アイケングリーンが2番目に挙げた他国の行動に望みをつないでいる。というのは、ケインズ革命前で財政政策の効用が認識されていなかった1930年代には、保護主義により需要を自国財に振り向けることに一分の理はあったが(ただし皆が保護主義に走ればそれも意味がなくなるどころか状況は悪化することになるが)、今は財政金融政策保護主義などよりもうまく雇用を安定させることができるからである。また、保護主義には輸入商品の世界的な価格を抑え、関税を反映した自国の価格を上昇させ、国の関税収入を高める、という交易条件効果もあるが、欧州中国もそうした収入に興味があるわけでは無い。よって報復に走らず、あくまでもWTOなどの多国間の枠組みで解決を図ることが、自らの利益の上でも原則の上でも欧州中国の採るべき道である、とロドリックは説いている。

ロドリックはまた、たとえ個々の企業が米市場の縮小によって打撃を受けるとしても、米市場の縮小は米国の競合企業の減少をも招くものであり、それによって機会を得る企業もあることを無視するべきではない――これは経済学者が良く指摘する、自由貿易により一部の企業は打撃を受けるが全体的な便益は上昇することを無視すべきでは無い、というのと逆の話である――と指摘している。