第5章(1)日本の民主党政権ではイギリス式の政策決定プロセスの導入に挫折した

目次
序章:日本人初の英国与党党本部での経験を勝ち取るまで
第1章:イギリス与党保守党本部から見たイギリスの政府・与党
第2章:イギリス議会から見たイギリスの首相と国会議員
第3章:ロンドン市長選挙対策本部から見たイギリスの選挙
第4章:イギリス政治のインサイダーから見た2015年総選挙
第5章:ロンドン大学政治経済学院(LSE)から見た日英政治比較
 (1)日本の民主党政権ではイギリス式の政策決定プロセスの導入に挫折した
終章:日本化するイギリス政治、イギリス化する日本政治

本文
 外から見ると日本政治は不思議に満ちているように見える。目に見える対立よりも、非公式な権力行使が多いという特徴があることが、その不思議さを高めているのだろう。まして外国人からみると、いろんなことがとても不思議に見えているようだ。2009年から2012年に私が留学してイギリス政治で働いていた際に、日本政治に関してイギリス人やアメリカ人がまず開口一番たずねるのが、なぜ日本の首相はこうも毎年変わるのか、ということだった。そして、政権が頻繁に変わることのデメリットを口々に指摘した。2006年の第一次安倍政権から、2007年の福田首相、2008年の麻生首相、2009年には政権交代を果たした民主党から鳩山首相、2010年に菅首相、2011年には野田首相と1年ごとに新しい首相が生まれて政権が発足した。さらに、その首相交代の多くが8月末から9月に集中したため、麻生首相から野田首相まで、国連総会における演説が国際舞台でのデビューの場となった。毎年の国連総会で、いつも日本の「新」首相が国連演説をする。日本の外交の現場にいる外務省の職員は、さまざまな国際会議などの外交の場に案内する際に、毎年のように新しい首相と新しい閣僚を外国の首脳に紹介する。その姿は、日本人が感じている以上に、外国人からは不思議がられていた。そして、頻繁に変わる政権の「顔」とは裏腹に、日本政治における政策転換のスピードが遅いことは序章でも論じたとおりである。

 日本政治においても首相の権限強化のための取り組みがされてきた。竹中治堅氏によると*1自民党政権時代の橋本政権において、首相の権限強化の観点から以下の大き4つの改革が行われた:(1)経済財政諮問会議の設置、(2)閣議における首相による発議権、(3)内閣官房の強化と内閣府の設置、(4)大蔵省の解体。そして、それらが後に小泉首相が官邸主導で政策を大胆に実行していく、指導力を発揮ことを可能とした一部の理由であると論じられた。それでも、これらは首相が指導力を発揮する必要条件であって、十分条件ではない。小泉首相以降の首相は一年ごとに、自ら退任するか、身内に圧力をかけられるか、または、選挙で敗北して首相官邸を去って行った。

 2009年に民主党政権交代を成し遂げると、その総選挙のマニフェストに掲げられていた、数々の政治改革を実現するべく動き出した。その最たる例が政官の接触禁止規定であり、政府与党一元化の一環としての政策調査会の廃止であり、そして、事務次官会議の廃止である。いずれも、禁止や廃止など、それまで行われていた慣行を止めることがその中身であった。これらは、国家戦略室の導入などと並んで、イギリス型の政治システムの根幹として、民主党政権に取り入れられた。だが序章でも触れたように、これらの多くが期待通りには機能せず、そして民主党政権の末期には、多くの事柄について自民党政権時代の政治システムに回帰していた。すなわち、官僚が国会議員と自由に接触して法案を説明し、それを受けた与党議員が政策調査会などの与党議員の集まる場で法案を承認して、そして、最終的には閣議決定の前にそれらが各省の事務次官の間で確認されることとなった。民主党はかつて、このような政策決定過程を、官僚が与党議員を籠絡して、最終的には官僚が利益配分を決定する、官僚主導の温床として糾弾した。また、政官接触については族議員による利権政治の温床としても糾弾した。それがこのように自民党時代に回帰したのははぜか。それは、序章でも述べたように本連載の中心的な問いであるとともに、私の留学時代の中心的な問いでもあった。これらの固有の問いの答えは、これらの制度が国内においてどのような経緯で戻って行ったのかを丹念に追っていくことでも得られる。ただ私は、もう少し大局的な理解を得たいと考え、それが機能しているイギリスとの比較によってその答えを得ようとした。

 ただし、イギリスの事例研究の目的は、表面的にイギリスの制度を単純に輸入することではない。異なる憲法、議会構造、社会構造、経済構造を有する自国に、他国の表面的な政治制度・慣習を持ち込んだところで、それが自国で同じように機能する保証は全くない。他国事例から我々が学ぶ際は、他国の現状の多次元的なメリット・デメリットを理解し、他国の現状を存在せしめている要因を特定し、他国がその現状に至った初期条件と構造変化を解析することが重要だ。その上で、自国の目指す「別の」状態を思索し、「別の」状態に至る戦略を構築する、そのヒントとすることを目的とすべきである。イギリス政治の研究はあくまでも、日本の政治を明らかにするための鏡である。

*1:竹中治堅(2006)首相支配の時代-日本政治の変貌.中公新書