Hatena::ブログ(Diary)

hiroyukikojimaの日記

2016-12-04

スティグリッツさんの宇沢先生を思う気持ちに心が熱くなる

15:47

 宇沢先生の新著が刊行された。タイトルは、宇沢弘文 傑作論文全ファイル』東洋経済新報社だ。

本書は、宇沢先生のパソコンに記憶されていた大量の原稿を、東洋経済の編集者さんが丁寧に整理して、「絶対に世に残すべきだ」と考えた原稿(傑作論文)を編纂して本にしたものである。大事なことは、編集者さんは、宇沢先生が生前のうちにコンタクトし、この企画を開始した、という点だ。すなわち、本書は、宇沢先生のご意志の下に製作されたのである。

残念なことに、編纂の途中で宇沢先生がご逝去されたため、最後の原稿のチェックはご遺族が行われた。ご遺族の依頼を受けて、ぼくも原稿に目を通し、弟子として、経済学者として、いくつかの誤植を指摘し、コメントをし、提案をさせていただいた。本書は、400ページを越える大部である。本書の校閲に、ぼくは今年のゴールデンウィークをまるまる費やすことになった。でも、それはとてもとても楽しい時間だった。どの年のゴールデンウィークよりも充実した連休になった。ぼくは、本書を校閲しながら、宇沢先生から新たなご指導を受けた。本当に怒濤のようなご指導だった。

 本書で最も注目すべき点は、ノーベル経済学賞受賞者であり、宇沢先生の弟子であるスティグリッツさんの宇沢先生への想いが赤裸々に収められていることだ。本書の冒頭に、2016年3月16日の「宇沢弘文教授メモリアル・シンポジウム」におけるスティグリッツ氏の講演の一部が収録されているのだ(この講演については、スティグリッツ氏の講演を聴いてきた - hiroyukikojimaの日記にエントリーした)。

 この講演の中で、スティグリッツさんは、格差問題のこと、環境問題のこと、TPPのことなどを経済学者の立場から論じた。それと同時に、宇沢先生との思い出についても、誠実に、畏敬を込めて、そして何より熱く語ったのである。

すばらしい講演なので、是非、本書でまるごと読んでいただきたいが、少しだけ引用をしよう。

先生は、シカゴ大学で開かれたセミナーに、私たち数人の学生を誘ってくれました。そのなかには、私と共同でノーベル経済学賞を受賞したジョージアアカロフ教授もいました。宇沢先生は、MITスタンフォード、イェールの各大学から若手経済学者を集めて、シカゴを世界の知の集積地にしようと考えたのです。その考えはみごとに実現しました。私たちは、シカゴに集まったわずか一ヶ月ほどの間に、全員、宇沢先生の信奉者になってしまったのです。

なんと、涎の出るような環境だろう。

次の思い出も、ぼくには感慨深い

数学手法を活用する能力に秀でていた宇沢先生は、私たちに最新の手法を紹介してくれました。たとえば先生は当時、微分位相幾何学の研究で知られるレフ・ポントリャーギンの理論に大変傾倒しておられ、それを問題解決に応用することを教えました。しかし、私たちが感銘を受けたのは、先生が数学手法を使いこなすだけでなく、それを重要な社会的意味合いを持つ問題を解決するために応用しようとした点にあります。

ポントリャーギンは、動学的最適化法とか、連続群論など、たくさんの業績を持つ数学者。幼いときの事故で視覚障害者となってしまい、視覚がない中で数学を研究した。でも、視覚がない故か、彼の書く数学書は非常にわかりやすい。図の分を文章で補おうとしているため、文章を読むだけで図が頭の中に浮かび上がるように感じるのである。

実は、ポントリャーギンに対する宇沢先生の敬意は、ぼく自身も直接的にお聞きした経験があった。市民講座の打ち上げで少し飲んだあと、先生を最寄りの駅までお送りした際、先生は売店で夕刊をお買いになった。その新聞に、ポントリャーギンの訃報が掲載されていて、先生はそれをショックそうにぼくに伝えた上で、「ポントリャーギンは、本当にすばらしい数学者でね」と仰ったのだ。

次の発言からは、スティグリッツさんが先生を単なる新古典派の理論家と見ていたわけではなく、もっと深く先生の思想を感じ取っていたことがわかる。

多くの人は、先生の「二部門成長モデル」の論文を読んでも、その研究意欲の深さの真価を理解できないと思います。それはその背景にマルクス経済学の概念があることに気づかないからです。マルクス経済学は私たちがアメリカで学んだ経済学の対極にあり、私自身の経済学者としてのキャリアがいずれ向かうであろう方向からも遠く離れたものでした。しかし先生は、終戦直後の日本で熱烈に受け入れられたマルクス経済学の考え方の一部を現代の経済学に取り込もうとしたのです。先生は不平等の研究に数学をどう活用するかということにも強い関心を寄せており、私はその難題に強く惹かれました。それがきっかけとなって、当初考えていた物理学の専攻をやめ、経済学の道に進むことにしたのです。

ぼく自身も、先生から何度も、「マルクス経済学の道に進みたかった」とか「共産党に入党するつもりだった」ということを伺った経験がある。先生には、「二部門成長モデル」の前にも(とりわけミクロ経済学の)優れた論文がいくつもあるけど、ぼくはそれらは先生にとって、単なる「習作」だったのではないか、と思っている。ピカソが自分の画風を確立する前には、普通の(しかし、すごいテクニックの)絵を描いたのと同じことだ。先生は、「二部門成長モデル」を生み出すことで、自分の初心に近づいたのではないか。そして、初心に近づくと同時に、初心までの本当の距離・隔たりも感じ取ったのではないか。この数行のスティグリッツさんの言葉には、宇沢先生の経済学者として生き様に対する尊敬と、親愛と、そして戸惑いがデリケートに表現されていると思う。

次の発言は、スティグリッツさんが、自分の人生と先生の人生を重ねて述べたものであろう。

先生がアメリカを離れた時、私たちの誰一人として、日本で先生のその後の人生がどのように変化していくかを想像できませんでした。日本への帰国後、皆さんもご存じのように、先生は学者としての研究に没頭するするだけでなく、自動車が引き起こす社会問題環境問題に関わっていくようになりました。

 以上は、ほんの一部にすぎないから、是非、本書を読んで、スティグリッツさんの宇沢先生に対する熱い想いを知ってほしい。これを読めば、スティグリッツさんという、単なるノーベル経済学賞受賞者という枠におさまらない偉大な経済学者に大きな影響を与え、方向性を育んだのは、宇沢先生なのだとはっきりわかると思う。理想の師弟関係で、うらやましくなる。

 ぼくは、本書を校閲する中で、いくつもの重要なことに気がついた。宇沢先生の本をほぼすべて読破しているにもかかわらず、新たな発見があった。それは、収録されている原稿に、刊行されているバージョンと異なるものがあることや、構成されている順序によって先生の真意に気づくことなどのおかげだと思う。長くなったので、それらの発見については、別のエントリーで書こうと思う。嬉しいことに、宇沢先生の業績(全ファイル)は膨大であり、その中に先生は今も生きておられ、まだまだいくらでもご指導いただけるのである。

2016-11-11

ウィトゲンシュタイン哲学を学んだ日々の思い出

00:20

 昨日(11月10日)の朝日新聞・朝刊の文化面に、「ウィトゲンシュタインに光」という記事が掲載され、それにぼくのコメントが(一言だけど)載った。この記事は、ウィトゲンシュタインの遺稿が最近、発掘され、彼の哲学に新たな光があたった、という内容の記事だ。朝日を購買しているかたは是非、読んでいただきたい。

ウィトゲンシュタイン哲学の第一人者である鬼界先生と肩を並べてのコメント者となったのは、誇らしくもあり、申し訳なくもあった。なぜなら、ぼくは全く哲学門外漢だからだ。そんなぼくになぜ、新聞記者さんの取材が来たか、というと、ぼくの著作の複数にウィトゲンシュタイン哲学を引用しているからだ。例えば、『文系のための数学教室数学でつまずくのはなぜか』(ともに講談社現代新書)では、かなりなページ数をさいて、ウィトゲンシュタイン哲学の助けを借りている。

 門外漢と言っても、書籍を読んだだけにすぎない、というのとは違う。実は、専門家の講義を受けた経験がある。ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』の翻訳者である坂井秀寿先生藤本隆志先生の講義を、全く別個に受講したのである。

 坂井秀寿先生の講義は、東大駒場時代に、一般教養の「論理学」の講義を受講した。講義の中で、先生は一回丸々使って、ウィトゲンシュタインの人生を語り尽くした。彼がいかに天才で、とんでもない金持ちで、その上、稀代の変人であったか、という話だった。それがめちゃめちゃ面白かったので、ウィトゲンシュタインという哲学者にほのかな興味を抱いたのだった。坂井先生の講義は、非常にユニークで、論理学というものに惹かれる感覚を植え付けられてしまった。とりわけ、(曖昧な記憶だが)、期末テストが画期的だった。二択問題が10題ほど出題され、答案用紙の上部に三角の切り取り線が10個ついているのを、イエスなら切り取り、ノーなら残す、という形式になっていた。それは採点上の工夫ということだった。答案用紙を束ねて、何か堅いもので三角の部分を押し込むと、切り取られてない答案だけがはみ出ることになる。このことを繰り返して分類すれば、(パスカルの三角形のように)、11通りに分かれ、簡単に点数が付けられる、という次第なのである。2進法の原理の応用と言えるもので、さすが数理論理学者(数理哲学者?)と感心した覚えがある。受験者のほうは、間違って切り取ったら、もう元には戻せないので、ものすごい緊張を強いられた。(もちろん、ちゃんとした記述問題も1題、出題されていた)。

 そんなこんなで、ウィトゲンシュタイン哲学というものがなんとなく気になっていたわけだが、三十代前後の頃に、どうしてもきちんと学びたくなった。なぜなら、中学生に数学を教える際、(正負の数であれ、文字式であれ、無理数であれ)、全く新奇な概念を導入するときに、何もなしでは子どもたちに「伝わらない」と感じたからだ。読書経験の中で、ウィトゲンシュタインが「言語とはいったいなんであるか」ということを深く考えた哲学者だ、と知っていたので、何かヒントが得られるのではないか、と考えた。

 ちょうどその時期に、藤本隆志先生が朝日カルチャーセンターでウィトゲンシュタイン哲学について講義する、という情報を得て、いさんで会員になって受講することにした。

 藤本先生の講義は、それはそれは驚くべきものだった。『論理哲学論考』を最初から一行一行読んで、その本質を解釈していくものだった。時にはドイツ語の原文まで持ち出して、デリケートな部分まで解説してくれた。この講義で、ウィトゲンシュタインが『論理哲学論考』にどんな目論みを込めていたのか、それが染みいるようにわかった。哲学とは、こういうことをするものなのか、と感激したのをよく覚えている。講義の最終日に、藤本先生の『哲学入門』東大出版会を持って行ってサインしていただいた。今でも、大事にとってある。

 藤本先生の講義で、最も印象に残っているのは、先生がシナリオを監修したデレク・ジャーマンの映画『ウィトゲンシュタインを、日本での公開前に鑑賞することができたことだった。得した気分だった。ジャーマンがAIDSで若くして亡くなるちょうど前後のことだったと思う。ジャーマンらしいタッチの映画だったが、ケインズのそっくりさんが、ウィトゲンシュタイン役の役者さんの肩を抱いて歩いている映像が今でも思い出される。

 ぼくが、ウィトゲンシュタイン哲学をどのくらい理解できているのかについては全く自信がない。だけど、少なくとも、ぼくが中学生向けの数学のテキストを執筆したときには、彼のものの考え方が非常に役立った。「世界とは何であるか」「言語とはどういうものか」「数とはどんな存在か」といった問題と徹底的に格闘して、深く思索したウィトゲンシュタインの姿勢は、ぼくが子どもたちに数学の概念を伝えようとするアプローチに、(うまく行ったかどうかはわからないが)、大きなヒントを与えてくれたと思う。

 

2016-10-24

ドラマ『地味にスゴイ!』は、派手に面白い!

16:04

 今期のドラマでは、日テレ『地味にスゴイ!校閲ガール 河野悦子』が、めちゃめちゃ面白い。とりわけ、自分が出版にかかわってきただけに、笑えるところ、身につまされるところが満載である。

 主役の河野悦子を演じている石原さとみさんが、もうサイコーである。演技がこれまでの殻を突き抜けて、すごい境地に至った感じがする。個人的には、シン・ゴジラでの賛否渦巻いた演技が好きだったから、この経験を経て頭抜けたのかな、と思う(『シン・ゴジラ』のぼくの感想は、シン・ゴジラ観てきた。シン・ゴジラ観るべし - hiroyukikojimaの日記にて)。さとみちゃんの作品で観た最も古いものは、包帯クラブだけど、そのときに比べると(見た目が)別人だと思う(『包帯クラブ』は、観てなければ絶対観るべきだと思う。ぼくの感想は、青春は、今も昔も、痛々しくて美しい - hiroyukikojimaの日記にて)。

でも、今回、さとみちゃんに負けず劣らずすばらしいのが、ばっさー(本田翼)ちゃんの演技だ。ばっさーは、缶コーヒーのCMで惚れて以降、めちゃくちゃ好物の女優なのだけど、今回もいいキャラを演じている。彼女は、サプリ・ロボとか、ゲームキャラとか、非人間キャラを演じるとぼくのツボ。とりわけ、ヴァンパイア・ヘブン』での大政絢ちゃんとの吸血鬼ものはすばらしかった。一方、『恋仲』では、痛々しい恋愛模様も演じられるようになり、成長著しい。今回も、ばっさーの新しい側面を観ることができて、大満足である。

 さて、このドラマを観ると、これまでの、本作りでのトラブルや、校閲さんとの戦いが思い出されて、身につまされる

ドラマでも「表紙でのミス」というトラブルが描かれていたが、ぼくもその経験がある。ぼくの最初の本、『解法のスーパーテクニック東京出版を刊行したときだった。これは、受験雑誌『高校への数学東京出版での2年分の連載を書籍化したもので、中学生向けの受験参考書である。

この本が刷り上がったとき、表紙にぼくの名前がなかった。背中には印字されているんだけど、表紙には全くない。つまり、著者が誰だかわからないようになっていた。それで、営業担当者に聞いてみたら、「デザイン上、入れる余地がなかった」と言われた。今考えると、編集者か営業担当かデザイナーか印刷所か、誰かのミスであろう。でもぼくは、本を出版した経験がなかったし、そんなものかな、と納得しようとした。この出版社は、ほとんど単行本は出さず、雑誌以外はその増刊号だから、ぼくの本も「増刊号」のような意識でいたのかな、と諦めかけた。でも、妻や同僚が、「それはおかしい」と強く主張したので、担当者に掛け合ったら、「それでは、増刷からは名前を入れます」ということになった。そして、約束通り、増刷から表紙のぼくの名前が入った。ドラマを観る限り、このミスは、プロの作家に対してやったら大変なことになって、刷り直しだっただろう。この参考書は、25年以上経った今でも生きながらえ、20刷ぐらいに達している。

 他の出版社の雑誌編集者から「表紙の刷り直し」というのを聞いた経験もある。それは、実は、ぼくが遠巻きに関与していた。ぼくが、ある人を「非常に偏屈で、怒りっぽく、面倒な人だ」とその編集者に話したことがあった。その人の名前は、変わった字体の漢字を使っていた。編集者は表紙の執筆者のその人の名前のロゴを間違えてしまったのだそうだ。ぼくから「気難しい人」と聞いていたため、トラブルを恐れて、表紙の刷り直しを英断したと、お礼とともに内緒で教えてくれた。

 ぼくは、40冊近くの本を書いてきたけど、校閲さんにはいろいろな印象を抱いてきた。ドラマの河野悦子さんとは違って、校閲さんとはいまだに一人としてお会いしたことがない。ドラマの中で語られているように、校閲さんは縁の下の力持ちに徹し、表には出てこないものなのだろう。

 本を書き始めた初期のことだ。ある本を書き上げて、ゲラをもらったとき、校閲さんのあまりの書き込みに辟易としてしまったことがあった。字句の間違いや表現の統一については、その通りだし、仕方ないと思えた。しかし、その校閲さんは、表現形式にまで口を出してきた。要するに、「自分の文体の嗜好」まで押しつけられているように感じたのである。当時のぼくは駆け出しだったし、「文体」や「表現」に(青臭い)こだわりがあった。だから、これには面倒さを通り越して怒りさえ感じた。まるで、校閲さんが目の前にいて、二人で口論している気持ちにさえなった。胃が重くなった。

それでぼくは、担当編集者に苦情を言った。その編集者も駆け出しで、若い人だった。編集者は、「校閲さんは、新人で、しゃかりきにがんばっています。正規雇用を獲得したいんだと思います」というような弁解をした。「毎日、国会図書館に通い詰めて、細かいところまで綿密に詰めているみたいです」と。それを聞いて、ぼくはなんか、逆に悪いことを言ってしまった気分になった。抵抗に抵抗を込めたぼくの初稿返しで、今度はその校閲さんが、ぼくが味わったような不快感や憤りを味わっているのかもな、と。

 でも、あとあとになって、この一件は、校閲さんの問題ではなく、編集者の問題だったとわかった。

講談社新書で『文系のための数学教室を出したときだった。編集者は、阿佐信一さんだった(阿佐さんについては、編集者は、世界でたった一人の味方 - hiroyukikojimaの日記を参照のこと)。

刊行が終わったあとの打ち上げで、ぼくは阿佐さんに、いかに今回の執筆が気持ちよくできたかについて話して、お礼を言った。とりわけ、校閲さんとのやりとりが的確で気持ちよかったと。阿佐さんが不思議そうな顔をしたので、上記の、校閲さんとの死闘の思い出を説明した。それを聞いた阿佐さんは、笑いながら、「うちの校閲さんも、多かれ少なかれ、そういう細かさです。ただ、私だけで判断できるものついては、私が責任を持って判断し、ゲラには反映せず、著者さんにはお見せしていないんですよ」と教えてくれた。ぼくはそれを聞いて、真相がわかった。上記の死闘は、校閲さんのせいではなく、若い、駆け出しの、経験不足な編集者のせいだったのだ、と。

 それ以来、ぼくは、本を執筆するたびに好奇心を持ってゲラと接するようになれた。観察するだに、編集者によって、校閲の反映の仕方が違っている。そして、ぼくは、ゲラを通して、編集者の向こうにいる姿の見えない校閲さんと膝を詰めて議論をすることになる。それは、まるで、異次元から届いた手紙のようなものだ。誰とも知らない、どんな顔をした人か、男性か女性か、若いのかシニアなのか、何もわからない人と、ただただ、文章についてのみ議論をしている。これは考えようによっては、とてもスゴイことだ。時には、「この人とは感覚が合わないなあ」と思うこともある。別の時には、「友情のようなものさえ感じる」こともある。そうやって、ぼくは書き手として、少しずつ成長してきているのだと思う。

 でもきっと、校閲さんも、本が無事できたとき、著者や編集者と同じくらい、あるいはそれ以上の喜びを持って、本を読んでくれるのだと思う。ぼくは、世界のどこかに(異次元の世界に)、ひっそりと、ぼくの本の刊行を愛でてくれている人がもう一人いることを、とても誇らしく、ありがたく思うようになった。

2016-10-06

21世紀の数学原論

02:56

 今回は、黒川信重先生の新著『絶対数学原論現代数学社を紹介しよう。

 その前に、全く関係ないけど、映画『君の名は。の感想を述べたい。前に、シン・ゴジラ観てきた。シン・ゴジラ観るべし - hiroyukikojimaの日記において、映画『シン・ゴジラ』を絶賛推奨した。その後、大学で顔見知りの学生たちに最近観た映画を問うてみたら、『シン・ゴジラ』より君の名は。のほうが圧倒的に多かった。それで、とても気になってしまって、結局、奥さんを連れて観に行ってしまったのだ。

 はい、それで感想。いやあ、君の名は。、めっちゃすばらしかった!おっちゃん、感動しました!

 いや、信頼できる知り合いに、「自分はそれほどでもなかった」という感想を言った人もおるんよ。それで、多少の覚悟はして行ったんよ。でも、ぼくはすごく良いと思った。もちろん、ストーリー(シナリオ)は、破綻しまくっていて、突っ込みどころ満載。細部が気になる人はダメかもしれない。でも、そんなことを帳消しにするほどの感動的なプロットなんだね。

 『シン・ゴジラ』も『君の名は。』も、結局のところ、3.11をモチーフとしている。そこは同じ。でも、決定的に違うのは、『シン・ゴジラ』がシニカルに絶望的な世界観を描いているのに対して、『君の名は。』は、一抹の希望の光を描いている、ということ。作品論、文学論から言えば、前者のほうが圧倒的に優れている、と言うかもしれない。でも、今の若い人たちに必要なのは、後者なのだと思う。一抹の希望の光なんだと思う。なぜなら、今どきの若者は、生まれてからずっと、閉塞感と絶望感と不安感の中で生き続けてきているから。それも自覚できないほどに、当たり前のことになっているから。だから、彼らが『君の名は。』に飛びつくのはわかるし、それでいいし、むしろ推奨したい。ぼくが観にいった映画館も、中高生でいっぱいだった。こんなにたくさんの中高生と映画館で出会ったのは、初めてだと思う。奥さんによれば、終映後、トイレでたくさんの女子が泣いていた、という。そうだろうそうだろう。

 さて、黒川先生の本に戻ろう。

この本は、黒川先生が、21世紀の『数学原論』を目論んで執筆した本だ。専門外の我々には、非常に難しく感じる本だけど、「難しい」とか「さっぱりわからん」とかを超越して、「何かとてつもない息吹」を感じさせる本なのである。「ひょっとすると、我々は、とんでもないものの誕生に立ち会っているのではないか」と。

 Chapter 1.を読めば、それはすぐに伝わってくる。黒川先生は、「三大原論」として、次のものを挙げる。

 数学史上の有名な『原論』としては年代順に

(1) ユークリッド原論紀元前300年

(2) ブルバキ数学原論1939年から

(3) グロタンディーク代数幾何学原論』1960年代

という3つが挙げられます。

と言って、この「三大原論」を詳しく解説する。ぼく自身は、と言えば、「ユークリッド原論」は、中高生の頃に、敬意を持ち、図書館で一部を読んだ経験がある。それに対して、「ブルバキ原論」は、大学の数学科のとき、「戦わなければいけない敵」という認識を持ち、結局、敵前逃亡した。こいつは、数学に「げんなりさ」を感じた初めての存在だった。そして、「代数幾何学原論」は、存在は知っていたが、遠くの遠くの蜃気楼と思っていたものだった。このように、自分の中での存在感が異なるので、これらをひとくくりに、「原論」と呼ぶことには抵抗がある。とりわけ、「ブルバキ原論」には、憎しみのような感情さえあり、20年以上も前に『数学セミナー』の巻頭エッセイを持ったときは、これを念頭に数学批判のようなものを繰り広げ、一部の専門家から苦情が来てしまう顛末となった。つまり、ぼくにとっては、

ユークリッド原論→尊敬、 ブルバキ原論→宿敵(目障り)、 代数幾何学原論→未知未踏

という感じだったのだ。それを、20世紀までの「原論」と捉える黒川先生の括りには、驚きと感慨が満ち溢れた。

でも、ここ数年、数学を勉強した経験によれば、この黒川先生の「原論」論は、目から鱗である。そうなんだ、紀元前に書かれた「ユークリッド原論」から、次の原論(ブルバキ原論)が書かれるまでに二千年以上もの歳月が必要だった。そして、それは、すぐあとにグロタンディークによって刷新された。これは考えようによってはすごいことだと思う。そればかりではなく、黒川先生は、「ユークリッド原論」の不備についても次のように厳しく指摘している。

一方、ユークリッド原論』の記述には決定的な欠陥があります。それは、上記の定理群のような人類にとって記憶すべき快挙に対して、誰が発見したのかという経緯に関して故意に触れないという点です。その結果、ユークリッドの『原論』はユークリッドが独自に発見した定理と証明から成っている、というような有り得ない誤解を後生に残す状態になっています

その証拠として、黒川先生は、第12巻・命題10として導出されている円錐の体積の公式が、ずっと前にデモクリトスが発見したものであることを挙げている。また、それが判明したのが、1906年イスタンブール僧院で見つかったアルキメデス『方法』の写しであることの記述も非常に面白い。

 実は、黒川先生の特徴として、「数学者の業績を発表年で精緻に記憶している」というのを挙げることができる。ぼくは、黒川先生と何度も対談しているので、その記憶力の凄さを何度も目撃している。これは、ある種の「芸当」と言ってもいいくらいだ。そして、黒川先生がそのような超絶的な記憶力を磨き保持し続ける努力を怠らないのは、数学者の業績に対する敬意から来ていると思われる。

 このように、20世紀までの三つの『原論』を評価した上で、黒川先生は、ご自分が提唱された「絶対数学F1」の解説に進んで行く。それを(わからないなりに)読む進めて行くと、「これが21世紀の数学原論なのか!」というドキドキ感がわき上がっていく。

原論」とは、その時代の数学を総合的に統一するものだ。「ユークリッド原論」は、それまでの数学、例えば、ピタゴラス学派の幾何学と数論、それとバビロニア幾何学をターレスが総合したもの、それらを集積し統合したものだ。「ブルバキ原論」は、カントールデデキント集合論を基礎としてヒルベルトが作り上げた形式主義数学の土台の上に19世紀までの数学を統合したものと言えるだろう。さらには、「グロタンディーク代数幾何学原論」は、(加減乗を備えた代数系)環を位相空間化する、全く新しい幾何学を構築したものと言える。そういう視点から言えば、本書絶対数学原論は、1×1=1だけを基礎に据えた「和のなくなった世界」、モノイド(単圏)という構造を打ち出す、21世紀の原論、ということなのである。

 本書はさすが「原論」というだけあって、「絶対線形代数」「絶対極限」「絶対・三角・ゼータ」「絶対オイラー積」「絶対保型形式」など、あらゆる数学の分野が順次解説される。つまり、1×1=1から出発する、すべての数学が水面の輪のように広がっていくのである。背景には、「カテゴリー」というグロタンディーク流の概念があるように読める。

 ぼく自身は、これを読んで、3割も理解できなかったけれど、その「魂」だけはわかった。それは「ユークリッド原論」で出会った中高生のときのドキドキ感と似ており、「ブルバキ原論」に対する忌避感を払拭するに十分なものであり、「代数幾何学原論」にチャレンジしてみたい、と今更の野心を与えるに十分な動機付けである。まさに、閉塞し絶望し諦めていた「おじさん」に、「一抹の希望の光」を与えてくれる本である。

2016-09-24

数学の未解決問題は、今と昔でどう違うか

01:40

 今回のエントリーは、雑誌現代思想青土社の増刊号『未解決問題集』について。これは、現代における数学界の未解決問題について、特集を組んだものだ。

 ぼくは、この特集に、数論の黒川信重先生と代数幾何の加藤文元先生と一緒に「数学(者)にとって未解決問題とは何か」という鼎談で参加した。

 少し内幕をばらすと、実はこの鼎談の話が来たとき、ぼくは正直断ろうと思ったのだ。だって、古典的な未解決問題ならともかく、現代の未解決問題なんて、ぼくにはさっぱりわからないし、司会役をするだけと言っても、黒川さんや加藤さんから読者にとって有意義な話を引き出せる能力なんてないからだ。でも、黒川先生にはいつもお世話になっているし、編集者の熱意にほだされたのもあって、迷いに迷って引き受けることにした。

 危惧していた通り、ぼくは一般のアマチュア読者に対して有意義な話をうまく引き出すことができなかった感がある。もちろん、黒川さんも加藤さんも、「天空からできるだけ降りてくるように」懇切丁寧に話してくれていた。それはもう、普通の専門家にはできないようなかみ砕きかただと思う。でも、ぼくがもっと、(専門家的に、というのではなく)、非専門家として現代の未解決問題の内容に通じていれば、読者の痒いところに手が届くような話題を引き出すことができたんじゃないか、と思えて仕方なかった。。

 鼎談の予習のために、それなりの努力はした。それでわかったのは、古典的な未解決問題と現代の未解決問題には、位相的な断絶がある、ということ。すなわち、古典的な未解決問題というのが「孤立的・単発的」であるのに対し、現代の未解決問題というのは「普遍的・統一的」だ、ということだ。

 例えば、フェルマー予想(解決された今では、ワイルズの定理)は、「指数nが3以上のとき、aのn乗とbのn乗の和がcのn乗となる、自然数a, b, cは存在しない」というものだった。要するにこれは、ある方程式自然数解があるか、ないか、という単発的な問題だ。また、未解決ゴールドバッハ予想「4以上の偶数素数2個の和で表せる」というのも、単独的で孤立した問題だと言えよう。それに対して、現代の未解決問題というのは、「一般に〜ということが成り立つであろう」という、「普遍性」「統一性」を要求するものとなっている。あるいは、一見異なる対象について、「〜と〜は普遍的に一致するだろう」という形式になっている、と言ってもいい。例えば、バーチ・スィンナートンダイヤー予想は、楕円曲線の有理点に上手に加法を定義すると、(交換法則結合法則を満たす)加法群になるんだけど、1点を無限に加えていって元に戻らない点が本質的に何点あるか(階数)と、楕円曲線から作られるゼータ関数をs=1のところでテーラー展開したときの最初の指数(位数)が一般に一致する、というものだ。また、ラングランズ予想は、「ガロア表現のL関数と保型表現のL関数は等しいだろう」というような、それこそ茫洋とした広大な普遍性の追求になっている。

 黒川さんの話を聞いていると、「古典的未解決問題」から「現代的未解決問題」への仲立ちをしたものが、「リーマン予想」だったように思われてくる。リーマン予想とは、ご存じの通り、「整数のべき乗の逆数和で定義され、複素数全体に解析接続されるゼータ関数の虚の零点は、実部=1/2という直線上に並ぶ」というもの。これだけ見ると「孤立的・単発的」問題に見えるけれど、その後に、ゼータ関数が有限体上や楕円曲線上などに拡張され、そこでもみごとな性質を持つことが発見されたことで、「普遍的・統一的」な未解決問題を生み出すことになって行ったのだ。解決されたヴェイユ予想ラマヌジャン予想や谷山予想、未解決ラングランズ予想はそういう延長線上に位置している、と言える。

 ぼくの感想を言うと、古典的な未解決問題というのは「パズル的でわくわくする問題」で、現代の未解決問題というのは、「人間の数的思考の奥底に横たわる思想的深淵を垣間見せてくれる問題」という感じ。どちらも好きだけど、後者はあまりに抽象的で、味わう資格を取得するのにあまりに険しい道のりが待っているのが辛い。

 本書には、たくさんの数学者がそれぞれに未解決問題(だったもの、も含む)を解説している。列挙すれば、「バーチ・スィンナートンダイヤー予想」「深リーマン予想」「P≠NP予想」「ホッジ予想」「コンセビッチ・ザギエ予想」「連続体仮説」「フェルマー予想」「ポアンカレ予想」など。

 全部をざ〜っと読んでみると、(編集上そうなった、と言えるかもしれないが)、共通キィワードとして「コホモロジー」というのがあると思う。コホモロジーというのは、空間に対して定義される不変量で、まあ、多くの人がわかる言葉で言えば、局所的に対応する線形空間のようなものである。この不変量を開発したことで、現代数学は、(例えば、素数の集合や有限体のような)抽象的な対象を幾何的な空間として扱って、その素性を「計算によって」暴くことが可能となった。

 そういう意味で、コホモロジーは点在する未解決問題を渡り歩くための足場岩になるんだけど、これがまた、きちんと勉強しようとすると、あまりにごつごつしてて、敷居が高いのである(例えば、数学は遠きにありて想うもの - hiroyukikojimaの日記を参照のこと)。だれか、コホモロジーを新書かブルーバックスレベルぐらいで、わかりやすく解説してくれんものか。(誰もしないなら、いずれぼくがやっちゃるわい。何年かかるかわからんが。笑。拙著数学は世界をこう見る』PHP新書を読めば、ちょっとはこのあたりの雰囲気がわかるとは思う。)。

 「数学(者)にとって未解決問題とは何か」は、どの記事も面白いので、ここでは特に一つを紹介することはしない。是非、一家に一冊、職場に二冊。最後に、田口雄一郎氏の記事の中に出てくる「優れた問題の特徴」を引用するにとどめよう。いわく、

優れた問題は美しい。

優れた問題は容易に解けない。

優れた問題は発展を促す。

優れた問題は広い範囲に関わる。

優れた問題は人々を幸せにする(不幸にもする)。

あなたも、是非、本書を読んで、幸せに(不幸に?)なってくらはいな。