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hiroyukikojimaの日記

2018-04-22

宇沢先生の理論のシンポジウムを土木学会が行います!

20:35

 宇沢弘文先生の社会的共通資本の理論に関するシンポジウムを、土木学会が実施する。タイトルは、「宇沢弘文社会的共通資本再考する」だ。

シンポジウム宇沢弘文社会的共通資本再考する」

日時:平成30年5月28日(月) 13:00−17:00

場所:土木学会講堂(新宿区四谷1丁目外濠公園内)

定員:120名

参加費:無料

ぼくも登壇するので、来場可能なかたは、是非いらしていただきたい。

案内のHPは↓。申し込みもこのHPからできる。

シンポジウム|土木計画学研究委員会

 以下、趣旨をHPから引用する。

宇沢弘文氏(1928-2014)は、数学者経済学者として様々な分野で影響を与えてきた。特に、土木分野においては、「自動車社会的費用」、「地球温暖化経済学」、そして「社会的共通資本」の著作はその時代の政策研究、論議に大きな影響を与えた。

このシンポジウムでは、「宇沢弘文の研究」の第一人者の帝京大学小島寛之教授を迎え、宇沢弘文の思想と理論について解説していただく。また、藤井聡教授、小池淳司教授から公共政策論、土木計画論の立場から社会的共通資本に関連する話題を提供していただく。

さらに、基調講演、話題提供を受けて、全体討議をすることにより、「宇沢弘文社会的共通資本」を再考するものである。

宇沢弘文の研究」の第一人者と言われるのは、嬉しくもあるけど、分不相応で恐縮してしまう。だって、宇沢先生のお弟子さんで、高名な経済学者はたくさんいるから。でも、宇沢先生の新古典派としての仕事ではなく、こと「社会的共通資本の理論」を、相当に読み込んで、さらには、先生自身からも直接指導を受けた中で現役の理論系経済学者なのは、ひょっとするとぼくだけかもしれないから、そういう意味では、「宇沢弘文の研究」の第一人者と言われてもそんなに嘘ではないかもしれない。

基調講演をすることになっているのだけれど、時間をたっぷりいただいているので、先生の新古典派の仕事も紹介した上で、先生がどのように経済思想を変遷されていったかを浮き彫りにしたいと思っている。さらには、ぼくが語れる限界内でだけれど、「社会的共通資本の理論」を現代の中でどう再考し、どう発展させるべきかも主張してみたいと思っている。

宇沢先生は、『自動車社会的費用』というすごい本を書いて、当時の自動車業界や道路行政と鋭く対峙した。時代は変わり、土木学会が、先生の理論に学術的関心を寄せている、ということは感慨深いことであるし、学者の世界というのは捨てたものではないな、と思う。

是非、できるだけたくさんの人に聴きにきていただきたい。

2018-04-17

WEBRONZAのレギュラー筆者になりました

23:44

 今月から、朝日新聞社WEBRONZAレギュラー筆者に就任した。二ヶ月おきぐらいに投稿するとのこと。

すでに、二回論考を投稿したので、リンクをはっておく。購読している人は是非、読んでほしい。

3月の投稿

高校数学での統計学必修化は間違っている - 小島寛之|WEBRONZA - 朝日新聞社の言論サイト

4月の投稿

アベノミクスの目玉、異次元緩和政策の問題点 - 小島寛之|WEBRONZA - 朝日新聞社の言論サイト

 

これだけでは何なので、少し近況も書いておこう。

現在は、次に刊行する本を執筆している。タイトルは未定だけど、ビットコインブロックチェーン(分散型台帳)に関する本だ。

ビットコインというのはネット上のお金のことで、最近では連日、世間を賑わしている。ビットコインという技術は、Satoshi Nakamotoという匿名人物アップロードした論文によって発明されたものだ。コピペなどによる偽造や、二重支払いなどの不正な取引が、ほとんど不可能なように工夫されている。それを可能にしたのが、ブロックチェーンという技術なのである。ブロックチェーンは、数理暗号という数学的な技術と、演算量証明という経済学的な技術(動機付け)によって成立している。やられてみると、実に見事な工夫である。

ブロックチェーンのポイントは、中央集権的な権威とか、権力とかが不要なことだ。取引や信用の付与を分散的に可能にするのである。その巧みな仕組みから、ビットコインなどの暗号通貨以外にも応用することができる。匿名の掲示板とか、音楽配信とか、自家発電で作った電気の販売とか、選挙の投票などだ。きっと、あと十年くらいのうちに、とんでもない変化を社会にもたらすことになるだろう。

 ビットコインのことを執筆するにあたって、とても役に立った本を紹介しよう。ケネス・S・ロゴフ『現金の呪い』日経BP社だ。

著者のロゴフは、マクロ経済学の重鎮で、業績の高い学者である。本書では、「紙幣を廃止すべし」という実に過激な主張をしている。なぜかというと、紙幣、特に高額紙幣は地下経済で悪用されているだけだから、ということなのだ。

本書は、貨幣の歴史の本としても読める。また、紙幣がどんな経済の中で流通しているかもデータ的にわかる。シニョレッジ(通貨発行益)がいったい何かということも理解できる。さらには、マイナス金利政策やインフレ目標の意味を知るのにもよい。

その上で、デジタル通貨、すなわち、ビットコインなどの暗号通貨についても先見の明を発揮している。暗号通貨こそ、紙幣の廃止に最も有力なツールだからだ。でも、残念ながら、ロゴフはそう考えていない。その部分を少し引用しよう。

分散型台帳技術が保証する先端的なセキュリティ暗号通貨に埋め込まれて天才的なアルゴリズムは、掛け値なしにすばらしい。それは十分に認めるが、ビットコインを始めとする暗号通貨が近い将来ドルに取って代わると考えるのは、単純すぎる。通貨革命を起こそうとした人々が過去千年間で学んだのは、このゲームで恒久的に政府を打ち負かすのはまず無理だ、ということである。というのもこれは、政府が勝つまでルールを変えられるようなゲームだからだ。こと通貨に関する限り、民間部門が政府よりうまくやる方法を考え出した場合、政府は最終的には完全に状況を理解し、最後は自分たちが勝つようにルールを決める。もし暗号通貨技術はもう止められないとわかったら、勝者(たとえば、ビットコイン3.0)は結局、政府が管理する「ベンコイン」(ベンジャミン・フランクリンにちなんだ私の命名である)の露払いで終わるだろう。(345ページ)

ロゴフはこのように、政府権力による圧力によって、暗号通貨支配下に置かれる、と考えている。しかし、それでは、そもそもブロックチェーンの持つ分散管理システムが意味をなさない。この点については、ロゴフは予想の誤謬をおかしている、とぼくは思う。

いずれにしても本書は、とても読みやすく、刺激的で、得るものが多い本だ。読んで損はないと思う。

2018-03-26

現代思想の316冊

21:45

 今週に刊行される現代思想』の特集『現代思想の316冊 ブックガイド2018』青土社に寄稿したので、宣伝のエントリーをしたい。

この特集は、若い読者をターゲットとしたブックガイド。哲学人類学社会学から、精神医学まで、まあ、言ってみれば、思想寄りのブックガイドとなっている。理学系分野は、統計学数学生物学の3分野だ。

そして、なんと! ぼくは数学分野のブックガイドをを書いている。

経済学じゃないんだな。経済学者なのに、経済学じゃないんだな。笑。経済学は別の人(塚本恭章さん)が執筆している。数学なんだな、数学者じゃないのに。笑。ちょっと残念でもあり、ちょっと誇らしくもある。

 今回の執筆はかなり難しかった。編集者のご要望は、「今日的な状況と、入門〜応用向けの必読書」ということで、教科書ではなく、お話本でもない本を紹介しなくてはならない。いったいどうしたものか、と途方に暮れた。

 それで思いついたのが、おおまかには4つの分類をして紹介をすればいいんじゃないか、ということ。次の4分類だ。

(1) どんな数学を勉強するのにも、どんな数理科学を勉強するにも、知っておくべき基礎微積分、線形代数

(2) 現代の数学問題意識とシンクロするために知っておくべき分野ミレニアム問題

(3) 最先端数学をつまみ食いするための道具→群とガロア理論トポロジー、数論

(4) 数学とは何か」を哲学的に鳥瞰するためのMRI装置→数理論理学数学基礎論

このような分類から、以下のような本を紹介・推薦した。(自著も2冊入ってますが、ご愛嬌ということで。だって、他に良書がないんだもん)。

(1) 微積分、線形代数

微積分→堀川穎二『新しい解析入門コース』(日本評論社)

線形代数小島寛之『ゼロから学ぶ線形代数』(講談社)

(2) ミレニアム問題

リーマン予想黒川信重リーマン予想の探求』(技術評論社)

バーチ・スィンナートン=ダイヤー予想(BSD予想)→Chahal『数論講義 数と楕円曲線』(織田進・訳、共立出版)

P≠NP問題→野崎昭弘『「P≠NP」問題』(講談社ブルーバックス)

(3) 群とガロア理論トポロジー、数論

群とガロア理論

(i)P・デュピュイ『ガロアガロア理論』(東京図書)のおまけとしてついている、第2部の辻雄『ガロア理論とその後の現代数学

(ii)久賀道郎『ガロアの夢〜群論微分方程式』(日本評論社

トポロジー瀬山士郎トポロジー・柔らかい幾何学日本評論社

数論→加藤和也黒川信重・斉藤毅『数論 1・2』(岩波書店)

(4) 数理論理学数学基礎論

数理論理学数学基礎論

(i)前原昭二『記号論理学入門』(日本評論社)

(ii)小島寛之『証明と論理に強くなる』(技術評論社)

これらの分野がなんであるか、なぜこれらの分野を選らんだのか、どうしてこれらの本を推薦するのか、については、現代思想』の特集『現代思想の316冊 ブックガイド2018』青土社のぼくの文章で読んでほしい。

2018-02-25

AimerのライブをNHKホールで観てきました

17:06

 女性ボーカリストAimer(エメと発音する)のライブを、NHKホールで観てきました。

前回のライブの感想はAimerのライブは、誠実さと斬新さの同居する奇蹟のライブだった - hiroyukikojimaの日記にエントリーし、それがいかに奇蹟の演奏だったかを書いたが、今回も、まんま奇蹟のライブだった。

前回は、武道館に360度回転するステージを作り、あらゆる方向に向かって歌うことができるようにしたが、今回はNHKホールなのでもちろん、観客は正面だけから観ることができる。その分、やはり、武道館公演よりも今回のほうが親近感のわくステージングだった。

曲目は、武道館公演とほとんどかぶらないように選曲されており、それでも遜色がないくらいすばらしいセトリだったので、彼女の楽曲がいかに名曲揃いか思い知らされる。季節がら、冬や雪や雨などにまつわる曲が中心とされていて、季節感を堪能できる曲たちだった。中でも、雨にまつわる新曲「Ref:rain」はすばらしかった。これは、最新のCDのメイン曲だ。

このシングルには4曲収録されており、ぼく自身は、前掲のメイン曲とセルフカバー「After Rain」が気に入っている。このセルフカバーは、アレンジが違うだけでこうも違う格好良さが出るものか、と驚かされた。

Aimerのライブでは、毎回、そのトーンコントロールのすごさに圧倒される。たぶん、同じ曲を同じように歌っても、他の人ではこういうふうにはならないだろう。それは、ボーカルというのが、単に旋律をなぞるだけのものではなく、声質、強弱、発音ビブラートなど総合的な表現テクニックの所産だということを思い知らせるものだ。

彼女のライブでは、特にトーンコントロールが困難な曲の前に、彼女はいったんステージから去って少し休憩をとる演出になっている。だから、彼女がステージから消えた次の曲は(衣装を着替えることも含めて)非常に期待大となる。今回は、「冬のダイヤモンド」「us」の前にステージから消えた。そして、どちらの曲も、あまりにすばらしい演奏となった。特に前者は、アルバムでは静かなナンバーとなっていたが、ライブで聴くと情感たっぷりの切ない切ない曲であり、うるうるなってしまった。後者は、彼女の最高のナンバーの一つであり、武道館のときと同じく、すごく工夫されたアーティスティックなライティングで感涙むせんだ。

 武道館での奇蹟のライブは、ブルーレイとなって発売されている。

この映像作品は、武道館のライブを一曲もカットせず、MCも、アンコールの拍手の時間も完全収録しているコンプリート版であるから、Aimerに関心のある人は絶対観るべきだと思う。これは、もう、家宝級のブルーレイだ。アンコールの最後の曲「六等星の夜」のとき、彼女にしては珍しく、感極まって少し歌を崩してしまっている。オーバーダビングで修正することもできるのに、そのまま収録している。これは、このライブを完全な記録として残そうという、彼女とスタッフの意気込みを意味するだろう。

 実は武道館ライブでは、ファンの間で、Twitterにおいて多少の騒動があった。この「六等星の夜」で一部のファンがペンライトを灯したり、スマホを点灯させたりした行為に対して、従来からのファン批判をしたことだった。ぼくは知らなかったが、彼女のライブではファンマナーとしてそういうことはしないルールらしい。

実際、「六等星の夜」という曲は、肉眼で見える最も暗い星に自分を喩えて、それを見つけ出してくれるファン(彼氏?)に感謝をする、という体裁の歌詞の曲だ。だから、武道館ライブでは真っ暗なステージの中で歌い始め、最後には上空から淡い光の星たちが降り注ぐ演出となっていた。そういう演出がなされている中でのペンライトやスマホライトは、確かに、演出を著しく損なうものとなったと思う。実際、今回のNHKホールの入り口には、ペンライト禁止の注意書きがなされていたのが、その証拠なのだろう。でも、「六等星の夜」のときに、彼女を照らし出してあげたい、というファンたちがいることも理解できないわけではない。どちらも、ファン心理としてありうるものだと思った。

2018-02-18

「ヤマトナデシコ」とモジュラー形式と

19:19

今回は、最近観たテレビドラマ「ヤマトナデシコ」のことを書こうと思う。その前に、宣伝を一つ。

現代思想青土社の3月増刊号「現代を生きるための映像ガイド」が刊行されたんだけど、それにぼくも映画批評を寄稿してる。

これには、編集者さんから「現在を知るために必見と思われる映像作品を紹介して論じて欲しい」と依頼されて寄稿した。悩みに悩んだ末に、映画は、『ギルバート・グレイプ』を選んだ。キューブリックの映画とか、スピルバーグの映画とか、クローネンバーグのホラー映画とか、書きたいものはいろいろあったけど、きっと他の専門的な識者が取り上げるだろうと思って避けたんだ。でも、刷り上がりを見てみると、みんなが同じように考えたのか、取り上げられた映画がみんなマニアックになっていて、笑ってしまった。もっと、スタンダードな映画の批評集にすべきじゃなかったんだろうか。

ぼくの批評のタイトルは、ギルバート・グレイプ』が変えた「障害」への考え方、だ。この映画では、少年の頃のレオナルド・ディカプリオ知的障害のある少年の役を演じていて、それが白眉なんだけど、それと絡めて映画「くちびるに歌を」も批評した。この映画は、中田永一氏(実は、推理作家の乙一氏)のラノベ作品の映像化なんだけど、明らかに『ギルバート・グレイプ』へのトリビュートになっているので。(この二つの映画については、前に映画『くちびるに歌を』は日本版「ギルバートグレイプ」 - hiroyukikojimaの日記にエントリーしてる)。さらには、これらの映画を題材にして、経済学者としての立場から、「障害」に関する松井彰彦・東大教授のゲーム論的アプローチを紹介した(この理論については、関係性の社会思想へ - hiroyukikojimaの日記とか障害を問い直す - hiroyukikojimaの日記とかにエントリーしている)。

 さて、『現代思想』の販促はこれくらいにして、テレビドラマヤマトナデシコについて書くとしよう。このドラマは、親しい二人の友人から、別個に、執拗に勧められた(強制された、と言ったほうが正しい)ので、仕方なく、笑、観てみたのだ。

でも、とても面白いドラマだったので、観てみてよかったと思う。これは、バブル期を彷彿させるCA(ドラマでは、スッチーと呼ばれているが)の婚活ドラマだ。当時に旬で結婚前の二人の女優、松嶋菜々子さんと矢田亜希子さんが主演している。男優は堤真一さんが、数学に挫折した魚屋を演じている。堤さんは、このあと、映画『容疑者xの献身』でも挫折数学者を演じているので、はまり役ということができるだろう(『容疑者xの献身』については、数学の道が閉ざされるとき - hiroyukikojimaの日記にエントリーしてる)。

 「ヤマトナデシコ」には、ところどころに数学についてのネタが登場する。それが、ぼくには妙にツボでうるうるなってしまった。これについては、「やまとなでしこ」の数学というサイトで詳しく説明されている。でも、このサイトは完全なネタバレになっているので、これを読む前に是非、ドラマそのものを観ることをお勧めする。

 堤さんが演じる数学者・中原欧介が数学について語る中で、最も好きだったのは、第二話に出てくる次の台詞だ(先ほどの「やまとなでしこ」の数学から引用している)。

…人が素朴に考えたりやってみたりした事は、どれもみな、ようするに、 楕円方程式とモジュラー形式を分類してどちらも同じ数だけあることを示す事だ、 とワイルスは言っています。しかし、問題は楕円方程式もモジュラー形式も無限 に存在するという事で…

2000年に放映のドラマなので、ワイルズによるフェルマー予想解決が取り上げられているのは、とてもタイムリーだと絶賛したい。しかも、楕円曲線とモジュラー形式が対応している、というのは、現在も数論の中心的標的となっているラングランズ予想そのものだから、実に勘のいいネタを選んだと思う。あと、第10話にサイバーグ・ウィッテン理論というのが出てきて(どうもトポロジーの理論らしい)、これにも興味津々になった。

 このドラマを観てから、モジュラー形式と楕円曲線がどんな理屈で対応するのか、猛然と気になってきてしまった。この対応がどんなものかは、黒川信重さんのラマヌジャン探検』で理解していた(ラマヌジャンの正当な評価がわかる本 - hiroyukikojimaの日記で詳しく書いた)んだけど、どうしても証明を知りたくなって、次の本をダウンロードしてもうた。

この本は、ウィキペディアで関係事項を調べたときに参考文献に挙げられていたものだった。ほぼまる一日かけて、「定義」だけをがんがん斜め読みした。(だから、ぜんぜん内容は理解してない)。でも、そうしてみると、この本は真面目に読めばけっこうなんとかなるような本の気がした。楕円曲線とモジュラー形式が対応することの「アイヒラーと志村の関係式」について、ちゃんとした証明が書かれており、やってることはぼんやりとはわかった。ヘッケ作用素と呼ばれる「関数の変換方法」があって、それがフロベニウス写像と呼ばれる写像(素数乗する写像)の和にうまく縮約する、ということが使われるみたいだ。要するに、関数をかき混ぜたり、楕円曲線の点をかき混ぜたりするときに生じる、ある種の群構造を調べると、全く別の世界の存在物に見えるモジュラー形式と楕円曲線を結びつけることができる、みたいな感じなんじゃないかな(違ってたらごめん)。

 さて、「ヤマトナデシコ」に戻ると、登場人物の女性でのぼくの好みの順序は、[人妻の真理子さん(森口瑤子さんが演じてる)>矢田亜希子演じる若葉ちゃん>松嶋菜々子演じる桜子さん]、という具合になる。とりわけ、欧介に恋心を抱きながらも別の夫を選んだ真理子さんの秘めたる心はなんとなくわかる。この三人の中で、欧介を射止めるのが桜子である理由は、最終回で説得されるようになっている。要するに、欧介が数学にのめりこむことにどう向き合えるか、ということで、この女性三人は区別されるんだね。

 最終回近くなって、欧介の数学での師匠にあたる黒河教授というのが出て来る。これはひょっとして、黒川信重さんのことで、数学の監修も黒川さんがしたのではないか、と思って、ご本人に問い合わせたところ、「監修はしてません」との回答だった。それで、ネットで検索をかけてみたら、数学監修について「シナリオの中園さんの友達予備校講師」と書いている人がいた。それが本当だとすれば、その人は数学を相当ちゃんと勉強していた人だと思う。